軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪霊と魔狼

353話

パーカーが崩れかけた廃屋に入り、霊の気配を探っている。

「あ、ここだね。悪霊寸前って感じだけど、本当に呼ぶのかい?」

クウォール王との対話は無事に終わったから帰ってもいいんだが、ついでだからそいつとも話をしてみたい。

なんせザカルの手下で、彼に殺されたいわくつきの人物だ。

「何か秘密を握っているかもしれないし、話ぐらいは聞いてみたいな。安全は確保できるだろう?」

「まあね」

パーカーに扱えない霊などない。

なんせ生と死の全てを知り尽くした達人だ。

あんまりそうは見えないのが難点だが。

「じゃあ呼ぶよ……。あ、これダメだ、まともな説得通じない。最初は強制的に呼ぶとしよう」

パーカーはわざとらしく咳払いをしてみせると、声を作って恐ろしげに告げる。

「我はパーカー、生と死の狭間を漂う者にして、生者の友、死せる者の王なり。蠢く怨念よ、我が声を聞け」

死霊術師ではない俺にはわからないが、パーカーが魔力を操り、見えない誰かと駆け引きしているのはわかった。

ただ駆け引きのやり方に、最近のパーカーらしさが垣間見える。

「あっ、この、そんなとこに隠れようったって無駄だからね!? こっちから、こう……引っ張って……」

ソファの裏側に潜り込んだ猫じゃあるまいし、いったい何をやってるんだ。

世界最高レベルの死霊術師の降霊術とは思えないが、専門家のやることなので黙って見ておく。

やがてぼんやりと黒い霧が生じて、その中に憂鬱そうな中年男の顔が浮かぶ。

「なんでだ……なんで俺がこんな目に……ちくしょう……ちくしょう……」

「はいはい、恨みを聞いてあげるからね。もっと前向きになろう。目が死んでるよ?」

怨霊を積極的に煽っていくパーカー。

だが霊の反応が鈍いとみたのか、彼は一転して凄みを効かせる。

「お前の絶望など、我が闇の深さには遠く及ばぬ。違うというのなら、せいぜい語ってみるがいい」

やはり煽っていくスタイルだった。

どす黒い霧の中で、男の顔が怒りと屈辱に歪む。

「俺はただ、使者になりすまして国王を連れてこいと言われただけだ! 命令通りにやった! 味方どころか敵さえ殺してない! なのに、どうして殺されなきゃならないんだ!」

「よくある口封じだよね」

またしても煽っていくパーカー。

大丈夫か、これ。

しかし亡霊はパーカーにホイホイと乗せられて、べらべらまくし立てていく。

「王を殺すなんて予定にはなかった! 隊長がミラルディア陣営の関係者を名乗って、王と交渉するはずだったんだ! なのにいきなり殺しやがった!」

国王暗殺はザカルの衝動的な行動だったのか。

いや、彼は部下を信用していない。本当の目的を伏せて、この男を利用していたのかもしれないな。

傭兵の亡霊はなおも叫ぶ。

「俺は隊長に忠誠を誓った! 任務はきっちり片づけた! なのにどうして俺は! なんで俺は! 今頃みんな、ザカル王誕生のために楽しくやってるはずなんだ! 俺だけ殺されて、こんな場所に!」

ザカル王か。

あんまり愉快な響きじゃないな。

それにしてもこの亡霊、だんだん不憫になってきたぞ。

「パーカー、こいつと直接会話しても大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だよ。暴れたら僕がなだめるからね」

ペットショップの店員みたいな気安さでパーカーが保証してくれたので、俺は安心して霊に語りかけた。

「聞こえるか? 俺がそのヴァイトだ。俺の霊体をよく見ろ」

霊は肉体的な視覚を失っているので、霊体を見て生者を認識する。

そこで彼はようやく、俺に気づいたようだ。

「あ、あんたが……!?」

「そうだ、俺こそがヴァイト。魔王の副官、ヴァイト・フォン・アインドルフだ」

まずはたっぷり威厳を見せつけておいてから、俺は一転して口調を和らげる。

ザカルっぽい気さくな感じでいってみるか。いや、もう少し品のある……そうだ、ウォーロイっぽく振る舞ってみよう。

「さあ、貴殿も名乗れ。俺と貴殿に争う理由はないはずだ。俺は貴殿の話が聞きたい」

すると霊はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと答える。

「ラフハド。……シャリガの子、ラフハドだ」

「その名、忘れはしないぞ。ラフハドよ、ザカルに恨みはあるか?」

「ある」

ラフハドの霊は即答したが、やや弱々しく続ける。

「けど……隊長には恩もある。世話になったし、大事な仕事も任された。だから俺は……」

ザカルの人心掌握術は、なかなかのものだ。

抹殺された後でも、彼はまだ心を縛られている。

だが俺は彼の心情が何となくわかったので、ぐいぐい踏み込んでみることにした。

「目を覚ませ、ラフハド。貴殿は捨て駒にされたのだぞ。ザカルは貴殿の命も夢も大切にしなかった。貴殿は危険を冒して働いたのに、ザカルは貴殿を邪魔だと思ったのだ。そのような男に恩義を感じるのはよせ」

あの野郎、ブラック企業の経営者みたいな真似しやがって。

俺は内心でザカルに対して苛立つ。敵なら敵で別に構わないが、自分の部下は大事にしろよ。

だんだん俺も腹が立ってきたぞ。

パーカーがそっとつぶやく。

「君が悪霊を煽ってどうするんだい?」

いいんだよ、ここは大事なところだ。

「貴殿は俺の敵だったし、貴殿のしたことはクウォール全体を不幸にする愚行だ。上司への忠誠で片づけていい問題ではない。だが、それはそれとしてだ」

俺は拳を握りしめる。

「一人の人間として大事にされなかった無念、俺にはよくわかる。だから俺が貴殿の無念を晴らしてやろう。あの男に償いをさせてやる」

「あ、ああ……」

黒い霧の中で、ラフハドの亡霊がおずおずとうなずいている。

もっと元気を出すんだ。復讐は根気と気合いだぞ。

「使い捨てられる者の悔しさがどれほどのものか、ザカルに思い知らせてやろう。貴殿には怨霊になるだけの正当な理由がある。俺は貴殿に味方するぞ」

「ヴァイト、ねえヴァイト! また君の悪い癖が出てるよ!? 死者に肩入れしすぎだよ!?」

うるさいな、パーカー。

俺は今、この不幸な男に猛烈に共感しているんだ。

「俺が貴殿の復讐を代行してやる。そのためにはまず、知っていることをもっと話せ。貴殿の秘密がザカルを滅ぼすのだ」

俺がにじり寄ると、亡霊はいくぶん青ざめた顔でこくりとうなずく。

「わ……わかった……で、できるだけ話す……」

「その意気だ」

俺が仇を討ってやるからな。

ラフハドの亡霊から聞けたのは、次のような話だった。

ザカルは最初、権力の中枢に近づく方法を模索してたらしい。

傭兵隊長といっても契約期間が終われば無職に戻るし、バッザ公が契約を延長してくれる保証はない。

そこでザカルは今回の反乱を利用して、雇われる側からの脱却を目指したらしい。

具体的なプランはラフハドには教えられていないが、そのひとつが王家側への裏切りだ。

だがこれは国王に相手されず、失敗したようだ。

そこで彼は王を暗殺し、クーデターを起こす方針に切り替えたらしい。

ザカルは直前までそのことを部下に告げていなかったようで、ラフハド自身も驚いたそうだ。

前々から国王暗殺を企んでいたのか、それとも急に心変わりしたのか、俺にはわからない。

そしてラフハドは「顔を知られすぎた」という理由で、ひっそりと殺された。

あんまりすぎる。

俺は拳を握りしめる。怒りのあまり、じわじわと人狼への変身が始まっていた。

「ザカルのやったことは、自分自身がされていることと同じではないか。雇われて使い捨てられるのが嫌で、傭兵以上の身分を目指しているのだろう? その本人が部下を使い捨てて殺す。道理が通らん」

俺が壁を殴ると朽ちたレンガが粉々に吹き飛び、強風が吹き込んできた。

「人を粗末にする者が、人の王になどなれるものか。そうだろう?」

「あ、ああ……」

亡霊がどうしていいのかよくわからない様子で、こっくりうなずいている。

もっと復讐心と憎悪をたぎらせるんだ。

するとラフハドの亡霊は、こんなことを言い出した。

「あんた変わってるな……どうして俺に親切にしてくれる?」

どうしてと言われても困るんだけど。

「俺はもう死んでる。何の役にも立たないぞ? 知っている秘密も全部話した。あんたが俺に優しくする理由はないはずだ」

言われてみれば、それもそうだな。

俺は少し考え込むが、考えは変わらなかった。

だからこう答える。

「俺にもわからんよ。だが貴殿の人生に、こんな変わり者の一人ぐらいいても構わんだろう?」

すると亡霊は驚いたことにクスクス笑いだした。

「本当に変わってるな……。そうか、あんたみたいな貴族もいるのか……」

白い霧がゆっくりと消えていく。

「ありがとうな、ヴァイトさん……。ああ、あんたの部下だったら、俺の人生ももう少し違っていたのかな……」

その言葉を最後に遺して、亡霊は消え去った。

パーカーがしばらく様子をうかがっていたが、やがてこう告げる。

「行ってしまったね。怨念は感じない。彼はもう戻ってこないと思うよ」

それからパーカーは俺に向き直ると、珍しくたしなめるような口調で言った。

「君のやり方はメチャクチャだよ。死者は生者とは違う論理、違う法則に縛られている。霊との対話はもっと慎重にすべきだ。先生もいつも言ってただろう?」

「言われてたような気がするな」

するとパーカーは大仰に溜息をつくそぶりをした。

「君は霊に親身になりすぎだよ。それで大変な目に遭ったのに、まだ懲りてないのかい?」

「その話はもうするなって言ってるだろ」

未だに門下生が集まるとその話題になるので、俺は少し辟易している。

確かにあれは俺が悪かったんだけど。

死霊術師の多くは、霊と接するときは医師や弁護士のような態度で臨む。立場の区別をきちんとつけ、専門家としての冷静さを失わないためだ。

そういう意味では、確かに今のはまずかった。

下手をすると憑りつかれていた可能性もある。

というか、修業時代に一度やられた。

パーカーは印を結んで霊の冥福を祈りながら、あきれたように言った。

「君を死霊術師にさせなかったのは、先生の英断だよ。さっきの対話、死霊術師としては失格だ。ただ……」

「何だよ?」

パーカーはニコリと笑う。

「君のおかげで救われた魂がまた増えたことは間違いないよ。君のような弟を持ったことを、僕は誇りに思う」

「弟じゃない、弟弟子だ」

俺は訂正し、ぷいとそっぽを向いた。