軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

騎士百合の福音

外伝25話

「魔族を認めなかったロルムンドで、こうしてあなたと再びお会いするのは、おそらく意義深いことなのでしょうな」

魔王軍技術総監クルツェはそうつぶやき、ソファに深く腰掛けた。

「ただ、私は政治家でも宗教家でもありませんから、それほど深い感慨がある訳ではありません。自分の職務をこなすだけのことです」

エレオラは苦笑する。

「竜人族の物言いを見ていると、まるで昔の自分を見ているようで恥ずかしくなる」

「確かに陛下はその……随分と人間らしくなりましたな」

「ははは」

女帝の愉快そうな声が、密談用の個室に響きわたった。

彼女はうなずく。

「だいぶ無理をしていたのだよ。理論と考察以外、世を渡る術を持たない小娘だったからな。だが人の世は、それでは渡れなかった」

「人間は非論理的すぎますからな。いや、感情に支配される場面が多いというべきか」

「そうだな。しかしその是非を問うのは無意味だ。私は人間であり、人間の中で生きていかねばならないのだから」

エレオラはヴァイトの捕虜になっていた時期に、クルツェたち竜人族の技官や武官と顔見知りになっている。

理屈っぽいところで馬が合ったのか、こうして久々に会っても遠慮なく本音でしゃべることができた。

クルツェは興味深げに問う。

「で、いかがでしたかな? 人の世を渡ってきた御感想は」

「正直かなり疲れたよ。だが楽しい」

エレオラはフッと笑うと、湯気の立つ紅茶を一口飲む。

「もっとも来世は竜人族に生まれたいところだ。魔王軍の技官にでもなって、研究に打ち込みたい」

「では来世の陛下のことは、この私にお任せを。前世同様、卓越した研究者へと鍛え上げて御覧に入れましょう」

どこまで本気かわからないが、クルツェが真顔でうなずく。

というか、エレオラには竜人族の表情が読めない。

慣れれば意外と表情豊かなのだと、昔にヴァイトが言っていたような記憶があるが……。

「ところでクルツェ殿、秘密の会談を要望した理由は何かな? おおよその察しはついているが」

「わかりますか?」

「ドニエスク家のことだろう? 貴殿のとこの黒狼卿は慈悲深い。味方になったウォーロイ殿やリューニエ殿のことは、常に気に掛けているはずだ」

クルツェがうなずく。

「御明察です、陛下」

「先に言っておくが、追放処分の取り消しはできんぞ。追放と引き替えに反乱の罪を帳消しにしたのだ。法の裁きは皇帝といえども覆せぬ」

「承知しております」

そう応じたクルツェだが、いけしゃあしゃあと続ける。

「それはそれとして、今の彼らはミラルディアの有力な政治家や官僚です。職務の一環として、ロルムンドに入国することもあるでしょう」

「やはり、そうきたか」

ニヤリと笑うエレオラ。

「確かにミラルディアの使節として来た場合、私には拒むことはできんな。ついでに北ロルムンドの視察をしたいと言われれば、ミラルディアとの外交関係を考慮して許可せざるを得ないだろう」

本当はいくらでも拒否できるのだが、エレオラにしてもリューニエたちのことは気になっている。敵対していたとはいえ、血のつながった親戚だ。

あれからもう十年以上経っていることだし、可能な限り譲歩することにした。

「ドニエスク家の動産および不動産はほぼ全て、帝室が没収している。だが隣国の使節が視察したいというのであれば、いくらでも公開しよう」

「ずいぶんと太っ腹ですな、陛下」

「黒狼卿の代理人として来ている貴殿の顔を立てているのだぞ、少しは理解してくれ」

竜人族は聡明なのに、こういう機微をなかなか理解してくれない。

クルツェ技術総監は眼鏡を押さえて小さくうなずく。

「これは恐縮です。確かにヴァイト殿も喜ぶでしょう」

「あの者には借りが山のようにある。しかも公にはできず、返すことのできない借りがな。だからこうして、公にはならない形で少しずつ返す。それだけのことだよ」

エレオラは澄まし顔で紅茶をまた飲む。

「北ロルムンドの農業生産が落ち込んでいた理由も、ヴァイトが手かがりをつかんできてくれた。私は農学の素人だから、河川の水質が農作物に大きな被害を与えるなどとはあまり考えていなかったな」

「確かに。私も後に知ったのですが、南の大陸にあるクウォールという国は、大河メジレの運ぶ肥沃な土壌によって栄えております。河川の影響は侮れません」

「ふむ、興味深い。皇帝の座を投げ捨てて視察に行きたいところだな」

エレオラの口調は半分ぐらい本気だった。

「減収の原因となっているドニエスク公の治水事業については、水害を防ぐ役割がある。川の流れを元に戻せば水害が再び発生してしまう」

「痛し痒しですな」

「ああ。そこで今のところは、土壌改良剤を帝国が無償供与することで収量を回復させている」

水害と土壌汚染、その両方を防ぐための新しいルートは現在も調査中だ。

着工にはまだ数年かかるだろう。

「それと耕作地の四隅には、例の騎士百合を植えさせている。冬の間に土壌改良を行い、春に咲いた騎士百合が青ければひとまずは安心だ」

「なるほど、試薬代わりですか」

「これもヴァイトの入れ知恵なのだがな。農民たちは騎士百合を『畑の騎士』と呼んで頼りにしているよ。いずれ視察団をよこしてくれ。昔の北ロルムンドをよく知る者がいい」

それは非公式ながら、エレオラからリューニエたちへの招待状であった。

クルツェは静かにうなずく。

「御配慮、恐れ入ります。ウォーロイ殿とリューニエ君も喜ぶでしょう」

「それはそうだが、リューニエ『君』とは?」

「彼は私の教え子でしたから。教え子のために教師が力を尽くすのは、ごく自然なことです」

「確かに自然なことだ。貴殿は政治家でも外交官でもないし、これはミラルディアからロルムンドへの正式な交渉ではない。『ごく自然で外交要素の全くない、私的な雑談』だ」

「ええ。ですから仮に陛下が拒絶なさっていたとしても、両国の関係に亀裂を入れるようなものではありませんでした」

「これもヴァイトの差し金か」

「あの方はとにかく、あちこちに気を遣いますからな。彼にとってもリューニエ君は教え子ですし」

それを聞いたエレオラは微笑む。

「やはりミラルディアでも愛されているのだな、リューニエ殿は」

「ええ、もちろんです。彼を悪く言う者はおりませんよ」

「なるほど。彼の父君は帝室に対して謀反を起こした大罪人だが、息子の養育に関しては間違えなかったようだな」

北ロルムンドではドニエスク家への信頼は未だに篤いが、リューニエの父であるイヴァンに対してだけは冷淡な風潮が残っている。彼の起こした反乱が、ドニエスク家とそれに従った貴族たちを破滅に追いやったからだ。

しかし彼の志は息子リューニエに受け継がれ、南の国でしっかりと根ざしているようだ。

「私の姪も、そうなって欲しいものだが……」

「陛下御自身は結婚なさらないのですか」

人間同士ならちょっと躊躇してしまうような質問でも、竜人は構わず踏み込んでくる。

彼らにとって質問は質問でしかない。

それ以外の意味合い、つまり侮蔑や威圧といったものは含まれない。

エレオラは困ったように頭を掻いたが、やがて生真面目にこう答えた。

「妻や母として、務めを果たすことが少々億劫でな。私には皇帝としての務めがあり、これは誰にも代わってもらうことができない。両立できるとは思えないのだよ」

「なるほど。私も未だに独身ですので、そのお気持ちは理解できる気がします」

「それと私が産褥などで死にでもしたら、また帝国が大混乱に陥る危険性があった。おちおち悪阻になっている暇もなかったしな」

「実際、魔王陛下のときはかなり危うい状態でしたから、エレオラ陛下の危惧は正しかったと思います」

「彼女には優秀な副官がついている。全く羨ましい話だ」

エレオラは頬杖をつき、口の端をちょっと歪めてみた。

それを見ていたクルツェは少し沈黙し、軽く首を傾げた。

「もしかして先程のは、いわゆる『非礼な質問』という類のものだったでしょうか?」

「そうだな。私以外にはしない方がいいぞ。せっかくだから反撃してやろう、クルツェ殿はなぜ結婚なさらんのだ?」

「研究に夢中になって、妻子をほったらかしにするのが目に見えているからです。私には家庭を持つ適性がありません」

二人はしばらく沈黙する。妙な連帯感のようなものが漂っていた。

「やはり甥や姪を可愛がっているぐらいが、我々にはちょうど良いな」

「陛下のおっしゃる通りです」

「ははははは」

エレオラがまた笑い、クルツェも無言のまま微かに表情を変えた。きっと笑っているのだろう。

そのとき、外で爆発音が聞こえてきた。

「ん?」

「この爆発音は魔撃振動ですな」

「確かに」

二人は廊下に出て、窓から中庭を見下ろす。

ミーチャ皇女とフリーデが、仲良く尻餅をついていた。

二人は一緒に一挺の魔撃銃を握っている。

呆然としていた二人はハッと気づいたように周囲をキョロキョロと見回す。

そして頭上のエレオラたちに気づいた。

「おっ、伯母上! これは私が悪いのです! さっき、射撃場でフリーデの射撃姿勢が気になったものですから!」

「いえ、悪いのは私です! いつもの癖で魔力を流しちゃって!」

二人は必死になって互いを庇い、それから喧嘩になる。

「フリーデ、あなたは黙っていればいいのよ! ここは私の家なんだから、私がやったことにしておけば丸く収まるの!」

「それは悪いことだよ、ミーチャ!? 皇帝になる人がそういうことしちゃいけないと思う!」

「清濁併せ呑むのが皇帝だからいいのよ!」

「皇帝が清廉じゃなかったら、みんな誰を信用すればいいの!?」

難しい論争と共にもみ合いを始めた二人を、クルツェ技術総監が冷静に見つめる。

「どうやらミーチャ殿下が、フリーデに射撃を教えておられたようですな」

「そのようだ。そしてミーチャが安全装置を掛け忘れて、フリーデがいつもの癖で魔力を活性化させてしまったのだろう」

その頃には、爆発を警戒した精鋭の近衛兵たちが、エレオラの周囲を静かに警護していた。

エレオラは振り返り、彼らに命じる。

「今のはおそらく、魔撃銃の暴発事故だ。ミーチャとフリーデに怪我がないか確認して、二人ともここに連れてこい。安全管理の徹底について、一から叩き込んでやる」

「はっ」

それからエレオラは深々と溜息をついた。

「もうそろそろ成人なのだから、もう少し思慮深くなって欲しいのだが……。どうやら育児に関しては、エレオラ・ヴァイト連合軍はドニエスク軍に対して劣勢のようだ」

「同感です。帰国したらフリーデには補講を行いましょう」

クルツェはうなずき、そして彼もまた深々と溜息をついた。

「悪いところも父親譲りだな、フリーデ君」