軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ

エピローグ

私はふと顔を上げて、図書館の中を見回した。

さっきまでいた、あのうるさい青年の姿が見えなくなっている。

ようやくこれで調べ物ができそうだ。

と思っていたら、私の机の上にドサドサと古い本が積み上げられた。

「ほら、これがミラルディア連邦に残るヴァイト卿の資料だよ!」

見上げれば満面の笑み。ミラルディア人の若い男性だ。

ハンサムなんだけど、さっきから勉強の邪魔ばかりされている。

「これはヴァイトでも、『ヴァイト・フォン・アインドルフ』の資料でしょう?」

「そうだね」

何が嬉しいのか、にこにこしているミラルディア人の青年。

私を口説くつもりなら、もうちょっと学識が欲しいところだ。

私は眼鏡を直しながら、この軽薄なハンサムに言ってやった。

「私がわざわざロルムンドから来たのは、『ヴァイト・グルン・フリーデンリヒター』の研究のためです。彼はオリガニア朝の初代皇帝エレオラの栄光を支えたとされる、謎の多いミラルディア人なんですよ」

「うん、知ってるよ」

じゃあ何で間違えるんですか。

私は溜息をつく。

「だいたい、ミラルディアにはヴァイトって人が多すぎるんですよね……」

「みんなが彼にあやかって、自分の息子にヴァイトって名前をつけたからねえ、ははは」

彼ってどっちの?

いや、アインドルフ家の方に決まっているか。

「確かにヴァイト・フォン・アインドルフは、ミラルディアの伝説的な英雄ですけど」

軍事・内政・外交・経済・教育・魔術・医療・文化。

ありとあらゆる分野に名前が残っている、人狼族の偉人だ。当時の魔王……つまり今でいう連邦評議長の副官を永く続け、歴代魔王を補佐したという。

彼がいなければ連邦は誕生せず、腐敗した元老院によってミラルディアも人狼も滅亡していた可能性が高い。

さらに連邦成立後から現代まで、三百年に渡る平和と繁栄の基礎を築いた人物としても知られている。ロルムンドの女帝エレオラと並び称される大英雄だ。

まあ、伝わっている話が全部本当なら……だけど。

「ロルムンドにも噂は伝わってますけど、功績盛り過ぎじゃないですか? 一人の人間が……いや人狼ですけど、とにかくこんなにいっぱい業績残せるはずがありませんよ?」

すると青年は頭を掻く。

「いやあ、これでも削れるだけ削ったんだけどね。彼は恥ずかしがり屋で、共同研究とかは全部名前を伏せてるし、手柄をすぐに人に押し付けてたから」

見てきたように言う人だな……。

「とにかく、研究の邪魔です。私費で留学してるんですから、早く研究を完成させて帰りたいんですよ」

「君の実家、お金持ちじゃないのかい? 帝室の一員だよね?」

なんで知ってる。

というか、知っててこんなうざったい絡み方をしてきたの?

どういう神経の持ち主だろう。

私はまた溜息をつくしかなかった。

「帝室の一員じゃありません。確かにオリガニア朝二代皇帝ミーチャの子孫ですけど、うちは分家の分家ですから。帝室録すら閲覧できない一般人ですよ」

女帝ミーチャは子宝に恵まれたので、その子孫も膨大な人数になる。

何せ彼女の治世から三百年ほど経っているのだ。

オリガニア姓の子孫に限定しても数百人はいるだろう。

「わかったら邪魔しないでください。パスティエ教授にお会いする前に、最低限の知識は入れておきたいんです」

パーカー・パスティエ教授はミラルディア最高の歴史学者であり、死霊術を極めた不死者でもあるらしい。

留学中、私はパスティエ教授に師事する予定なのだ。

これはかなり凄いことなので、私も興奮している。

しかし貧乏性の私が転送門の早割チケットにこだわったせいで、本来の日程よりだいぶ早く来てしまった。パスティエ教授は休暇中だという。

おかげでまだお会いできていない。

「あの……僕はね」

「何か?」

軽薄な青年は何か言いたげにしていたが、私が先祖譲りの眼力で睨みまくると、諦めたようにすごすご退散していった。

やれやれ、これでようやく勉強できる。

しかし困ったことに、ヴァイト・グルン・フリーデンリヒターに関する資料は未だに全く見つかっていない。

おかしい。彼は貴族、しかも連邦評議会の一員だ。

あれだけロルムンドで暴れ回った豪傑なのだから、本国に記録が残っていないのは不自然すぎる。

国立ミラルディア大学の図書館にさえ存在しないのなら、後はもう魔王軍の公文書館にでも行くしかなさそうだ。

ただしあちらにも問い合わせはしており、公開可能な公文書の中には存在していないとの回答を受け取っている。

困った。

私は困り果て、さっきの青年が置いていった黒狼卿の資料をぼんやりと開く。

「あれ、これってアインドルフ家の……?」

アインドルフ家は第三代魔王アイリアと、その夫でもあった黒狼卿ヴァイトの家だ。

どうやらこの本は、アインドルフ家に残る書簡などをまとめたものらしい。

いつもの癖で、私は発行元と著者を調べる。

発行元はミラルディア大学の出版局。著者というか解説を入れているのは……驚いたことに、私が師事する予定のパーカー・パスティエ教授だ。

さらにミラルディア評議会とアインドルフ家の監修も入っている。

資料としての価値は高そうだ。

思わずパラパラとめくってみると、黒狼卿ヴァイトの意外な一面が見えてきた。

城門砕きの猛将だとか、戦神殺しの魔狼だとか言われている彼だが、驚くほどに家庭的だ。

外遊先からリューンハイトの妻子に宛てた手紙に、それらがありありとうかがえる。

堅実で真面目すぎる癖に、妻や娘には甘すぎる。まるで現代の子育てパパだ。

「ふふっ……」

あまりにほのぼのしたやり取りに、つい笑ってしまった。

昔の人という気が全然しない。

それとワやロルムンド、それにクウォールの貴族や軍人からも大量の私信をもらっている。

ロルムンドの歴代皇帝やクウォール王からの書簡もあった。個人的な付き合いもあったようだ。

郵便も魔力通信もない時代に、よくこんなに手紙をもらっているものだと思う。

さらに驚いたことに、女帝ミーチャやクウォール王シュマルからは「先生」と呼ばれている。

ミラルディア大学は昔から世界最高水準の研究機関として留学生が多かったのは有名な話だが、王たちの恩師でもあったのだろうか。

まさかここまで人脈が広く深いとは知らなかった。

その気になれば、近隣諸国も含めて影から支配できたのでは……と思う。

「どうだい? なかなか興味深いだろう?」

不意に声をかけられて、私はハッとする。

ついつい読みふけってしまった。

さっきの軽薄なハンサムが、自販機で買った紅茶の缶を手にしていた。それを私に差し出してくる。

「でも休憩しないとダメだよ。はい、どうぞ」

「あの、お気遣いは感謝しますけど、ここは飲食禁止ですよ?」

私が背後の張り紙を示すと、青年は首を傾げた。

「おや、本当だね。僕は関係ないから、あんまり気にしたことがなかったよ」

関係ないことはないでしょうに。

そう思ったが、とりあえず缶を受け取っておく。

「ありがとうございます。後で頂きます」

「うん」

にっこり笑う青年。

「ミラルディアに留学したついでに、ヴァイト・フォン・アインドルフについても研究してみたらどうかな? きっと面白いよ」

「まあ、確かに興味深くはありますが……。彼は黒狼卿劇で脚色され過ぎています。虚実が入り乱れていて、検証が大変そうですね」

「いや、あれ全部事実だよ? 演出や細かい部分は確かに少し脚色してるけど」

ミラルディアの人はみんな真顔でそう言うから困る。

しかしこの書簡を見るだけでも、ヴァイトが近隣諸国に恐ろしい影響力を持っていたのは間違いない。

私の先祖でもある二代皇帝ミーチャ、それにミーチャの父のレコーミャ大公などとも親戚同然の親交があったようだ。

クウォールのシュマル王に至っては第一王子の名前をヴァイトにしようとして、ヴァイト本人から慌てて止められていた。しかし諦めきれずに一字を貰っている。

彼らは本来なら他国に漏らすべきではない重要な機密事項までヴァイトに相談しており、ヴァイトがそれらに親身に助言していたこともうかがえる。

これらの書簡がもし本当なら、帝国の時代遅れの奴隷制度が緩やかに消滅していったのも、長年の怨敵だった極星教勢力と和解できたのも、メジレ河周辺の遊牧民たちがクウォール王に忠誠を誓うようになったのも、全部ヴァイトの助力によるものだ。

それどころか、ヴァイト自身がお忍びでロルムンド領やクウォール領で活動していた形跡まである。

ミラルディア軍の精鋭中の精鋭、『人狼隊』を率いて反乱鎮圧や諜報活動に協力していたらしい。

あれ?

親エレオラ派のミラルディア連邦評議員で、調略に長けた軍人。

身軽な敏腕外交官であると同時に、恐るべき猛将でもある。

これはどことなく、ヴァイト・グルン・フリーデンリヒターと重なっているのではないだろうか?

「もしかして、本当に……」

私は顔を上げて、さっきの軽薄なハンサムに尋ねようとする。

しかしそこにはもう誰もおらず、彼がくれた紅茶缶の温もりが名残を留めているだけだった。

またどこかに行ってしまった。

何なんだ、あの人。

私は彼の行方が少し気になったが、それ以上にこの書簡集が気になっている。

本来の目的とは逸脱してきたが、学問に王道なし。お手軽な最短コースなんて存在しない。

だからこんな寄り道も悪くはないと思う。

「この人、面白いわ……」

私は愛用の魔術書端末を取り出すと、ヴァイト・フォン・アインドルフについてもっと詳しく調べてみることにした。

この不思議な人は、いったい何者なんだろう?