軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

頂上に立つ者

367話

全力の「ソウルシェイカー」の威力は絶大だった。

魔力の衝撃波が波紋のように広がっていくのが見える。物理的な衝撃も伴うので人虎の大半は吹っ飛ばされ、タフなヤツもよろめきながらひっくり返る。

石畳も無事ではなく、バトル物の少年漫画みたいに派手に飛び散っていた。老朽化した石柱が倒れ、粉々に砕け散る。

人虎相手にどこまで通用するか疑問だったが、どうやら杞憂だったようだ。

さすがに全員を失神させるほどの効果はなかったが、もともとソウルシェイカーは攻撃用の魔法ではない。

周辺の魔力を支配し、次への布石となる補助的な魔法だ。

だから今、場の魔力は全部俺の支配下にある。

そして俺は師匠譲りの「渦の力」で、魔力を吸い取れる。

百人の人虎たちにかけられていた魔法を全て引っ剥がし、その魔力を根こそぎ吸い取っている最中だ。

ようやく本来の使い方ができた気がする。

よしよし、戦闘で消耗した分の魔力ぐらいは回収できたぞ。

ひっくり返っている人虎のうち、半分ぐらいはふらつきながらも起きあがってきた。彼らはファイティングポーズを取る。

「それでこそ秘宝の守護者だ!」

裏投げで最初の一人を床に叩きつけると、俺は人虎たちを片っ端から投げ技で沈めていった。

石畳がバコンバコン割れて、破片が雪のように舞う。

反撃も来るが、彼らのパンチの切れ味もキックの重さも、さっきより格段に落ちていた。

だから遠慮なく投げ飛ばしつつ、彼らに訴えかける。

「俺ごときに臆するな! 戦神の強さはこんなものではないぞ!」

「無茶言うな、てめえ!」

「こんなもん勝てる訳ねえだろ!」

真面目な話をしてるのに。

ふと気がつくと、残っていたのはエルメルジアらしい人虎だけだった。

彼女は魔術師なので、さっきから必死に呪文を詠唱している。

「怒れる深紅の月よ! 雷鳴の……ああもう!」

いろいろ試していたようだが、彼女はとうとう諦めたようだ。

無理もない。

彼女が使おうとしている魔力も、俺が全部吸い取ってるからな。

例えるなら、彼女が「よーし冷蔵庫から何か出して食べようっと」と取り出したプリンを、俺が片っ端から横取りして食べてしまっているような状態だ。

魔術師にとって、魔力を横取りされるのは何よりもムカつく。

エルメルジアの視線が怒りに満ちている。

俺も彼女の気持ちがわかるだけに怖いが、相手に魔力を使わせないのは魔法戦の基本だ。

エルメルジアは俺と一対一で差し向かいになり、キッと俺をにらむ。

「こうなったら、奥義を尽くすしかないわね! 錬気刃!」

俺も彼女と同じ強化術師だから、今の発言だけで次の術が読めた。

彼女は俺との間合いを慎重に保ちながら、呪文を詠唱する。

「偉大なる祖霊の爪よ! 今こそ我が身に宿りて……」

彼女は虎の鉤爪をかざす。

「我が身に宿りて……」

もう一度かざす。

「宿り……?」

宿らない。

燃料となる魔力が集められない以上、どんな奥義だろうが秘術だろうが完成しない。

エルメルジアが悔しさで唇を噛んだところで、俺は気まずさに耐えられなくなった。

なお、俺は同じ術を無詠唱で使えるよう練習している。戦闘用の術は即時発動が鉄則だと、師匠から厳しく教わったからだ。戦闘中に詠唱する余裕があるとは限らない。

「エルメルジア殿」

「何ですか!?」

「貴殿が使おうとしていた術は、これか?」

俺が鉤爪を振ると、遠く離れた石柱が斜めにスパリと切断されて、ズリズリと滑り落ちていった。

ズズーンという音と共に、石柱が倒れる。

これは手加減が難しくて相手を即死させてしまうので、俺が今回使わなかった術だ。

勇者アーシェスが使っていた魔力の刃と原理は同じである。

威力はずっと控えめだが。

エルメルジアはギョッとしたように半歩退き、それからヤケクソのように叫ぶ。

「なっ……何その威力……。そう、それよ! 文句ありますか!」

ないです。

だからそんな怖い目でにらまないでください。

すると神判決闘の成り行きを見守っていた長老が、深々と溜息をついた。

「エルメルジア、もうよい。勝負はとっくについておる」

「長老……」

「ヴァイト殿を困らせるな」

長老はそう言い、両手を高々と挙げて宣言する。

「勝負はここまでとする! 勝者、ヴァイト殿!」

だいぶ殴られて痛かったけど、それでも結構楽しかったな。

またやりたい。

だが俺の本当の仕事はここからだった。

今こそ、彼らを説得するチャンスだ。

長老が歩み寄ってきたので、俺は一礼する。

「神判決闘の許可をいただき、ありがとうございました」

「いえ……その……。なんというか、あなたは桁外れの御仁ですな」

長老が困ったように額を撫でると、意気消沈したエルメルジアが尋ねてきた。

「ヴァイト殿は、本当に戦神ではないんですか?」

「とんでもない」

俺は首を横に振り、ここぞとばかりに訴えた。

「私など戦神の足下にも及びません。戦うどころか、最初の一撃を防げれば上出来でしょう。私程度では百人いても戦神に勝てません」

「そんなに……」

魔力換算でも百倍以上の差があるからな。

絶対勝てない。

俺が勇者アーシェスを倒せたのは、彼がフリーデンリヒター様とほぼ相討ちになっていたからだ。瀕死でもない限り、勇者なんて倒せない。

人虎たちは戦神の秘宝を管理する守護者だが、本物の戦神を見た者はいないだろう。彼らが戦神の出現を防ぎ続けてきたからだ。

だから彼らは戦神、つまり勇者や魔王の本当の強さを知らない。

俺はかつて、魔王軍の本拠地グルンシュタット城で見た光景をありのままに語った。

その壮絶な戦闘力と、力に取り付かれた者の執念を強調する。

「戦神が誕生してしまえば、もう誰にも戦神を止められません。私でさえ不可能です。ここに眠る秘宝がどれだけ重大なものか、おわかり頂けますかな?」

俺がそう言うと、人虎たちは互いに顔を見合わせて黙った。

たった今、俺が百人の戦士を一人で倒したからだ。

魔族は力ある者に従う。

古老たちが難しい顔をして、互いにうなずき合う。

そして長老が言った。

「目の前で百人抜きを見せられては、あなたの力を疑いようもありません。さらに秘宝が恐るべきものであることも理解しました」

そして小さく溜息をつく。

「我らの役目を失うのはつらいのですが、ここは強者であるヴァイト殿に従いましょうぞ」

「かたじけない」

俺は頭を下げ、こう続ける。

「ですが実のところ、私には戦神よりも恐ろしいものがあります」

「何ですかな?」

長老が尋ねてきたので、俺は前世の記憶を振り返りながら苦笑した。

「人間です。人間というヤツほど手強く、そして恐ろしいものはありません。百年先、二百年先には、人間たちは今よりも遙かに強大な勢力になり、人虎や人狼の力でも彼らに対抗できなくなるでしょう」

近代国家が誕生すれば、もう魔族では太刀打ちできない。力の差は装備で埋めてくるし、元々の人口が違いすぎる。

すでに魔撃銃なら、人狼クラスの魔族を即死させることも可能だ。

我々の武力的な優位は崩れつつある。

そして近代国家なら、戦神の秘宝はもっとエグい使われ方をするだろう。

例えば魔力爆弾として敵国にぶちこめば都市のひとつぐらいは簡単に更地にできてしまうし、魔撃銃部隊の魔力供給装置にすれば万単位の兵に補給が行き渡る。

現にドラウライトの秘宝のように、他国を滅ぼす戦略兵器が存在しているのだ。

「秘宝の悲劇が繰り返されることのないよう、魔王軍で秘宝を研究したい。まだ各地に眠っているであろう秘宝を発見し、回収し、封印する。それが我々の使命です」

「ふむ……」

長老はうなずき、それから俺を手招きした。

「わかりました。では秘宝の保管庫に御案内しましょう」

長老は俺を伴い、神殿から出た。

「神殿は千年ほど前のものらしく、安全に秘宝を保管できません。そこで山頂に隠し倉庫を造りました」

長老は人虎に変身すると、ぐっと背筋を伸ばした。老いたとはいえ、変身すれば堂々とした人虎だ。かなり強そうだった。

彼は牙を見せて笑う。

「さてヴァイト殿、ちと駆けましょう。聖域ゆえ、人虎も人狼も来てはいかん。ヴァイト殿だけどうぞ」

長老がそう言い残すと、手近な大木に飛び上がる。

「よし、ちょっと行ってくる。みんなは休んでてくれ」

俺は人狼隊にそう言い渡し、人狼の姿で長老を追いかけた。

道中、あちこちに仕掛けが見えた。道祖神のように、岩に刻まれたトーテムがある。

魔術師にしかわからないが、あれは結界を構成する要素のひとつだ。

厳重に組まれているがかなり古く、何度も修理した形跡があった。

「結界ですか」

「はい。結界内に人や魔族が踏み込めば、全ての集落に伝わります。今ではもう作れる者がおりませんので、エルメルジアたちが保守をしております」

警戒や防御の結界は、魔術師の研究を守る初歩の技術だ。簡単なものなら俺でも作れる。

どうやら山の民の魔法技術は、もうほとんど失われているようだ。

山の民たちには悪いが、ここに強大な魔法のアイテムを保管しておくのは危険だな。何かあったときに対処できる専門家がいない。

カヤンカカ山は標高がかなりあるので、登るにつれて木々の様相が変わってくる。

次第に森は薄くなり、夜空が見えるようになってきた。さらに木がまばらになってくる。

途中、岩場を飛び移りながら長老がつぶやいた。

「あなたは……どこか遠くを見ておられますな。我々には見えない、もっと遠い未来を」

「変わり者のせいか、よくそう言われます」

「なぜそのようなものが見えるのか、私などには到底わかりませんが……。いや、だからこそ、ミラルディアの歴代魔王もあなたを重用なさっているのでしょうな」

長老は重々しくうなずき、こんな話を始めた。

「この山に登れば遙か遠くの下流まで見えますが、実際には険しい難所と生い茂った木々に阻まれ、容易には登れません。そもそも山頂付近は我らの聖域、一族の者でさえおいそれとは立ち入れません」

この山、かなり高いからな。山頂付近は見晴らしがいいだろう。

周囲に流れる霧は、もしかすると雲だろうか。

長老は続ける。

「苦難を乗り越え、研鑽を積み、高みにたどり着いた者。そういった者にしか見えぬ境地があるとすれば、あなたが見ているものがまさにそれなのでしょう」

「そう言って頂けるのは光栄ですが、大げさですよ」

俺は少し照れくさくなり、ちらりと背後を振り返った。

うっすらと空が明るくなり、おぼろげに景色が見える。

森の中から細い川が蛇行しながら現れ、下流へと続いていた。メジレ河の源流のひとつだろう。

景色は全然違うが、前世で富士山に登ったときのことをふと思い出す。

もうすぐ御来光だな。