軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

神の授業

ノウスガリアの全身に 魔眼(め) を向ける。

その魔力に不審な動きはない。

少なくとも、今この場でなにかを仕掛けてくるつもりはなさそうだ。

「二千年が経ち、神の世界も少しは変わったか?」

「神の世界は常に秩序に満ちている。今も、そして二千年前も」

なんの気負いもなく、ノウスガリアは言った。

敵意は感じられないが、油断はできぬ。なんの意図もなしにエールドメードの体を乗っ取り、このクラスの担任になりはしないだろう。

「下手な真似はするな」

釘を刺し、俺は席に戻った。

なにをしに来たかわからぬ以上、目を離すわけにはいくまい。

「さあ、それでは授業を始めよう」

大仰に、ノウスガリアは言う。

そして、大きく両手を広げた。

「世界には秩序が存在する」

厳かな声が教室中に響き渡る。

「この世界が、この世界であるがゆえの理だ。鳥がなぜ鳥で、魔族がなぜ魔族なのか。天からは恵みの雨が降り、大地を潤し、そして樹木を育てる。魔法陣を描き、魔法術式に魔力を込めれば、明かりが灯る。それらが自然律、魔法律と呼ばれるものであり、この世をこの世たらしめている秩序である」

自信に満ちた声で、朗々と奴は語る。

「そして、その秩序を維持している存在、その秩序が具象化した存在こそが、上位秩序である神族、つまりは神だ」

生徒たちは皆ぽかんとした表情で奴の話に耳を傾けている。

「二千年前の大戦で、暴虐の魔王は神とも戦った。アノス・ヴォルディゴードは、秩序を覆すことのできる神の奇跡を欲したのだ。世界は荒んでいた。魔族は死に、人間は死に、精霊たちは消えていった。荒廃していく世界に歯止めをかけるには、世界の秩序を変えるだけの力が必要だった。魔王はその奇跡を求め、そして奪った」

ふむ。懐かしい話だな。

「それこそがこの城、魔王城デルゾゲードだ。神話の時代、遙か天空にある神々の国にて、世界を破壊の秩序で照らしていた破壊神アベルニユーを、魔王はこの地に堕としたのだ。神の名を魔王は上書きし、世界から一つの秩序が失われた」

神話の時代、破壊神アベルニユーはあらゆる死と破壊の元凶となった。だからこそ、俺は真っ先にそれを打倒した。

「万物は一切が滅びへ向かう。それが破壊神の有する秩序だったが、魔王がこれを奪ったため、世界の滅びに歯止めがかかった。死ぬはずの者が死なず、滅びるはずの者が滅びず、世界の理が乱れた。他の神がそれを補ったが、完全には元に戻らなかった。その結果が、二千年後の今だ」

< 蘇生(インガル) >や< 根源再生(アグロネムト) >の魔法が高確率で成立するのも、破壊神アベルニユーがデルゾゲードとなったためだ。

破壊神の絶大な干渉力をこの世に漏らさぬため、それを俺の魔法と変えた。名を< 理滅剣(ヴェヌズドノア) >という。

破壊の秩序を奪ったことで、魔族も人間も死ににくくなった。

秩序が定めた死と生のバランスが、ほんの少し生に傾き、それ以前よりも、この世に希望が生まれた。

ノウスガリアは続けて言う。

「秩序の定めよりも、魔族は増え続け、人間はそれよりも更に多く増えた。滅びがなければ、新生もない。魔王は自らの種族を守るため、新たに誕生する種族の可能性を奪った。それこそが、アノス・ヴォルディゴードが神々にすら暴虐の魔王と呼ばれた所以である」

神々が俺の名を知っているのはそのためだ。

特に自らの有する秩序を乱される可能性の高い神ほど、俺のことをよく知っているようだ。

「このままでは世界の秩序が乱れゆくのみだ。新たな生命は今こうしている間にも、生まれる前に滅ぼされ続けている。神は暴虐の魔王を滅ぼすための新たな秩序を生むことにした」

確か二千年前もそんなことを言っていたか。

その気があるのなら、俺の子孫を根絶やしにすればよかったはずだが、破壊を司る神を失った奴らには打つ手がなかった。

神は秩序だ。絶大な力を持つが、その反面、自らが有する秩序を逸脱することはできない。

無論、それを見越した上での転生だった。

「……というか、先生、頭おかしいんじゃねえのっ?」

そう口にしたのは皇族派の生徒だ。

「ああ、いきなり神とか言われてもなぁ」

「歴史書なんかだと神話の時代に、確かに神がいたっていう記述もあったみたいだけど、そりゃお伽噺の類だしな」

「暴虐の魔王を賛美するために作った物語だよな? 子供でも知ってる話だぜ」

ふむ。なるほど。

確かに今の時代では、神はそうそう出くわすこともない。

ミーシャとサーシャも、時の番神と出くわしたときは驚いていたしな。

そう解釈するのも無理はないだろう。

そもそもあの時代とて、七割方俺がいたから、神が出張ってきたようなものだ。

「神がいるっていうなら、まずは連れてきてもらわねえとなぁ」

「ああ、無理だろうけどな。ははっ!」

皇族派の生徒は声を大にして笑った。

俺を暴虐の魔王と認めざるを得なかった鬱憤を晴らそうというのだろう。

「蒙昧な君たちに教えを授ける」

ノウスガリアの言葉に神の奇跡が宿る。

「私は天父神ノウスガリア。神を生む秩序、神々の父である」

瞬間、すべてを悟ったかの如く、驚愕した表情で皇族派の生徒たちはノウスガリアを見つめた。

「……神が……本当にいたなんて……」

「……信じられねえ……どうして、それが、この学院に……?」

「……わっかんねえ……暴虐の魔王がアノスだったり、先生が神だったり、いったいどうなってんだよ……」

「エールドメード先生は二千年前の魔族じゃないのか? 天父神ノウスガリアってどういうことだよ?」

ふむ。少々哀れだな。

なにも知らなくては、この状況にはついていけまい。

「ああ、そこの魔族。そう敵意を向けてくれるな。神に逆らおうとすれば、思っただけでもただではすまないよ」

その瞬間だった。

「……うっ……がぁっ……!!」

皇族派の生徒たちが一斉に自らの喉を押さえ、苦しみ始めた。

「……息が……できな……」

「ぁ……うぅ…………ぁ…………ぁ…………」

「……た、助け、て……」

バタバタとその場に倒れていく生徒たちを、ノウスガリアは興味もなく一瞥した。

「神の知恵を授けよう。暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴード。君を滅ぼす秩序は、新たなる神の子は――」

高らかに、ノウスガリアは言った。

「この学院にいる」

レイが一意剣を召喚し、座ったままの姿勢で柄を握る。

サーシャとミーシャはその 魔眼(め) をノウスガリアに向けた。

彼らを制するように手をやって、俺はゆるりと立ち上がる。

「わざわざ伝えに来たのだとしたら、馬鹿正直なことだが」

皇族派の生徒たちの盾になるよう、ノウスガリアの前に立った。

「親切心ではあるまい。なにを企んでいる?」

「この世界に完全なる秩序を取り戻すことだよ。私の子は、そのために生まれる」

変わらぬものだ、神という存在は。

二千年経っても、理解せぬか。

「そこの連中は見逃してやれ。殺したところで、得もあるまい」

「言葉で秩序は動かない。彼らが死ぬのは、理だよ。天罰という名のね」

俺はその場に手をかざす。

教室中に、魔法文字が描かれ、無数の魔力の粒子が立ち上っていく。

影の剣が足元に現れ、空中に浮かんだ。

「試してみるか?」

理滅剣ヴェヌズドノアを抜く。

闇色の長剣が、俺の手に姿を現した。

「蒙昧な君に知恵を授けよう。神の父たる私は、この世の秩序の父である。一時的にでも、私が滅べば、その間、世界を維持するための秩序が生まれない。私を滅ぼせば、世界が滅びる」

神も永遠ではない。

奴らは秩序に従い消え、そして新たに生み出される。

そしてそれらを生み出している神が、天父神ノウスガリアというわけか。

「破壊神の力を御す君には確かにそれだけの力があるが、世界を愛する君は、それゆえに世界を滅ぼすことはできない」

「ふむ。なるほどな」

俺は歩いていき、ヴェヌズドノアをだらりと提げる。

その闇色の長剣を、まっすぐノウスガリアに突き刺した。

「…………!?」

理滅剣に貫かれた奴は、俺を呆然と見つめている。

「……ははっ……」

ノウスガリアが嘲笑う。

「浅はかな真似をする。脅しはそのぐらいでいいだろう。これ以上は、本当に世界を危機に曝すことになるよ」

「そうだな」

手に力を入れ、理滅剣を更に押し込んだ。

「ぐっ……はっ……」

神の唇から血が溢れる。

「……やめろ、暴虐の魔王。神の命令は絶対だ……」

「俺は誰の指図も受けぬ。たとえ貴様が、神だろうとな」

理滅剣に魔力を込め、奴の根源を貫いた。

「……なんと、浅はかな……男だ……。世界を、滅ぼす……気か……?」

「浅はかなのは貴様の方だ」

「……ぐっ、ふっ……!」

ヴェヌズドノアが暗く輝き、ノウスガリアを滅ぼしていく。

「……君には……できないよ……神を、天父神であるこの私を滅ぼすことなど……いいかい、暴虐の魔王。これは、神によって定められた秩序なんだ……君に、世界を滅ぼすことなど……」

ヴェヌズドノアを勢いよくノウスガリアから引き抜いた。

瞬間、奴の体が暗闇に飲まれる。

「破滅の暗闇をさ迷い、消えろ」

闇がぱっと弾け、次の瞬間、その場から奴は消滅していた。

「世界を盾にすれば、見逃してもらえると思ったか」