軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夫婦の会話

外伝23話

「これで人狼隊の動員はよし、と」

俺はベッド脇のテーブルに身を乗り出して、メモをまとめる。

「ウォッド爺さんたちに遠征は厳しいから、若手だけで行く。十個分隊の四十人でいいな」

ベッドにもぞもぞと戻りながら、俺は全員の顔を思い浮かべる。

「みんな、歳取ったよなあ」

するとベッドの中にいたアイリアが、苦笑しながら身を起こしてきた。

「あなたもでしょう? 私もですけれど」

「俺は確かに歳を取ったな。前世は早死にだったし」

前世分も合わせると、もうずいぶん生きてきたことになる。

立派なおっさんだ。

「でも君は、俺が二階の窓から飛び込んできた頃と変わらないな」

アイリアの頬を撫でると、彼女は薄闇の中で困ったように笑った。

「暗がりだからでしょう。もう肌の張りがありませんよ。フリーデを見ていると、自分の老いを実感します」

「君はいつもそう言うけど、俺にはわからないぞ……」

お世辞ではなく、本当にわからない。

するとアイリアは苦笑した。

「この身に蓄えた膨大な魔力のせいかもしれませんね」

「そう、そうなんだ」

俺はガバッと身を起こす。

「魔力は未だ解明されていない力だが、少なくとも生命を維持するのに役立っている。傷病や疲労に対して、蓄えた魔力が体力の代わりを果たしてくれるんだ」

実は動物実験……厳密には魔物実験だが、魔力の多い魔物を使って魔王軍がいろいろ調べている。

この世界の市民から見れば「さすが魔王軍……」と言いたくなるような邪悪な光景だろうが、科学の発展のためには必要なことだ。

魔物は大樹海で捕まえてきている。

いくらでもいるからな。

俺はアイリアの頬を撫で、それから自分の頬も撫でた。

「皮膚は加齢と共に張りを失っていくが、君も俺も実年齢ほど老化していない。これは老化の要因のどれかを魔力が防いでいるからだと思う。実際、魔物でも魔力の強い個体ほど長寿だという……」

ハッと気づく俺。これは今ここでする会話じゃない。

俺はまた、ごろりと横になる。

「だから、まあ……つまり、君は綺麗だよ。とても」

「ありがとうございます」

ますます苦笑するアイリアだった。

俺も多少は成長しただろう?

アイリアがくっついてくるので俺もくっつきながら、二人で天井を見上げる。

アイリアはぽつりとつぶやいた。

「また、遠征なのですね」

「今度は秘密任務だし、すぐに戻るよ。使節より先に戻ってこないと、フリーデたちに気づかれるからな」

するとアイリアは夫の言葉に首を傾げる。

「せっかくロルムンドに行くのですから、フリーデに会ってやってはいかがですか? あなたも久しぶりに会いたい人たちがいるでしょう?」

「フリーデと一緒にロルムンド料理を食べるのも悪くないが、やめておくよ。あの子が親元を離れて異国で頑張っているのに、そんな所にまで親が顔を出すのは気が引ける」

いずれはあの子も独り立ちして、自分の人生を歩み始める。

この世界では十代半ばでみんな独立するから、フリーデももうすぐだ。

それまでにあの子を少しでも強くしておきたい。

「欲を言えば北ロルムンドの復興ぶりを視察しておきたいぐらいだが、これはいずれ公式訪問で実現できるだろう」

「そうですか……ではわかりました。あなたの任務のことは、フリーデには秘密にしておきますね」

「ああ、それがいい。これは連邦の非公式作戦だ。一介の学生が知る必要はない」

公私の区別をつけるのはなかなか大変だが、これができなければ元老院の二の舞だ。

「でも寂しくはありませんか? あなたが陰でフリーデを守っていることを、知ってもらえないのですから」

どうでもいいことをアイリアが気にしているので、俺は小さく手を振る。

「知らなくていい。親なんて踏み台みたいなものだよ。踏み台はぐらついちゃいけないし、どっしりしていないといけない。だがそんな踏み台が足にくっついてきたら、高い所まで登れないだろう?」

多くの場合、踏み台を抱えていくことはできない。

踏み台は踏まれて置いていかれることで、初めて役に立つ。

「だから踏み台は踏み台らしく、ひっそり役に立ってやろうと思ってるんだよ。フリーデが足下ではなく、もっと上を向けるようにな」

「あなたらしいですね」

アイリアが何か言いたげに笑っている。

言っておくけど、今回はフリーデとは関係なく評議会からの要請だからな。

人選を任されたから自分も行くことにしたのは、多少関係あるけど。

「それにフリーデが母親になる日が来たら、俺たちの苦労にも気づいてくれるだろうさ。俺も親になって初めて、親の気持ちがわかるようになった」

「それは確かにそうですね。私も父の気持ちが……それと早くに亡くなった母の気持ちが、少しわかる気がしていますから」

孝行したいときに親は無し、とは良く言ったものだ。

「早いとこあいつに立派になってもらって、俺は隠居したいな。大樹海の生態系を調査したり、古王朝時代の遺跡を発掘したり、やりたいことがいろいろあるんだ。魔力研究も手伝いたいし」

するとアイリアが上目遣いになり、問いたげなまなざしで俺を見つめる。

「隠居できるでしょうか?」

「……無理かな?」

「少なくとも、私はさせる気ありませんよ。この魔王アイリアは」

うわ、この魔王様こわい。

ミラルディア連邦が発足して、まだ二十年も経っていない。古い世代のしがらみや対立がまだまだ残っている。

あとまだ二十年ぐらいは俺も現役続投でないとダメだろう。

ライフワークのためには、どうやら長生きしないといけないようだ。

しょうがない、百まで生きるか。

しばらく雑談した後、どちらともなく黙る俺たち。

「さて、後は寝るだけだが……」

俺が笑うと、薄暗がりの中でアイリアが頬を染めた。

だから俺はますます笑う。

「これで伝わるんだから、やっぱり夫婦だよなあ」

するとアイリアが俺に頭を寄せてくる。

「あなたの考えていることぐらい、匂いでお見通しですよ?」

「人狼みたいなことを言うな、君は」

「人狼の妻ですから」

アイリアの手がランプを消し、辺りは闇に包まれた。

翌日、俺と人狼隊の四十人はリューンハイトを出発して北に向かう。

最北端の採掘都市クラウヘンに数日かけて辿り着き、秘密の坑道を抜けてロルムンド領へ。

ロルムンド側で坑道の管理をしているノヴィエスク城に入ると、見知った顔が俺たちを待ち受けていた。

「あんた、しばらく見ないうちに一段といい男になったねえ」

そう言ってしわくちゃの顔で笑っているのは、ロルムンド人狼の頭であるボルカ婆さんだ。

「まだ生きてたとは思わなかったよ、ボルカ婆さん」

「なあに、若いもんが走り回ってくれてるのに、ババアが寝てる訳にゃいかんだろう?」

いや、寝てていいと思うけど……。

ボルカやその一党と旧交を温める暇もなく、俺たちは作戦の打ち合わせに入る。

「まったくバカの種は尽きないねえ」

「当人たちは勝算があると思ってやってるんだろう。情報が間違ってるか、分析が間違ってるか、とにかく勘違いしてるんだ」

「そういうのバカっていうんじゃないのかい?」

「そうだな」

皇帝直属の秘密部隊となったロルムンドの人狼たちは、諜報員としてかなり優秀になっていた。この十年余りで相当鍛えられたらしい。

作戦概要や途中経過の報告を見せてもらった俺は、こいつらと戦争するのだけはゴメンだなと思った。

「狩りの手伝いのつもりで来たんだが、これはもう精肉の塊になってるじゃないか」

情報収集や計画の立案が全て整っていて、後はもう作戦を実行に移して片づけるだけになっている。

手際が良すぎる。

俺が過去の戦争で何とかやってこれたのも、諜報活動で常に優位に立っていたからこそだ。

だが現在の諜報力は、ミラルディアとロルムンドはほぼ互角といっていいだろう。

ちょっとした不確定要素で勝負が決まるぐらいの、拮抗した力関係だ。

俺の表情を見て、ボルカ婆さんが嬉しそうに笑う。

「あんたにそう言ってもらえると嬉しいよ。じゃあその『精肉』を焼く手伝いをしてもらおうかね」

「ああ、わかった。こんがり焼いてやろう」

久々の現役復帰だ、慎重にやらないとな……。