軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「怨嗟の濁流」

298話「怨嗟の濁流」

このようなことは許されない。

私は正統なる血筋に連なる元老だ。

ミラルディア同盟を守る指導者である。

それなのに、あの異国の女狐め。

私をこともあろうか追放し、このような目に遭わせるとは。

許せぬ。

絶対に許せぬ。

滅ぼしてやる。

裏切り者どもも皆殺しだ。

兵も民も滅ぼしてやる。

街も全てだ。

そして正しい国を作り直すのだ。

忠良なる者、裏切ることもなく考えることもなく休むこともない者たちだけが住まう、正しい国を。

カイトの急報は、ただちにアイリアに伝えられた。

「カイト殿、よく御無事で……あなたの報せのおかげで、奇襲を受けずに済みました」

アイリアは衛兵隊と魔王軍、それに駐留しているベルーザ陸戦隊に召集をかけた後、カイトを見る。

カイトは必死に顔を隠していたが、ぽろぽろ泣いていた。

「ちくしょう……騎士のおっさんたちが……俺たちを守って……ゾンビに……」

アイリアは同情したが、彼女には務めがある。

戦死者をゾンビ化して自軍に取り込む力があるとすれば、野戦など絶対に許可できない。籠城戦以外の選択肢はなかった。

アイリアは防衛戦の準備と交易路の警戒、それに旅人の避難誘導を指示してから、カイトに声をかける。

「特務騎士の方々は、責任を果たされました。彼らはミラルディアの誇り、もっとも名誉ある騎士たちです」

指揮官としては統率力や戦術眼で見劣りのした彼らだが、騎士としての誇りは間違いなく本物だった。

アイリアは慎重に言葉を選び、カイトを慰める。

「彼らは自分の命と引き替えに、私たちに生き残る機会を与えてくれたのです。無駄にしてはなりません」

カイトは顔をごしごしこすって、力強くうなずく。

「アイリア様の仰るとおりです。次は、次は何をすればいいですか?」

そのときアイリアは、不和の荒野で街を建設中のウォーロイのことを思い出した。

「ウォーロイ殿の加勢に向かってください。あの街はまだ周辺に砦もなく、襲撃を察知する手段がありません。あなたの探知術が必要です」

「わかりました。俺に任せてください」

カイトは立ち上がると、アイリアに一礼する。

アイリアは心配になり、彼に忠告しておくことにした。

「決して無理をしてはいけませんよ。必要なら逃げてください。骸骨兵から逃げるだけなら、そう難しいことではないのですから」

「はい、命は粗末にしません」

カイトはうなずき、こう続ける。

「死んだらヴァイトさんの副官、できなくなりますから」

「……ええと、そうですね。その通りですよ」

この人はちょっと、ヴァイト殿のことが好きすぎるのではないだろうか。

そう思うアイリアだった。

骸骨兵が最初の街に到達する頃には、ミラルディアの十七都市全てに急報が伝わっていた。

全ての街が臨戦態勢を敷き、城門を堅く閉ざす。衛兵隊や自警団が二十四時間体制で都市周辺を警戒した。

最初に骸骨兵の大群に襲われたのは、城塞都市ウォーンガングだった。

かつてエレオラはここで元老たちを裁き、追放した経緯がある。

「やっぱり来たか」

ウォーンガング太守ドネーヴァは、小さく溜息をついた。

「戦仕事がこの街の務めとはいえ、こうも襲撃されまくると少し頭に来るな……」

彼のぼやきに、騎士や側近たちが苦笑する。

「そう嘆きなさるな、ドネーヴァ卿。私どもがついております。どうか御安心を」

「それに城門を再建した甲斐がありましたよ。前より立派にしておいて正解でしたね」

この状況で笑顔が出てくる彼らの頼もしさに、ドネーヴァも少し勇気づけられる。

「それもそうですね。何よりここで我々が踏ん張れば、他の街への貢献にもなります。ウォーンガングの勇名を轟かせ、そして……」

「そして?」

側近が首を傾げたので、ドネーヴァは豪快に笑う。

「次の黒狼卿劇の舞台にしてもらいましょう」

「そいつはいい考えです!」

一同がどっと笑い、そして眼下を見下ろす。

城壁の真下にまで、骸骨兵たちがひしめいていた。剣や槍を振り回して、城壁を虚しく叩いている。

「どこの誰だか知らんが、そんなものでこの街を落とせると思うなよ。あの皇女のときは、こんなものじゃなかったからな」

騎士団長の一人がそうつぶやき、部下に命じる。

「煮えた油をありったけ持ってこい。それと火矢もな。ハウマンたちの仇だ、思い知らせてやる」

「はっ!」

最初の夜を、城塞都市ウォーンガングは鉄壁の守りで持ちこたえた。

骸骨兵の大群は、ウォーンガング以外の都市にも出現していた。

古都ヴェストにも骸骨兵の軍勢が迫りつつあるとの報が、斥候隊から届いていた。

「まずいな」

ヴェストの衛兵隊長がつぶやくと、若い副官が首を傾げる。

「いかがなさいました? 敵は歩兵のみ、攻城兵器はないそうです。いかにヴェストの城壁が古いとはいえ、歩兵の進入を許すほどではありませんよ」

すると衛兵隊長は首を横に振った。

「防ぐだけならいいが、相手は疲れを知らない亡者の軍勢だ。包囲されてしまったら、我々はどうなる?」

「それは……まあ、十日足らずで食料がなくなりますが……」

籠城戦の備えができている城塞都市ウォーンガングとは異なり、政治の場である古都ヴェストには非常食の備蓄は少ない。それに自前の食料生産も乏しい。

周辺の都市から孤立してしまうと、長期間は持ちこたえられない。

そこに物見の兵が駆け込んでくる。

「大変です! 南側から接近する軍勢があります! 騎兵五百!」

「南側から? 騎兵?」

ボルツ鉱山はヴェストの東だし、確認されている骸骨兵は全て歩兵だ。

どうやら骸骨兵ではないらしい。

慌てて飛び出した一同に、遙か彼方に翻る軍旗が見えた。

「魔王軍だ」

「援軍……だろうな?」

北部同盟に所属していたヴェストの衛兵隊としては、魔王軍はどうしても味方というイメージが湧かない。

接近してくるのは人馬兵たちのようだ。物見の兵が騎兵と見間違えたのもわかる。

その人馬兵の中でひときわ脚の速い者が一人、ヴェストの城門前に到達した。

「かいもん、かいもーん! 工業都市トゥバーンから、籠城戦用の補給物資を持ってきたよ! 開けて、早くしないとガイコツが来るよ!」

見れば、人馬族の女の子だ。

「人馬族は、あんな小娘まで軍に加えているのか」

「野蛮な……やはり魔族だな」

そんなことを言い合っていた衛兵たちだが、彼女の次の言葉を聞いて度肝を抜かれる。

「あ、忘れてた! ボクは魔王軍の『烈走』のフィルニール! あとトゥバーンの太守で、評議員だよ! 開けてってばー!」

「なっ!?」

「本物か!?」

「トゥバーン太守が人馬族の巫女だというのは聞いているが……」

「だが太守御自ら、いらしたというのか!? 我々の救援のために!?」

魔族だろうが何だろうが、太守は太守だ。衛兵たちが太守の権威に逆らうことは決して許されない。

「おい城門を開け! 急げ! 失礼があってはいかん!」

「種族に関係なく、丁重にお出迎えしろ! 古都ヴェストの名誉に関わるぞ!」

ばたばたと慌ただしく走り回りながら、衛兵たちは驚きを隠せない様子で語り合う。

「トゥバーンだって防戦準備があるだろうに、太守が自らヴェストのために……」

「しかも連中は魔族だぞ? 信じられん……」

「だが事実だ。どうやら魔王軍という連中、俺たちが思っているのとは少し違うようだな」

ヴェストの南門が開かれ、トゥバーンからの救援物資が運び込まれる。後続の荷車隊が大量に到着した頃には、東側から骸骨兵の大群が接近しつつあった。

フィルニールは槍をふりかざし、部下たちに命じる。

「交戦は厳禁! あんなのと戦っても武勲にならないし、やられたらゾンビにされちゃうらしいからね! さあ帰って、ボクたちも防戦の準備だ!」

「おう!」

たくましい男の人馬兵たちが雄叫びをあげ、蹄を鳴らしながら怒濤のように去っていく。

ヴェスト兵はそれを唖然として見送るだけだ。

「……行っちまったな」

「ああ、別に恩着せがましくする訳でもなく、なんだかこう……なんなんだ、あれは」

北部民には、奔放なフィルニールの性格がよく理解できない。

ただこれで、骸骨兵に包囲されてもそれほど心配しなくても良くなったのは確かだ。

「魔族に……あと南部の連中に、借りができちまったな」

「そうだな」

ぼんやりしている衛兵たちに、隊長が号令を下す。

「来たぞ! 総員配置につけ! 一兵たりとも通すな! これでヴェストが陥落したら、我ら衛兵隊は末代までの笑いものになるぞ!」

「は、ははっ!」

城壁に上がった衛兵たちが見た光景は、異様なものだった。

骸骨兵の大群はひしめきあい、濁流のように広野に広がっていく。

「何万……いや、何十万いるんだ……」

「敵に攻城兵器があったら、ひとたまりもなかったぞ……」

古都ヴェストを包囲した亡者の群れは、一部がさらに各地へと移動を開始していく。

城壁の上からそれを見下ろしながら、誰かがつぶやいた。

「まるで濁流だ……」

屍の濁流は尽きることなく、その数を増しつつあった。