軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者の影

42話

魔族にはときおり、「英雄」と讃えられる特異な個体が誕生する。彼らは傑出した能力で自分の種族を守り、発展へと導く。

その中でも特に偉大な者は「魔王」と称され、魔族全体を統率する。

人馬族のフィルニールや、獣鬼族のドッグなんかは、魔王様より遙かに小粒だが、種族の英雄と呼ぶには相応しい存在だ。

俺は転生しただけのただの人狼だから違うけどな。

一方、人間にも英雄は誕生する。中でも魔王に匹敵するほどの強さを秘めた者を、人間たちは「勇者」と呼ぶ。

俺たちもときどき仲間を勇者と呼ぶことはあるが、人間の「勇者」は国家規模で認められた正式な称号だ。どんな歴戦の戦士であろうとも、勝手に名乗ることは許されないという。

「そうですか、勇者が……」

事情を知ったアイリアが、やや不安そうな表情で呟く。彼女も今は魔族側だから、勇者は敵だ。

同席している竜人族のクルツェ技官が、そんなアイリアに質問した。

「以前から疑問だったのですが、なぜ魔王陛下に比肩しうるほどの英雄が、『勇王』ではなく『勇者』なのですか?」

「ああ、俺が答えよう」

アイリアが悩んでいる様子だったので、俺が代わりに答えてやることにする。

「魔族は強者を王と崇めるが、人間は違う。王になれるのは基本的に、王の血統だけだ。それが嫌なら自分で国を創るか奪うしかない。だから勇者は王にはなれないんだ」

「ふむ、奇妙な話ですな」

クルツェ技官はメモを取りながら、首を傾げている。

「強い個体でなければ、危機的な状況を生き延びられないでしょう。弱い王が討たれれば、後はどうなるのです?」

「王の子孫が次の王になるだけだよ」

「それに何の利点があるのです?」

俺は民主主義の下で生まれたから、そんなこと知らん。

するとアイリアが顔を上げて、こう続けた。

「王族や貴族は、民衆を統治支配するための知識や技術を学んでいますからね。威張っているだけの無能には、さすがに誰もついてきません。そういう国はいずれ滅びます」

さすがに都市国家を統べる指導者だけあって、説明によどみがない。

「それに、勇者が国の指導者でないことにも利点があるのです」

「なんですか?」

「勇者は我が身の危険を省みず、敵陣深くに切り込んでくることができます。自分が倒されても、王が民衆を統率してくれますから」

「なるほど……大変わかりやすい説明です」

人間のアイリアと竜人のクルツェがこんなやりとりをしているのを見るのは、なかなか面白い。

おっと、面白がっている場合ではなかった。

相手は勇者、つまり人間版魔王様だ。

当然ながら、俺たち一般の魔族では太刀打ちできない。

たまに実力や運の足りないヤツが下っ端魔族に倒されて「悲劇の英雄」扱いされることもあるが、実際はほぼ勝ち目はないだろう。

クルツェ技官が持ってきた報告書によると、勇者は北部戦線のどこかにいるという。

第二師団は長引く戦闘で離散が続き、各地で孤立した部隊がゲリラ化して自給自足で抵抗を続けている。

言い方を変えれば迷子になって盗賊同然に落ちぶれているのだが、それを片っ端から勇者が討伐しているのだという。

孤立した各隊とはうまく連絡が取れないため、魔王軍が勇者に気づくのにはずいぶんかかったそうだ。何せ魔族は皆殺しだからな。

おかげで勇者の外見や能力など、重要な情報はほとんど入手できていない。

俺はますます北部戦線に関わるのが嫌になったが、ひとつだけ看過できないことがある。

勇者の最終目標はたいてい、魔王討伐なのだ。

させてたまるか。

「勇者に関する情報を集めたいが、何か方法はないか?」

俺が訊ねると、アイリアは少し考えてから顔を上げた。

「勇者といえども生身の人間ですから、街を離れてずっと野宿をしているはずはありません。どこかに拠点があるはずです。もちろん一時的なものでしょうが」

そういえば前世のRPGでも、勇者は拠点を転々としながら魔王を目指してたよな。

「北部の都市に密偵を送ってみてはどうでしょう。勇者が滞在中の街となれば、それを喧伝しているはずです。魔物も盗賊も、迂闊に近寄れませんからね」

それもそうだ。勇者は正義のヒーローだからな。

「それなら人狼隊を送ろうと思うが、魔法で正体が露見する恐れがある。長距離の偵察は不安が残るな。それに貴重な戦力だから温存しておきたい」

「それでしたら、私に任せてください」

アイリアはにっこり微笑んだ。

「リューンハイトは交易商人の街です。市内の交易商人たちに、私からお願いしてみましょう」

「大丈夫なのか、それ?」

俺はリューンハイト市民を疑っている訳ではないが、勇者を偵察する密偵に仕立てることには不安と罪悪感がある。

しかしアイリアは笑っていた。

「大丈夫ですよ。その代わり、彼らが向こうで仕入れてきた品物は、リューンハイトで好きなように売りさばく許可をお願いしますね」

「なるほど、彼らにとっては良い商機ということか」

北部に直接行ける上に交通費まで支給されるのだから、ボロ儲けのチャンスだろう。彼らの商魂には頭が下がる。

「わかった、その条件でいこう。経費も支給する。よければうちの犬人隊が作った銀細工も買っていってくれ。安くしておくぞ」

「はい、皆が喜びます」

やや脱線気味の俺とアイリアに、クルツェ技官が静かに呟く。

「ヴァイト殿も、だんだん感化されてきましたな」

「……そうだな」

この世界の交易って面白いんだから、しょうがないじゃないか。

流通が未発達っていうのも夢があっていいなあ。

平和になったら魔王様とタッグを組んで、何かビジネスでも始めてみようかな。

だがその前に、少しばかり血なまぐさいビジネスをしなくてはいけないようだ。