軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不穏な噂

49話

こうしてラシィは聖女ミルディーヌではなく、ただの幻術師ラシィとしてリューンハイトで生活することになった。

幻術師としての腕前は先日見たし、裏切られる心配も少ない。今の彼女には、魔王軍の庇護下で生きるしか選択肢がないからな。

魔王様からも後日、正式に任官許可が下りた。人間としてはアイリアに続いて二人目の魔王軍メンバーだ。一般兵扱いだけどな。

この調子で着々と人間を取り込んでいくぞ。

「ほほう、おぬしもそう思うか」

「はい、私も反対です」

執務室の隣から、師匠とラシィの会話が聞こえてくる。

どうやら魔術師同士、話が合っているようだ。師匠は割と人見知りするタイプだが、魔術師相手だと打ち解けて話せるらしい。

死霊術師と幻術師がどんな会話をしているのか、ちょっと見てこよう。

「たとえばですけど、『同僚のみんなと食べるフルコース料理』と『書庫の隅っこで独りで食べるサンドイッチ』だったら、どっちがいいですか?」

なんだその質問は。

そんなもんフルコースに決まってるだろ。食事は量だ。

「もちろん『書庫の隅っこで独りで食べるサンドイッチ』じゃろう」

「ですよね!」

「薄暗い部屋で独り、ひっそりとサンドイッチを食べる時間は安らぐからのう……」

意味がわからない。

俺は隣室のドアを開けたまま、意気投合するふたりをぼんやりと見つめる。

にこにこと笑っていた師匠が、俺に気づいて振り返る。

「おお、ヴァイト。この見習い魔女、なかなかに光る素質を秘めておるようじゃ」

「なんの素質ですか、なんの」

ぼっち飯の素質なんて磨く必要はないぞ。

ラシィもにこにこ笑って、師匠の手を握っている。

「ヴァイトさん! ゴモヴィロア様って、とっても気さくな方なんですね! すごく話が合います!」

そうだね……よく考えたらあなたたち、人付き合いが苦手なタイプだよね……。

師匠はうんうんとうなずき、こう宣言した。

「わしはこのラシィとやらを弟子にしようと思う。人間の社会では失われた強力な幻術を、わしは幾つか知っておるしの。どうじゃ、ラシィ?」

「はい、ゴモヴィロア様!」

「これこれ、モヴィちゃんでよいというに」

「はい、モヴィちゃん先生!」

「うむうむ、よいのう」

頭痛くなってきた。

仕事に戻ろう。

妹弟子ができて嬉しいような困ったような気分だが、ラシィからはこんな情報ももたらされた。

「リューンハイトの東にあるシャルディールをご存じですか?」

「もちろん知っている。近くはないが、東隣だからな」

シャルディールというと、リューンハイトと同じ交易都市だ。

北部のボルツ鉱山などで採掘された鉱物資源が、南下して工業都市トゥバーンなどで製品に加工される。

それがさらに南下してリューンハイトにもたらされ、南部の各都市に運ばれていくのだ。

シャルディールはそこからさらに東、ミラルディア領外に続く長い長い交易路の途中にある。だいぶ違うが、まあシルクロードみたいなものだと思えばいい。

ただこのシャルディール、北部の都市と仲が悪い。統一戦争のときに色々あったらしく、お互いに怨恨が色濃く残っているそうだ。

「そのシャルディールが、リューンハイトに続いてミラルディアからの独立を企んでるって噂が、北部にまで流れてたんですよ」

「おいおい、今この状態で独立したらシャルディールは滅ぶぞ」

「でも元老院でも問題視していて、ぐずぐずしてたら南部は全部魔王軍に味方するんじゃないかって。偽勇者計画も、そのへんの事情があったみたいです」

いくら北部と不仲でも、シャルディールは現状維持以外に生き残る道はないんだからな。魔王軍と手を結ぶにしても、相当の覚悟が必要だ。

そこまで信用できないのなら、統一なんかしなければいいのに。

だが同時に、俺はある情報を思い出していた。

リューンハイトから出て行った住民の一部は、シャルディールを目指した。

まあ微妙に合わなくて結局戻ってきてしまったのだが、彼らが言うにはシャルディールの太守が妙な動きをしているらしい。

ミラルディアの常備軍がシャルディールへの駐留を要請したが、太守がそれを断ったというのだ。

リューンハイトの北西にはベルネハイネン、北東にはトゥバーンがある。どちらも魔王軍の支配下だ。西はミラルディア領外だ。

となるとリューンハイト攻略のためには、東か南から攻めるしかない。どちらかといえば東から攻めたいだろう。南からは遠回りすぎる。

それなのに、シャルディールの太守が常備軍の駐留を断ったというのは興味深い話だ。

もちろん俺はそのときに、人狼隊や交易商を使って色々調べている。

調査の結果は、俺を悩ませるものだった。

シャルディールは以前から、北部側の要請を断っている。

今回も「北部から来る常備軍兵士に、十分な待遇を用意できない」という理由で断っている。理由としては弱い。もちろん建前だろう。

本音は「お前ら嫌いだから来るなよ」といったところだろうか。

ただ北部都市嫌いは、リューンハイトを始めとする南部諸都市にも共通している。ミラルディア統一戦争で、北軍と南軍に分かれて戦ったせいだ。

問題は、一般庶民ではなく元老院が噂を気にしていることだ。

支配者の心理を揺さぶるようになれば、それはもう単なる噂ではない。情報戦の武器だ。

これは何かに使えるのではないだろうか。

その後、アイリアが執務室にやってきたので、俺はちょっと相談してみた。

「ああ……その手のいざこざは、よくありました。伝統あるアインドルフ家が二等領爵しか授けられないのも、そのひとつですね」

師匠とラシィのぼっちトークを横目で眺めつつ、アイリアは言葉を続ける。

「交易で得た莫大な利益をミラルディアの国庫に納めているのに、父も私も二等のままでしたから」

「それで貴殿はミラルディアを見限ったということか」

「二等領爵はただの管理人で、都市開発の権限を持ちません。住民が区画整理や拡張を求めてきても、元老院の許可をもらわないといけないのですよ。そしてそれは多額の臨時寄付金を納めない限り、まず認めてもらえません」

「ひどい話だな」

今はもうそんな許可も必要ないので、リューンハイトは再開発のまっただ中だ。

「シャルディールも待遇は同じようなものでしょう。あそこの太守とは先代から交流がありますが、私の父と元老院の悪口で盛り上がっていましたから」

よくそんなに何代も恨みを持ち続けられるなあ……。

だが北部にまで悪い噂が流れているのなら、もしかすると交渉の余地があるかもしれない。

「シャルディールの太守とは、交渉ができそうか?」

「わかりません。当代のアラム殿が太守としての力量を備えていることは知っていますが、シャルディールを取り巻く最近の状況がわかりませんので、彼がどう判断するかは……」

アラムという男、北部が嫌いだからといって、単純に魔王軍と取引をするほど愚かではないらしい。

よしよし、そういう人物でないとな。

「興味が出てきた。ちょっと会ってみよう」

「ヴァイト殿がですか?」

アイリアが驚いているが、俺はもう決めたのだ。

「アイリア殿の知己なら、話ぐらいは聞いてくれるだろう。ダメだったら……まあ、なんとかなるだろう」

人狼の悪い癖で、失敗したときのことはあまり考えない。

謀殺される危険性も低いしな。

「そうと決まれば、さっそく随行員の人選だ。留守は頼むぞ、アイリア殿」

「魔王陛下に言いつけますからね?」

「まあまあ、そう堅いことは言わずに見逃してくれ。これもリューンハイトの安全のためだ。さあ貴殿も茶なんか飲んでないで公務に戻れ」

俺はアイリアの背中を押して無理矢理追い出すと、誰を連れていくか考え始めた。