軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

運命を変えるために

371話

俺はメジレ河を下る舟をチャーターすると、最低限の人員だけ連れてバッザ港まで舞い戻った。

人狼隊の大半はミュレたちの護衛に残すので、一個分隊だけ連れていく。

ガーベルト分隊だという。

そんな分隊、俺は許可した覚えはないぞ?

「いいか、みんな!」

ガーニー兄ことガーベルトが、拳を握りしめる。

「俺たちはヴァイトの幼なじみ連合だ! ヴァイトのヤツに子供が生まれる以上、ここは俺たちの出番だ!」

するとガーベルト分隊のジェリク、モンザ、ニーベルトが同時にうなずく。

「おう!」

「うん、そうだね」

「兄ちゃんいいこと言った!」

待て待て待て。

「ジェリクとモンザは自分の分隊どうした?」

するとジェリクが答える。

「ここ最近、ガーニー兄弟はメアリ婆さんの分隊員だっただろ? メアリ隊とジェリク隊とモンザ隊を混ぜて二個分隊作ったのさ、大将」

「勝手なことするなよ」

「ファーンの許可はもらったぜ?」

隊長は俺だ。

もうしょうがないので成り行きに任せているが、幼なじみ分隊の士気は高い。

「群れの新しい仲間のためにがんばるぞー!」

「おー!」

何をどう頑張るつもりだ、お前たちは。

人狼隊もベルーザ陸戦隊も、それに山の民たちも全部置き去りにして、俺はバッザ港で一番脚の早い交易船を探す。軍船は重装甲なので遅い。

バッザ公ビラコヤ婆さんの厚意で無事に乗船でき、俺たちは一路ロッツォへと向かう。

俺は船室で魔術書を広げてあれこれ調べながら、ジェリクたちに説明する。

「心配した師匠が毎日、ロッツォまで様子を見に来てくれるらしいんだ。俺は師匠の転移魔法でリューンハイトまで連れて帰ってもらう」

「いっそ、クウォールまで迎えに来てくれりゃいいのにな」

ジェリクがぼやくが、俺は苦笑して首を横に振った。

「一度現地に行って、距離や方角をきちんと計算しないといけないからな。適当に飛ぶと死ぬ。師匠も空の裏側に飛び出して、死にかけたことがあった」

「そいつは厄介だな……」

師匠がクウォールに来る機会があれば良かったんだが、ずっとアイリアの主治医をしてもらってたからな。

途中で多少のトラブルに見舞われたものの、船は季節風にも恵まれて、大した遅れもなく数日でロッツォに到着する。

そこから先は目の回るような慌ただしさだった。

日没前に、灯台の辺りに師匠が現れる。

師匠はキョロキョロと周囲を見回し、俺の姿を見つけるとパッと顔を輝かせた。

「おお、ヴァイトよ! 久しいのう。すっかり立派に育ちおって」

「いやもう成長期は終わってますが……」

「何でも良いから、リューンハイトに帰るぞ。一人しか運べぬからの、モンザたちは陸路でリューンハイトに向かうのじゃ」

師匠はそう言うと精神集中を開始し、魔力を練り始めた。

「詳しい話はリューンハイトに着いてからにするかの」

その言葉が終わると同時に、俺の視界はぐにゃりと歪んだ。

リューンハイトの我が家に着いた俺は、濃密な魔力に思わず眉をしかめる。

以前に魔王アイリアが魔力をばらまいた影響がまだ残っている。クウォール暮らしが長かったせいで、ここの魔力の濃さに改めて驚かされた。

いや、今はそれどころじゃない。

「師匠、アイリアはどうなんです?」

「今のところは母子ともに健やかじゃ。予言がなければ、わしもカイトも安心しきっておったじゃろう」

師匠は腕組みをして溜息をつく。

「アイリアには予言を伝えるべきか迷っておる。あまりに不吉ゆえ、おぬしの判断を聞いてからにしようと思っての」

「俺が伝えましょう。アイリアは俺なんかよりもずっと強い人ですから。それに彼女は俺が助けます」

俺は船中でまとめたプランを師匠に示した。

「魔王軍の病院に、全く使っていない研究室があったでしょう。あそこにこの魔術紋を書いて塩を撒いてください」

「なんじゃこれは……死の魔法ではないか。しかし随分と弱いのう」

クウォールで見つけた「魚を長持ちさせるおまじない」に師匠が学術的興味を抱き始めたので、俺は急いでそれをくい止める。

「赤ん坊が産道を通れないのなら、切開して取り出すしかありません」

「待て待て、母体を切開して赤子を取り出すのは、妊婦の死と引き替えの最後の手段じゃぞ? おぬし、アイリアをいきなり死なせる気か?」

こっちの世界じゃ、帝王切開で生き延びた妊婦はいないだろうからな……。

時間がないので俺は要点を説明する。

「俺は医者じゃありませんが、失血と感染症が一番危険なことは知っています。さっきの魔術紋は感染症を防ぐためで」

「まあ待て、もうちょっと順を追って話さぬか。思考が飛び飛びになっておるぞ」

言われてみれば、説明の順番がメチャクチャだ。

師匠はふわふわ浮いて俺の肩をポンと叩き、それから苦笑した。

「おぬし、何を知っておる? 母体を切開しても妊婦を死なせぬ秘術を心得ておるのか?」

「え……まあ、そう……です」

「そのような秘術、この大賢者ゴモヴィロアとて聞いたことがない。いったい、いずこの秘術じゃ?」

やばい、師匠が何かに気づき始めている。

だが今は俺の素性を隠すことよりも、アイリアを救うほうが先だ。

それに師匠になら、俺が転生者だと知られても大して困らないだろう。

「俺のいた世界には、『帝王切開』という医術がありました。それをこちらの世界で再現します」

これだけ言えば、師匠にはもう全部バレてしまうだろう。

しかし師匠は拍子抜けするぐらいあっさりとうなずく。

「よし、ならば最も確実な選択肢であろう。この死の魔術紋も、そのための方策じゃな?」

「あ、はい」

「壁だけでなく、あらゆるものをこの魔術紋で清めるのはなぜじゃ?」

師匠は俺の素性になどまるで興味がないかのように、俺の書いたメモに目を落とす。

俺は慌てて説明した。

「感染症を引き起こす病魔は極小の生物で、あらゆる場所に潜んでいます。目には見えませんが、空間ごと清めなければいけません。我々の手や、アイリアの肌、大気そのものもです」

「よかろう。ならば大気の流れを制御するために、室内には結界も張るとしよう。外の風が入ってはいかんからの」

師匠が俺のメモにサラサラと書き加えていく。

それからふと首を傾げた。

「ここにメレーネの助けが必要じゃと書いてあるが、理由は?」

「もう一つの死因、失血死を防ぐためです。先輩は操血術で人の血を制御できるので、それで開腹時の出血を最小限に抑えます。なんせこっちの世界では輸血ができませんから」

アイリアの血液型がわからないし、衛生的で安全な輸血方法が存在していない。大量出血したらアウトだ。

「先輩のレポートによれば、理論上はほぼ完全な止血ができるそうです。ただし傷口を壊死させないようにするのは高度な技術なので、メレーネ先輩本人にしかできません」

「よし、すぐに連れてくる。行き違いになってからでは遅いからの。おぬしはアイリアに会ってくるがよい」

真顔で師匠がうなずき、転移魔法の詠唱を開始した。

後の細かい相談はメレーネ先輩に来てもらってからにするとして、俺はひとまずアイリアに面会することにした。

「アイリア!」

久しぶりに会う妻のおなかは、びっくりするぐらいに大きくなっていた。

元気に育っているんだなあ。

お父さんだぞ。海外出張から帰ってきたぞ。

アイリアは窓辺の椅子に腰かけ、小さな服に家紋を刺繍していた。俺に気づくと彼女は嬉しげに笑う。

「お帰りなさい、ヴァイト」

「ああ、うん……ただいま。今度は間に合ったよ」

間に合って本当に良かった。

「アイリア、そんな風の当たる場所に座っていていいのか? ほら毛布をかけて。あと横にならなくていいのか?」

「大仰ですよ、ヴァイト。あなたも前世では、人間の妊婦を何度も見たのでしょう?」

前世では妊婦さんとはほとんど縁がなかったもので……。

アイリアはお腹を撫でて苦笑する。

「体調はとてもいいですよ。ですが最近はこの子がお腹を蹴るのでびっくりします。私が好物を食べると、急に蹴り始めるんですよ」

いいなあ、見たい。

いや、今はそれどころじゃない。

俺は任務の報告などもそこそこに、アイリアに予言のことを切り出した。

「ミーティ殿の占星術によると、今回のお産は大変危険なものになりそうだ。場合によっては通常の出産ではなく、切開が必要になるかもしれない。もちろん母子ともに安全を守れるよう、最善は尽くす」

「切開、ですか?」

さすがにアイリアも青ざめているので、俺は急いで説明を補った。

「前世では医療が発達していて、普通の出産が難しい場合は切開して母子とも安全に出産ができていたんだ。実を言うと俺もそれで生まれた。母は結局、俺より長生きしたな」

前世の両親に孫の顔を見せ損ねたことを思い、俺は苦笑する。

アイリアもつられて笑った。

「いざとなれば、その方法で私とこの子を救ってくださるのですね。あなたがそばにいてくださるのなら、何も怖いものはありませんよ」

俺にも自信は全くないが、ゴモヴィロア門下の強力極まりない魔法の数々を駆使すれば、何とかなるのではないかと思っている。

だから俺は微笑んだ。

「君は俺と出会ったときのことを覚えているか?」

「もちろんです。二階の窓から飛び込んできましたよね、恐ろしい人狼の姿で」

くすっと笑うアイリア。

俺は少し恥ずかしくなり、頭を掻く。

「あのとき、まさか俺たちがこうなるなんて思わなかっただろう?」

「ええ」

「人生というのは本当に予測がつかない。俺だって前世の終わりが近づいていた頃、そのまま死んで異世界に人狼として転生するなんて思ってなかった」

最初はまた厄介な人生かと覚悟していたが、実際には幸運の連続で、前世のついてなさを取り返して余りあった。

「だから先のことは何もわからないが、俺はアイリアと赤ん坊の無事を信じているし、そのためにできることは全部やる」

アイリアは俺の言葉に無言でうなずき、俺の頬を撫でた。

「あなたのその不屈の魂を見ていると、不安も恐怖も薄れていくようです」

「アイリア……」

「ところでヴァイト。その不屈の魂で、クウォールではまた相当な無茶をしでかしてきたそうですね?」

なぜそれを。

「ワの国の密偵、特にフミノ殿の配下がクウォール各地に散っていますので、私にも彼女経由で情報は入っているのですよ。百人の魔族を相手に一人で決闘したと聞いています」

「いや、それはほぼ確実な勝算があってのことで……。少し誤算もあったが、結果的に無傷で勝ったし」

まずい、まずいぞ。

アイリアが微笑みながら、俺の手をぎゅっと握っている。

俺はあっさり観念した。

「すまん。こういう性分だ。もう直しようがない」

「そうですね」

ふふっとアイリアが笑い、大きくなったおなかを撫でる。

「こんなたぐいまれな父上を持ってしまって、あなたも大変ですね?」

そんなことないよな?