軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

フリーデの冒険(前編)

外伝7話

俺は執務室のテーブルの上に書類を広げて、カイトと夢中で話し込んでいた。

「するとフリーデはやはり、魔族なのか?」

「そう言っていいでしょうね。変身能力は持ってないみたいですが、人狼の力は備えてますし」

カイトはこの数年間で、魔力研究の第一人者として国内外で高い評価を得ていた。

彼はノートを広げ、熱心に説明してくれる。

「人狼や人虎ってのは普段は魔力を蓄え、ここぞというときに使う種族です。でもフリーデの場合、魔力は周囲からいくらでも吸えますよね」

「普段は吸わせないようにはしてるが、本来はそうだな」

フリーデがその気になれば、数十カイトぐらいの魔力を周囲からかき集めることも可能だ。

カイトは大きくうなずき、こう続けた。

「だから変身なんて面倒な仕組みで、魔力の使い方を切り替える必要がなくなったんですよ。人間の姿を選択したのは、たぶん母であるアイリア様が人間だったからでしょう」

人狼の姿のままじゃなくて良かった。

「だがそうなると、うちのフリーデは新種の人狼ということになるな。人間の姿のまま、人狼として戦えるのか」

「そういうことですね。魔力の供給さえ維持できるなら、メチャクチャ強いですよ」

言われてみれば運動能力がメチャクチャ高いし、嗅覚や聴覚も人間離れしている。

例えばアイリアが嘘をつくとフリーデはくんくんと鼻を鳴らし、「お母さん、変なニオイする」と首を傾げる。

親としては子供に伏せておきたいこともたくさんあるのだが、それがうまくいかないので困っているところだ。

幸い俺は人間ではないので、汗の匂いでフリーデにバレることはない。

ただし口調と表情で簡単に見抜かれてしまうので、やはりやりづらい。

そんな話をカイトとしていると、ワの国の外交官兼忍者であるフミノがやってきた。

「ヴァイト殿、御注文の小太刀が届きました」

「ありがとう、フミノ殿」

桐箱を開けてみると、立派な拵えの小太刀が鎮座している。ちゃんと二振りあった。

刀身には銘が入っており、それぞれ「青雲之志」「赤心之倫」と刻まれていた。

シリンの両親がそれぞれ青と赤の鱗を持っているので、それに掛けているのだろう。

そして「青雲」も「赤心」も、どちらもシリンの人柄や立場に相応しい言葉だ。「志」と「倫」で「シリン」になっているのも、なかなかに気合いが入っている。銘ひとつ取っても丁寧な仕事だ。

「これは……。重ねてお礼を申し上げなくては。ここまで丁寧に作って頂けて嬉しい。本当にありがとう」

「ふふ」

ちょっと得意げなフミノ。

刀の善し悪しは俺にはわからないが、これは実戦を想定した小太刀らしい。

その後で刃紋がどうとか、使った玉鋼がどうとかいろいろ教えてもらったが、とにかく頑丈でよく切れることだけは間違いないそうだ。

「シリンの七歳の贈り物として申し分ないな。できれば手入れの方法も、シリンに教えてやってくれ」

「はい、喜んで。竜人の方の手に合うよう、刀鍛冶たちが丹精こめております。これが魔族向けの装具を作る契機になればと」

フミノがにっこり笑う。

ワの国にとって、ミラルディアは将来有望なマーケットだ。

しかしミラルディアにはかなりの割合で魔族がいるので、ワでは魔族向けの商品を開発中らしい。

そして魔族向けの武具について理解することは、魔族の体格や身体能力についての情報を得ることにもなる。

いろいろ考えてるようだな。

俺はそんなことを思いながらフミノを見て、フミノは俺の視線に気づいて微笑みながらうなずく。日本文化特有のアイコンタクトだ。

どうやら俺の読みは正解らしい。

まあいいか。

「ほどほどにな、フミノ殿」

「はい、ヴァイト殿。心得ております」

巫女装束の間者は、俺に向かって静かに一礼した。

顔を上げた彼女は、真顔になってこう続ける。

「ところでヴァイト殿、本国より火急の指示が届いております」

「火急なら先にそっちを言って欲しいのだが……」

するとフミノは悪戯っぽく笑う。

「贈り物をしてからのほうが、話しやすい内容ですので」

なんなんだ。

「実はワの国では最近、若い娘が何人も行方不明になっております。同じ村から数人まとめていなくなることが何度かあり、多聞院が動き出しました」

この世界の司法機関は、あくまでも国や街の治安を守るために存在している。彼らが守るのは市民ではない。法と秩序だ。

もちろん人権なんて言葉も概念もないから、被害者の救済は考えていない。

だから誘拐については基本的に知らん顔だが、規模が大きくなると社会秩序が乱れる。

そこで多聞院も事態を重視したらしい。

「多聞院の捜査によりますと、百人近い娘たちがいずこかに連れ去られた模様にございます」

「組織的な犯行だな」

「はい。ワの国内で誘拐を手引きしていた者たちは捕らえ、拷問して吐かせたそうです」

被害者の人権なんてものがない世界だから、加害者の人権なんてものもない。

フミノは涼しい顔をしているが、どんな拷問をやらかしたのか俺にはだいたい想像がついた。

時代劇で見た、石を膝の上に乗せるヤツとか、水桶に沈めるとか、そういうのをやったに違いない。

「吐かせるだけ吐かせた後は、全員磔獄門に処したとのことです。御安心くださいませ」

「そうか……うん」

ワの国の法律で決まってるんだろうから、何も言わないでおこう。

当然の報いだしな。

ワの国内で監禁されていた娘たちは無事に解放されたが、娘たちの多くは既に国外に売られてしまったようだ。

俺は腕組みをしてつぶやく。

「連れ去られたとすれば、やはりミラルディアだろうな」

「はい。我ら観星衆も総出で行方を追っておりますが、手が足りません。どうか御協力を」

「もちろんだ」

人の生死に関わる話なので、ここは駆け引きはナシだ。

「私も娘を持つ身だ。もしフリーデが誘拐されたら、私はきっと冷静ではいられないだろう。我が娘を捜索するのと同じ真剣さで、ワの女性たちを捜索しよう」

「ありがとうございます、ヴァイト殿。私も女ですので、任務とは別に心を痛めておりました」

フミノの言葉に嘘はなさそうだ。

俺が快諾したせいか、フミノはホッと溜息をつく。

「ヴァイト殿が仁を重んじる方で助かりました。こういう頼みごとは、あまり良い顔をされませんから」

この世界だとそうだろうな……。

俺は笑ってごまかす。

「公務に私情を挟みすぎるのは良くないが、これを聞いて知らん顔しているような男には恩を売る気にもなれんだろう?」

「ふふ、さてどうでしょうね」

フミノも笑ってごまかした。

そして俺は日を改めてシリンに小太刀をプレゼントしたのだが、フリーデが唇を尖らせる。

「お父さん」

「お父様と呼びなさい。今は大事な儀式の最中だ」

俺の目の前では、シリンが正座して畏まっている。

竜人の脚では正座しにくい気がするのだが、シリンは和風文化にどっぷりハマっており、武士になりきっていた。

「おじ上、このような立派な刀をたまわり、まことにきょうえつしごくにじょんじます」

意味までは理解していないのか、若干舌足らずな口調のシリン。

フリーデがますます不満そうな顔をする。

「お父様、私もワの何か欲しい!」

「何かって何だ」

「お城とか?」

無茶を言いなさる。

魔王の娘だからって、何でも与えてもらえると思うなよ。

シリンにつきあって正座している俺は、敢えて知らん顔をしてやった。

「お前の七歳の祝いには、ちゃんと晴れ着をあげただろう?」

「だってこの剣、かっこいいんだもん!」

「ダメだ」

俺は首を横に振った。

「剣はオモチャでもなければ、飾りでもない。これは戦士の商売道具であり、自分や仲間の命を守る備えであり、技を極める果てしない道でもある」

俺がそう言うと、シリンは無言で何度もうなずいた。

竜人族はクールで理性的な種族だが、シリンはうちの娘に影響されたのか感情が豊かな気がする。

俺はシリンのキラキラした眼差しをまぶしく感じながら、言葉を続けた。

「シリンは幼い頃から厳しい剣の修業を続け、剣の取り扱いに習熟してきた。剣を抜いてはいけない時、剣を向けてはいけない相手を、ちゃんと心得ている。そういう者だけが、剣を帯びる資格を持つ。素人に真剣は持たせられんよ」

そう諭すと、フリーデは面食らったように沈黙した。

「た……」

「何だ?」

「たしかに、そうだね……」

深くうなずくフリーデ。

妙なところで物わかりがいいな。

フリーデは剣の扱いどころか、弓も槍も使えない。

人狼の子供たちとレスリングをしたり、アイリアたちから乗馬を習ったりしているが、武器の扱いは何も学んでいなかった。本人が習いたがらないからだ。

「フリーデ、剣が欲しければ剣の練習をしなさい」

「はーい……」

渋々うなずくフリーデ。

絶対やる気ないだろ。

フリーデがぺこりと一礼して退出したので、俺はシリンに向き直る。

「うちの娘がいつも迷惑をかけてすまない」

「いっ、いいえっ!」

シリンが慌てて首を横に振る。

「フリーデはとっても強いですし、僕より年上ですし、物知りで……あと」

「あと?」

「いつも僕をびっくりさせるので、スゴい子だと思います」

本当にすまない。

俺は苦笑するしかなかったが、シリンの礼儀正しさと度量の広さに感謝する。

「ありがとう。フリーデの遊び相手は君ぐらいしか務まらないんだ。人狼の子たちはまだ変身がうまくできないから、フリーデと何をして遊んでも勝負にならない」

人狼が変身を覚えるのは一般的に思春期だ。人狼の姿で生まれてくるような猛者もたまにいるが、雛鳥が飛び方を覚えるように、人狼は群れの中で変身の仕方を覚えていく。

シリンは照れ笑いを浮かべた。

「フリーデがものすごく強いから、僕が鍛えられたんです」

「君のその謙虚さとひたむきさは、お父上譲りだな。君の名付け親になれたことが嬉しいよ」

「あ、あり、ありがとうございます」

照れくさかったのか、シリンが下を向いてしまった。しっぽがぴこぴこ動いている。

シリンは竜人族の氏族間だけでなく、人間と竜人族との橋渡し役にもなってくれそうだな。

竜人族きっての美女と称えられたシューレの血を引く彼は、竜人族では知らぬ者のない美少年だという。彼の紫鱗は「夜明けの光」と称され、竜人のお姉様方をときめかせているらしい。

俺にはよくわからないが、とにかく非の打ち所のない若者という訳だ。

プレゼントした刀の銘「青雲之志」と「赤心之倫」についても説明したら、シリンは感動してうっすらと涙目になっていた。本当に珍しいタイプの竜人だ。

情に篤く、謙虚で冷静。こんな徳の高いお子様がいていいんだろうか。

やっぱりバルツェ・シューレ夫妻の教育がいいんだろうな。

「我が家も見習わなければ……」

俺は溜息をつき、正座のまま腕組みした。うちの子はちょっと、奔放に育てすぎた気がする。

そういやあいつ、どこに行ったんだ?