軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誉れ高き『ヴァ』

360話

「はっはっは! ヴァイト様とこのような席を共にできる名誉に与れるとは、まさに武人の誉れですぞ!」

無精ひげのおっさんが、焼いた羊肉を手にして豪快に笑っている。

「このバルケル、今年は幸運続きで何やら恐ろしゅうなってきました」

そう言うと傭兵は肉を頬張り、それから杯をぐっとあおった。

「先代ワジャル公キシュウン様に我が祖父の窮地を救っていただいたこと、当家では未だに語りぐさになっております。これで多少は御恩返しができましたかな?」

「それは間違いないでしょう。バルケル殿の活躍によって、無意味な流血を避けることができました。ワジャルも安泰です」

バルケルとは一度、カルファルで会ったことがある。

ザカルの傭兵隊を志願していた、あの変な傭兵だ。

今も鎧はちぐはぐだが、相変わらず堂々としていた。

「祖父は親衛隊長の一人でしたが、後宮絡みで何かやらかしてしまいましてな。詳しくは教えてもらえませんでしたが、免職では済まぬ失態だったと聞き及んでおります」

バルケルは苦笑して続ける。

「しかしキシュウン様が懸命に祖父の助命を取りなしてくださったそうです。そうでなければ幼い父も処刑されておったとか」

怖い話だ。

「さらにキシュウン様は、祖父の食い扶持を斡旋してくださいました。おかげで先々代のペシュメット公から広大な農地を賜り、今も兄たちが農園を経営しております」

ペシュメットはメジレ河最上流の街、つまりは辺境の都市だ。都に近いといろいろまずかったのだろう。

いったい何をやったんだろうな。

すると同席しているアマニが、例のささみのつくねを食べながらしみじみとつぶやく。

「父はいつも、『人には情けをかけよ』と口癖のように言っていました。いえ、今も息災ですが」

彼女は微笑む。

「例えその情けが利益とならなくても、情け深い人と思われるだけで価値がある。そしてそれはいずれ、巡り巡って自分の子孫に返ってくるのだと、それはもうしつこく……」

よっぽどしつこく言われているのだろう。アマニは苦笑していた。

「しかし父の言葉が真理であったこと、認めなくてはいけませんね。おかげでバルケル殿に救われました」

「確かにそうです」

俺はうなずく。

バルケルはメジレ河の最上流、ペシュメット公から依頼を受けた傭兵だ。ザカルの傭兵隊に潜入し、彼の動向を観察していたという。

アマニはペシュメット公とも懇意なので、バルケルにザカルを陥れる罠を張ってもらったという訳だ。

全て把握できている訳ではないが、諸侯の送り込んだ密偵はそれなりに傭兵隊にいるらしい。

ザカルを王都の外におびき出すため、バルケルは一芝居打ってくれた。筋書きは俺が用意して、偽の秘本も作った。

秘本の本物とほぼ同じ装丁、同じ記述だが、秘宝の使い方や詳細についてはカットしてある。万が一ザカルが秘宝を手に入れても、何もできないだろう。

なお製本にあたっては、パーカーが召喚した骸骨が活躍してくれた。書記官と司書たちの亡霊らしい。

あいつが妙な気を起こしたら、国の一つぐらい簡単に滅ぼせそうだ。

バルケルは最高級の糖蜜酒をちびちびと飲みつつ、照れくさそうに笑う。

「これもひとえにキシュウン様と歴代ペシュメット公の恩顧に報いるため。それがしは実際に傭兵として各地を放浪しておりますので、何も問題がなければそのままザカルの配下におるつもりでした」

するとアマニが惜しむように言う。

「これを機に、ペシュメット公に正式に仕官されては? 口添えいたします。それが無理なら、ぜひ当家に」

バルケルは義理堅いし有能そうだ。戦士としても腕は立ちそうだし、ミラルディア語も上手い。

だから俺は彼に言う。

「そうですよ、バルケル殿。貴殿の働きは大変なものです。ミラルディアとしても報いたい。貴殿はミラルディア語も達者ですし、いっそ魔王軍に仕官しませんか?」

するとバルケルは一瞬驚いたように目を丸くして、それから頭を掻く。

「いやあ……これは、これは参りましたなあ。それがしには過ぎたる光栄。アマニ様だけでなく、異国の王の副官からもお誘いを頂けるとは、これはもう武人にとって名誉の極みにござる」

しかしバルケルは首を横に振った。

「されどそれがし、この国を愛しておりますれば、ミラルディアの軍旗に集う訳には参りませぬ。どうかお許しを」

「いや、これは失礼いたした。浅慮でした」

いかんいかん、俺は転生者だからうっかり忘れてしまうが、みんな自分の生まれた土地に愛着があるのだ。

それなら違う方法でお礼をしよう。

「ではバルケル殿、金銭で謝意を示してもよろしいだろうか? あるいは武具でも軍馬でも」

「いやいや、こたびの働きは戦働きではございませぬ。飯の種を頂く訳には参りませぬ」

笑顔で断ったバルケルだが、ちらりと俺を見る。

「その代わりと言っては何ですがな。その、ヴァイト様の御芳名をですな……」

「俺の名前?」

「さよう。ヴァイト様の一字を拝領し、ヴァルケルと名乗りたい由。お許し願えましょうや?」

一字拝領という文化がクウォールにもあることにもびっくりだが、そんなのでいいの?

ほとんど名前変わってないし。

するとアマニがクスクス笑って、俺に教えてくれた。

「欲のない方と思われたのでしょうけれど、バルケル殿の望みは宝剣や名馬よりも遙かに大きなものですよ。異国の王の副官から一字を拝領したとなれば、王家の親衛隊長を拝命するのに匹敵するほどの名誉となりますから」

「そんなにですか?」

理屈としては何となくわかったが、まるで実感が湧かない。

でもまあ、それでいいのならお安い御用だ。

「俺の名などでよろしければ、お使いください。おーい誰か、証書用の紙をもってきてくれ」

俺は魔法のかかった羊皮紙に一筆したためた。特殊なインクで署名をすると、紙は一瞬だけぼんやりと光る。

これでこの紙は汚れることもカビることもない。余裕で百年は持つだろう。

「どうぞ、バルケル……いや、ヴァルケル殿」

無精ひげの戦士は、両手で恭しくそれを捧げ持った。

「なんたる名誉。このヴァルケル、御恩は一生忘れませぬ」

さっそくもう名乗ってるあたり、ちゃっかりしてるなあ。

バルケルからヴァルケルになった彼は、えびす顔で証書をくるくると巻いて懐にしまう。

「これで亡き祖父の名誉も回復できたでしょう。優しい祖父でしたが、晩年は我らに詫びてばかりでしてな。これでようやく、胸を張って祖父の墓所に報告できます」

ヴァルケルは立ち上がると、俺たちに一礼した。

「ではそれがし、これよりは故郷に戻り、兄の一家と共にサトウキビ畑を耕す所存にございます。この書状があれば、嫁の一人ぐらいは来ましょう」

するとアマニが腰を浮かせた。

「よろしいのですか、ヴァルケル殿? 今なら当家でも貴殿を召し抱えられますよ?」

だがヴァルケルはニヤリと笑う。

「それがし、すでに武人として身に余る名誉を授かっております。仕官して武人を続けたとしても、これ以上の名誉を得ることはできますまい」

俺は不思議に思い、彼に尋ねた。

「貴殿は腕が立つし、義に篤い方だ。武名を欲しいままにできるでしょう。それなのに、なぜそのように思われるのか?」

そのとたん、ヴァルケルは大声で笑った。

「はっはっは! これは異なことを仰られる! 何もかもヴァイト様のせいですぞ!」

「俺?」

「さよう。あなた様がおられる限り、もはや大きな戦は起こりますまい。手柄の立てようもありませぬ」

彼はそう言って俺に向かって右膝をつき、深々と頭を垂れた。

「ヴァイト様、どうかこの国に安寧と秩序を。故郷に戦火が及ばなければ、それが最高の褒美にございます」

「わかった、ヴァルケル殿。全力を尽くすと約束する」

俺は彼の手を取り、剣ダコだらけのごつい手をしっかりと握った。