軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

義と疑

331話

ベルーザ陸戦隊のグリズ隊長からの報告書によると、パーカーは内陸部に調査に出かけたまま戻っていないという。

何があったかは想像するしかないが、どうやら調査中に内乱が起きたらしく、戻れなくなったようだ。

ベルーザ陸戦隊に内陸部への進軍を禁じたのは俺だから、探しに行けとは言えない。

陸戦隊は現在、バッザ港の守備に協力しているという。

あのバカ兄弟子……メジレ河があるんだから、死体のふりして流れてくればいいだろ。ああ困った、落ち着かないぞ。

パーカーは不死身だが、心は普通の人間よりも虚弱だ。戦乱に巻き込まれたら、彼の精神にどんな影響があるかわからない。

骸骨兵の大群が人間を襲っているという情報はないから、たぶんどこかに潜伏して自重しているのだろう。

そうであってくれ。

ただ俺が不思議に思ったのは、パーカーが内陸部に初めて本格的な調査に出かけるのと、反乱が起きたのが同じタイミングだということだ。

これだけならただの偶然だが、グリズによるとパーカーの予定をしつこく嗅ぎ回っている連中がいたらしい。

バッザ港の傭兵隊だ。

彼らはパーカーの護衛を務めたいと申し出てきたのだが、パーカーは丁寧に謝辞している。

無礼の塊みたいなあいつが謝辞しているぐらいだから、よっぽど警戒していたのだろう。

パーカーは相手をみて無礼レベルを変えるから、礼儀正しいときは要注意だ。

パーカーの報告書にもあったが、どうも傭兵たちの動きが怪しいな。

何か裏がありそうだ。

俺はパーカーの無事を祈りながら、その日の公務代行を終える。

どういう訳か、今日は同じ書類を何回も書き損じてしまった。明日からは誰かに筆記を頼もう。

俺はアイリアに今日の仕事を終えたことを報告し、彼女の夕食風景を見守る。

俺の食事はこの後だ。アイリアは食べ物の匂いに敏感になっているから、俺が食事する場に同席はできない。

だから俺は彼女の食事をじっと見ている。最近は食べる量がだいぶ回復してきたので、ちょっと安心だ。

するとアイリアは焼いた餅を食べながら、ふと微笑んだ。

「最近は食べ物の匂いを嗅いでも、あまり吐き気を催さなくなりました。ゴモヴィロア様とミーティ殿の診断によれば、もうすぐつわりも収まるだろうとのことです」

よかった。また一緒に食事ができるぞ。

アイリアはそう言った後、ふと表情を曇らせた。

「パーカー殿のことは報告を受けています。現地に向かいたいのでしょう?」

知っていたか。まあアイリアがトップだしな……。

「可能ならな。しかしとても無理だ」

アイリアの公務を代行できるような人物はみんな要職に就いているので、留守中の公務代行を頼める者がいない。

だがアイリアはこう言った。

「私のつわりもずいぶん良くなりましたから、もう大丈夫ですよ?」

「君を残して行くつもりはないよ」

紛争地帯に海外出張だよ? もちろん無事に戻ってこれるとは思うけれども、アイリアは俺のことを心配してしまうだろう。

それなのにアイリアは首を横に振る。

「事態は切迫しています。もう私も公務に復帰できるのですから、休んでいる場合ではありません」

「いやいや、まだ養生しててくれ。君と子供に何かあったらどうする?」

するとアイリアは背筋を伸ばし、公務モードの凛々しい表情になる。

「私はあなたの妻ですよ。伝説の人狼、黒狼卿ヴァイトの妻です。夫の優しさに甘えてばかりはいられません」

そう言った直後に少しふらつく。ああもう、みんな無茶ばっかりして。

俺はアイリアを休ませようとしたが、彼女はきっぱりと言った。

「魔王として副官のヴァイト卿に命じます。ただちにクウォールへ赴き、事態の打開に努めてください。内乱を早期に終結させ、ミラルディアがクウォールに持つ権益を保護するのです」

ミラルディアがクウォールに持つ権益。

早い話が交易の権利だ。

その中には沿岸諸侯とのコネ、港の利用権、ミラルディア語を話せる良心的な交易商、古いつきあいのサトウキビ農園なども含まれる。

ミラルディアからの輸出品を良い値段で買ってくれる交易商もそうだ。

いずれもミラルディアの国庫を潤すのに必要な「財産」であり、一度失われれば回復に長い時間がかかる。

ミラルディアにとってはクウォールの内戦なんかどうでもいいので、さっさと終わらせてしまったほうがいいだろう。

「確かにそれは大事なことだが……本当にいいのか?」

「はい。私も母親にならねばなりません。母親とは、とても強いものだと聞いております」

母を知らないアイリアは、青白い顔でにっこりと笑った。

それからちょっと照れくさそうに言う。

「ですので、少し……手を握っていただけませんか? 手だけで構いませんから」

知ってる。

アイリアはまだときどき吐き気と戦っているから、ハグされると気分が悪くなるんだよな。

「愛しい陛下のお望みとあらば、喜んで」

俺はアイリアの手をそっと握る。青白く、ひんやりと冷たい手だ。

こんな状態の妻を置いてクウォールに行くのは避けたかったが、パーカーとベルーザ陸戦隊のことも心配だ。

「出産までには戻るつもりだ。……今度は間に合わせたい」

するとアイリアは微笑む。

「いいのですよ。無事にお戻りになるのでしたら、間に合わなくても構いません」

すみません、毎回毎回こんな有様で。

俺はよくできた嫁さんに感謝しつつ、ただちに渡航の手配をした。

ミラルディアの海軍は規模が小さく、軍船はもうほとんど出払っている。これ以上出してしまうと洋上を守ることができなくなってしまう。

クウォールに援軍を送りたいが、軍船一隻分が限界だ。

となると、また人狼隊を出さないと無理か。

人狼は一人で兵士十人分の働きができるから、五十六人で五百六十人分の働きをする。運用次第ではもっと戦力になるだろう。

奇襲も得意だし、アメリカ海兵隊みたいな使い方をするにはもってこいの部隊だ。

ただ俺としては、これ以上仲間たちを戦地に送りたくないんだが……。

仕方ないか。

そんな俺の気も知らずに、人狼たちははしゃいでいる。

「よっしゃ、久々の戦いだな!」

「戦はロルムンド以来だな」

「あー、ワクワクしてきた!」

頼もしいけど不安だ。

溜息をつきながら俺が荷造りをしていると、執務室に生徒のミュレがやってきた。リューニエも一緒だ。

「せ、先生! お願いがあります!」

「なんだ?」

すると未来のロッツォ太守は緊張しながら、俺に訴えかける。

「実家から連絡があったから、俺もクウォールの内戦のことは知ってます! 俺も連れてってください! クウォール語ならわかります!」

「おいおい、無理を言うな。学生が戦場に行く必要はないし、行ったところでお前にできることはないぞ」

リューニエもそうだが、この年頃の男の子たちはやたらと戦好きだ。

俺もそうだったからわかるけど、さすがに許可はできない。

するとリューニエが横から口を挟む。

「あの、ミュレはロッツォのためにも現地でがんばりたいそうです。僕も一緒に行きます」

内乱で実家を滅ぼされて暗殺者に囲まれた経験まであるのに、こいつも相当にタフだな。

二人の熱意はわかるが、俺が連れて行きたいのは彼らではない。

はっきり言うしかないだろうな。

「リューニエ、貴殿はロルムンドの政変では逃げることしかできなかっただろう? まだ外交の場で働くのは無理だ。ここで勉学に励みなさい」

それからミュレにも釘を刺しておく。

「ミュレ。お前の警護で人狼隊の負担が増える。俺もクウォール語は覚えたから通訳は不要だ」

「えっ、あの、何でリューニエを呼ぶときは『貴殿』で、俺のときは『お前』なんですか?」

俺は意地悪く笑う。

「リューニエには内乱を生き延びた実績があるからな。彼はお前より年下でひ弱に見えるが、お前よりずっと大人なんだよ、ミュレ・フィカルツェ」

この言葉はプライドの高いミュレを相当に刺激したようだ。

「そっ、そんな……」

「悔しければ勉学に励むことだ。俺だってお前ぐらいの年頃はただのクソガキだった。リューニエが特別なだけだよ、気にするな」

俺はミュレの頭をくしゃくしゃ撫でてやった。

ミュレは嫌そうな顔をするが、俺の手を振り払う勇気はないらしい。

こいつは将来、シャティナやフィルニールと一緒に評議員として働く身だ。

こいつが死んだりバカのままだったりすると、ロッツォ市だけでなく評議会にまで悪影響を及ぼす。

彼の教育に携わる者として俺の責任は重大だが、それにしても意欲があるのはいいことだ。

「ミュレ」

「は、はい」

俺はすっかり意気消沈している彼に笑いかける。

「お前はきっと、いい太守になるよ。俺はそう信じている」

するとミュレは少し驚いた顔をした。

「俺がですか?」

「もちろんだ。俺も他の教官たちもお前の成長を信じているから、いろいろ教えているんだぞ。そうでなかったら餅でも焼いてたほうがマシだろう?」

「モチ?」

首を傾げるミュレ。

俺は苦笑しながら彼に言う。

「政情が安定したら、お前たちをクウォールに連れて行ってやろう。ロッツォ太守になる前に交易相手のことは知っておいたほうがいいしな」

「は、はい!」

ミュレはリューニエに向き直ると、えっへんと胸を張った。

「どうだ? 俺だって先生から期待されてるんだぞ?」

「うん! ミュレは頭もいいし、勇気もあるからね」

リューニエのまっすぐな瞳と笑顔を見て、ミュレが頭を掻く。

「お、おう……うん、まあな……」

照れくさそうにするミュレを見て、俺は何となく二人の関係を理解した。

ミュレのほうがリューニエの能力や経歴にコンプレックスを抱いているが、リューニエにはそれがわからないようだ。

リューニエはミラルディアでも周囲から愛されてまっすぐに育っているが、健全すぎるのも考え物だな。

ミュレは拳を握ると、リューニエに力強く語りかける。

「行こうぜ! もっと勉強しないとな! 俺は将来、南静海を飛び回ってミラルディア一の太守になるんだ!」

太守は飛び回ったらダメじゃないかな。

だがとにかく、やっと納得してくれたらしいぞ……。

ミュレが上機嫌で帰っていった後、俺は荷造りを再開する。

彼らのためにも、早く戻ってこないとな。

クウォールに着いたらまず沿岸諸侯にブレーキをかけて、それから国王の安否確認だ。

国王軍が勝利する可能性は低いが、国王の身柄だけは何とかしておきたい。

パーカーの安否は……まあどうせ無事だろうが、とにかく骨は拾ってやらないとな。難題だらけだ。

しかし魔王軍の最精鋭である人狼猟兵たちがいれば、まあ何とかなるだろう。

というか、何とかするために行くんだよな。