軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

婚姻の義

翌日――

俺とミーシャは急遽、ディルヘイドからアハルトヘルンに戻ってきていた。

婚姻の義に列席するためである。

エニユニエンの大樹の天辺。レノが住んでいる小さな城の前は、沢山の花々で飾り付けがされていた。扉の前には雲で作られた祭壇が設けられている。精霊の祖を祀ったものだ。

そこからまっすぐ雲の向こう側まで、蒼色の涙花が道を作っており、まるで華やかな絨毯のように見える。

涙花の道を挟むように、アハルトヘルンの全精霊が、そこに集まっていた。

八つ首の水竜リニヨンや長き蛇エピテオなど、真体が巨体なものは仮初めの姿となり、並んでいる。

大勢の精霊たちに混ざり、俺たちも旅芸人の一座としてそこにいた。

やがて、雲の向こう側から純白のドレスを纏ったレノが姿を現した。その傍らにはシンがいる。彼は漆黒の鎧を身につけていた。

祝福の礼装と呼ばれる精霊、エルトニカである。吉事にて、姿を現すこの精霊は、持ち主に相応しい礼装に変化し、様々な加護と祝福を与える。

エルトニカが漆黒の鎧に変化したのは、この時代、魔族が婚儀を行う際、正装の一つとされているからだ。

色については、必ずしも決まりがあるわけではない。だが、誓いを交わすとき、俺は黒の正装を好んで纏った。

なにものにも染まらぬ、黒き色。決して違えることのできぬ誓いのとき、その色に俺は想いを込めた。そのためか、俺の配下には、正装のときに黒の衣装を纏うものが多かった。

無数の花々で彩る精霊の婚儀には、少々不釣り合いかと思ったが、レノは精霊と魔族の結婚にぴったりだと言い、黒の正装を尊重した。シンが俺に、暴虐の魔王になによりも敬意を払っていることを知っているからだろう。

「レノが来たよー」

「剣のオジサンもきた」

「婚儀婚儀ーっ」

「おめでとうー」

ティティたちが祝福するようにキラキラと鱗粉をばらまきながら飛び、レノとシンを先導していく。

二人は涙花の道をゆっくりと歩き、祭壇へと向っていた。レノの力なのか、二人の足は僅かに宙に浮かび、花を踏むことはない。

「我らを育てし優しき母と、我らを守りし強き伴侶に、大いなる祝福を」

雲の回廊に噴水が立ち上り、涙花の道にいくつものアーチを作った。

水の大精霊リニヨンの祝福だ。

「おめでとうございます、レノ」

穏やかな風が吹き、ふっと涙花の花々をさらっていく。空を花で彩るように舞い上がらせ、風と雷の精霊ギガデアスが、祝福した。

「オメデト、オメデト」

チカチカと、翠の光を放ちながら、治癒蛍セネテロが飛翔する。

その軌道は、輝く綺麗な星を描いた。

そんな風に精霊たちは皆、自らの力を使い、二人の婚儀を温かく迎えていた。

「おめでとうっ! レノちゃんっ、すっごく綺麗だぞっ。シン君も格好いいっ!」

エレオノールが声を上げた。

「……おめでとう、ございます……結婚はいいことです……」

エレオノールとゼシアは< 聖域(アスク) >の魔法を使い、この場にいる全員の想いを、光に変える。

城の向こう側に、綺麗な虹の橋がかけられていた。

「綺麗……」

と、リィナが呟く。

彼女は嬉しそうな表情でその虹と、そして、新郎新婦を見つめていた。

「綺麗は綺麗だけど……あれ、大丈夫なのかしら……?」

俺の隣でサーシャがぼやく。

「もとより、精霊たちの祝福でこれだけ華やかなことだしな。婚儀が多少派手になったところで、なにが変わるわけでもあるまい」

「ふーん。じゃ、わたしたちもやる?」

サーシャが問いかけると、ミーシャはこくりとうなずいた。

二人は手をつなぎ、魔法術式を融合させる。

「氷の花火」

二人の間に魔法陣が描かれると、そこから、氷の結晶が舞い上がり、空に上っていく。それがキラキラと弾けたかと思うと、大空に大輪の花を咲かせる。

まるで氷の結晶のようなそれは、綺麗な火に彩られ、いつまでも空に残る幻想的な花火を作りだしていた。

「それじゃ、ちょっと余興をしてくるよ」

今度はレイが言う。

彼は緑色の全身甲冑を身につけていた。

花の道の前にレイが歩み出ると、同じく緑色の全身甲冑が四人ほど歩み出た。

中身は空っぽだ。それは動く甲冑である。

甲冑精霊ロンロン。彼らは木の枝をその手に持っている。祝福の木剣と呼ばれるものだ。そのまま、ロンロンはシンにまっすぐ向かっていった。

シンはレノの前に出て、鉄の剣を抜いた。

祝福の木剣を切断すれば大きな幸福が得られ、祝福の木剣で体を叩かれれば、大きな幸福を与えられるとされる。

いずれにしても、祝福が得られるその木剣と大立ち回りをするのが、精霊の婚儀の伝統だそうだ。

甲冑精霊ロンロンは「おー!」と勇ましく声を上げ、四人同時にシンへ向かって行ったが、いとも容易く祝福の木剣を切断された。

わーっと精霊たちから歓声が上がる。

なんとも賑やかな婚儀だった。

「それじゃ、行こうかな」

甲冑を着たレイがまっすぐシンへ向かう。

大上段から振り下ろした祝福の木剣を、シンは先程同様、鉄の剣で迎え撃つ。

だが、シンの剣は、水をかくかのように、その木剣をすり抜けた。

祝福の木剣が光と化していたのだ。そのまま光の木剣がシンの体に触れる。

すると、それは彼を祝福するようにキラキラと体にまとわりついた。

「……今のは、祝福の木剣の秘奥……ですか」

「魔力の弱い精霊剣だからね。僕にもなんとかなったよ」

レイは魔法陣を描き、一意剣シグシェスタを取り出す。

そうして、跪き、両手でそれをシンに差し出した。

「旅芸人といっても僕は用心棒みたいなものだからね。みんなみたいに、派手な魔法で祝うことができなくて悪いけど」

一意剣を受け取り、シンは笑った。

「この上ない、祝いの一撃でしたよ。レイ」

魔法陣にシグシェスタを収納し、シンは振り返る。手を差し出すと、レノは嬉しそうにその手を取って、また祭壇へ向かって歩き始めた。

「つき合わせちゃって、ごめんね。魔族から見たら、変な婚儀だし」

「いいえ」

シンはまっすぐ前を向きながら言う。

「剣の心しか持たない私が、このように祝福されるのは、あなたがいたからこそです。あなたに愛をお返しできないのは申し訳ありませんが、この婚儀に微塵も不満はありません」

嬉しそうに、レノは満面の笑みを浮かべた。

「魔族が来られないのは仕方ないけど、できたら魔王アノスにも来てもらえたら、よかったのにね……」

「……そうですね。しかし――」

シンが立ち止まる。祭壇の前に、俺が立っていたからだ。

「我が名はアノシュ・ポルティコーロ。暴虐の魔王の幼少期の姿だ」

その声に精霊たちが、きゃっきゃと大騒ぎする。

「シン」

まっすぐ俺は配下を見た。

「たとえ愛がなくともお前は選んだ。この婚礼はお前が確かに自ら望み、選んだことなのだ。己を信じよ。手を伸ばせば、届かぬものなどないと知れ。お前は、魔王の右腕なのだからな」

穏やかに、シンはうなずく。

「まるで我が君に言われているようです」

「魔王ならば、そう言うだろう。なにせ俺は、ディルヘイド一の旅芸人、アノシュ・ポルティコーロ。物真似だからといって、本物じゃないと思ったか」

ティティたちが飛び回り、お腹を抱えて大爆笑していた。

踵を返し、俺は列席者たちのもとへ歩いていく。

その姿を見送った後、レノは言った。

「しかし?」

うっすらと笑い、シンは俺の背中に視線をやる。

「いえ、二千年後から見ているかもしれません。我が君は、暴虐の魔王ですから」

ふふっ、とレノは笑った。

「そうかも。あの人なら、やりそう」

祭壇の前に辿り着いた二人は、横に並び、姿勢を正した。

厳かな声が響く。

エニユニエンのものだ。

「精霊と魔族、二つの種族が結ばれる、かような素晴らしき時に立ち会えたことに、感謝しよう」

それまで騒がしかった精霊たちが、ぴたりと静まり返った。

彼らは声を上げたそうにうずうずとしながらも、儀式を見守っている。

「婚姻の義、誓約の言葉を」

静寂の中、エニユニエンの大樹の声だけが聞こえていた。

「母なる大精霊レノ。汝、シン・レグリアを夫とし、喜びのときも、悲しみのときも、精霊の名と、心において、その伝承が潰えるときまで、変わらぬ愛を尽くすことを、誓うかのう?」

レノは言った。

真摯な口調で、意志を込めた瞳で。

「誓います」

「魔王の右腕シン・レグリア。汝、大精霊レノを妻とし、喜びのときも、悲しみのときも、魔族の誇りと、その意志において、彼女と彼女の子を守るため、変わらぬ力を尽くすことを、誓うかのう?」

シンは言った。

強く、鋭く、誇りを示すが如く。

「たとえ、滅びが二人を分かとうとも」

「うむ。よかろう。ここに母なる大精霊の夫、精霊王シン・レグリアが誕生した。お主が誓いを守る限り、アハルトヘルンはお主と共に。我ら精霊はお主の力となろう」

精霊たちは同意を示すように、シンとレノに視線を注ぎながら、皆こくりとうなずいた。

「では、誓いのキスを」

シンとレノが互いに向かい合う。

ゆっくりと二人は、距離を縮めていった。

至近距離で、レノはそっと囁く。

「ふ、フリでいいよ?」

「フリがいいのですか?」

一瞬、押し黙り、俯いたレノが言う。

「…………じゃない方がいいけど……」

「では、そのように」

優しく、シンはレノの背中に腕を回した。

「愛してるよ」

「私は……」

言葉を打ち消すように、ニコッとレノは笑った。

「大丈夫。シンの分まで、愛してるから」

シンの目元が柔らかくなり、表情が優しく緩む。

「愛がなにかはまだ知りませんが、私はあなたを選びました、レノ」

ゆっくりと、ゆっくりと、二人の距離が縮まっていく。

それは願いのように見えた。まるで、これから始まる恋の、その種から、どうか芽が出ますようにと祈りを込めた。

どうか、どうか、枯れずに花が咲くようにと。

瞬きの間に消えてしまう夢のように、拙く、幼いキスを、二人は交わしたのだった。