軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

竜討伐命令

カッカッカ、と大講堂にエールドメードの笑い声が響き渡る。

「たかがサイコロ遊び、されどサイコロ遊び。これがアノシュ・ポルティコーロ。我が魔王学院の誇る、天才少年だっ!」

項垂れるハイネの顔を覗き込むようにして、熾死王は言った。

「不服だというのならば、弱き人間。何度挑んでも構わないぞ。その代わり、オマエが負ける毎に、勇者学院の受講数を一割増やさせてもらおう。この熾死王が、脆弱なオマエたちを徹底的に指導してやろうではないか。ん?」

ぎりっとハイネは奥歯を噛み、踵を返した。

「……子供と見せかけて、化け物だなんて、相変わらず汚い奴らだよ、魔族は。魔王を不適合者だって偽ったときと同じじゃないか。やってられないね」

ひらひらと手を振って、ハイネは教壇から降りる。

だが、そのまま席には戻らず、扉の方へ向かった。

「ちょっ、ちょっと、ハイネ君っ! どこに行くんですかっ? 授業中ですよっ!」

慌ててエミリアが声を発し、彼を睨みつける。

「ああ? うるさいなぁ、エミリアは」

「先生でしょうっ!!」

「は? 先生? 魔族のくせに? 笑わせるよ、まったく」

ハイネが肩をすくめ、扉に手をやる。

「待ちなさいっ、ハイネ君っ」

「しつこいなぁ。トイレだよ、トイレ」

「そう言って、一昨日は一日中教室に戻って来なかったでしょうっ」

はあ、とハイネはこれみよがしにため息をつく。

「腹痛だったんだよ。一日中ね。なんなら、エミリア、見張りに来てもいいよ。トイレまでね」

あははははっ、とハイネは笑う。

エミリアは屈辱的な表情を浮かべていた。

「面白いではないか」

淀んだ空気を打ち破るように言い、エールドメードが歩き出す。

「どれ。この熾死王が、オマエと一緒に連れションをしてやろうではないか」

「……な…………」

「ああ、それとも」

杖でハイネを指し、熾死王は紳士的な表情を浮かべた。

「大の方かね?」

気障ったらしく言った熾死王に、ハイネはまるで汚らしいものでも見るような視線を向ける。

彼が動けないまま立ちつくしていると、熾死王が並び、その肩に手を置いた。

「さあ、案内してもらおうではないか」

ハイネは全力で飛び退いていた。

「……じょ、冗談だよっ。冗談に決まってるだろっ。授業前にトイレを済ませてくるのなんて、常識だよ、まったく」

逃げるようにハイネはダッシュし、自らの席に戻っていく。

まるで身の危険を感じたとでもいうように。

「カカカ、そうだろうと思ったぞ、弱き人間。己の立場を有利にするため、ブラフを使うのはけっこうなことだ。次はもっと愉快な嘘を期待しているぞ。この熾死王を出し抜いてみるがいい」

カツカツと足音を響かせながら、エールドメードは大講堂の教壇へ戻った。

「ああ、アノシュ、戻って構わないぞ」

俺は教壇から降りて、ゆるりと自席へ戻っていく。

ざわざわとまた勇者学院の生徒たちが喋り始め、「魔王学院の天才少年か……」「魔王といい、とんだ化け物揃いだよな、魔族は……」などと思い思いの言葉を発している。

その中に、一つ、不思議な言葉があった。

『全能者は、誰にも絶対に抜けない剣を作れる?』

それは誰にあてたものでもない、小さな問いかけ。

いや、強いて言えば、俺に向けられた問いか?

その声が俺に届くと確信しているのならば、の話だが。

足を止め、声の方向を振り返る。

そこに少女が座っていた。

ボブカットにした白銀の髪と金の瞳。

色が白く、透明感のある空気を纏っている。

その美しさはただそれだけで、魔力を持ちそうなほどで、この場に異質な空間を作り出す。

だが、なによりも異常だったのは、彼女の纏った異国の服である。

見たこともないその装束は、アゼシオンのものでも、ディルヘイドのものでもない。

学院の制服を纏まっていない者が、この大講堂に溶け込むように座っており、それでいて、誰もそのことを不思議に思ってはいない。

それが、異質に感じられた。

『もしも全能者が、誰にも抜けない剣を作れないなら、彼は全能者ではない』

少女が言う。

『もしも全能者が、誰にも抜けない剣を作ったなら、その剣は全能者にも抜けない。剣を抜けない者は、全能とは言えない。よって彼は全能者ではない』

その存在もさることながら、不思議な問いである。

『全能者はこの世にはいない?』

だが、確かにそれは俺に向けられたものなのだろう。

透明な少女はまっすぐ俺に視線を向けていた。

『答えがわかったら、教えて』

その言葉と同時に、異国の少女は姿を消した。

椅子には誰も座っていない。

「アノシュ」

ミーシャの声が聞こえた。

「どうかした?」

「ここにいた者の姿を見たか?」

ぱちぱちと瞬きをした後、ミーシャは首を横に振った。

「誰もいなかった」

ふむ。では、見えたのは俺だけか?

俺の頭に直接映像を送ってきたというところだろう。

しかし、わからぬな。

全能者は、誰にも絶対に抜けない剣を作れるか?

どこの誰だか知らぬが、奇妙なことを訊くものだ。

大して意味のある質問にも思えぬ。答えを聞いたところで、どうにもなるまい。

まあ、俺に用があるのならば、また話しかけてくるだろう。

「ならばよい」

俺はミーシャの隣の席に座った。

「それじゃ、学院交流を始めますけど――」

エミリアがそう声を発すると、入り口のドアが開いた。

やってきたのは、赤い法衣を纏った男だ。

髪は短く、頭頂部がハゲている。

体型はお世辞にも痩せているとも言えず、ゆったりとした法衣がはち切れんばかりに膨れあがっていた。

ハゲた男はまっすぐ教壇の方へ歩いてくる。

「ザミラ学院長……どうされましたか……?」

そうエミリアが口にする。

仏頂面のままザミラは答えた。

「王宮からアルクランイスカに勅令があった」

勅令と聞き、エミリアが面倒そうといった表情を浮かべた。

「……どういうお話でしょう?」

「それを今、説明しにきたのだ。黙って聞いておれ」

苛立ったような表情を見せながらも、エミリアはうなずいた。

ザミラは教壇にいるシンとエールドメードを一瞥すると、そのまま、生徒の方を向いた。

「あー、選抜クラスの諸君に王宮から勅令を賜った。心して聞くがよい」

おほんっ、とザミラは咳払いをする。

「つい先日、諸君らの耳にも入ったと思うが、竜という化け物がアゼシオン各地で目撃された。王宮が独自の調査を行ったところ、この竜が人間を食らうということが判明した。このままでは、アゼシオンの民や街が被害を受ける可能性が高い」

王宮独自の調査とは言うものの、イガレスが流した情報だろうな。

この時代の人間に、これほど迅速に竜の実態をつかむことはできまい。

「そこで勇者学院アルクランイスカの選抜クラスに勅令が下ったのだ。諸君らには、アゼシオン各地の竜討伐に赴いてもらう。勇者としての活躍に、王宮は心から期待を寄せている。諸君らならば、必ずそれに応えてくれると信じておる。存分にその証を示せ」

竜の危険性は、ディルヘイドから再三にわたって忠告しているはずだが、その討伐を勇者学院に任せるというのは腑に落ちぬな。

民の信頼をなくしている今の勇者たちは、到底、戦力にはならない。

彼らの切り札である< 聖域(アスク) >がまともな力を発揮せぬのだからな。

学院交流に乗じ、魔王学院だけでひっそりと竜を狩ろうと思っていたが、少々、風向きが変わってきたようだ。

「以上だ」

教壇をおりようとするザミラに、エミリアが声をかける。

「あの……ザミラ学院長。竜討伐ということは、王宮軍の指揮下に入って、ということでしょうか? 確か、王宮軍の兵士たちが、学院の前に来ていたと思いましたが……」

「あの兵士たちは別件だ。王宮はアルクランイスカを信頼し、すべて任せると命を下された。これは、彼らが独力でやりとげなければならない試練だ」

「……はぁ……? ちょっと、待ってください。学生に、魔物級の生物を狩らせるって言うんですかっ!?」

反射的に突っかかったエミリアに、学院長は冷たい視線を向けた。

「エミリア先生はまだ赴任して日が浅かったな。うちは魔王学院とは違う。たとえ学生であろうと、彼らは勇者だ。人々のために戦うのが勇者であり、勇者学院アルクランイスカの使命なのだ」

「ですが……未知の生物を相手にするなど……正気とは思えませんが……」

「エミリア先生っ!」

ザミラが叱りつけるようにエミリアを睨んだ。

「王宮が狂っているとでもおっしゃるのか? 言葉には気をつけた方がいい」

「いえ……そういうわけでは……しかし、王宮軍の応援を頼んだ方がいいと思いますが、万が一ということもありますし」

「残念だが、私も忙しい。後のことを任せるよ。詳しいことは事務方に聞いてくれ」

「え、ちょっと待ってください。まだ話は……」

エミリアの言葉を無視して、ザミラが教壇を降りていく。

その足で彼が向かったのは、レイの席だった。

途端に彼は仏頂面から、笑顔になった。

彼はそのふっくらとした体型で、可能な限り優雅にお辞儀をした。

「お初にお目にかかります、勇者カノン様。私は当学院の学院長を務めます、ザミラ・エンゲロと申します。どうぞ、お見知りおきを」

勇者学院の生徒たちから、白けた視線が注がれる。

しかし、まったくに意に介さず、ザミラは続けた。

「カノン様、あなた様が転生される日を、我々人間は心よりお待ち申し上げておりました。この度、王宮では、あなた様のための、盛大な式典の準備を調えて参りました。すべての民、すべての兵が、勇者カノン様のお帰りを歓迎し、また祝福しているのです。どうぞ、一度、城にいらっしゃってはいただけませんか?」

珍しくレイは笑顔ではなく、真顔で応じた。

案の定、面倒臭いことになったという空気が、彼の全身から滲み出ていた。

「僕はもう魔族なんだけどね」

「いえいえ、滅相もないことでございます。魔族の力さえ我がものにするとは、さすがは勇者カノン様。誰がなんと言おうと、あなた様は勇者。霊神人剣がそれを証明しております。たとえ人間であったとしても、エヴァンスマナも抜けなければ勇者とは言えません」

勇者学院側の席から、舌打ちの音が漏れた。

ラオスだ。

「ささ、どうぞ、すでに送迎の準備は調っております。学院交流とは言いますが、こんな偽者の勇者たちのもとであなた様が学ぶことなどないでしょう。それよりも、王宮でゆっくりとされてはいかがでしょうか? 国賓として、最上級のもてなしをさせていただきます」

ここまで勇者学院を侮蔑するのは、ザミラが王宮から派遣された男だからだろう。ディエゴがいなくなった後、権威を失った勇者学院の学院長に収まろうという人間はおらず、暫定的にこのような処置がとられている。

ザミラには、生徒たちの教育よりも、王宮の命が第一なのだ。

無知ゆえにということもあるが、それで竜討伐という無茶を平気で口にできるのだろう。

「聞き捨てなりませんね」

そう口にして、立ち上がったのはレドリアーノだ。

「確かに我々はカノンの転生者ではありませんでしたが、仮にも勇者学院の学院長が、自らの生徒を偽者呼ばわりするのはいかがなものでしょうか」

「おうおう、まったくお偉いさんってのは、舐めてるよなぁ」

ラオスが立ち上がり、ザミラを睨む。

「大体なんだ? 表にいるあの兵士の部隊はよ。勇者カノンを送迎するためのものってか? 王宮でご立派な式典をやる際、パレードやらなんやらにも大量の兵士を割くわけだろ? そんで忙しいから、俺たち学生だけで竜とかいうわけのわかんねえ化け物と戦えってか。馬鹿じゃねえのか?」

続いてハイネが言った。

「どーせ無理に決まってるしねぇ。なんなら、その本物の勇者にやらせればいいんじゃない? ぼくたちと違って、霊神人剣もあることだしね」

レドリアーノたちに賛同するように、勇者学院側の生徒たちが「そうだそうだ」と騒ぎ始める。

ザミラは振り向き、大声で言った。

「わきまえよっ、クズ共がっ! 貴様らが文句を言えた立場かっ! 本来ならば、勇者カノンと名乗り、王宮を謀った罪で死刑になっていてもおかしくないのだぞっ!!」

レドリアーノが眼鏡を人差し指で持ち上げる。

「我々は勇者学院にカノンの転生者だと判定されただけのこと。責任を押しつけるのはおかしいのでは?」

「では、なぜカノンのフリをしていた? 違うというのなら、そう弁解すればよかったはずだ」

「< 聖域(アスク) >の影響だとご存知のはずでは?」

「馬鹿めが。王宮が、ディルヘイドの見解を鵜呑みにすると思うのか。あちらにはあちらの思惑があるのだ。< 聖域(アスク) >の影響などない。それがアゼシオンの見解だ。現にそんなものは確認できないではないか」

そう言われ、レドリアーノは押し黙る。

ジェルガを滅ぼしたことで、< 聖域(アスク) >から彼の意志は消えた。

確認など、今更できるはずもない。

それをいいことに、王宮は< 聖域(アスク) >の影響をなかったことにするつもりなのだろう。

ジェルガの意志が、< 聖域(アスク) >を使うすべての人間に影響を与えたのではなく、もっと個人的な問題にしておきたいのだ。

都合が悪くなれば、いつでも切り捨てられるように。

「カノンでないにしろ、お前たちが勇者であれば、あのような馬鹿げた戦争は止められたはずだ。偽者でなければな」

レドリアーノが奥歯を噛む。

その表情には悔しさが滲んだ。

「よいか、そんなお前たちに、王宮は寛大にもチャンスを与えてくれたのだ。竜を討伐し、再び、本物の勇者を名乗れるチャンスをな。ならば、命ぐらいかけるのが当然であろう。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いなどない。恐れ多いにも程があるぞ!」

選抜クラスの生徒たちは皆一斉に黙り込む。

彼らは皆、あの戦争が起きるまで、勇者として扱われてきた者たちばかりだ。

どんなに理不尽な言葉よりも、勇者ではないという事実が、彼らを深く傷つけていた。

だが、そんなことをまったく気にせず、一人の教師が声を上げる。

「さっきから、勇者、勇者って言ってますけど、それがなんなんですか。そんなくだらないもののために、どうしてわたしたちが命をかけなきゃいけないんです? あなた、頭がおかしいんじゃないですかっ?」

あまりの理不尽を突きつけられ、エミリアが食ってかかっていた。

生徒たちが命をかけるということは、当然、それを指導、監督するエミリアも、危険に曝される。

勇者の誇りなど知ったことではない彼女にとって、到底受け入れられることではないだろう。

「それが勇者というものなのだ。彼らが勇者を名乗る限りは、避けられない使命である」

ため息混じりにザミラが言う。

「それなら、勇者じゃなくても別にいいですよ」

「は……?」

ザミラがきょとんとした表情を浮かべる。

まったく予想外の言葉だったのだろう。

「死んだら終わりですよね。こんな茶番で命をかけて、それが勇者ですか? 相当くだらないんですね、勇者っていうのは。いいから、軍を出してくださいよ。ただの学生にこんな不当な扱いをして、ディルヘイドが黙っていると思いますか?」

はあ、とザミラはため息をついた。

「エミリア先生。あなたも勇者学院の教師になったのなら、もう少し勇者のことを学んでいただきたい。そのような見識だから、誰もあなたの授業に耳を貸さないのだ」

「それは、生徒たちが不真面目だからですっ。勇者なんてくだらないこととは、まったく関係がありませんっ!」

ザミラは眉根を寄せて首を振った。

「話にならない」

一方的に話を打ち切って、再びザミラはレイの方を向いた。

「勇者カノン様。お見苦しいところをお見せしまして、誠に申し訳ございません。もし、授業にお出になられるのでしたら、放課後、よろしければ、晩餐会にいらしていただきますよう。そこで式典のお話を詳しくさせていただければと存じます」

「ああ、そうだ、レイ」

俺が口を挟むと、ザミラは忌々しそうに睨んできた。

「放課後に水遊びでもせぬか? 広い湖があったしな」

ザミラは鼻から、ぬふー、と息を吐く。

苛立ちが見てとれるものの、俺がレイの知り合いだと判断し、作り笑顔で言った。

「……ああ、僕ちゃん? 残念ながら、カノン様は用事が――」

「それはいいね」

「は?」

ザミラが素っ頓狂な声をあげる。マヌケ面であった。

「残念だけど、晩餐会は断るよ」

「な、なぜでしょうか? 今一度、ご一考を。お望みのものはなんでもご用意いたしますので」

爽やかに微笑み、レイは言った。

「放課後は、水遊びの用事ができたからね」