軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王の憂鬱

328話

こうしてミラルディアからはクウォールの沿岸諸侯支援のために援軍を派遣することになった。

入れ替わりに外交官と魔戦騎士たちを一時帰国させることにする。

どうも外交官たちを狙っている連中がいるらしく、常に護衛をつけておかないと調査にも交渉にも行けないようだ。危険なので全員帰国させ、ついでにより詳細な情報を聞かせてもらうことにする。

しかしこうなると、新たに外交官が必要だな。できれば国王と会談できるクラスの大物がいい。

そんなことを考えていると、パーカーが俺のところにやってきた。

「やあヴァイト、奥方が懐妊したそうだね」

「ああ、父親になるのかと思うと妙な気分だ」

「僕は未婚だったから、君の心情はよくわからないよ」

なんだか今日のパーカーはずいぶんまともだぞ。

変なものでも食べたのか? いや、こいつは何も食べないんだった。

するとパーカーは苦笑し、幻術で作った笑顔を向ける。

「クウォールに派遣する人員で困っていると聞いてね。僕が立候補しようと思ったんだ」

「あんたが?」

「こういうときのために、僕を役職に就けずに遊軍として温存していたんだろう?」

違うよ?

「いや、あんたは危なっかしいから、責任ある仕事を任せられないだけなんだが……」

パーカーはわざとらしく嘆息し、それからニヤリと笑う。

「失礼だね君は」

「兄弟子殿に言われたくないな」

俺もつられてニヤリと笑い、それから彼に尋ねる。

「師匠の研究を手伝わなくていいのか?」

「僕は死霊術が専門だけど、それなら先生のほうが詳しいだろう? それに研究助手なら、メレーネ君がいる」

死霊術師としての実力なら、二番弟子のパーカーのほうが遙かに上だ。

俺はそう思ったが、パーカーはそれを察したのか首を横に振った。

「僕は独学でやったからね、先生の研究手法についてはメレーネ君のほうがよくわかっている。正直、手伝えることがないんだ」

パーカーは溜息をつく仕草をしてみせたが、彼は息を吐かない。

「先生の手伝いはメレーネ君とリュッコ、それにカイトとラシィがいれば十分だろう。僕は暇だよ」

「そうなのか?」

俺は兄弟子の言葉を反芻し、頭の中でプランを練る。

パーカーは明かさないが、彼はどうみても富裕層か知識層の出身だ。

礼儀作法や教養が平民のそれではない。政治や経済についても師匠以上にわかっている。

そしてパーカーは俺の心を見透かしたように、こう言う。

「評議会の外交官たちは優秀だけど、君が本当に欲しい情報が何かはわかってないだろう。僕なら君が欲しいものぐらい、何でも知っているさ」

これは否定できないな。彼は俺のやり方をよく知っている。

「それにほら、僕は暗殺されないからね。何をどうしたって、もう死ねないんだから」

パーカーは生と死の枠から飛び出してしまったので、生きることも死ぬこともできない。

人類が滅びようが惑星が消滅しようが、骸骨の姿のまま、永遠の時をさまようのだ。

だから心配なんだけどな……。

とはいえ、彼は普通の外交官より頼りになる。

「わかった。お願いしてもいいか、パーカー?」

「もちろんさ!」

嬉しそうに兄弟子は笑った。

俺はアイリアと師匠にも相談した上で、パーカーを派遣部隊に紛れ込ませることが決定した。表向きは軍医ということにして、ベルーザ陸戦隊に随行させる。

現地では魔王の密使という身分で、政治工作や調査を行ってもらう予定だ。事実上、俺の代理人だ。

いざとなったら骸骨兵を大量召喚できるから、戦力としても頼りになる。

ああ、しかし心配だ。

こうしてグリズ隊長率いる二百名弱のベルーザ陸戦隊は、クウォールの港バッザに向けて出発した。

パーカーが行くことになったので、彼と親しい人魚たちも数名同行してくれるようだ。船団の哨戒任務を担当してくれるという。

しかし陸戦隊を少しでも多く安全に輸送するために、なけなしの軍船をあらかた出してしまったので、我がミラルディアには軍船がほとんどない。

入れ替わりに戻ってくる二隻の軍船は貴重な海上戦力だ。

外交官たちの帰りを待っている間に、こちらでも異変が起きた。

ある日の朝食中、不意にアイリアが席を立つ。

「アイリア?」

彼女は口元を押さえ、目だけで何かを訴えた。

「吐き気か?」

アイリアは無言でうなずくと俺に手振りで「座っていて」と示し、急いで退出する。

副侍女長のイザベルが影のように後をついていったので、たぶん大丈夫だろう。

俺はすぐに師匠を呼ぶことにした。

診察の結果は予想通りだった。

「つわりじゃな。わしは経験したことがないが、二日酔いがずっと続くような感じらしいのう」

つわりも二日酔いも経験がない師匠はよくわからないらしく、首をひねっている。

俺は二日酔いの経験があるので、あれがずっと続くのかと陰惨な気分になった。つらすぎる。

アイリアは無言でうずくまってソファに突っ伏し、ふるふる震えている。魔王の威厳は微塵もない。

日頃はあんなに清楚かつ颯爽としているのに、なんだかかわいそうだ。

しかし下手に声をかけたり、背中をさすったりしないほうが良さそうな雰囲気なので、俺はどうしていいかわからない。

「旦那様、ここは私どもにお任せください。つわりなら私も経験しておりますから」

「それにアイリア様のお世話は私どもの役目です。どうか御安心を」

育児経験を持つベテランの侍女長と、アイリアのことなら何でも知っている副侍女長が、口々にそう言ってくれた。

アイリアも青ざめながらつぶやく。

「す、すみません……公務を……お願いします……」

確かに俺はここでうろたえているよりは、仕事をしていたほうがマシだろう。

「わかった。では俺は君の公務を代行する。何かあればすぐに知らせてくれ」

「はい、旦那様」

頼もしい侍女たちに見送られ、俺は急いで執務室に向かう。背中にずしりと責任がのしかかってくるのを感じた。

もうクウォールで何が起きても、俺は現地に飛べないぞ……。

パーカーたちに期待するしかなさそうだ。

アイリアはつわりがかなりひどく、食事も睡眠も満足にできない状態が続く。

強大な魔力を持っていても、彼女は使い方をマスターしていないし、元々のベースが人間の体だ。人狼の俺や、肉体がただの飾りになっている師匠とは違う。

そんな訳で我が愛する魔王陛下は一日中臥せったまま、すり下ろしたリンゴなど食べて養生している。

死ぬんじゃないかと俺は心配で仕方ないが、つわりはこんなものらしい。人狼はつわりがとても軽いので、俺は人間のつわりがここまでひどいとは思っていなかった。

会話もつらいようで、あまり話しかけることもできない。

困った。

困ったまま、さらに数日が過ぎた。

ベルーザ太守ガーシュが陸戦隊の留守組を視察に来て、俺と茶を飲みながらニヤリと笑う。

「おお、やっぱりつわりが来たか。おいヴァイト、しばらくは言動に気をつけろよ? そっとしておいてやれ、ただし放置はするな」

「難しいな」

「難しいが、気をつけないと後々まで恨まれるからな。……俺みたいに」

いったい何があったんだ。

うなだれてないで何か言ってくれ。

ガーシュは二人の息子と末娘を育てる大先輩パパでもあり、彼からは細々とアドバイスをもらった。

「南部女はしっかりしてて気が強えからな。アイリアも芯は強そうだ。爆発したときは怖いぞ」

「そうだな……」

アイリアはミラルディア同盟がまだ健在だったときに、真っ先に同盟から離脱して魔王軍に味方した張本人だ。

ガーシュの妻は海運都市ロッツォ太守ペトーレの娘だ。教養もあり奥ゆかしい女性だが、ガーシュは完全に尻に敷かれているという。

「まああれだ、男なんてのは嫁さんの尻に敷かれてるぐらいがちょうどいいのさ!」

「ほんとか?」

「おう! お前も嫁さんの尻に敷かれてるし、ちょうどいいと思うぜ。なあに、ペトーレのクソ爺も婆さんにゃ頭が上がらねえんだ。いい歳してベタ惚れだからな!」

想像できないな……。

俺はアイリアの体調を心配しつつも、公務代行に忙殺される。

俺より優秀な人材はいくらでもいるが、俺は魔王アイリアの夫なのでみんな俺のところに書類を持ってくる。俺のサインがあれば、事実上アイリアのサインをもらったのと同じだからだ。

それはわかるんだけど、俺は法律や行政の素人なので自分が正しい判断をできているのか全く自信がない。

未決済書類の束を抱えては、あっちの組織に相談し、こっちの専門家に質問し、どうにか日々の仕事を回している。

それにしても心配なのは、クウォールの政情だ。船便でしか手紙のやりとりができないので、伝わってくる情報は最低でも一週間以上前のものだ。じれったい。

戻ってきた外交官たちからも報告を受けたが、調査能力の限界を痛感させられた。異国の地での活動には相当な苦労があったようだ。全員げっそりしており、やつれている。

彼らの忠勤をねぎらい、報奨金と春までの長期休暇を与えた後、俺は次の手を考える。

現在、沿岸諸侯たちは傭兵隊を訓練している最中だという。海上での護衛任務が中心だった傭兵たちに、隊列や長槍の訓練を実施しているようだ。

これは明らかに組織的な陸戦を想定している。

一方で、国王も直属の近衛隊を沿岸部に近い都市に駐留させている。

困惑しているのは流域諸侯たちのようで、しきりに「俺たちは関係ないから!」と双方に訴えているらしい。

気の毒に。

しかしこのままだと交易も満足にできないし、交易で派手に稼いでミラルディアを発展させるというプランに支障をきたす。

ワの国の外交官でもあるフミノからも陳情が来ている。

「我が国の和紙や絹織物、それに陶器。いずれも輸出のために人材育成と増産に力を入れておりますので、このままですと国内でだぶついてしまいます」

「こちらも既存の航路を生かして、交易の中継で稼ごうと思っていたからな。困っているところだ」

フミノは持参した餅を暖炉で焼きながら、俺に問う。

「ヴァイト殿、何とかなりませんか?」

「何とかしたいな……」

フミノはちらりと俺を見て、意味ありげに笑う。

「こちらは手の者を現地に潜伏させております。ただし兵がおりません」

俺は彼女の表情を読み、渋々答える。

「こちらは兵を少し送ったが、情報を集める者が足りない」

フミノは嬉しそうな顔をして、餅を裏返す。いい焼き色だ。

「また手を組みますか?」

「貴国には借りがある。とても大きな借りがな。断れないだろう」

「ふふ」

フミノは焼いた餅を持ってくると、醤油の小皿と共に俺の前に差し出した。

「では私どもと『餅』を分かち合いましょうか?」

「そうだな……」

どうも最近、みんな俺を乗せるのが巧いな……。