軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大魔王教練

教室はシーンと静まり返っていた。

いつもなら、この辺りで私語が始まるところだが、生徒たちは身を硬くし、黙りこくったままである。

「どうした? 今日はやけに静かだな。この教室はざわついているのが普通だと思ったが?」

そう口にした途端、生徒たちが一斉に口を開く。

「……かっ、かんに障られたみたいだぞっ……!」

「と、とりあえず、ざわつこうっ……! みんな、聞こえない声量で、ざわつくぞぉっ……!」

いつもの調子で教室がざわつき始めた。

「……ていうか、やべえ…………マジでやべえよ…………」

教室の後ろの方にいた黒服の生徒たちが呟く。

「俺……何回アノス様のこと呼び捨てにしたかわかんねえぞっ……」

「馬鹿っ。呼び捨てだけなら可愛いもんだろ。俺なんか、不適合者だって馬鹿にしまくってたぜ……」

「俺なんか、お前の血には尊さがないって調子に乗りまくってたよ……はっきり言って小馬鹿にしてた……!」

「なあ……もしかして、授業にかこつけて、俺たちを始末しに来たんじゃ……」

「…………殺すだけなら、シン先生に任せればいいだろ……わざわざ来たってことは、俺たちが苦しむ姿を直にみたいってことなんじゃ……?」

「いや、でも、暴虐の魔王だぜ。あの暴虐の魔王だ。俺たちなんか、そもそも眼中にないんじゃないか?」

「あ、ああ。だよな。きっと忘れてるだろう。ていうか、頼む……忘れててくれ……!」

ふむ。どうやら緊張しているようだな。

「面を上げよ。普段通りにするがいい」

シンとエールドメードが顔を上げ、立ち上がった。

続いて、生徒たちがそれに倣い、不安そうにしながらも椅子に座る。

「そう堅くなるな。暴虐の魔王であることがわかったからといって、俺が変わったわけではない。お前たちとこのクラスで過ごした日々は、今でも鮮明に覚えている」

ともに授業を受けた一人の学友にすぎないことを思い出させるため、俺は爽やかな笑みを覗かせる。

「誰がいつ、どこで、なにを言い、なにをしたか、お前たちとの思い出はなに一つ、欠片さえも忘れてはおらぬ。楽しい学院生活だった。そうは思わぬか?」

びくんっと黒服の生徒たちが体を震わせる。

「……やっべえよ……! アノス様、なに一つ忘れていらっしゃらないみてえだ……」

「あの顔……俺たちをどんな風に苦しめようか考えるあまり、爽やかすぎる笑顔になられていらっしゃるじゃねえか!」

「暴虐の魔王だもんな、暴虐の魔王……神よりも深き慈悲と、悪魔よりも残虐な二面性を持った、完璧なる存在……確か伝承じゃ、笑ってるときが、一番恐ろしいって話だったか……」

「あ、あぁ……! なんて親しみのある笑みをされて……いったい、どんな残虐なことを考えていらっしゃるんだ!?」

ふむ。どうにも誤解がひどいようだな。

仕方あるまい。ここは率直に否定しておくとしよう。

「一つだけ言っておく」

生徒一人一人の顔を見て、俺は静かに口を開く。

「不適合者だからと生意気な口を利いてきた者もいたが、なんとも思ってはおらぬ。俺とお前たちは学友だった。ならば、立場は対等、言いたいことを言えばよい。それしきのことを咎めるほど俺は狭量ではない」

俺たちの間に遺恨などないということを皇族の生徒たちにはっきりと示す。

「……なんとも思っていないってことは、だ……」

「なんてこった……! ありゃ、相当根に持たれていらっしゃるよ……完全に手遅れだ……!」

「ああ、なんとも思ってないなら、そもそも言及するわきゃねえもんな……」

「つーか、立場は対等って、つまり手加減しねえってことかよ……」

「俺も思ったことをやらせてもらうってパターンだ……終わった……」

「……命だけで許してくだされば、いいんだが……」

ふむ。なるほどな。

「サーシャ、なんとかせよ」

「いきなり来ておいて、なに無茶ぶりしてるのよっ! 自分でやりなさいっ!」

サーシャの台詞に黒服の生徒たちが皆縮み上がる。

ごくり、と彼らは唾を飲み込んだ。

「……あのサーシャ様が……尻込みするほどの……?」

「いったい、なにをおやりになられるおつもりなんだ……?」

「……一つだけ。一つだけ、予言しておいてやるよ……これが地獄の始まりってやつだ……」

サーシャが唖然とした表情で、彼らに視線を向けている。

「くはは。サーシャ、悪化させているではないか」

「なに笑ってんのよ。あなたが誤解させてるのっ、あ・な・たがっ!」

犬歯を剥き出しにしてサーシャが反論してくる。

「では、ミーシャ。ふがいない姉に代わって、どうにかしてくれるか?」

ふがいない、と言われたことにサーシャは不服そうにしている。

ミーシャがすっと立ち上がった。

「聞いて欲しい」

珍しいミーシャの自己主張に、生徒たちの視線が釘付けになる。

「アノスはこう見えて、キノコグラタンが好き」

なるほど。庶民的な食べ物が好きとアピールすることで、親近感を湧かせ、暴虐の魔王としての畏怖を軽減するつもりか。

「わたしはアノスのために、よくキノコグラタンを作った。一生懸命、練習した。失敗もした。でも、アノスはいつも美味しいって褒めてくれた。アノスはそういう人。優しい」

俺の日常的なエピソードを語れば、それだけ暴虐の魔王への恐怖も薄れるというものだ。

これならば――

「……き、キノコグラタン…………!?」

「…………なんなんだ、それは……いったいどんな恐ろしい拷問のことだ……!?」

「おい……まさか、まさか……俺たちを生きながらにキノコグラタンみたいにしてやるってことか……!?」

「ばっ……ドロッドロじゃねえかっ……!? 原形がないほどにっ……!?」

「待てよ待てよ。よく作ったって……まさかミーシャちゃんにそんなことをやらせて……練習までさせて……なんて……暴虐な……!?」

「それで食うっていうのかっ!? 美味しいってっ!? 生きながらにキノコグラタンにして、俺たちを食うのかよっ……!?」

「いや、問題はそこじゃない。いいか、一番の問題はだ」

生徒たちがごくりと喉を鳴らす。

「そこまでやっても、まだ優しい方だってことだよ……」

「じゃ……本当に、怒ったら、どれだけのことを………………」

「……逆らうんじゃなかった……知らなかったとはいえ、俺はなんてことをしてしまったんだ……」

生徒たちは顔面を蒼白にし、ぶるぶると体を震えて机に額を押しつけている。

ミーシャはぱちぱちと瞬きをして、俺をじっと見た。

「悪化した」

「よい。そういうこともある」

ミーシャは静かに着席する。

「ミーシャちゃんはがんばったぞ」

若干、気落ちしたミーシャをエレオノールが励ます。

ゼシアが、後ろから彼女の頭を撫でていた。

「……よしよし……です」

まあ、いいだろう。暴虐の魔王という名が一人歩きし、ときとしていらぬ恐怖を呼んでしまうことは二千年前にも度々あった。むしろ、これぐらいならば、軽い誤解にすぎぬというものだ。

泰然と構えていれば、真実はいずれわかるだろう。

「大魔王教練の概要を説明しよう」

俺がそう口にすると、エールドメードが杖で黒板を指す。

魔法で描かれたのは、世界の断面図だ。

俺たちのいる地上と、その内側にある地底世界だった。

「つい先日、この地上の下に広がる地底世界の存在が確認された。地上に匹敵するほどの広さを持つそこには、竜より生まれた者を先祖とする竜人たちが住んでおり、神を祀り、盟約を交わし、召喚するなど、独自の文化を築いている」

生徒たちは皆真剣に俺の話に耳を傾けている。

「アゼシオンやディルヘイドへ竜が群れをなして襲ってきたことは記憶に新しいが、それはこの竜人たちが首謀者のようでな。今回の大魔王教練では地底世界にあるその竜人の国へ向かう」

驚いたように生徒たちが目を見開く。

「あの、アノス様。ディルヘイドを侵略しようとした国に、あたしたちが行くんでしょうか……?」

エレンが手を挙げ、恐る恐るといった風に尋ねた。

「そうだ。とはいえ、竜人すべてがディルヘイドに敵対しているかはまだわからぬ。魔族にも人間にも、悪い者もいれば、良い者もいる。竜人とてそうだろう。未知の国へ行き、お前たちがその者たちをどう判断するのか、それを見させてもらう」

不安そうにしている生徒たちの不安を更に煽るように俺は言った。

「死の危険はあるだろう。滅んで蘇らぬかもしれぬ。だからこそ、学ぶ価値があるというものだ」

「で、でも、アノス様がいるんだから安心……」

「今回の大魔王教練は、所用のついででな。四六時中、お前たちに構っていられる保証はない。学友たちと力を合わせ、自力で生き延びることだ」

無論、相応の備えはする。

しかし、いつでも俺が助けてくれると思えば、なんの進歩もない。

これぐらい脅しておくのがいいだろう。

見れば、生徒たちはなんとも行きたくなさそうな表情を浮かべている。

「まあ、自信のない者は無理強いせぬ。未知の世界、未知の国だ。危険も数多く存在するだろう。自分の力を正確に計ることも肝要だからな。行きたくないというのならば、欠席を申し出るがよい」

ファンユニオンの少女たちが目配せをして、ひそひそと話し始める。

「……ど、どうしよう?」

「……あたしたちは、正直、まだ竜も倒せないし、厳しいよね……?」

「欠席した方がいいのかな?」

「だよね。みんなにも迷惑かけちゃうかもしれないし」

「ちょっと待って! あたし、わかっちゃったっ!」

「わかったって、もしかしてアノス様のお考えが?」

「あたしたちを試してるとか?」

「ううんっ。そうじゃなくて、未知の国ってことは、アノス様も行ったことないんだよね?」

「う、うん。それは、そうだと思う」

「じゃ、これって一緒に行けば、間接初体験旅行じゃないっ!?」

「あぁ……! し、しかも、もしあたしたちが滅んだら、アノス様のお考えのもとに滅んだようなものだから――」

「かっ、間接初体験旅行滅ぼされっ!?」

「ほっ、滅びたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぃっ……!!」

地底世界のことなど頭から吹き飛んだんだかのように、ファンユニオンの少女たちがきゃあきゃあと騒いでいる。

相も変わらず、腹の据わり方は見事なものだな。

滅んだと思えば、恐怖も消え、逆に滅ばぬものだ。

クラスの中では弱い部類の彼女たちが行くと宣言したからか、他の生徒たちは欠席するとは言わなかった。

まあ、ファンユニオンよりも明確に魔法が不得手と言えるのはナーヤぐらいだからな。ある程度のプライドがあれば、そうそう口にはできまい。

「ふむ。まあ、気が変わったらいつでも申し出るがいい。なにも、いきなり行くわけではない。出発は明日だ」

とりあえず猶予ができたことに、生徒たちはほっとした様子だ。

「さて。こんな逸話を知っているか?」

俺は生徒たちに問いかけるように切り出した。

「ある魔族の城が人間と精霊の精鋭たちに取り囲まれ、危機的状況に陥った。偵察したところ、明日にも人間の軍は襲撃をしかけてくるだろう。敵の数は二〇〇〇。一方で味方は五〇〇。その上、新兵ばかりだった。増援はなく、切り札もない。だが、勝利したのは魔族の方だった。たった一人の男が彼らを勝利に導いたのだ。彼は、いったいなにをしたのか。考えてみよ」

エレンを見ると、彼女は頭を悩ませて言った。

「……なにか、すっごい作戦を考えて倒したんでしょうか?」

「作戦と言えば作戦だが、少し遠いな」

うーん、とエレンは考え込む。

どうやら思いつかない様子だ。

「他の者はどうだ?」

すると、ミサが手を挙げた。

「具体的にはわからないんですけど、地の利を生かしたとかですか?」

「いや、地の利は関係がなかった」

「はい、はーい、次はボクが答えるぞっ」

エレオノールが何度も手を挙げている。

「聞こう」

「がんばったんじゃないかな?」

「無論、がんばったはがんばっただろうがな」

エレオノールの真似をするように、今度はゼシアが手を挙げた。

「では、ゼシア」

「もっと……がんばりました……沢山です……!」

両手をぐっと握り、ゼシアは堂々と答えた。

「正解と言えば正解だ」

「……正解……です……!」

「あー、アノス君、ゼシアにだけ甘いぞっ」

エレオノールが唇を尖らせる。

他に手は挙がらなかったので、他人事のように微笑みながら授業を聞いている男に視線をやった。

「では、レイ。正解を述べよ」

彼は即答した。

「一日で魔族の兵を鍛えに鍛えて、一人で四人分の働きができるようにした。それによって、人間と精霊の軍を撃退した、かな」

「ちょっと、レイ、それ真面目に答えてるの?」

サーシャが呆れたようにレイを睨む。

「正解だ」

「……嘘っ、本当にっ?」

驚いたようにサーシャが声を上げる。

「僕も、敗走した当事者じゃなかったら、そう思っただろうね」

苦笑しながら、彼は言う。

「それ、なんかずるいわ……」

机に突っ伏しながら、サーシャがぼやく。

「そのとき、城を守ったのは、急遽そこへ派遣された一人の魔族。他でもないお前たちの担任、熾死王エールドメードだ」

カカカ、と彼は笑った。

「古い話をするではないか。結局その後、そこの男に城は落とされてしまったがね」

エールドメードがレイを見ると、彼は爽やかに微笑んだ。

一日で兵を鍛え上げたエールドメードに対して、レイは戦っている最中に急成長してそれを打倒した。

一度退却したのは、浮き足だった他の兵の体制を整え直すためだ。

「君が城を放棄して退却を選ばなかったら、わからなかったよ」

ニヤリ、と熾死王が笑い返す。

二人のやりとりを半ば呆然と眺めている生徒たちに、俺は言った。

「明日にも、絶望的な戦力の敵が攻めてくるかもしれぬ。そんなときに、もう一日しかないと思うのか、まだ一日あると思うのか。心がけ一つで戦況は大きく変わる。増援がないのならば、力を増やせばいい。そうすれば、数で劣っても戦力では上回れる。これが、二千年前――いや、熾死王エールドメードの籠城戦だ」

そんな馬鹿な、といった表情を生徒たちは浮かべている。

「論より証拠だ。これから行う教練は、そのとき熾死王がやったものよりも幾分か危険が多い。うまく行けばお前たちの実力は段違いに向上するが、気を抜けば、あっという間に滅ぶことになろう。心して挑め」