軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

精霊の森の旅芸人

レノは琥珀の瞳をこちらへ向ける。

不思議そうな表情をしているのは、俺が小さな子供だからだろう。

< 逆成長(クルスラ) >の魔法で若返ることが可能とはいえ、さすがに体が未発達な六歳児になろうという魔族はそうそういない。

争いの絶えぬ神話の時代では、命取りになりかねないからな。

「……アノシュは、魔族だよね?」

「ああ」

レノは警戒心を持った瞳で、じっと俺を見る。

「魔王アノスの配下かな?」

「いや、どの陣営に属しているわけでもない。少々旅をしていてな。旅芸人の一座だ」

「旅芸人……?」

ぽつりと呟き、レノがミーシャたちに視線を向ける。

ゼシアが小さく手を振っていた。

にっこりとレノは笑い返し、また俺の方を向いた。

「本当に?」

「ああ、見せてやれ、サーシャ」

「なにをっ!?」

びっくりしたようにサーシャは声を上げた。

レノは更に警戒心を滲ませる。

「確かにお前の持ちネタは多い。なにをと聞きたくなるのは無理もないか」

そう誤魔化しつつ、サーシャに考える時間を与える。

この時代、サーシャにしかできない、とっておきの芸がある。

「あれだ。先月、ディルヘイドで爆笑をかっさらったやつがあっただろ」

彼女ならば、俺が無茶ぶりをしているわけではなく、その狙いに気がつくはずだ。

「あ、あれね。わ、わかったわ」

ふむ。サーシャは明らかにわかっていないような顔をしているな。

「見せてあげるわっ!」

やけくそとばかりに、サーシャは叫び、両手を天高く掲げた。

時間を稼いでいるのだ。

ゆっくりと彼女はその手を下ろしてきて、芸の始まりを演出する。

そして、はっと気がついたか、彼女はレノに視線を向けた。

「暴虐の魔王の 魔眼(め) の物真似っ!」

「……ぷっ」

サーシャが見せた<破滅の魔眼>に、レノがくすりと笑う。

<破滅の魔眼>は本来、魔族が持つ魔眼ではない。俺の特異な体質があって初めて使いこなせるもののため、その血を引く子孫のいない神話の時代では、真似と言えども、そうそうできることではない。

とはいえ、今、サーシャの見せた<破滅の魔眼>は不完全のため、到底、本物には見えなかっただろう。物真似として、やりすぎず、しかも似ており、他の者には難しい、絶妙な出来映えだ。

「う、うけたわ……」

サーシャがこっそりと拳を握る。

レノは笑いながら言った。

「もう。なにそれ、魔王アノスにそっくりだよ。微弱だけど、なにげに周囲のものに破滅させる力を及ばせてるなんて、無駄にクオリティ高すぎ。ディルヘイドでやったら、不謹慎すぎて怒られない?」

「魔王アノスは意外と冗談が好きでな。笑いには理解がある」

「あ……そういえば、そんな噂も聞いた気がするけど、ただの噂だと思ってたよ」

レノは言いながら、俺に視線を移した。

「さっきから、思ってたんだけど、アノシュって魔王アノスの面影がある気がするんだけど……?」

「よくぞ気づいた」

俺は大仰に腕を組み、これでもかというぐらい魔王の立ち姿をとってみせる。

「これが、暴虐の魔王の幼年期の姿、アノシュ・ポルティコーロだ!」

「ぷぷっ……!」

「子供だからと言って、魔王じゃないと思ったか」

「あははっ……! そっくりっ、言ってたよ、それ。魔王アノスが子供になったら、本当にそんなこと言いそうっ……」

レノは口元を押さえて笑う。

「……もう……地味に、笑っちゃうよ……すっごく似てるし、確かに魔王の子供の頃って、そんな感じかも……」

ふむ。うまくいったな。

隠そうとすれば逆に怪しまれる。

ならば、自ら本当のことを口にすることで、そんなことはないと思わせればいい。

「でも、どうやってここに入ってきたの? 普通の魔族じゃ、入り口の壁を超えられないはずだよ?」

「この時代を旅芸人で生きるには、それなりに力もいるからな。壁は彼女に突破してもらった」

俺はミーシャの方を見る。

「……わたしは……」

彼女は考え、そして言った。

「……四邪王族より強い旅芸人……」

レノが訝しげに首をひねる。

「……うーん、そういえば、魔王は魔族は好き勝手に生きてる者ほど強いって言ってたなぁ……シンに聞いてみようかな……」

この時代を旅芸人として生きるなど、生半可な力でできることではない。シンならば、そう答えるはずだ。

「でも、アノシュの一座、変わった組み合わせね。魔族と人間と精霊が一緒にいるなんて。旅芸人だからかな?」

警戒が解けたのか、彼女は緩い口調で言った。

「笑いに国境などないからな。種族の差など、些末なことだ」

すると、レノは穏やかに微笑んだ。

「そっか……。なんか、いいな。それが、当たり前の世界になったら、もっといいよね……」

レノはそう言葉をこぼし、俺に訊いた。

「精霊に興味があるって言ったよね?」

「ああ、リィナ」

呼ぶと、リィナは俺の隣まで歩いてきた。

「一座の一員だが、彼女の記憶を探している。どうも、変わった記憶喪失のようだ。大精霊レノはあらゆる精霊の母と聞く。なにか知らないか?」

レノはリィナをじっと見つめる。

「見たことない子ね。記憶がないの?」

こくりとリィナはうなずく。

「うーん、わからないよ」

レノは首を捻った。

「お前でもか?」

「あらゆる精霊の母って言っても、すべての精霊のことを把握しているわけじゃないんだよ。わからないことだって、あるんだから」

ふむ。

まあ、そういうこともあるか。

「リィナはアハルトヘルンになにか覚えがあるそうでな。よければ、しばらくここに滞在させてもらいたい」

「それはいいんだけど、ちょっとおいで、アノシュ」

レノが俺の手を引き、少し離れた場所へ移動する。

「どうした?」

「さっきのリィナっていう子、愛の妖精フランだよ」

確か、翠の本に載っていたな。

ページが破れていて、詳細はわからず仕舞いだったが。

「報われなかった愛を形にし、結びつける精霊か?」

「……うん。魔族なのに、知ってるんだ……?」

不思議そうにレノが言う。

この時代の魔族は精霊とは関わりが薄いからな。

「なに、以前、精霊のもとで勉強したことがあってな」

二千年後の話だが。

「しかし、なぜさっきは知らないフリをした?」

「愛の妖精フランは、記憶を求めて彷徨ってるんだよ。自分が愛の妖精だって気がついたら消えちゃうから、絶対に教えちゃだめ」

それで嘘をついたというわけか。

「先に愛を思い出させてあげないと」

愛を思い出させる、か。

しかし、わからぬな。

「フランのことをもう少し詳しく訊きたいのだが?」

そう口にした途端、ドゴォンッと地面が揺れた。

地響きを立てながら、姿を現したのは小さな城ほどもあろうかという巨大な神獣グエンである。

「……あんなの、どこに隠れてたの……?」

「なに、図体だけでかくなろうと問題あるまい。シンならば即座に斬り捨てるだろう」

そのとき、グエンが大きく口を開き、地上にいたなにかをぱくりと咥えた。

< 幻影擬態(ライネル) >の魔法が解かれ、その姿があらわになる。

レイだった。

彼は両手両足で踏ん張り、神獣グエンの口を押さえ、飲み込まれぬように持ちこたえている。剣があればすぐに脱出できるだろうが、今は丸腰だからな。

「彼も、あなたの仲間?」

「ああ。まあ、気にすることはないが……」

飲み込まれようとレイは生還するだろうが、しかし、七つの根源があると悟られる可能性もあるな。

まあ、シンなら、とっとと斬り捨てるだろう。

見れば、彼は 斬神剣(ざんじんけん) グネオドロスを構えていた。

「だめだよっ、シンッ。あの食べられそうな人は魔族だよ。あなたの仲間でしょ」

レイに構わず問答無用で斬り捨てようとしたシンの腕に、レノは飛びついた。

「……あなたの護衛が最優先です。巻き込まれて死ぬなら、そこまでの力なのでしょう。ここに居合わせたのが彼の不運、弱き者は死ぬのが摂理かと」

「そんな摂理、私は嫌いだよ。なんとかして」

シンは僅かに眉を動かす。

困っているのだろう。奴の剣は、誰かを救うのには向いていない。

「シン。一意剣を出すがいい」

俺の言葉に、一瞬シンが振り向く。

無視するように、再び神獣グエンに視線を向けた後、はっと気がついたようにまた俺を見た。

じっとそのまま彼は無言で俺を見つめている。

「……まさか……あなたは……?」

「俺の名はアノシュ・ポルティコーロ。ただの旅芸人だ」

シンは押し黙った。

彼に正体を悟られぬようにするのは、そう難しい話ではない。

一瞬、シンは、アノシュが魔王アノスではないかと思ったのかもしれぬ。

だが、アノシュ・ポルティコーロと名乗った以上、この男はそれ以上の追及はしない。俺が魔王アノスならば、それは俺に気がつくなという命令だ。

そして、俺が魔王アノスでないならば、そもそも気にかける必要はない。

いずれにしても、彼は俺をアノシュ・ポルティコーロとして扱うというわけだ。どんなに魔王アノスの可能性があろうとも、頑なにそれを守るだろう。

「私のお客さんだよっ。それより、あの人をなんとかしないとっ」

シンに言った後、レノは俺を振り返る。

「アノシュ。一意剣があれば、なんとかなるの?」

「ああ、レイならば剣さえあれば、神獣の牙とて、ものの数ではない」

すると、レノはシンに手を差し出す。

「出して。一意剣、シグなんとかだっけ?」

「シグシェスタでございます」

言いながら、シンは魔法陣を描き、シグシェスタを取り出した。

「私と我が君以外に、扱える者は見たことがありませんが……?」

「では、あの男が三人目だ」

シグシェスタを受け取り、俺はレイめがけて思いきり投げた。

「剣が行ったぞ、レイ。さっさとそこから出ろ」

「助かるよ」

飛来するシグシェスタに、レイは手を伸ばす。

しかし、投擲された魔剣を避けるかのように、神獣グエンは地響きを立て、その場から飛び退いた。

魔剣は明後日の方向へと飛んでいく。

「あっ……!」

レノが声を上げる。

「……いえ、どうやら一意剣を扱えるというのは本当のようですね」

傍らでシンが呟く。

「……ここだ、シグシェスタ……!」

レイの声に呼ばれ、シグシェスタの軌道が曲がる。その手に引き寄せられるかのように、魔剣は大きく弧を描き、彼の手に収まった。

瞬間、閃光が煌めく。

「ふっ……!」

四本の牙が切断され、神獣グエンが呻き声を上げた。

同時に、レイがグエンの口から飛び出してきた。

「驚きましたね」

僅かに、シンの口角が上がる。

彼の手元がブレたかと思うと、その次の瞬間には目の前の神獣グエンが真っ二つに斬り裂かれていた。

巨体が倒れ、ズゴォォンッと地響きを立てた。

「ディルヘイドは広い。シグシェスタを使いこなせる魔族が、 野(や) にいようとは思いませんでした」

いつのまにか、シンは、レイの目の前に立っていた。

「それだけの腕を持っておきながら、なぜ大戦に参戦しなかったのですか? あなたならば、四邪王族さえ斬れるかもしれません」

ただ一太刀を見ただけで、レイの実力を見抜くとはさすがはシンといったところか。

「剣は好きだけど、戦争は嫌いなんだ」

「面白いことを言いますね」

「シンッ、この人たちは、旅芸人の一座なんだよっ」

シンの背中から、レノがそう声をかける。

レイはシグシェスタを返そうと差し出した。しかし、それを受け取らずに、シンは言う。

「私はシン・レグリアと申します。あなたの名をお聞かせ願えますか?」

一瞬迷い、レイは言った。

「レイ」

「見たところ、魔剣を持っていないようですが?」

レイが爽やかに微笑む。

「あいにく遠いところに置いてきてしまってね」

すると、シンはくるりと踵を返した。

「ここにいる間、その魔剣はあなたに貸しておきましょう。代金は、私にかすり傷でもつけることです」

一瞬、レイはきょとんとした。

ふむ。シンの奴、自分に迫るほどの剣の腕を持った魔族を見つけ、相当はしゃいでいると見える。

思い返してみれば、カノンとの立ち会いの際も、ずいぶんと楽しそうにしていたか。

同じ魔族であったなら、違う未来もあったのだろうな。

「君と立ち会うことで、借りを返せってことかな?」

シンは答えない。

答えるまでもない、ということだろう。

「魔王の右腕に、ただの魔族である僕が太刀打できるとも思えないけど?」

「今は、そうかもしれませんね。その力任せの剣では」

シンは 斬神剣(ざんじんけん) グネオドロスを、魔法陣の中に収納した。

「いつでも返しにきなさい」

そう口にし、彼はまたレノのもとへ戻ってきた。