軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔都の密約

54話

シャルディールの太守アラムがリューンハイト訪問を申し入れてきたのは、それからしばらく経った後だった。

どうやらその気になってくれたようだ。

それは非常に嬉しい話なのだが、ひとつだけ誤算があった。

あれだけ渋っていた彼が、まさかこんなに早く決断するとは思ってもみなかったのだ。予想以上に果断な男らしい。

困ったな。まだ東側の城壁すら完成してないぞ。

「なんとかならないか?」

「無理です。魔法でも使ってください」

工事を指揮するトゥバーン技師団のアズールに相談したが、あっさりと断られた。

魔法でどうにかできるのなら、とっくに何とかしている。

いや、待てよ。

それから数日後、太守アラムは私兵百人ほどを伴ってリューンハイトを訪問した。

ちょっと護衛が多すぎる気もするが、太守が敵地を訪問するのだからこんなものだろう。

過去の会話から、アラムがここでいきなり戦争を始めるような男ではないのはわかっている。

「おお……リューンハイトの城門が……」

アラムが驚嘆したのも無理はない。

新しく作られた城門は、魔都にふさわしい偉容を誇っている。トゥバーンの堅固な城門を参考に、さらに強度をもたせておいた。

そこから続く城壁は、リューンハイトの周囲をぐるりと取り囲んでいる。高さも厚みも、本格的な攻城戦に対応したものだ。

「これだけのものを、いったいいつの間に作ったのですか?」

実は作ってないんだ。

城門以外は、幻影魔法で作った完成予想図だからな。

「リューンハイトは、もはやミラルディアの下僕ではない。城壁をどう作ろうが、誰にも気兼ねすることはない。だから早速作り直した」

そう自信たっぷりに語った後、俺は側近のふりをしているラシィに、ひそひそと話しかける。

「これ本当に、触っても大丈夫なヤツか?」

「は、はい。触感も『触った気がする』ように再現してます。体当たりでもされたらバレちゃいますけど」

さすがは大賢者ゴモヴィロアの弟子だ。元々の能力も高いが、成長速度もすばらしい。聖女様になるだけのことはあるな。

とはいえ、これは幻だ。油断するとすぐバレる。

俺は微妙に焦りつつも、アラムを城門へと招いた。

「こんなものより、街の様子を見ていただきたい。きっと驚かれるだろう」

な? 早く入って。ほら、街を見ようよ。

ああ、そんなにまじまじと城壁を見ないでくれ。

新しい東門を抜けると、辺りはだだっ広い空き地になっている。

「近いうちに、ここに新しい住宅街を作る予定だ。旧市街はリューンハイト市民が住んでいるから、新しく来た者は人間か魔族かに関係なく、こちらに住むことが多いだろう」

昔の生活を維持したいリューンハイト市民への配慮だ。地元民と新参者との衝突なんて、前世だけでたくさんだからな。

そして俺たちは旧東門をくぐる。

リューンハイト東門の大通りを見た瞬間、アラムと私兵たちは一斉に感嘆の声を漏らした。

「おお……」

「これが魔都……」

東門が封鎖されていた頃に地区の活性化を要望されたため、俺はここに犬人たちの工房を設立した。趣味と実益を兼ねた、犬人たちの工芸サロンだ。

活性化はうまくいって、今は犬人向けの料理屋や遊技場もできている。

工房の一角で、人間の交易商と犬人の職人が何か雑談をしている。ふたりの上機嫌な様子をみると、どうやら商品がよく売れたようだ。

かと思えば、肉屋の店先に竜人が数人いる。夕食の鶏肉を何羽分買うかで、綿密な重量計算をしていた。

あれはクルツェ技官の部下たちだな。工房に何か発注しに来た帰りだろう。

また別の場所では……おい、あれファーンお姉ちゃんじゃないか?

「ファーン、何してる!?」

するとファーンお姉ちゃんは犬人たちに囲まれながら、俺に手を振ってみせた。

「今日はうちの隊が非番だから、犬人隊とお茶してるの。ヴァイトくんもどう?」

「無理だよ! 大事なお客さんが来るって言ったでしょ!?」

「あ、そうだった」

犬人が絡むととたんにポンコツ化するな、ファーンお姉ちゃんは。

アラムたちの視線を感じたので、俺は慌てて咳払いをする。

「失礼、部下がお見苦しいところをお見せした」

アラムは俺とファーンお姉ちゃんを何度もちらちら見ている。

それから我慢できなくなったように、ぽつりと呟いた。

「あの、『ヴァイトくん』とは……?」

「忘れていただきたい、いいな?」

俺が凄むと、彼はコクコクうなずいた。

改めて俺はアラムに、ここの説明をする。

「東地区は犬人の工房があり、ここで作品を買うこともできる。彼らは銀細工の名人だ。銀を腐らせるというのは、タチの悪い虚言だな」

「なんと……では以前いただいた銀食器も?」

「その通り。彼らの作品だ」

「なるほど。これは素晴らしい産業になりますよ。文化的にも芸術的にも価値があります」

お、そう言ってもらえると嬉しいな。

同じ犬顔の魔族として、彼らの悪いイメージは払拭していきたい。

「人狼であるあなたから銀食器を頂いたときは、色々と邪推してしまって申し訳ありませんでした。他意はなかったのですね」

「誤解を招いてしまい、こちらこそ申し訳ない」

ああ、そういうことか! 今やっと疑問が解けたぞ。

……次から気をつけよう。

その後、俺たちはリューンハイトの中心部へと向かう。

太守の館の前では、アイリアが正装してアラムを待っていた。

「お久しぶりです、アラム殿。本来なら城門までお出迎えすべきところなのですが、御覧の通りでして……」

彼女の書記官が二人、書類の束を抱えてつき従っている。その背後には衛兵隊と人狼隊がそれぞれ二十人ほど整列していた。

どうやら時間までに書類仕事が終わらなかったらしい。ここのところ、俺がシャルディールに行ったり来たりしてたせいだ。

彼女がここで待っていた理由は、もうひとつある。

暗殺の危険があるので、彼女は城門の外には出られない。魔王軍の重要人物の中では最弱だからな。

俺みたいに身軽に外を出歩けないのだ。

アラムはアイリアの顔を見て、ほっとしたように歩み寄った。

「お元気そうで安心しました。今は『魔人公』と名乗っておいでとか」

「ええ、魔族と人をつなぐために尽力しております」

称号が立派すぎるせいで、この話題になるといつも照れくさそうなアイリアだ。

「これまでの経緯なども含めて、詳しいお話をしましょう。どうぞこちらに」

アイリアに招かれて、アラムたちは館へと案内された。

俺も同席するが、後は彼女に任せておけば安泰だろう。

アイリアの話を聞き終えたアラムは、しみじみとうなずいていた。

「なるほど、よくわかりました……。それならこの市街の光景にも、何の不思議もありません」

そう言って、彼は緑茶を一口飲んだ。

「私がもしリューンハイトの太守だったら、最終的には似たような判断をしたことでしょう。アイリア殿ほど即断はできなかったでしょうが」

嘘つけ、お前も相当決断力があるほうじゃないか。

俺がそんな視線を向けると、アラムは苦笑してみせた。

「とはいえ、シャルディールは兵力も少なく、守りも堅くはありません。魔王軍が駐留していない以上、本国と事を構えるのは無理でしょう」

それもそうだ。

しかし、そっちに回せる兵力がなあ……。緊急時の救援ぐらいならいいが、常駐は無理だ。

するとアラムはこう続ける。

「当面は密約という形で、リューンハイトと協力関係を結びたいと思います。いずれ時期をみて公表し、正式な同盟を。もちろん魔王軍ともです」

「それは嬉しいな」

密約だから完全に安心はできないが、それでもずいぶんと譲歩してきたものだ。

その後、非公式ではあるが文書にも調印し、俺たちは互いに握手を交わした。

今後はシャルディールも味方だ。

ついに四つめの都市を味方につけたぞ。