軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

世界が愛に満ちるように

「宿命と言ったな」

起源魔法< 魔黒雷帝(ジラスド) >を放つと、鎧巨人の全身を漆黒の稲妻が蝕んでいく。

「< 魔族断罪(ジェルガ) >の魔法がこの世にある限り、魔族は滅びるのだと」

「事実だ。なにをしようと結末を変えられはせん。じわじわいたぶられ、真綿で首を絞められるように、ゆっくりと絶望を味わいたいのであれば、好きにするがいい」

ジェルガの魔法体が光り輝き、< 魔黒雷帝(ジラスド) >を振り払う。

「私の憎悪は、世界の秩序となったのだっ!! 人間が、勇者が、魔族を恨み、そして滅ぼす。これが、この世界の正しき姿だっ! なにをどうあがこうとも、貴様は罪を贖うしかないっ!!」

更に鎧巨人の輝きが増し、彼の全身から光の砲弾が発射される。避ける隙間もないほどの< 聖域熾光砲(テオ・トライアス) >を、<破滅の魔眼>で破壊しながら突破する。

「ならば、その宿命を断ち切ろう。忘れたか、ジェルガ。こちらには伝説の勇者と、霊神人剣エヴァンスマナがあることを」

レイが右手をかざすと、そこに神々しい光が溢れ出し、剣を象った。

「……ふふふ、はははははっ、今更なにを言い出すかと思えば。何度言わせるつもりだ。霊神人剣は暴虐の魔王を滅ぼすための聖剣だ! 魔族にこそその力は絶大な効果を発揮するが、< 魔族断罪(ジェルガ) >の魔法はその剣と同種のものだ。真に聖なるものの宿命を、聖剣は断ち切ることはできない」

霊神人剣を握り、レイがジェルガへ向かっていく。

「せいぜいあがけっ! そして、なにも通じぬと悟ったとき、貴様らに真の絶望が訪れ――る……?」

刹那、エヴァンスマナが煌めき、ジェルガの腕を落とした。

霊神人剣では傷つけられぬはずの魔法体が、しかし、再生する気配もなかった。

「……な…………ん……だ……?」

「ふむ。ジェルガ、お前はいつまで自分が聖なる者だと思っているのだ?」

「……なにをした……?」

震える声で、憎悪を剥き出しにし、鎧巨人はレイを睨む。

「いったい、なにをしたのだっ、カノンッ!!!」

地上へ落ちた片腕が動き、レイへ向かって砲弾のように突っ込んでいく。

だが、彼は容易くそれを切り刻み、この空に霧散させた。

「……私は神聖にして、魔族を滅ぼす秩序の魔法……。霊神人剣が通じるはずが!!」

振り下ろされた巨人の拳をかいくぐり、レイは鎧巨人の両足を薙いだ。

ぐらりとその巨体が傾き、ジェルガが膝を折る。

ちょうどその視界にある物が見えただろう。

「……あれ、は…………?」

「魔族を見下すことばかりに熱心で、どちらが下にいるのか、気がつかなかったようだな」

魔王城デルゾゲードが天空に浮かんでいた。

ちょうどこの場所は、城の地下ダンジョンに位置する。

つまり、俺の懐だ。

「確かにヴェヌズドノアは魔王城以外では使えぬ。だが、魔王城が動かぬとは言ってないぞ」

起源魔法< 魔王城召喚(デルゾゲード) >。

元々固定された魔法具であるがゆえに強大な魔力を発することのできる魔王城デルゾゲードを動かすこの大魔法は、二千年前ならば確かに不可能だった。

だが、起源魔法はより古く、より絶大な魔力を持っている存在から力を借りれば、それだけ桁外れの結果を生むことができる。

この時代に、二千年前のデルゾゲードを起源として力を借りるなら、それと縁の深いこの時代のデルゾゲードを召喚することも不可能ではない。

とはいえ、< 魔王城召喚(デルゾゲード) >はいくら俺とて、大半の魔力を消費し、なにより時間がかかる。

< 獄炎鎖縛魔法陣(ゾーラ・エ・ディプト) >で奴を縛り、そして気づかれぬよう、< 魔王城召喚(デルゾゲード) >の魔法術式を組み上げていたのだ。

「貴様は断じて聖なる者ではない。妄執に駆られ、人々の希望を吸い取り、ただ魔族を殺すだけの悪魔。貴様には勇者としての最期すら与えぬ」

突きつけるようにジェルガに宣言する。

「聖なる剣の裁きを下そう」

空に浮かぶ、デルゾゲードの前には、闇色の長剣が暗く輝いている。

理滅剣ヴェヌズドノアが、この場の秩序を浸食しているのだ。

「……許さぬ……アノス・ヴォルディゴード……我ら人間から、誇りを奪い、愛する者を奪い、そして正義まで奪うかっ! 許さぬ。我々は、貴様だけは、断じて許すことができぬのだぁっ!!」

憎悪がジェルガを奮い立たせるように、足を切断されたはずの鎧巨人が立ち上がる。その魔法体がこれまで以上に目映く輝き始めた。

鎧巨人の体中から、無数の光の剣が覗く。そのすべてが聖剣だ。

奴はそれを一気に射出した。

しかし、俺に向かってきた光の剣は途中でくるりと反転し、反対に鎧巨人の体を穿つ。

「……ぐ、おぉぉ…………」

「自分の剣なら、思い通りになると思ったか」

「……許さぬ……滅ぼしてやる……滅ぼしてやる……」

鎧巨人の輪郭がぼやけ、光の剣を辺りに撒き散らしながらも、更に大きく、莫大な輝きを見せていく。

左胸に巨大な魔法陣が浮かんでいた。

その魔法術式は、< 根源光滅爆(ガヴエル) >だ。

「ふむ。やらせると思うのか?」

「……知っているぞ。理滅剣はその手に握らなければ、真価を発揮しない……。そして貴様は、魔王城を召喚したことでその魔力の大半を失っている」

鎧巨人の瞳が暗く、淀んだ輝きを見せる。

「たとえ、貴様を殺せずとも、貴様の守りたかったものは無残に壊してやろう! 一人でも多くの犠牲をっ、一つでも多くの絶望をっ! 我ら人間の恨みを思い知るがいいっ!!」

確かに、手に取らぬままでは理滅剣の力は弱い。

俺の魔力も、ヴェヌズドノアを操るのに万全とは言い難い。

滅ぼすだけならば容易いが、この憎しみ、すべて断ち切らねば大戦は終わらぬ。

「魔力がなければ、別のところから持ってくればいい」

< 聖域(アスク) >の魔法を使い、ファンユニオン八人と心をつないだ。

「聞こえるか?」

「「「はいっ!」」」

「四番だ。哀れな亡霊を、せめて 鎮魂歌(レクイエム) で送ってやれ」

「「「はいっ、アノス様っ!」」」

俺の体に彼女たちの想いが集う。それは瞬く間に天地をつなぐほどの光の柱に変わった。< 魔王城召喚(デルゾゲード) >で消耗した魔力がみるみる補われていく。

「……おのれ……< 魔族断罪(ジェルガ) >の発動中に、< 聖域(アスク) >を使うとは……。貴様と、その魔剣は、どこまで人間を愚弄するつもりだっ……!?」

< 聖域(アスク) >を使えば、心が魔族への憎悪で染まる。< 魔族断罪(ジェルガ) >が発動している今は尚更だ。それを理滅剣が防いでいると奴は思ったのだろう。

しかし――

「魔剣? なんのことだ? よく 魔眼(め) を凝らしてみろ。この< 聖域(アスク) >に理滅剣の効果は及んでいないぞ」

「騙されはせぬぞっ! < 聖域(アスク) >の魔法は人間の恨みだ。千年経とうと、二千年経とうと、決して消えはせぬ憎悪なのだ。我ら人間は魔族打倒を誓い、この恨みを晴らすと誓い、長きに渡って想いをつないできた。魔族のいる世に平和などないっ! 貴様らを滅ぼすことが、すべての人間の悲願なのだっ!! この想いが、< 聖域(アスク) >の魔法が、魔王ですらない半端な魔族の精神で耐えられるわけがないっ!!」

アゼシオン全土からトーラの森上空に集まった< 聖域(アスク) >の魔法。その光が剣を象り、豪雨のように降り注いだ。

ざっと数えただけでも百万はくだらないだろう。その聖剣は魔王城の領域に入った瞬間に消滅するが、さすがに理滅剣を握らぬ状態では分が悪い。一万分の一は、魔王城の領域をすり抜け、俺とレイ、そして地上にいる魔族や人間たちに降り注いだ。

それを俺の< 聖域(アスク) >の魔法が阻む。

地上から声が響いた。

優しい歌が、森を覆っていく。

――いつになったら、夜が明けるの?――

――暴虐と呼ばれた魔王は一人、孤独な眠りについた――

――守るために剣をとったんだ。血に汚れていく手は、命を握っていた――

――俺たちは、戦いたかったわけじゃない――

――殺しても殺しても、夜はひたすら更けていくばかり――

――夜明けを待って、眠りにつこう――

――二千年の眠りが、きっと、世界を変えてくれるはず――

――そう、信じていた――

膨大な光を放つ俺の< 聖域(アスク) >と衝突した聖剣は砕かれ、それでもなお、地上に破片の雨を降らす。

そして、それは希望を吸い取られ、地上でのたうち回る、人間たちへ、ガイラディーテ魔王討伐軍めがけて飛来した。

「みんなっ……!?」

エレオノールからは距離が遠い。

さすがに彼女でも、魔法化して動けない今の状態では、全員を守りきることはできないだろう。

「全隊、反魔法を展開。空から飛来する魔法を隔てよ!」

ミッドヘイズ部隊の隊長エリオが、魔王討伐軍の陣地に姿を現す。鎧巨人を回り込んだのだ。

彼が号令をかけると、その部下たちが反魔法の傘を作り、空から降り注ぐ聖剣の破片を防いだ。

「負傷兵を救出し、地下魔王城へ避難させろっ!」

ミッドヘイズ部隊は< 創造建築(アイビス) >の魔法で大きめの箱を作ると、倒れた人間たちを載せる。それを持ち上げ、あるいは< 飛行(フレス) >の魔法で避難場所の地下魔王城へ向け、運んでいく。

直接肩を貸す者、人間を持ち上げて運んでいる者もいた。

「――勇敢なる人間の戦士よ」

隊長はエレオノールに< 思念通信(リークス) >を発する。

「討伐軍は、我らの魔王城へ避難させる。決して危害を加えることなく、無傷で返すと約束しよう。構わぬな?」

「……でも、早くここから逃げないと、君たちも死んじゃうぞっ?」

隊長は、霧雨の降る空を見上げた。

鎧巨人と小さな二つの影が見えたことだろう。

「我らが始祖は、魔族のために戦った。根源を滅ぼされ、蘇ったあの方が、あそこで戦っているあの御方が、何者なのか、気づかぬほど私も鈍くはない」

エリオは言う。

「我が名はミッドヘイズの魔皇、エリオ・ルードウェル。暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードの末裔なりっ! この血にかけ、この誇りにかけ、貴公より受けた情けを、ここで返させてもらうっ!」

聖剣の破片が雨となり、地上に降り注ぐ。

エリオはその脅威から人間たちを必死に守り、肩を貸すように、彼らを魔王城へ避難させていく。

「我らが始祖は、誰も殺すなと言っている。人間を救出せよっ。全員、死ぬな。誰も殺すな。今こそ、我らが忠義を示すときっ!」

「「「了解っ!!」」

救出作業を続けるディルヘイド軍を守るように、< 聖域(アスク) >が展開され、優しい歌声がなおも響く。

――憎しみよりも、愛が強いよ――

――俺たちはわかりあえるはずと、希望を未来に託した――

――守るために剣をとったんだ。血に汚れていく手は、命を握っていた――

――綺麗事のない世界に打ちのめされ――

――願っても願っても、悲しみはただ増えていくばかり――

――二千年の想いが、きっと、世界を変えてくれるはず――

――そう、信じていた――

「ふむ。いつまで目を背けているつもりだ、ジェルガ。現実を見よ。時代はとうに変わった。世界はとっくに平和になったのだ。人間と魔族が手を取り合い、必死で生きようとする姿が見えぬほど、貴様の目は憎しみで曇っているのか」

空を飛び、俺は上空にある魔王城デルゾゲードを目指した。

「貴様がっ、平和だとっ!? 笑わせるなっ!! 平和など来ないっ!! そんなものは、貴様が、二千年前にぶち壊したのだろうっ!! 私にはっ、憎しみしかないのだっ!!! 今更、今更ぁぁっ、綺麗事を抜かすなぁっ!!!」

更に上空の聖剣が十倍に増え、俺に向かって降り注いでくる。

それらをかわしながら、俺はデルゾゲードに近づいていく。

「平和を奪われたお前が、今度は子孫の平和を奪うのか。それではお前も俺となにも変わらぬぞ」

「黙れぇぇぇぇぇっ、私は貴様とは違うっ!! これは復讐なのだっ!! 人間の魔族に対するっ、恨みなのだっ!!」

「復讐ならば一人でやれ。人間が魔族を恨んだのではない。お前が俺を憎んだのだ」

降り注ぐ聖剣を破壊し、更に上空を目指す。

「ならば最後まで一人で憎め、恨め、怒りに満ちよ。お前が俺を、永遠の如き執念で呪うがいい」

俺の手が理滅剣に届こうとする寸前、空が輝き、出現した巨大な聖剣がこの身を襲った。

「させるかぁぁぁぁっっっ!!」

その剣はジェルガの憎しみ、< 魔族断罪(ジェルガ) >の概念そのものが、理滅剣を握る前の俺に叩きつけられる。

しかし――

レイが霊神人剣エヴァンスマナをふるい、巨大な聖剣を斬り裂いていた。

俺の手が、上空に浮かんでいた理滅剣の柄を握った。

「終わらせるとしよう」

「そうだね」

俺たち二人は、鎧巨人に向かい、急降下していく。

かつて互いに向けた剣を、今度は同じ方向に向けながら。

――二千年、待った。お前と笑い合うために――

――二千年、待った。お前と手を取り合うために――

――もうまもなく夜は明けるよ――

――孤独な眠りから、魔王は目を覚ます――

――どうか、どうか、願ったのは一つだけ――

――目映い朝日を、俺に見せてくれ――

――どうか、どうか、願ったのは一つだけ――

――世界が愛に満ちるように――

ジェルガから< 聖域熾光砲(テオ・トライアス) >が発射されるが、理滅剣の前にはなんの意味もなく、消し去られる。

巨人の頭に、理滅剣ヴェヌズドノアを振り下ろし、そこに重ねるように、霊神人剣エヴァスマナが振り下ろされた。

「……ぐ、あ…………ぁ…………」

鎧巨人の体が消えていく。

アゼシオンの人間からの想いはまだ供給されている。

魔力は残っているが、その存在を維持できぬかのように、光がどんどん薄れていく。

< 魔族断罪(ジェルガ) >の宿命が断ちきられ、その魔法が消えようとしているのだ。

「貴様にはなにも与えぬ。勇者としての誇りも、正義も、抱いた憎しみすら失い、ただ空しく滅べ」

「……消える……私の憎しみが…………消えていく…………」

ジェルガの声はどこか悲しげで、< 魔族断罪(ジェルガ) >の魔法が消えていくごとに、なにかを取り戻しているようだった。

「…………誇りなど…………望まぬ…………正義など…………いらん…………」

彼は呟く。

血を吐くような想いが溢れた。

「……私は……すべてを失ったのだ…………憎しみだけが……私の、妻と子へしてやれる、たった一つの、思い、なのだ……忘れぬ、絶対に……この恨みは……」

「愚かな男だ。貴様に残されたのは、決して憎しみばかりではなかったはずだがな」

鎧巨人の姿が消えかけ、うっすらと二千年前のジェルガの姿が浮かび上がる。

「だから、お前の根源を元にしたエレオノールは、何度記憶を消され、作りかえられても、ただ平和だけを望み続けた」

彼の心は二つに分かれた。

魔族を滅ぼそうという< 魔族断罪(ジェルガ) >と、子孫の平和を願う< 根源母胎(エレオノール) >に。二つの対立は、ジェルガの心の葛藤に他ならない。

魔族を滅ぼしたい想いと同時に、同じ想いを、憎しみを、子孫たちには味わってほしくないという願いが、彼にも確かにあったのだ。

「お前の妻子は俺がこの手で殺した。手強い相手だったからな。よく覚えているぞ」

< 創造建築(アイビス) >の魔法で、俺は消えかけたジェルガの体にミシェンスの首飾りをつけた。

「二人はそれと同じものをつけていた」

理滅剣ヴェヌズドノアをジェルガに向ける。

「何度でも転生し、俺を殺しに来るがいい。未来永劫、貴様の復讐につきあってやろう」

理滅剣ヴェヌズドノアをジェルガの胸に突き刺す。

「貴様が最期まで 縁(よすが) にしたその憎しみが、欠片でも残っているのならな」

その体が消える寸前、彼の妻子と同じように< 転生(シリカ) >の魔法でその根源を彼方へ飛ばした。

魔法が消えても、まだなお憎いのならば、何度でも復讐に来い。

お前がまた妻子に会えるまで、何度でも< 転生(シリカ) >で飛ばしてやる。

やがて、トーラの森の上空の光が消えていく。

希望を吸い取る< 魔族断罪(ジェルガ) >の魔法が消え、< 聖域(アスク) >の魔法も効力を失ったのだろう。

「レイ」

「ああ」

理滅剣と霊神人剣を重ね、空に掲げた。

アゼシオン全土へ向けて、< 聖域(アスク) >の魔法を使い、その効果を逆転させる。魔力を希望に変え、絶望に染まった人々の心を元に戻すのだ。

歌が聞こえていた。

世界に希望を送る歌が。

――憎しみよりも、愛が強いよ――

――俺たちはわかりあえるはずと、希望を未来に託した――

――守るために剣をとったんだ。血に汚れていく手は、命を握っていた――

――綺麗事のない世界に打ちのめされ――

――願っても願っても、悲しみはただ増えていくばかり――

――二千年の想いが、きっと、世界を変えてくれるはず――

――そう、信じていた――

――二千年、待った。お前と笑い合うために――

――二千年、待った。お前と手を取り合うために――

――もうまもなく夜は明けるよ――

――孤独な眠りから、魔王は目を覚ます――

――どうか、どうか、願ったのは一つだけ――

――目映い朝日を、俺に見せてくれ――

――どうか、どうか、願ったのは一つだけ――

――世界が愛に満ちるように――