軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大魔王モヴィちゃん(仮)

311話

魔王アイリアが放った魔力の光は、リューンハイトだけでなくミラルディア全土に波及した。

後で聞いた話だが、北端の都市ドラウライトやクラウヘンでも、「光の雪」が観測されたという。

もしかすると北壁山脈の向こう側にも降ったかもしれないな。

そして一夜明けて、俺は後始末に追われていた。

「昨夜の顛末については以上だ」

俺が説明した内容にふむふむとうなずいたのは、我が副官のカイトだ。

彼は頭の中で素早く情報を整理すると、それをわかりやすい構成と文章に直してスラスラ書き始めた。

速いし達筆だ。おまけにレイアウトも見やすい。

カイトは猛烈な勢いで報告書を作成しながら、全く違うことを口にした。

「ヴァイトさんの指示で、さっきアイリア様の魔力をもう一度測定してきました」

「どうだった?」

「俺の魔力を一とすると、アイリア様の魔力はやっぱり八百以上あります」

まだだいぶあるな……。

カイトは別に魔術師として貧弱なのではない。これが人間の魔力の相場だ。

カイトは魔力消費の少ない探知魔法の専門家なので、この魔力で何の不都合もない。

なお人狼は人間の数倍の魔力を持つが、今のアイリアは人狼隊全員の魔力より多くの魔力を持っていることになる。

魔撃銃をぶっ放せば大砲みたいな威力になるだろうな。

だが俺はホッとした。

アソンの秘宝に蓄えられていた魔力は、カイト換算で数百万人分、俺換算で数十万人分だった。

だからアイリアは持っていた魔力のほとんど全てを放出してしまったとみていい。もう超越者ではない。

まだ十分に恐ろしい魔力を持ってはいるが、この世界の魔力の均衡を崩すほどではないから、勇者は現れないだろう。たぶん。

「そういえば、今の俺はどれぐらいだ?」

するとカイトは俺をチラリと見て、またすぐに書類の作成に戻る。

「俺の千倍ですね。ほぼぴったり千倍です」

どうやら俺も相当な量の魔力を吸収してしまったらしい。というか俺のほうが多いのか。体質の問題かな。

この魔力で加速術を使えば、たぶん亜音速までいけるだろう。

「俺やアイリアの魔力が元に戻るのか、それともこのまま定着してしまうのか、どっちなんだろうな……」

「俺は探知術師ですから、測定以外は責任持てませんよ」

カイトがそっけない口調なのは、頭の中で文章を組み立てて、それを凄い勢いで書き込んでいるからだ。

よくこんな複雑な並列作業ができるな。

脳の構造からして俺なんかとは全然違うようだ。

俺は自分とアイリアが今後どうなるのか心配だったが、それよりも先にやるべきことがあった。

まずは評議会での事情説明。

それから協定違反に関して、ワの国に事情説明と補償の交渉。

ロルムンドにも一応、ドラウライトの秘宝がどうなったか連絡したほうがいいだろう。

考えるだけで気が重い。

そこにアイリアが入ってきた。

「ヴァイト殿、避難していた市民は全て自宅に帰還できました。下水道と道路の復旧工事もすでに始まっています」

「ありがとう、アイリア殿」

仕事中なので敬称をつけておく。

そしてお互いに微笑み、しばらく見つめ合う。

アイリアの笑顔がとても心地良い。

するとカイトが書きかけの書類を手にして立ち上がる。

「ヴァイトさん、別室で書いてきていいですか?」

「え? あ、うん」

俺は彼がドアの向こうに消えた後で、彼の配慮に気付いた。

いや、あれはたぶん「こんな雰囲気で仕事なんかやってられるか」という無言の抗議ではないだろうか。

悪いことをした。

ちゃんと仕事しよう。

そう思ったとき、執務室に空間の歪みが生まれた。

「ただいま戻ったぞ」

ふわりと宙に浮かぶ、ちっちゃな人影。

師匠、いや魔王ゴモヴィロア陛下だ。

「おかえりなさい、師匠」

「魔王陛下、お帰りなさいませ」

「うむ、遅くなってすまぬの。ようやく茸人族との交渉がまとまったぞ」

師匠は床に舞い降りると、俺の前に歩いてきた。

「ヴァイトよ、今回の騒動を無事に収めてくれたこと、魔王として礼を言うぞ」

「いえ、解決方法がちょっと政治的に問題がありまして……」

俺は内政や外交に疎い師匠に、事情をかいつまんで説明する。

その上で俺は、評議員を辞職したいという意向を伝えた。

すると師匠は溜息をつき、俺にこう言った。

「何も辞めることはあるまいに。どうせ今のままでは負い目を感じるから、処罰してもらってさっさと綺麗な身になりたいのじゃろう?」

「ええまあ……」

さすが師匠、俺の性格をよく知っている。

「評議員の資格は評議会が決めることじゃ。評議会に打診するがよい。わしは関与せぬ」

そして師匠はコホンと咳払いをして、厳かに告げた。

「しかし、わしには魔王軍の人事権がある。ヴァイト、わしは魔王としてそなたに命ずる」

「なんでしょうか?」

師匠は真面目な顔で言った。

「ヴァイトよ。近日中にわしの副官の任を解く。これは恒久的な措置じゃ」

「師匠!? それは……」

思わず叫んでしまったが、今は師匠じゃなかった。魔王陛下だ。

確かに処罰は求めていたが、これは俺にとって大ダメージだった。

俺はひっそりと誰かを支えるのが好きだ。

どうせ支えるなら、最も責任ある人を支えたい。

だから魔王の副官を務めてきたのだ。

師匠から離れるのは絶対に嫌だ。

しかし師匠はにっこり笑った。

「なに、案ずるでない。おぬしは今後も『魔王の副官』じゃよ」

「意味がわかりませんが……」

いや、俺は何となく理解した。

すると師匠は楽しげに告げる。

「今後はアイリア・リュッテ・アインドルフを第三代魔王とし、評議会議長として魔王軍およびミラルディアの統治を委ねることとする」

「陛下!?」

ずっと黙っていたアイリアが、びっくりしたように叫ぶ。

まあそうだよな。

俺もびっくりした。

すると師匠は苦笑して、手をひらひら振った。

「元よりミラルディアの十七都市は、全て人間が建設したもの。人間が治めるのが道理であろう。アイリアが魔王になったとしても、今さら魔族を追い出したりはすまい?」

確かにそれは今さらないだろう。

魔族はミラルディアにとって重要な労働人口になりつつある。

「で、師匠はどうなさるんですか?」

「新たに『大魔王』を名乗るつもりじゃよ。先王様より偉そうな身分で申し訳ないが、譲位後の王が新王の補佐を務めるのはよくある話での」

「ああ、大御所ですか……」

実態としては今とあまり変わらないことになる。

「大魔王モヴィちゃんとして、末永く愛されるよう努力するつもりじゃよ」

だからその愛称は絶対普及しないって。

しかしちょっと待てよ。

「それで俺が引き続き魔王の副官というのは、つまり……?」

「うむ。おぬしは新魔王アイリアの副官として、末永く公務を補佐してやるがよい」

「えっ!?」

これはもしかして、師匠なりに粋な計らいをしたつもりなのだろうか。

いや、そうに違いない。

だって今、あんなに誇らしげな顔をしてるんだから。

なにあのドヤ顔。

「どうじゃ? わしもなかなかに年の功であろう?」

「はあ……ええと、はい」

どうやら仕事の内容は今とあまり変わらないようなので、俺はおとなしく師の言葉に従うことにした。

「では大魔王様、俺は新魔王アイリア陛下の副官として誠心誠意職務に精励いたします」

「うむうむ、よろしく頼むぞ」

ちらりと振り返ると、アイリアがまだびっくりしていた。

「私が魔王ですか!?」

「そうじゃよ。もう人も魔族も関係ない。人が魔族の頂点に立っても構わんじゃろう。そういう世の中にしたいのじゃよ」

「ですが、魔族のみなさんは納得するでしょうか?」

すると師匠は俺を指さした。

「こやつが何とかするでの。心配はいらぬ」

「ちょっと師匠!?」

「初代魔王から副官を務めておった男じゃ、こやつが副官としてついておれば、皆も納得するじゃろう。納得せんヤツは構わんから叩きのめせ」

これだから魔族は。

こうして俺は魔王の副官をクビになり、また魔王の副官に就任したのだった。

師匠から新魔王アイリアへの副官プレゼント、ともいえる。

しかしこんな重要事項、いくら魔王でも一存で決めてもらっては困るぞ。

「師匠、その話は評議会に通してるんですか?」

「今やっと西の大樹海から戻ってきたところじゃぞ。そんなはずがなかろう」

「ダメですよ師匠!? そんな勝手なことしちゃ!」

「うるさいのう。そういうのは副官であるおぬしの仕事じゃ。皆に言い含めておくのじゃぞ。わしの副官としての最後の仕事じゃ」

本当に無茶振りが大好きだな、うちの師匠。

俺は師匠を諫めようとしたが、アイリアが微笑んだので黙った。

「ヴァイト殿、魔王陛下のお考えは正しいと思います。未熟な魔王ですが、どうか支えてはいただけませんか?」

「アイリア、あなたは魔王になるつもりか?」

「はい。もれなく優秀な副官がついてくるそうですから」

確かに約束したけど。

あれは超越者としての魔王の話で、統治者としての魔王の話じゃないぞ。ややこしいけど。

「誠心誠意、人と魔族の幸せのために職務を全うしたいと思います。よろしくお願いします、ヴァイト殿」

「う、うむ……」

どうしようこれ。

そこに師匠が追い打ちをかける。

「ヴァイトよ、年貢の納めどきじゃ。観念してアイリアに尽くすのじゃよ」

ああもう。

わかった、わかったよ。

俺は溜息をつき、そしてアイリアに頭を下げる。

「誠心誠意、あなたを補佐することを誓おう」

「ありがとうございます」

アイリアはにっこり笑った。

そんな彼女に、師匠が満足げに声をかける。

「よかったのう、アイリア」

「はい、これも魔王陛下のおかげです。ありがとうございます」

「不肖の弟子じゃが、根は本当に優しい男じゃからの。……いや、今さら言うまでもなかったのう」

「いえ、そんな……」

照れるアイリアと上機嫌の師匠。

俺はそれをしばらくぼんやり見つめていたが、黙って頭を掻いた。

今まで以上に頑張ろう。