軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

追憶と母たち

323話

俺の今世の母はヴァネッサという名の人狼だ。豪快で頼もしい母上である。

そして今はもちろん、魔王アイリアの姑だ。

「人間をお嫁さんにしたのにも驚いたけど、そのお嫁さんが魔王軍の一番偉い人だったのにも驚いたねえ」

母は魔王軍の兵士ではないので、アイリアの部下ではない。魔族の民間人だ。

民間人ではあるが、変身すれば衛兵を数人まとめて投げ飛ばすぐらいはできる。

今は俺とアイリア、そして母の三人で夕食の時間だ。

アイリアはロルムンド風牛肉煮込みを食べながら、照れくさそうに笑う。

「ヴァイト殿のおかげで、魔王になれたようなものです。あの日、窓から飛び込んできたのがこの方でなければ、私は死んでいたでしょう」

なんだか照れくさいな。

あのとき割った窓ガラスは綺麗に取り替えられ……最近ではもう少し上等なガラスに交換されている。

母はにこにこ笑い、ワインをぐっと飲む。相変わらず酒強いな。

「この子は昔っから、争いごとが苦手でねえ。軍人になるって言い出したときには、ちょっとびっくりしたのよ。てっきり魔法使いになると思ってたから……」

「でも魔王軍の援助を受けられるようになっただろう?」

俺がそう言うと、母は大きくうなずいた。

「あんたが出世したおかげだね。みんな感謝してるよ」

人狼隊に参加していない人狼たちは、西の大樹海にある人狼の隠れ里でひっそりと生活している。狩りと畑仕事の生活だ。

母はしみじみと俺の顔を見つめ、ふと遠い目をする。

「あんたのその穏やかな性格、お父さんそっくりよ。あの人も人狼の癖に妙に平和的でね、喧嘩があれば飛んでいって仲裁してたわ」

でも仲裁の仕方はたぶん荒っぽかったと思う。

俺の性格は前世からあまり変わっていないはずだが、性格は亡父に似ているそうだ。口調や仕草などもそっくりだという。

もしかすると、それが縁でここに転生してきたのかも知れないな。

アイリアが俺に尋ねる。

「でもヴァイト殿は、お父様のことはご存じないのでしょう?」

「ああ、俺が一歳のときに怪我が元で死んだからな」

俺も会ってみたかった。

前世の父が家にあまりいなかったせいで、俺は父親というものがよくわからない。

俺が「理想の父親ってこんな感じかな?」と思った相手は、魔王フリーデンリヒター様だった。

もし俺が父親になる日が来たら、フリーデンリヒター様のようにやろうと思う。

ちょっとしんみりしてしまうな。

すると母が空気を読んだのか、アイリアにこんなことを言う。

「ところでこの子ったら、昔から寝ぼけると変な言葉ばかりしゃべってたけど、大丈夫?」

「えっ? は、はい……大丈夫だと思います」

アイリアは赤くなっているが、ワインのせいではないだろう。

母はよけいなことをさらにしゃべりまくる。

「思い出すわ……夏になるとね、毎晩のように寝言で『クーマー……ピモコンどこ?』とか言ってねえ」

たぶんそれはクーラーとリモコンです。

子供の頃の俺、そんなに滑舌悪かったのかな?

俺は自我と記憶を取り戻したのが三歳頃だが、その後もしばらくは思考に靄がかかったような状態でよくわからなかった。

発達中の幼児の脳ではマシンパワーが不足していたのだろう。

俺は適当にごまかす。

「おかしな言葉をしゃべるのは、他の子も同じだっただろ? ニーベルトのヤツなんか、『がーが』と『あ・ぇ・ぇ』しか言わなかったし」

前者は兄のガーベルトのことで、後者は……なんだろう全然わからない。

でもあいつ、ガーベルトにメチャクチャかわいがられてたんだよな。

いいなあ、兄弟。

嫁姑関係がどうなるか俺は心配していたが、今のところ大丈夫そうだ。母が豪快かつ楽天的な性格で助かった。

もちろんアイリアの人柄が素晴らしいおかげでもある。

やれやれ助かった。

この二人が嫁姑バトルを始めたら、太守の館が半壊してしまう。

食後もしばらく三人で歓談する。

母はアイリアが焼いたパウンドケーキを食べながら、安堵の笑みを浮かべた。

「このリューンハイトにも人狼の街が作られるみたいだし、本当にありがたいことだね」

人狼隊とその家族のために、新市街には人狼向けの区画が作られた。

別名「人狼通り」。狭い区画に肉屋が三軒あるという、実にそれらしい仕様になっている。買った肉はその場で焼いて食べられる。

「母さんはリューンハイトに越してこないのか? 里のみんなも呼び寄せたいんだが」

「うーん、そうねえ……」

母はチラリとアイリアを見て、こう答える。

「実はね、まだ当分は隠れ里を守っておこうと思ってたんだよ。人間たちとうまくいかなかったら、あんたたちも里に戻ってくることになるでしょ?」

俺や人狼隊は人間と接してきたが、里に残ったみんなは違う。人間に対する警戒心が強い。

どうやら俺は母をかなり心配させていたようだ。

しかし母は笑う。

「ま、リューンハイトの太守が魔王になったからには、もう大丈夫だろうけどね」

するとアイリアが胸に手を当て、真面目な顔でうなずいた。

「はい、魔王としてお約束します。リューンハイトの法を守る限り、私はどのような魔族でも歓迎し、安住を保証します」

そう、今のリューンハイトは本当の意味で魔族が安心して暮らせる街になった。

なんせ今の魔王はリューンハイトの現太守だ。人間側からの圧倒的な支持がある。

そしてその魔王は、歴代魔王と同じぐらい魔族を大事にしてくれている。

俺やフリーデンリヒター様が望んでいた社会が、完全な形で実現したのだ。

母はアイリアをじっと見つめていたが、優しい笑顔になってうなずいた。

「うちのぼんやりした息子と結婚してくれるぐらい優しい人なら、人狼も安心して暮らせるね。ちょうど収穫も終わったし、芋を担いでみんなで引っ越そうかね」

「ああ、もう魔物や飢えを恐れなくてもいいんだ。ここなら人狼にできる仕事はいくらでもある」

ウォッド爺さんやメアリ婆さんを見ればわかるように、人狼は変身できる限り生涯現役の戦士だ。

力仕事も得意だし、優れた嗅覚も様々な仕事に活用できる。

景気のいいリューンハイトならどうとでもなるだろう。

人狼だけでなく、犬人や竜人もリューンハイトに移住してきている。ごく少数だが、巨人や鬼もいた。

近日中にあの茸人もやってくるし、ますますにぎやかになるだろう。

そうそう、茸人のことを師匠に相談しておかないと。

翌日、俺は師匠とお茶を飲みながら話をしていた。

「茸人が墓地を掘り返さないように、しっかり言い聞かせないといけませんよね」

「うむ、そうじゃな」

茸人は生物の死骸を神聖なものとし、その命が永遠に続いていくよう祈って死骸を菌床にする。木でも動物でも魔族でもお構いなしだ。

彼らにしてみれば敬意に満ちた供養のつもりなのだが、あれをリューンハイトでやられるとまずい。

「リューンハイトの法律を守るよう、もう一度念を押しておくかのう」

師匠がそう言ってくれたので、俺は安堵する。

俺たちは茸人族の試練を突破しているので、彼らは俺たちの言うことを聞いてくれる。

後は大学の話もしておくか。

「どうです、教官たちの育成は」

太守のコネを通じて様々な分野の専門家を集めてきたのだが、彼らの多くは集団授業をしたことがない。教え方は素人同然だ。

俺が尋ねると、師匠は即座に首を横に振った。

「ダメじゃ。もう全然ダメじゃ。教授法がなっておらぬ」

「やっぱりそうですか」

予想通りだったので俺が嘆息すると、師匠は堰を切ったようにまくし立て始めた。

「あやつらは教える対象が変われば教授法も変わることを理解しておらぬし、何のために教えるのかという目的意識もないのじゃよ」

「ああ、師匠がこだわってるところですね」

師匠は弟子の知識レベルや興味、得手不得手、集中力がどれぐらい続くか、などといったことを常に観察している。

その上で最も良い教え方を考えるのだ。

前世なら一般的な教え方だが、こちらの世界では画期的といってもいい。

さらに師匠は「この授業を通して弟子にどういった力を身につけさせるのか、その力は何の役に立つのか」ということも考えている。

俺も前世で教育実習に行ったけど、これはよく言われたな。

師匠の教授法がいかに時代を先取りしているものか、よくわかるというものだ。大賢者の名は伊達ではない。

俺も師匠に教えてもらえたから、魔法が使えるようになったのだと思う。

なんせ俺は物覚えが悪い。

「師匠の指導方法は先進的ですからね。だからこそ優秀な弟子が大勢いるんですけど」

「学者にとって教え方は重要じゃ。知識や技術は伝えてこそ価値があるからのう。世代を超えて受け継がれるから学問は発展するんじゃよ」

師匠は大学の教官たちが気にくわないらしく、ほっぺたを膨らませてぷんすか怒っている。

でも彼らを責めるのは酷というものだ。

「俺も同感なので、教授法の指導もよろしくお願いします。師匠の教授法も、伝えてこそ価値があるんですから」

「むう……」

師匠はイスの上であぐらをかき、足首をつかんでテーブルに前のめりになる。やることがいちいち子供っぽい。

帽子がテーブルに当たってくしゃりと折れ曲がったところで、師匠は言った。

「おぬしの言う通りじゃ」

大賢者なのに妙に素直なんだよな。

いや、だからこそ大賢者なのだろう。

大学の開校まではまだだいぶ時間がある。一期生となるリューニエは、まだロッツォで経営学と商法を学んでいるところだ。

その他の一期生はシャティナにフィルニール、太守たちの子弟に魔族の若手士官など。

ミラルディアの社会が大きく、そして近代的になればなるほど、やるべきことは増えて複雑になる。

優れた人材が国を支えるようになれば、俺も楽ができるはずだ。

そんなことを考えていると、師匠がふと思い出したように俺に言う。

「おぬしも交渉術の教官として予定しておる。準備しておくのじゃぞ」

「俺ですか!?」

「ほれ、前に魔王軍の将兵相手に人間学の講義をしとったじゃろ。あれはなかなか良かったからのう」

グダグダだったと思うんですが……。

しかし師匠は弟子自慢モードに入ったようで、お茶を飲みながらにこにこしている。

「おぬしは人間も魔族も関係なしに、どんどん味方に引き込んでしまう。殺し合った敵でさえ味方にできるのじゃからな。その交渉術も、伝えてこそ価値がある。そうじゃろう?」

しまった、思わぬところで墓穴を掘ってしまった。

「しかし師匠、俺の交渉方法は人狼の力あってのものなので……」

「そこを工夫して誰でも使えるようにするのが、教官の務めであろう。魔王の副官じきじきの教授となれば、学生たちも喜ぶじゃろうな」

「……わかりました」

こんなに簡単に言い負かされてるヤツの交渉術なんか、本当に役に立つのかな……。