軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大魔法教練

その翌日――

俺がデルゾゲード魔王学院の第二教練場へやってくると、自席の右隣にいつもと違う顔があった。

「おはよう」

当たり前のような表情を浮かべ、サーシャがそう挨拶する。

「お前の席はそこだったか?」

「変えてもらったのよ。班員同士で固まってた方が楽でしょ」

確かになにかと移動する手間は省けるな。

俺は席に座り、左隣にいたミーシャに声をかけた。

「よう」

「……おはよう……」

いつも通りの淡々とした声でミーシャは言った。

「そういえば、あなた、わたしの班員だった人たちはどうしたの?」

「どうしたというと?」

「わたしがあなたの班に入ったから、一緒に班に入ろうとした人がいたはずだわ」

確かに、何人かには声をかけられたな。

「断った」

「はあっ!? なんでよ? 班別対抗試験は人数が多ければ多いほど有利なのよ?」

なんでと言われてもな。

「気分じゃなかった」

サーシャは唖然とする。

「特に困らないだろう。俺とお前たち二人がいれば勝てる」

もっと言えば、俺さえいれば勝てる。

「班別対抗試験はそれでいいかもしれないけど、クラス対抗試験は五人以上、学年別対抗試験は七人以上いないと参加できないわ」

なるほど。そんな決まりがあるのか。

いくら俺でも参加できなければ勝てないな。

「それは知らなかった」

「どうするのよ?」

「まあ、まだ時間はあるだろ。その間に考える」

「悠長なことね」

呆れたようにサーシャは言った。

ちょうど授業開始の鐘が鳴り、ドアが開く。エミリアが入ってきた。

その後ろに、黒の法服と外套を纏い、帽子を被った男がいる。男というには多少の語弊があるか、外見は骸骨なのだ。

確か、七人の配下のうち一人は、 不死者(アンデッド) にしておいたが、そいつがアイヴィス・ネクロンを名乗ったということか。

七魔皇老と呼ばれ、この時代では相当な力と地位があるのだろうな。普段は騒がしい生徒たちも、アイヴィスが姿を現した途端に静まり返った。

いや、これは奴から発せられる魔力にもよるか。その強大すぎる魔力にあてられ、知らず知らず畏怖してしまうというわけだ。

俺の魔力でも同じことが起こりそうなものだが、しかし、この時代の魔族はあまりに弱すぎる。

俺の魔力にあてられた場合、畏怖するどころか、魔眼などの魔力感覚が麻痺してしまい、逆にまったく力を感じられないのだ。

まあ、俺の魔力を感知できてしまえば、反魔法の弱い連中はそれだけで死ぬだろうからな。生物の防衛本能という奴だろう。

「この前お話しした通り、本日は大魔法教練を行います。七魔皇老アイヴィス・ネクロン様による、二度とは聞けない魔法の深淵に迫る授業になりますから、心して聞いてください。特に」

エミリアは俺の方をじっと見る。

「アノス・ヴォルディゴード君。くれぐれも失礼のないようにお願いしますね」

まったく、わざわざ釘を刺してくるとはな。

まさかこの俺が礼儀知らずだとでも思っているわけではあるまいな。

「言われてなくても、それぐらいはわかっている」

「なら、いいのですが……」

やれやれ、なにを心配しているのやら。

ああ、ついでだ。とりあえず、挨拶をしておくか。

俺はすっと立ち上がった。

「よう、アイヴィス、久しぶりだな」

「…………!!!?」

エミリアは顎が外れそうなぐらいに口を開き、驚きをあらわにした。

「あ、あ……あぁぁ……アノス・ヴォルディゴード君っ! あなた、アイヴィス様に……なんという気安い口の利き方をっ!!」

ひそひそと生徒たちの話し声が聞こえる。

「……やばい……やばいぞ、あいつ、今度こそ確実に死んだ……」

「ああ、さすがに七魔皇老はやりすぎだろ……」

「ていうか、アイヴィス様が怒ったら、俺たちまで巻き込まれるんじゃ……」

「ちょ、勘弁してくれよ、不適合者……」

雑音は気にせず、俺はアイヴィスに魔眼を働かせる。

確かに覚えのある魔力を感じるな。

俺の血から作った配下の一人に違いないだろう。ほぼ、ではあるが。

「あ、アイヴィス様っ。も、申し訳ございませんっ! アノス・ヴォルディゴードはただちに除名いたしますのでっ……!!」

「よい」

アイヴィスは鷹揚にそう言った。

「久しぶりだと言ったな」

アイヴィスが俺に視線を向ける。

「ああ、二千年ぶりだ。覚えていないか?」

「二千年。なるほど。どうりで」

合点がいったように、アイヴィスがうなずく。

「残念ながら、我は二千年前の記憶を失ってしまった。覚えているのはただ一つ、我が主、暴虐の魔王のことのみだ」

「ならば、俺のことを覚えているはずだが?」

「……そなたは、始祖に縁のある者か?」

ふむ。なるほど。

暴虐の魔王のことは覚えている。だが、俺が何者かはわからない。

つまり、暴虐の魔王を俺ではない他の誰かだと信じているわけか。

記憶を失ったことが関係しているのかもしれないが、やはり、妙な話だな。魔王学院のトップは七魔皇老。仮にアイヴィスが本当に記憶を忘れていたとしても、七人全員が記憶を忘れていなければありえない。さすがに偶然ではあるまい。

何者かに記憶を改竄されたか?

それとも覚えていないフリをしているのか?

「確かに、そなたの魔力には懐かしさを感じる」

「そうか?」

「ああ、二千年前の知己であったことは間違いないであろう」

いずれにしても、会話だけではわからないな。

「我になにか用か?」

「なに、用というほどのことでもないが、忘れているのなら思い出させてやろうと思ってな」

生徒たちやエミリア、サーシャとミーシャが心配そうに見守る中、俺はまっすぐアイヴィスのもとへ歩いていく。

そして、おもむろにその髑髏の顔面をわしづかみした。

瞬間、教室中がパニックに陥った。

「ちょっ、ちょ、ちょちょちょ、アノス君っっ!!?」

「やっちまったっ! あいつ、やっちまったぞっ!!」

後ろでぎゃーぎゃーと騒がしい生徒たちの言葉が響く中、俺は手の平に魔法陣を描いていく。

「思い出せ。自らの主を。我が名はアノス・ヴォルディゴードだ」

発動した魔法は< 追憶(エヴィ) >。

どんな遠い過去の記憶をも思い出させる。

だが、手応えがない。

「……無駄だ。この頭に記憶は残っておらぬ。思い出せぬのではない。消えたのだ。完全に失われたものは、< 追憶(エヴィ) >でも戻せない」

「ならば、これでどうだ?」

多重魔法陣を展開し、起源魔法< 時間操作(レバイド) >を使う。それを< 追憶(エヴィ) >と重ねがけした。

「……これは……なにをしているのだ……? 我の頭に記憶が……映像が入り込んでくる……」

「貴様の頭から記憶が完全に消え去っているのなら、< 時間操作(レバイド) >で局所的に時間を遡り、二千年前のお前の記憶を< 追憶(エヴィ) >で引っ張り出す」

「……馬鹿な……! 時間を遡るだと……? 時をも超越する大魔法が存在するというのか……!?」

「起源魔法の一種だ。使い勝手はかなり厳しいがな」

二千年前のアイヴィスの記憶と魔王アノスを起源として、それを遡ることで、時間を逆行する< 時間操作(レバイド) >を成立させた。

アイヴィスの頭には、二千年前の体験が走馬燈のように流れただろう。

「……確かに我は記憶を二千年遡った……」

だが、なかった。

二千年前にも、アイヴィスの頭には魔王アノス・ヴォルディゴードの記憶はない。

無論、< 追憶(エヴィ) >で引っ張り出した記憶はアイヴィスの頭に流れるのみで、俺が読みとれるのはその表層ぐらいだ。

それでも名前ぐらいはわかるものだが、どこを探しても俺の名はなかった。

代わりに何度も記憶に表れたのは、暴虐の魔王アヴォス・ディルヘヴィアという存在のみだ。

「なぜ、記憶が戻らぬ?」

「お前の記憶は二千年前に遡って綺麗に消されたということだ。いつの時点でかはわからないがな」

簡単に言えば、過去が改竄された。アイヴィスの頭には、初めから魔王アノスの記憶がなかったことにされたのだ。

何者かの魔法によって。

やれやれ、厄介な話だな。

さすがの俺も二千年前に起きたことにまでは、手を出せない。

「なるほど。しかし、礼を言おう、アノスとやら。それがわかっただけでも収穫だ。我に敵対する何者かがいるということだからな」

本気で言っているのか。それとも、とぼけているのか?

自分自身で過去を改竄したということもあり得る。

俺に悟られぬように。

「なに、気にするな。それより、授業を始めてくれ」

俺は席に戻っていくと、生徒たちがひそひそと話す。

「ど、どういうことっ……!?」

「わからないけど、七魔皇老にいきなりつかみかかって、なんか知らないけどお礼を言われてたみたいだぞっ……!!」

「なんでつかみかかったら、お礼を言われるのっ……!?」

「つかまれたかったとかっ……!?」

「どういうことっ……!?」

「ていうか、七魔皇老にお礼って、どんだけだよぉっ……!?」

「あいつ……本当に不適合者なのかっ……!?」

「……すげぇえっ……!! なんか全然わからないけど、すごすぎて、なにも言えねえっ……!」

椅子を引き、座る。隣のミーシャが言った。

「……無事でよかった……」

反対側から、サーシャが言う。

「あなたって、信じられないことするわ」

やれやれ、相も変わらずつまらぬことで騒ぎすぎだな。

しかし、アヴォス・ディルヘヴィア、か。

俺の名が誤って伝わっただけかとも思っていたが、どうにも雲行きが怪しくなってきた。

七魔皇老のことも、魔王学院のことも、俺が不適合者になったことも。

すべては意図されたことなのかもしれない。

まだ断言はできないが、もしかしたら、いるのかもしれぬな。

アヴォス・ディルヘヴィア――この俺に成り代わろうという何者かが。