軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

フリーデの教室

外伝10話

ミラルディア大学の初等科に入学したフリーデは、級友たちの前で大きく手を広げていた。

「お父さんね、すっごく強いの!」

それをニコニコしながら聞いているのが、ユヒト大司祭の孫娘ユヒテだ。

フリーデより一歳上の彼女だが、初等科の入学年度はフリーデたちと同じだった。

一方、竜人の騎士バルツェの息子であるシリンは、無我の境地でフリーデの傍らに立っている。

腰のベルトには小太刀を二振り差していて、手は柄に常に触れていた。

シリンはフリーデよりも一歳余り年下だが、こちらも入学年度はフリーデと同じだ。

「でね!」

ここからが重要だとばかりに、フリーデが身を乗り出す。

「お父さんが変身すると、すっごく大きいの! あと爪がグワーッて! それに牙もこんなんだし!」

自分の八重歯のところに指を添えて、サーベルタイガーみたいになるフリーデ。そのまま「う~っ」と威嚇してみせる。

ユヒテは相変わらず満面の笑みで、シリンは明鏡止水というか諦めの境地に達していた。遠い目をしている。

シリンは溜息をついた。

「フリーデ。その話は三日前にも聞いたし、僕が聞くのはこれで二十六回目だよ」

「あれ、まだそんなもん?」

意外そうに首を傾げているフリーデに、シリンはギョッとした表情になる。

「もしかして君は、前にも言ったことを覚えているのに、何度も繰り返しているのか!?」

「そうだよ」

真顔でうなずいたフリーデは、すぐにまた話を続ける。

「えーと、それでね! お父さんは四十……ううん、四百人ぐらいいる悪者を、こうやって殴って、それからこう!」

意外にキレのあるジャブを虚空に放ち、即座に回し蹴りを繰り出すフリーデ。

「もうね、悪党の首が飛ぶわ胴がちぎれるわで」

「それだと相手は死んでるよ。ヴァイトのおじ上は全員逮捕したって言ってたよ?」

シリンが困ったような顔をして返すと、フリーデが頬を膨らませた。

「いいのよ、そういう風に見えたんだから! 大事なのは、じじつよりもいんしょーだよ!」

「それは事実の歪曲だよ。虚偽だよ。欺瞞だよ」

するとユヒテが笑いながら、シリンの頭を撫でた。

「シリンは難しい言葉をたくさん知っているのね」

「う、うん……」

調子が狂うのか、おとなしくなるシリン。

ユヒテは輝陽教のエンブレムを右手に持ちながら、左手でシリンの頭を撫でまくる。

「難しい言葉をたくさん使っても、あなたの言葉が正しくなる訳ではないわ」

「いや、どう考えても僕の方が正しいよね?」

「正しいかそうでないかは、すぐにわかるものではないのよ。焦らず、ゆっくり考えましょうね」

「うーん、そういうものなのかな……?」

納得いかない様子のシリンだった。

そこにゴモヴィロア先生がやってくる。ミラルディア大学の学長であり、魔術科の主任教官でもあった。

「これこれ、そろそろ魔法の授業を始めるぞ。早く教室に入るんじゃよ」

「はーい!」

三人は声を揃えると、とりあえず走り出した。

初等科はミラルディア大学で専門家としての教育を受けるための、基礎教養を学ぶ課程だ。

そのため将来の志望に関わらず、みんなが同じ授業を受ける。

士官科志望のシリンも、学芸科志望のユヒテも、そして魔術科志望のフリーデも、同じ授業を受けている。

「魔術というものはのう、この世界の裏側、見えない部分に伸べる手なのじゃよ。時に驚くべき力を発揮するが、その力は元々そこにあったものなのじゃ」

賢人と名高い大魔王ゴモヴィロアによる、魔術の授業。

フリーデは目をキラキラさせながら熱心にうなずいているが、シリンは無我の境地で苦行に耐えているようだった。

「剣の修業したい……」

練武の道には極めて真摯なシリンだが、魔法には全く興味がないらしい。

「せめて『竜の息吹』の作り方とか、傷の手当の仕方とか勉強したい……」

するとゴモヴィロアはにっこり笑い、シリンを見つめた。

「ま、難しい話はおいおい学べば良い。今はとにかく、魔術の奥深さや素晴らしさに触れ、何かを感じることが重要じゃ。そこで今回は、特別講師を用意しておる」

初等科の生徒たちがざわめき始めたところで、その人物が困ったような顔をして現れた。

「特別講師って、俺はもともとここの教官ですよ?」

「まあ良いではないか。生徒たちの希望を取ったら、おぬしの話を聞きたいという者が多くてのう」

「そうですか……」

ヴァイト・フォン・アインドルフ教官は溜息をつきながら、フリーデたちを見渡す。

「そういうことで、今日はこのヴァイト……」

彼が名乗った瞬間、いつもは礼儀正しい初等科の生徒たちが興奮しだした。

「すげー! 本物の黒狼卿だ!」

「変身して! ヴァイト先生、変身して!」

「うおお! ヴァイト様、はじめて見たー!」

「ま、まま、魔王陛下の副官のヴァイト様だ!」

初等科の生徒たちも知識層や富裕層の子弟であり、礼儀作法はかなり厳しく躾られている。

しかしそれでも、彼らにとって「魔王の副官、伝説のヴァイト黒狼卿」は冷静さを失わせるに十分な存在だった。

「あー……諸君?」

ヴァイトは幼い生徒たちが落ち着くのを辛抱強く待ち、それから苦笑して口を開く。

「確かに私は魔王の副官のヴァイトだが、今は君たちの先生だ。今日は魔術について、いろいろ教えに来た」

「やったああぁ!」

「なあおい、黒狼卿は魔法の達人なんだよな!」

「知ってるよ! モヴィちゃん先生の弟子だもん! パーカー先生も、ヴァイト先生は凄いって言ってた!」

また生徒たちの興奮が再燃する。

フリーデはそんな教室の様子を見て、小さく肩をすくめた。

「別にそんなに凄い訳じゃないのにね」

そうつぶやいてみたが、口元がふにゃりとほころぶ。

「そっかー……お父さん、やっぱり凄いんだなー。うふふ……」

ヴァイトはやがて生徒たち一人ずつに強化魔法をかけていく。その効果に驚く生徒たちに、ヴァイトは魔法の仕組みをわかりやすく説明していった。

その間、フリーデはずっとニヤニヤしていた。

授業の後、フリーデは他の生徒たちに囲まれていた。

「フリーデのお父さんすごかったね!」

「やっぱり黒狼卿だった! 劇とおんなじ!」

みんなのキラキラしたまなざしを見て、フリーデは笑みをこらえきれない。

こうなったらもう、話すしかない。

フリーデが目撃した、父の武勇伝を。

「そうなの! うちのお父さん、めっちゃくちゃ強くて賢くて優しいんだから! あのね、ずっと前にね……」

「二十七回目だ」

シリンがボソッとつぶやいたが、もちろん誰も聞いていなかった。

* * *

その日の夕方。

「おとーさん!」

ちっこいフリーデは仁王立ちになり、帰宅したばかりの父を見上げている。

伝説の黒狼卿、魔王の副官ヴァイトは、侍女のイザベルに鞄を預けながら腰をかがめた。

「どうした、フリーデ?」

「どうしたじゃない!」

フリーデは憤然と叫ぶ。

「お父さん、今日学校に着てきた服は何!?」

「何って……」

上着の裾をつまんだヴァイトが首を傾げると、イザベルがさりげなく助け船を出す。

「萌黄通りの処分市で購入した既製服です、旦那様」

「だ、そうだ」

父の返答にフリーデはますます激高する。

「ダメじゃない! もっといい服着ないと! せめて仕立てにして!」

「でもほら、お父さん変身したらだいたいの服は破けちゃうからな。仕立ててもらっても、作ってくれた職人さんに悪いだろ?」

「んん~っ!」

このわからず屋と言いたくなったフリーデだが、貴族の娘として家長を罵倒する訳にはいかない。

「じゃ、じゃあせめて、服の柄! 柄だけでも何とかして!」

「柄は別に機能性と関係ないし……」

「むむ~っ!」

拳を握りしめ、天を仰ぐフリーデ。

「あのね! 学芸科のフィネガン先輩に言われちゃったの!『フリーデ殿、ヴァイト様ってなんであんな服着てるんですか?』って!」

「フォルネ殿の御子息か。工芸都市ヴィエラ太守の家系だから、あそこはおしゃれだよな。確かフィネガン君って、父上より美しい人が見つからないってずっと言っ……」

「今はその話はしてません!」

フリーデはのんきに笑っている父の腰にしがみつき、ゆさゆさ揺さぶる。

「お父さんのコート、それ麦茎柄でしょ!? 今は冬だよ!?」

「ああ、この変な曲線って麦の茎のつもりだったのか」

「冬物に夏の柄が入ってるって、正気とは思えないよ! どうしてそんなの買ったの!?」

「これ生地は丈夫だし、縫製も凄く丁寧だってアイリアが」

「お母さーん! お母さーん!」

お父さんを甘やかすんじゃないと叫びたくなったフリーデだが、母はまだ謁見中だ。

フリーデは唇を噛みしめ、さらに問いかける。

「それとシャツ! 襟のとこ、花の刺繍入ってるでしょ!?」

「ああ、知ってる。これ椿の花の意匠だろう? ちゃんと冬だ」

ちょっと得意げなヴァイト。

次の瞬間、フリーデが首を横に振る。

「じゃあなんで、ズボンの刺繍がブドウの葉っぱなの!? ブドウの木に椿の花が咲いてるじゃない!」

ヴァイトは目をぱちぱちさせて、イザベルを振り返った。

「なんかまずかったのか?」

「前にも申し上げたと思いますが、着る方が一本の木となるよう上下を合わせるのが、近年の着こなし方にございます」

「そうなんだ」

流行の変化は激しいなと笑うヴァイトに、フリーデは切実に訴えかける。

「ねえ、ちゃんとしよう? お父さん、偉い人なんだから! 伝説の英雄なんだから!」

「大丈夫だよ。リューンハイトの人はみんな、お父さんのことをよくわかってくれているからね」

「それをまず何とかしたいの!」

ヴァイトは困ったような顔をして、再度イザベルを見る。

アインドルフ家のことならヴァイトより詳しい彼女は、澄まし顔で壁際に控えていた。

そしてさりげなく、そっとつぶやく。

「お嬢様も大変成長なされたと思います」

「……うん」

副侍女長のイザベルがフリーデの味方についたので、ヴァイトは観念したらしい。

「じゃあお父さん、これからは服の柄にも気をつけるよ。気づいたら教えてくれないか?」

「う、うん!」

実はフリーデも服飾関係に詳しい訳ではないのだが、もう後には引けない。

「私がお父さんの服、ちゃんと見てあげるから!」

「ありがとう、フリーデ。助かるよ」

にっこり笑った父を見ると、ちょっときつく言い過ぎたかなと罪悪感が芽生えてくるフリーデ。

「お……お父さんは世界で一番かっこいいんだから、服も……ちゃんとかっこよくね?」

「わかったよ」

ヴァイトに頭を撫でられたフリーデは、細かいことがだんだんどうでも良くなってくる。

彼女は早くも決意が揺らいでくるのを感じていた。