軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

本の妖精

「こっちだよ」

迷路のような精霊の学舎の中を、リィナが迷いなく進んでいく。

あの後、彼女は突然、駆けだして俺たちについてくるように言ったのだ。

< 追憶(エヴィ) >によって思い出した記憶の中に、この精霊の学舎のことがあったらしい。

先へ先へと駆け足で行くリィナの後を、俺たちは追いかけていた。

「どこへ行くのだ?」

「精霊のことを勉強するのに、良い場所があるんだよ。たぶん、四邪王族の人たちも、あそこは見つけてないと思う」

目の前に三叉路が見えた。

来たことがあるような足取りで、リィナはそこを右へ曲がった。

そこで、彼女はピタリと止まる。

しばらく待ってみたが、動き出そうとしない。

リィナの視線は、通路に置かれた石像に向けられている。

鎧を着た人型のカエルだ。手にした盾の下半分がすっぱりと切断されていた。

「……これ……?」

彼女は呟きながら、切断された盾に手を伸ばす。

そうして、指先をそっと触れた。

「なにか思い出したか?」

尋ねるも、彼女はゆっくりと首を左右に振った。

「……うぅん。なにも思い出せない……」

呟き、そしてまた石像の盾をじっと見つめる。

「だけど、なにか、懐かしい気がするよ。私、たぶん、ここに来たことがある。ここで、なにかしなきゃいけなかったんだ……」

深く、深く、記憶の底へ潜るように、リィナは考え込んだ。

精霊の学舎のことを知っていた以上、ここに来たことがあるのは自然だ。

思い出深いものに触れれば、あるいは記憶が戻るといったことも考えられる。

普通ならば、な。

彼女の記憶はそうそう戻るものではあるまい。

「……だめ。やっぱりなにも思い出せないよ……」

言って、リィナはまた歩き出した。

「ごめんね。あんまり時間ないのに。行こ」

空元気といった様子で前を行く少女の背中に、俺は声をかけてやる。

「焦らぬことだ。簡単に思い出せるようなら、< 追憶(エヴィ) >でとっくに記憶が戻っているからな」

「……その魔法で思い出せない場合って、どういうときなの?」

先へ進みながらも、リィナは尋ねる。

「記憶が完全に失われた場合か、あるいは、記憶を封じる魔法がかけられていたときだろう」

あるいは最初から記憶がなかったか。

一瞬黙り込んだ後に、リィナは言った。

「どっちだと思う?」

「俺の 魔眼(め) では、お前に記憶を封じる魔法がかかっているようには見えぬ」

「……じゃ、完全になくなっちゃったのかな?」

気落ちしたようにリィナが言う。

「そうだとしても、記憶を取り戻す方法はあるだろう」

リィナはくるりと回転し、こちらを向いた。

「本当に?」

「お前が何者かわかれば、< 時間操作(レバイド) >の魔法でお前の過去から、記憶を引っ張り出すことができる」

「……でも、自分が誰かなんてわからないよ……」

「お前を知っている者がいるだろう。そいつに聞けばいい」

「あ」

と、リィナは声を上げる。

「精霊王のこと……?」

「会わなければならない気がしているなら、知り合いに違いあるまい。お前のことを聞き出せれば、< 時間操作(レバイド) >が使える」

「そっか。じゃ、精霊の試練に合格しなきゃ……」

不安そうな面持ちで、彼女は呟く。

「なに、ちょうど俺も精霊王には聞きたいことが多々あってな。お前が不合格だったとしても、ついでに聞いておいてやろう」

すると、リィナはぱっと顔を輝かせた。

「ありがとう。やっぱり、良い人だよね、アノスは。私の目に狂いはなかったよ」

一瞬、返答に詰まった。

妙なことを言うものだ。

「……ふむ。どういう意味だ、それは? ゼーヘンブルグの都で会ったときのことを言っているのか?」

「……あれ? えーと、あれ、おかしいよね? なんとなく、そんな気がして……」

リィナは一旦俯き、それからなにか思い立ったように顔を上げた。

「私、あなたに会ったことがあるのかも」

「そうか」

二千年前の精霊ならば、可能性はあるだろう。

レノに協力を取りつけた後は、精霊たちとも関わったことだしな。

「そのフードは外せるか?」

「え? フード?」

リィナは振り向き、きょろきょろとなにかを探している。

「フードがどうかしたの?」

< 創造建築(アイビス) >で鏡を作ってやる。

「……あれ…………?」

リィナは鏡を覗き込む。

だが、そこに彼女の姿は映っていなかった。

「ふむ。なるほどな」

魔眼で見たところ、やはりフードの中の顔が見えぬ。

だが、魔法具といったわけでもない。

「なにかしらの精霊の力が働いているのだろう。お前の顔が見えぬのも、そのせいかもしれぬ」

「……じゃ、記憶が、ないのも?」

「精霊の仕業かもしれぬ。あるいは――」

リィナを見つめ、俺は言った。

「お前は自分が精霊だということは、わかっているか?」

こくり、と彼女はうなずく。

「……なんとなく、そんな気はしてたよ……今はもう、はっきり、そうだと思う……」

「お前がそういう精霊なのかもしれぬ」

「記憶を忘れている精霊?」

「ああ」

「……じゃ、もしかして、一生思い出せないのかな……?」

記憶を求めて永遠に彷徨う噂と伝承から生まれた精霊だとすれば、元々、戻すべき記憶などないのかもしれない。

その場合はなにをどうしたところで、記憶は戻らぬままだろう。

「まだわからぬ。俺のことを知っている気がするのなら、精霊の仕業で記憶を忘れているという可能性も十分にあるだろう」

そう口にすると、横で聞いていたエレオノールが言った。

「きっと大丈夫だぞ。なんの精霊の仕業かわかれば、リィナちゃんの記憶も戻ると思うな」

「……そうだといいな」

リィナはほんの少し、微笑んだ。

「心当たりはあるか?」

「記憶を忘れさせる精霊のこと? うーん、思い出した中にはなくて……。でも、これから行く場所で調べれば、見つかるかもしれないよっ」

希望を持った表情で、リィナは笑った。

「ところで、さっきから同じ道を何回も回ってないかい?」

レイが言うと、リィナが首肯した。

「そうだよ。ここを通るのは四回目」

「なにそれ、どういうことよ?」

サーシャが顔に疑問を浮かべる。

「精霊の学舎には、決まった道順を通らないと行けない場所があるんだよ。魔法じゃないから、魔眼でも見えないし、知らない人はまず見つけられないと思う」

何度も通りすぎた扉の前でリィナは立ち止まる。

開けると、中は小さな部屋だった。

特になにがあるわけでもない。

なんの変哲もない一室である。

「入って」

リィナが部屋の中へ入っていく。

「入ってって言われても、なにもないわよ?」

意味がわからないといった風に首を捻りながら、サーシャは部屋の中へ入る。

全員が小さな部屋に入ったのを確認すると、リィナは一度扉を閉め、すぐに開けた。

「……え?」

サーシャから驚きの声が漏れた。

扉を開けた先に広がっていたのは、広大な森だった。

いや、ただの森ではない。

所狭しと生えている樹木には、果実の代わりに無数の本がなっているのだ。

「ここが目的地、『本の森』だよ。この森の木になる本には、色んなことが載ってるの。翠の本には、精霊のことが書いてあってね。エニユニエンの大樹が出す問題は、この本を参考にして作られてるんだよ」

「その本の中身を押さえておけば、点は取れるというわけか」

リィナがうなずく。

「でも、テスト範囲はどうせ授業でやるんじゃないの?」

サーシャが尋ねる。リィナは首を振った。

「授業はあくまで補習で、勉強は自分でするものっていうのが、エニユニエンの大樹の教育方針なんだよ。だから、小テストでは、授業では習ってない問題も出るんだ」

「なにそれ……ずるいわね……」

「緋碑王もそのようなことを言っていたな」

一週間では出題範囲すべてを網羅するのは無理だろうと髙をくくっていたのだろう。

それは同時に、奴がこの場所を知らないという裏づけでもある。

「翠の本を集める?」

「そうだな」

ミーシャが地面に落ちていた翠の本に手を伸ばす。

すると、本から棒のような手足が生え、ちょこちょこと移動していった。

「……逃げられた……」

「っていうか、なによあれ?」

手足が生えた本は森林を歩き回っている。

そうかと思えば、樹木になっていた本たちが一斉に落下し、同じように手足を生やして、動き出した。

「本の妖精リーラン。ここの本は精霊なんだよ」

リィナが言う。

「わおっ。翠の本だけでも、沢山ありそうなのに、捕まえるのが大変だぞっ」

「……鬼ごっこ、です……」

エレオノールがのほほんと笑い、ゼシアはどこか楽しげだった。

「鬼ごっこなら、負けたことはないがな」

そう言って、魔法陣を展開していき、一〇〇個重ねる。

その多重魔法陣に、すっと指先をくぐらせた。

< 森羅万掌(イ・グネアス) >の魔法が発動し、右手が蒼白い輝きを纏う。

距離を越え、あらゆる物をこの手に収めるならば、数すら無意味だ。

< 森羅万掌(イ・グネアス) >の手で、俺は手招きをした。

瞬間、翠の本の手足が引っ込み、一斉にこちらへ飛んできて、地面に並べられた。

その数、一七九九冊。

人差し指をピッと弾けば、ものすごい勢いで一七九九冊もの本のページが次々とめくられていく。

俺はそれらすべてに魔眼を向け、凝視していた。

やがて、すべてのページをめくり終え、妖精リーランの本が閉じられる。

「ふむ。覚えたぞ」

「はぁっ!? 覚えたって、今ので?」

サーシャがびっくりしたように声を上げる。

「アノスは頭がいい」

「頭がいいっていうか、頭がおかしいわ……」

「わたしは半分しか読めなかった」

サーシャが険しい視線でマジマジと自分の妹を見る。

本当に元が同じ根源なのかと言いたげであった。

「大丈夫。覚えてるのはその半分」

「フォローしないでよ……悲しくなるわ……」

なにやら嘆いているサーシャをよそに、俺は人差し指で手招きをした。

すると、一冊の本が飛んできて、俺の手に収まる。

「リィナ。記憶を封じる類の妖精の記述だが、ここの本にはなかった」

「……そっか。でも、翠の本にも、すべての精霊のことが載っているわけじゃないから……」

少し残念そうに彼女は俯く。

「だが、一つ気になるページがあった」

七七一巻と書かれた翠の本を開き、あるページをリィナに見せる。

「……愛の妖精フラン……? 報われなかった愛を形にし、結びつける精霊……欠けた愛の数だけ存在すると言われている……」

リィナは次のページに目を映す。

だが、愛の妖精フランのページではなかった。

そこだけ、ページが破り取られていたのだ。

「このページに、記憶に関してのことが載っていた可能性はある」

すべての精霊が載っているわけではないとはいえ、翠の本は一七九九冊もある。殆どの精霊が網羅されているだろう。

ならば、破れているこのページに、記憶を封じる精霊のことが載っている可能性も、少なくはない。

「百年以内なら、どうにかなるだろうが」

その本に< 時間操作(レバイド) >をかける。

本の妖精リーランのことは、翠の本に載っていたため、起源がわかる。

< 時間操作(レバイド) >は問題なく発動し、本の時間を数十年遡った。

だが、戻らない。

俺の魔力とこの本の起源を使い、戻せるぎりぎりまで時間を遡ったが、ページは破れたままだった。

「……どうやら相当昔に破られたようだな」