軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帝国の試問(王の器)

外伝19話

翌日、フリーデは女帝エレオラとの謁見に臨むことになる。

「どうして私一人だけなんですか、クルツェ先生」

使節団の長であり、魔王軍技術総監であり、同時にフリーデたちの教官でもあるクルツェは、竜人族特有の無表情さで応じた。

「皇帝陛下が君と二人だけの対話を希望しているからだよ、フリーデ」

「なんでだろ……」

控え室として用意された快適な広間に、クルツェの落ち着いた声が響く。

「私なりに憶測は色々しているが、どれも憶測でしかない。そしてどのパターンでも、私が余計な情報を与えない方がいいという結論で一致している」

科学者特有の論理性と正確さを重んじる言葉に、フリーデはふんふんと何度もうなずく。

うなずいているだけで、別に完全に理解できている訳ではない。

室内にはシリンとユヒテも呼ばれており、シリンは壁に掛けられた魔撃銃のレプリカをしげしげと見つめているし、ユヒテはロルムンド輝陽教の教典を一心不乱に読みふけっている。

「あの、二人とも……」

「フリーデなら大丈夫だよ」

「心配いりませんよ」

ひどく雑な返事が返ってきた。

フリーデは諦めて、大理石のテーブルに置いてあった砂糖菓子をつまむことにした。銀のトレーに積まれたそれは果汁で色とりどりに着色され、まるで宝石のようだ。

何色から食べようかと迷っていると、侍従長のナタリアがフリーデを呼びにきた。

「フリーデ殿、どうぞこちらへ」

「うう、緊張する……」

神聖ロルムンド帝国オリガニア朝初代皇帝、エレオラ・カストニエフ・オリガニア・ロルムンド。

帝位継承権第六位という位置にありながら、上位五人をことごとく退け、帝位に登り詰めた女傑。

ロルムンド国内では絶大な支持を集めており、その支持基盤は貴族、軍人、聖職者、学者、庶民と幅広い。

異端者や魔族もエレオラの庇護を受けているため、彼女には忠誠を誓っているのだという。

一方、ミラルディア国内では印象が異なる。

彼女は皇女時代、勅命を帯びてミラルディア征服を指揮するものの、これに失敗している。

勅命でありながら少数の手勢しか率いておらず、黒狼卿ヴァイトとの戦いにも敗れて捕虜となったエレオラに対しては、やや同情的な見方が強い。

これは評議会が主導している黒狼卿劇の影響も強いという。

劇の中では、エレオラは悲劇の皇女として描かれているからだ。

そんなことを思い返しながら、フリーデは宮殿の一室で女帝エレオラと対面していた。

「フリーデ・アインドルフです。お目通りが叶い、恐悦至極にございます」

ここのところ何度も実践で挨拶しているため、だいぶ慣れてきた。

失敗しないよう、なるべく短い文言を選んでいるというのもある。

「ようこそ、フリーデ殿。私がエレオラ・カストニエフ・オリガニア・ロルムンドだ。ようやく会えて嬉しく思うぞ。掛けなさい」

エレオラは椅子に腰掛けていたが、フリーデにも席を勧めた。

フリーデが戸惑っていると、エレオラは苦笑する。

「これは非公式な会見、私的な面会だ。細かい作法を気にする必要はない」

思ったよりも気さくで優しい雰囲気なので、フリーデは安心する。

美人で威厳もあるが、穏やかそうな人物だ。

フリーデが着席すると、テーブルの向こう側でエレオラが微笑む。

「お父君にそっくりだな。その目など、本当によく似ている」

「あっ、ありがとうございます」

反射的にお礼を言ってしまったが、それにエレオラは小さくうなずいた。

「父君のことを尊敬しているのだな」

「はい、おおむねは」

「おおむねなのか」

「ちょっと直して欲しいところもありますから……。寝ぐせとか」

それを聞いて何か思い出したのか、エレオラがクスッと笑う。

「なるほど。愛されて育っているのが私にもわかる。私は早くに父を亡くしたので、少し羨ましいな」

微笑みながら、わずかに憂いを帯びた表情になるエレオラ。

その儚げな風情に、フリーデまで悲しくなってしまう。と同時に、不思議な感銘を覚えていた。

「えっ、あの……」

何かうまいこと言おうと思うが、父を亡くした経験のないフリーデには何を言えばいいのかわからない。

だがそれでも何か言葉をかけたくてたまらず、フリーデはもどかしい思いをする。

少しは大人に近づけたかと思ったが、やはりまだ全然ダメだ。

困ったときは「ありがとう」か「ごめんなさい」にしよう。

父の教えを忠実に守り、フリーデはぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございます。その、ええと……申し訳ありません」

不安だったので両方使ってみた。

それに対してエレオラは小さく首を横に振る。

「いいのだ、初対面で唐突に重い話をしてしまったな。私の配慮が足りなかった。許してくれ」

「いえあの、そんなことは本当に……」

どんどん申し訳なくなってくるフリーデ。

するとエレオラは不意に話題を変えた。

「フリーデ殿は聡明で礼儀正しいな。これからも仲良くしていきたい。貴殿はどう思う?」

「えっ!? あ、はいっ! 仲良くしていただたけれければ! ここ光栄です!」

かみまくりながら何度もうなずくフリーデ。

エレオラは優美に微笑みながら、こう切り出す。

「フリーデ殿にはもっと、我が帝国に足繁く来てもらいたい。そのためにフリーデ殿に屋敷を……いや、領地を与えよう」

「ええ?」

驚くフリーデを後目に、エレオラはどんどん話を進めてしまう。

「我々もミラルディアから大使館の敷地を提供されているのだ。ロルムンドも何か差し上げねばな。そうだ、領地を与えるには爵位が必要だ。魔王陛下の娘御に士爵や男爵では失礼であろう。そうだな、伯爵あたりでどうかな?」

「ちょ、ちょっと待っ……」

大変なことになってきた。

エレオラは笑う。

「心配せずとも構わない。管理は帝国の者が行う。貴殿の別荘だと思って、気楽に受け取るがいい」

親しげな笑みを浮かべてくるエレオラ。

フリーデは思わず、こっくりうなずきそうになる。

だがフリーデはそのとき、父から何度も何度も言われてきたことをハッと思い出す。

それに人狼の嗅覚が嗅ぎ取った、この匂い。

フリーデは即座に返事した。

「おっ、畏れながら! それは頂く訳にはまい、まい……とにかくダメです! いりません!」

断固とした口調で拒絶し、首を横にブンブン振る。

偉い人からの贈り物を拒絶するのは怖かったが、それでも絶対に受け取る訳にはいかない。

「たとえ首をはねられても、それだけはダメなんです!」

「ほう?」

エレオラは微笑みを絶やすことなく、むしろますます楽しげに笑う。

「理由を聞かせてもらえるかな、フリーデ・アインドルフ?」

「それはですね、ええと……父がいつも言っています。『大した理由もないのに何かくれる人には気をつけなさい。そういう人は、本当の理由を隠しているから』って」

フリーデが交易商のマオから玩具だの装飾品だの菓子だのをもらうたびに、父が苦い顔をして何度も言ってきたことだ。

本当の意味で無償の贈り物など、そうそうあるものではない。

権力者の娘なら、なおさらだ。

「だから理由はわかりませんけど、陛下には何かあると思うしかありません! あの、ごめんなさい!」

怖いから一応謝っておいた。

頭の中は、警備の厳重な宮殿からどうやって脱出しようか、ミラルディアまでどうやって帰ろうか、そんなことばかりで埋め尽くされている。

するとエレオラは微笑みながら立ち上がり、フリーデにゆっくり近づいてきた。

思わずギョッとしたフリーデだが、エレオラからは敵意の匂いは感じられない。

むしろこれは……。

「素晴らしい。素晴らしいぞフリーデ。そうでなくてはな。よく拒否した」

椅子に座って震えているフリーデに対して、エレオラは腰を落として目線を合わせる。

そして何度もうなずき、とうとう笑いだした。

「はははは! 黒狼卿め、またしても私を出し抜いたな! 見事だ!」

「え? あの? 陛下?」

何がどうなっているのか全くわからず、完全に硬直しているフリーデ。

そのフリーデが愛おしくてたまらないのか、エレオラはフリーデの頭をくしゃくしゃ撫でてきた。

「胸を張れ、フリーデ。君は正しい返答をしたのだ。まだほんの子供なのに、欲望や権威に負けることなく、正しい返答をな」

「どういうことですか……?」

理解が追いつかない。

エレオラは執拗にフリーデの頭をくしゃくしゃ撫でながら、嬉しげに語る。

「爵位や領地というものは、与える側が上位で受け取る側が下位だと相場は決まっている。もし君が私から爵位と領地を受け取っていれば、君は形式的には私に服従したとみなされる」

そう語る間も、フリーデの髪はくしゃくしゃにされっぱなしだ。

「ロルムンドの皇帝が、ミラルディアの魔王の子を服従させた。もしそうなっていれば、両国の外交には少なからず影響を及ぼしていただろうな」

「あ、そうですね……なるほど」

ついつい忘れそうになるが、自分は魔王の娘だ。

エレオラはフリーデの乱れた髪を優しく整えてやると、自分の席に戻る。

「ヴァイト殿は後進の育成に熱心だと聞いている。であれば、我が子の教育にも熱心だろうと思ってな。どれほどのものか、少し興味があった」

「テストしたんですか」

「そうだ。なるべく断りづらい雰囲気にしてな。最初の雑談も雰囲気作りのためだったのだよ」

フフッと笑うエレオラ。悪戯を見つけられた悪ガキのような表情だ。

「フリーデ。君は顔かたちだけでなく、心も父君によく似ている。伝説の英雄、黒狼卿ヴァイトの心にな」

「あ、ありがとうございます」

何なんだと思いつつも、父似だと言われて悪い気はしない。

嬉しいときは素直にお礼を言うのもまた、父の教えだ。

エレオラが卓上にあった鈴を鳴らすと、待ちかまえていたかのように侍女たちがティーセットを運んできた。きらめく砂糖菓子や甘い香りの焼き菓子、それに珍しい果物もある。

湯気の立つティーカップの向こう側で、エレオラがまた笑う。

「難しい話は終わりだ。君を試したお詫びとして、そして未来の英雄を讃えて、帝室御用達の菓子を振る舞おう。これぐらいは一緒してくれるだろうな、フリーデ?」

「はい!」