軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「野心の疼き・3」

347話「野心の疼き・3」

ザカルは落ち着かない日々を過ごしていた。

「噂はうまく広まってるか?」

報告に来た部下に訊ねると、彼はうなずく。

「ばっちりですぜ、隊長。国王は逃げたってことで、カルファルの連中は信じ込んでます。なんせ普段が普段でしたからね、あの王様」

ザカルは少し安堵した。

「そうか、それならいい。後は噂が一人歩きするのを待て。そのうち尾鰭がついてくる」

だが安心はできない。

「あの王は本物だろうな?」

「ラフハドが間違えるはずがありませんよ、隊長」

「そうだな。ラフハドはバッザ公の使者として王に謁見したときに顔を見ている。見間違えるはずはない」

ラフハドは忠実な部下だったし、堅実な仕事ぶりだった。

口封じのために殺したのは少し惜しいが、安全のためには必要な出費だ。

こういう出費をケチってはいけないと、ザカルは自分に言い聞かせる。

すると部下はふと首を傾げた。

「そういやラフハドのヤツ、最近見ませんね」

ザカルは微笑み、こう答える。

「別の仕事を与えてある。あいつは優秀だからな」

皆、いい仕事をする。ザカルは深くうなずく。

つくづく部下に恵まれたと思う。

だがそれでもまだ、安心はできない。

目下最大の懸念事項は、あの北の大陸から来た副官だ。

あの謀略に長けた北の狼は、この陰謀に気づいている可能性もある。

「ヴァイト卿の動きは監視しているな?」

「はい。特に変なところは……ああ、こないだは魚屋のジジイと一緒に『魚を腐らせないまじない』の練習をしてましたぜ」

「なんだそりゃ」

「さあ、サッキンとかメッキンとか言ってましたが……」

ザカルにはよくわからない。

側近はクスクス笑う。

「ありゃとんだ間抜けですよ。噂は凄いが、戦場に出れば一日で死ぬ無能ですぜ」

ザカルはそうは思わない。

あの男はきっと、戦にも謀略にも興味がないふりをしているだけだ。

だから立ち上がり、側近の肩をグッと握る。

「ぐぇっ!?」

「俺がそんな無能をわざわざ監視させているとでもいうのか? この俺が?」

「いえ、そんな! あいででで!」

部下はもがくが、ザカルの指は鉄のように食い込み、どれだけもがいても全く外れない。

部下の表情が恐怖に塗りつぶされ、服従の色合いが濃厚になってきたところで、ザカルは彼を解放した。

「ひ、ひぃ……」

肩で息をしている部下に、ザカルは親しげに声をかける。

「考えるのは俺の仕事だ。お前たちは俺に従っていればいい。それで何もかも、うまくいく。俺の策略には優秀なお前たちが不可欠だ。わかるな?」

こくこくとうなずいた部下に、ザカルは明るい笑みを浮かべた。

「よし、それでいい。監視を続けろ。あいつが無能を装っているのは、周囲を欺くためだ。油断するなよ」

部下が慌てて退出した後、ザカルは物思いに耽る。

ヴァイト卿の動きが読めない。

(ヤツが無能であるものか。あいつは北の大陸の覇者だぞ)

ヴァイト・フォン・アインドルフについての情報を集めれば集めるほど、彼の怪物ぶりが明らかになっていく。

そして何よりもザカル自身の嗅覚が、はっきりと「彼は手強い」と告げている。

だが同時に、ザカルは困惑もしていた。

(辻褄が合わん。あれだけの権力と知謀、勲功。それに人脈。平民の出であそこまで上り詰めた野心家のくせに、ぎらついたものが何も感じられないのはなぜだ?)

剣の修行をすれば掌が分厚くなるように、力を手に入れた者にはその手に代償が刻まれる。それはどれだけ隠そうとしても、不意に表に出てきてしまうものだ。

だがヴァイト卿には、そういった力の代償が一切感じられなかった。

何が起きても淡々としていて、まるで他人事のようだ。そのくせ隙がない。

(あいつは何なんだ? どういう人生を歩めばああなる? あいつを突き動かす衝動は、あいつを律する哲学は何だ?)

何ひとつわからない。

それがザカルを怯えさせる。

だが今は怯えている場合ではない。

王殺しという王国最大の悪事に手を染めた以上、もう後戻りはできない。仮にあれが影武者であり、王殺しが未遂であったとしても、決して許されることはないだろう。

だから前に進むしかないのだ。

幸い、全ての計画は順調に進んでいる。

このまま国王逃亡説を流布し、王家の求心力を低下させる。

十分に低下させたところで王都エンカラガを占領し、バッザ公をこの内戦の勝利者にする。

もちろん王都周辺の諸侯は黙っていないはずだ。王家との特別な関係は、彼らの特権だからだ。

だからまた、戦になる。

戦になれば、武力でも地位でも好きなだけつかみ取れる。

最後は自らが王となればいい。

前の王朝の王がどんな死に方をしようが、もう誰も気にしない。

(となればやはり、警戒すべきはヴァイト卿か……)

また思考が戻ってしまった。

だが陰謀を進める上で、最も予測困難な不確定要素が彼だ。

(ヴァイト卿が俺の謀略に気づいているかどうかが問題だが、気づいていれば俺を見逃しはしないだろう。脅迫でも密約でも捕縛でも、何か接触してくるはずだ)

だとすれば気づいていないのか。

しかしヴァイト卿の噂を聞く限り、彼なら国王逃亡の噂を聞いた時点で動き出す気がする。

神出鬼没、疾風迅雷と噂される男だ。

やはり自分の陰謀に気づいているのではないか。

気づいた上で、自分を泳がせているのではないか。

ザカルは不安に駆られる。

証拠は何も残していないし、尾行もされていなかったはずだが、もし発覚していたら計画を変更しないといけない。

その場合、ヴァイト卿は明確に敵対してくるだろう。

だがそれは困る。

ヴァイト卿は戦場でも謀略でも、一度たりとして敗れたことがないという。

常勝の将軍にして、無敵の騎士。そして恐るべき謀略家。

彼を敵にした者は例外なく破滅したと聞く。

だから魔王の副官なのだと。

今の彼は兵をほとんど率いていないが、それはおそらく他に何か手を打っているからだ。

手勢だけで最前線に来てのんびりくつろいでいるのは、どう考えても何かある。

ザカルの知らないところで、何か恐ろしい事態が進行しているのではないだろうか。

だが監視からは何の報告も届いていない。

不気味だ。

(くそ、化け物め……)

いつ会っても悠然としているヴァイト卿に、ザカルは恐怖を感じずにはいられなかった。

(何よりも化け物なのは、あいつの目だ。お前なんか恐ろしくも何ともない、お前の企みなど何もかもお見通しだぞって目をしてやがる)

そう思ったとき、彼はふと思い出す。

国王パジャム二世を斬ったとき、彼もヴァイト卿と同じような目をしていた。

敵の傭兵に生殺与奪を握られているにも関わらず、王は命乞いひとつしなかった。それどころか、最後には哀れむような目。

ザカルはとうとう最後まで、王を服従させることはできなかった。

王もヴァイト卿も、ザカルを恐れない。

(俺は王すら殺した大悪人、希代の奸雄だぞ。そしてこれから英雄になる男だ。それなのになぜ、あいつらは俺を畏怖しない!?)

うまく言葉にできないが、武力や知謀だけではどうにもならない、「人としての格差」のようなものを感じる。

(俺とあいつらは何が違うんだ? 俺の実力はパジャム二世なんぞより遙かに上だし、ヴァイト卿にだって十分対抗できるはずだ……)

彼らにあって、自分にないもの。その決定的な違いがわからない。

ザカルは自分の嗅覚には絶対の自信があった。危険を嗅ぎつける嗅覚だ。

その嗅覚が今、むせかえるほどの血の匂いを感じている。

あのヴァイト卿だけは敵に回してはいけない。

彼を常に陰謀の外側に置くよう、細心の注意を払おう。

ふと気づくと、糖蜜酒の壷が全て空になっている。

底無しの上戸を自負するザカルだが、こんなに飲んでも全く酔いを感じられないのは初めてだった。

「この俺としたことが、なんたるざまだ」

ザカルは空の壷を足で転がし、深い溜息をついた。

王はもういない。パジャム二世には子がいないし、後継者になれそうな王族はあらかた排除されている。

先王が我が子を王位に就けるため、あらゆる手段を辞さなかったからだ。

次の王を誰にするかで揉めに揉めるだろう。

だが次の王は永遠に即位しない。

王家は滅びるからだ。

これから始まるのはクウォール全土を焼け野原にする大乱、鉄と血の狂乱だ。

ザカルたち戦争の犬にとって、これほどの祭りはない。

暴力の嵐の中でこそ、傭兵は輝く。

ここからが稼ぎどきだ。

(もう誰にも雇われてたまるか。俺の雇い主は俺だ)

屈辱と忍耐の日々を思い返し、ザカルは酒壷を踏み砕いた。