軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

急報

369話

俺は人狼隊を率いて、聖地カヤンカカを後にした。

同行するのは命拾いしたクメルク副官とその部下、それに人虎族の有志だ。

秘宝の守護者である人虎族に敬意を払い、彼らと共に秘宝をミラルディアに護送する。そういう流れだ。

それに「秘宝を移動させることを王家に報告したい」というので、一緒に来てもらう。考えれてみれば当然だ。

中でも人虎族の女魔術師エルメルジアは乗り気だった。

「ヴァイト殿」

「何かな?」

「大魔王ゴモヴィロアという御方は、それほどまでに卓越した魔術師なのですか?」

「俺の師匠だ。あらゆる魔術を修め、死霊術師としても最終段階に到達しておられる。古王朝時代の魔術師だし、あの方より優れた魔術師はいないだろう」

師匠の弟子自慢に対抗して、俺も師匠自慢をしてみる。

悪い気分じゃないな。

エルメルジアはつぶやく。

「我々も魔術の鍛錬はしますが、先祖伝来の方法をなぞっているだけです。失われた呪文や修業方法も多いと聞いております」

それから彼女は溜息をついた。

「それに何より実戦を離れて久しい一族ですので、それを痛感させられました。私の魔法では、魔撃銃の相手は務まらないでしょう」

あっちは無詠唱で遠距離から光弾を飛ばしてくるから、応戦が間に合わないよな。

「そういう訳ですので、我ら人虎族の巫女衆はゴモヴィロア様に弟子入りし、より実践的な魔術を修めたいと思います」

エルメルジアがそう言うと、背後にいる少女たちがペコリと頭を下げた。

妹弟子が一気に増えそうだな。

一方、傭兵隊のクメルク副官も感慨に耽っている。

「隊長が亡くなりましたか……」

クメルクにとって、ザカルは上司であり恩人でもある。単なる政敵だった俺とは違い、思うところがいろいろあるのだろう。

俺は馬を彼の馬の横につけ、こう慰めた。

「ザカルは間違いなく英雄だった。彼は卓越した戦の才能を持ち、先見性があり、不屈の闘志を備えていた」

クメルクが無言でうなずいたので、俺は苦笑する。

「だが彼には、大事なものが二つだけ欠けていた」

「二つですか?」

「そうだ。ひとつは他者に対する優しさ」

彼は敵に対してはもちろん、味方に対しても本当の意味での優しさを全く持ち合わせていなかった。

彼にとって、他者は利用するためだけに存在していたのだ。

「それともうひとつ。彼はほどほどで満足するということができなかった」

彼のあまりにも強烈な上昇志向は歯止めがきかず、時流に逆らい続けた。

誰も乱世など望んでいないのに、彼だけが乱世を起こそうとした。

結果、クウォールの全てを敵に回してしまい、破滅したのだ。

「ザカルには確かにそれだけの力があった。しかし野心はどこかで歯止めをかけなければいけない。強者の義務であり、それを忘れればいつか必ず報いを受ける」

「……肝に銘じます。私は弱者ですが」

クメルクは力なく笑い、それから空を見上げた。

「思えば、あの方が無惨な最期を遂げるのは必然だった気もします」

「そうだな」

俺はうなずき、クメルクに告げる。

「王家としては、国王を一傭兵隊長ごときに暗殺されたとは認めないそうだ。これは廷臣たちの強い意見があったようだが」

「なぜです?」

「クウォールの王は神の子孫だからな。平民出身の傭兵隊長ごときに殺されるはずがない……というのが建前だ」

下克上の存在を認めてしまえば、都合の悪い先例を作ることになる。だからザカルはパジャム二世を暗殺などしていないし、彼が死んだのは山の民とのトラブルが原因だ。

「国王陛下は移動中の事故で負傷し、それが治癒せず亡くなった。一方ザカル隊長は略奪目的でカヤンカカに押し入り、山の民の反撃を受けて死んだ」

「それで幕引きですか」

クメルクが寂しそうな顔をしたので、俺は釘を刺しておく。

「そうだ。さもないと、貴殿も国王暗殺犯の一味として処罰されることになる。貴殿はザカルの副官だからな」

「そうですね……。何度も救って頂くことになり、ヴァイト殿にはどう感謝すれば良いのかわかりません。ありがとうございます」

「クメルク殿のためなら、これぐらいの苦労は喜んでするとも」

俺が笑うと、やっとクメルクも普通に笑ってくれた。

「私は今回の件について、知らなくてもいいことを知りすぎています。傭兵隊の副官でもありますし、クウォールには居場所がありません」

「そうだな」

俺は内心でニンマリと笑う。

彼の次の言葉は、俺の予想通りだった。

「後始末が終わったら、私を正式に魔王軍の兵士として雇って頂けませんか? 一兵卒で構いません」

「何を言う。貴殿は俺の副……」

カイトの顔が脳裏をよぎった。

約束があったな。

「貴殿は俺の側近として、ぜひミラルディアで力を発揮して欲しい。軍人としてもクウォールとの外交官としても、貴殿なら申し分ない」

「恐縮です」

いやあ、いい人材を獲得できたな。

幕僚にクウォール出身者がいてくれれば安心だ。

往復で一ヶ月ほどの任務を終え、無事に王都に帰った頃には、クウォールにもすっかり秋が近づいていた。

留守番をしていたパーカーが、満面の笑みを浮かべて俺を出迎えてくれる。

「おかえり、ヴァイト。無事に王子が生まれたよ。母子ともに健康、言うことなしだね」

「そいつはよかった」

医術の心得もあるパーカーを残しておいて正解だったな。

さっそく俺はファスリーン王妃に面会し、お祝いの言葉を述べる。

ファスリーン王妃は産後ちょっと気分が落ち込んだりもしたそうだが、人間だとよくある話だそうだ。

前世だと出産に接する機会はなかったし、人狼の女性は産後からフルパワーなのでよくわからない。

生まれたての王子様を見せてもらったが、両掌に載せられるぐらい小さい。このへんは人狼も同じだな。

ファスリーン王妃はにこにこ笑いながら、俺にこんなことを言った。

「この子を祝福して頂けませんか?」

「私がですか? 静月教徒ではありませんが……」

「いいのですよ。陛下の仇を討ってくださったヴァイト様こそ、英雄の中の英雄です。そのような方の祝福を受ければ、この子もきっと強く育ってくれると思いまして」

そう言われると照れくさい。

「人狼式の祝福でよろしいでしょうか?」

「ええ」

「では……」

俺は腕の中で俺の指をにぎにぎしている赤ん坊に、そっと触れた。本当は牙が生えてくる唇に触れるんだが、衛生面も考慮して顎にする。

「この子が鋭き牙を授かりますように。あらゆる敵を打ち倒し、豊かな獲物に恵まれますように」

うちの里のちびっこどもにも、昔これをやってあげたなあ。

みんな……ではないが、多くは無事に育った。

前世ぐらい医療が発達していれば、みんな無事に育っていたかもしれない。

そんなことをふと思う。

俺は赤ん坊をファスリーン王妃に返し、彼女は赤ん坊を乳母たちに預ける。

そしてにっこり笑った。

「この子の名前も決めました。我が王家の高祖シュマルの名を頂きます。戦神ジャーカーンを倒した英雄の一人でもあります」

……ああ、そうか。ザカルがジャーカーンの子孫を名乗ったのは、反王家の象徴でもあったのかな。

そして今度はザカルに父を奪われた子が、ジャーカーンを倒した英雄の名を名乗る。

象徴的だな。

俺は寝台で寝ている赤ん坊をしばらく観察し、「こっちの世界の新生児もモロー反射をするんだなあ」とか、「そういえば人狼の赤ん坊もモロー反射するなあ」とか、いろいろと知見を得た。

そして乳母たちに追い出された。

「ヴァイト様、シュマル王子殿下を何だとお思いなんです!?」

「いいのですよ。ヴァイト様、これからもシュマルのことをよろしくお願いいたします」

ファスリーン王妃は少し不安そうにしていたので、俺は恭しく頭を下げた。

「お任せください。我がミラルディアはクウォールを友とし、シュマル殿下の即位を全力で支援いたします」

しっかり恩を売って、親ミラルディア政権を誕生させるぞ。

砂糖を安く売ってもらおう。

さて、後は傭兵隊の残りをどうするかだな。

彼らの大半は歩兵戦闘以外のスキルがないし、いわゆるカタギの仕事にも向いていない。

近いうちに諸侯を集めて会議を開く予定なので、いくつか案をまとめておこうか。

早く片づけないと、我が子の誕生に間に合わない。

そんなことを考えながら書類仕事をしていたら、宮殿内の俺の客室にファーンがやってきた。

「ヴァイト隊長、本国から使者が来たんだけど……」

「珍しくもないだろう? 俺が知ってる人か?」

するとファーンの背後から、ぴょこっと出てきた二人組がいる。

「あ、先生だ」

「ダメだよミュレ、今の僕たちは評議会の使者なんだから」

ミュレとリューニエだ。

ロッツォ太守の孫と、ロルムンドからの亡命皇子。

そして俺の教え子でもある。

なんでこいつらがここに?

俺はペンを置いて立ち上がり、まじまじと二人を見下ろす。

「お前たち、まだクウォールは政情不安定だぞ。来ていいなんて言ってないだろう?」

するとミュレが胸を張る。

「大丈夫! だって大魔王陛下が、俺たちに行ってこいって言ってくれたんです!」

「師匠……いや、大魔王ゴモヴィロア様が?」

「はい!」

リューニエもうなずいた。

どういうことだ?

「あの、先生にこれを直接渡しなさいって言われたんです」

俺はミュレから封書を渡される。この古めかしい達筆は師匠だな。

わからん。なんで学生に使者を任せるんだろう。

師匠の意図を読めないまま、俺は師匠からの手紙を読む。

そこにはとんでもないことが記されていた。

リューンハイト静月教徒をまとめる女占星術師ミーティから、不吉な予言がもたらされたのだという。

『アイリア陛下の出産の場に、死者の影がひとつだけ見えます』

ひとつだけ。

つまりアイリアか赤ん坊、どちらかが?

まさか!?

もっと詳しい情報は!? その予言の的中率は!? どうやって予言を導き出した!? そもそも占星術の魔術理論は!?

聞きたいことはたくさんあるが、俺は次の瞬間にハッと我に返った。

「あの、先……生?」

勝ち気なミュレが怯えた表情で俺を見上げている。

「も、もしかして、何か深刻なことが書いてあるんですか?」

そうか、こいつらは手紙の内容を知らないのか。

あと俺、怖い顔してた?

いかんいかん。こいつらの前では俺は「先生」なんだ。

師匠だって、弟子たちの前では常に理性的に振る舞う。たまに見せる人間臭い部分でも、師としての節度を忘れない。……おおむねは。

だから俺も、おおむねは節度を保たなくては。

俺は無理して笑うと、ミュレとリューニエの肩に手を置いた。

「少しな。なに、ミラルディアが滅ぶような深刻さじゃない」

俺が笑うと、二人も少しだけ安心したような顔をする。

もしかして師匠、敢えて俺の教え子を使者にしたんだろうか。

師匠が「弟子の前なら、そう取り乱したりはせんじゃろ?」と苦笑している姿が、目に浮かぶようだ。

すると今度はリューニエが、別の封書を取り出した。

「あ、あの、それを読み終えられたら、今度はこちらをお渡しするように大魔王陛下から仰せつかっています」

「ありがとう」

今度は何だ?