軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ただの副官(後編)

295話

俺はユヒト大司祭との話の後、執務室でぼんやりしていた。

みんな俺に期待してくれているようだが、今のミラルディアで俺にできることはもうあんまりなさそうだ。

俺は政治にしても軍事にしてもアマチュアで、本当の意味での知識や能力がある訳ではない。

動乱の時代はひとまず終わったから、当分は俺の出る幕なんかないぞ。

そう思っていると、師匠がふわふわ浮かびながら入室してきた。

「これヴァイトよ、暇そうじゃな」

「師匠ほど暇じゃありませんよ」

俺は冗談っぽく言ってみたが、師匠はふくれっ面をする。

「わしはわしなりに、人と魔族の安寧を模索しておるのじゃぞ。まったくフリーデンリヒターめ、自分から言い出しておいて先に逝ってしまいおって」

先王様が師匠を顧問として迎え入れたのが、魔王軍の始まりだ。

言い出した張本人に先立たれ、師匠も苦労している。

俺は態度を改め、師匠に歩み寄った。

「何か御用ですか、師匠?」

「うむ、実は少しばかり留守にしようかと思っての」

ミラルディアの支配者が何を言ってるんだ。

「師匠、最高責任者が不在じゃまずいでしょう」

「おぬしに言われとうないのう」

「どういう意味ですか」

師匠はふわりと宙を舞い、俺の目の前に着地する。

「西の大樹海のことが、前々から気になっておっての。ほれ、魔物が多いじゃろう?」

「それはそうですね」

俺たち人狼も、人間社会から追われた後はずっと西の大樹海で暮らしていた。

ただあそこ、魔物が多いんだよな。人狼だからなんとか生活できたが、それでもあそこは危険すぎる。今は魔王軍の支援があるので、なんとかなっているという程度だ。

師匠は地図を広げながら、俺を見上げた。

「おぬしたちの活躍のおかげで、北と東の国境については心配なさそうじゃ。南静海についても、今のところ問題はない。となるとやはり、次は西の大樹海じゃの」

「そこは人間じゃどうしようもないですからね。魔物が強すぎます」

あそこは軍勢を展開するには狭すぎるし、ミラルディア人が使う武器や戦術の大半は対人用だ。魔物相手だと少し不安が残る。

「そこで、わし自らがちと調査をしておこうと思ってのう。……なに、これも魔王としての務め、民の安寧を願うがゆえじゃ」

ははーん。なるほどな。

「つまり、大樹海の生態系や、新種の魔物を調査したいという学術的探求心ではないと?」

「う、うむ」

俺が問いつめた瞬間、師匠はサッと目をそらした。

「師匠、俺の目を見て言えますか?」

「これ、よさぬか。独り身の女にそのようなことを強要するでない」

見た目は子供だし、中身はおばあちゃんじゃないですか。

直接言うと失礼なので言わないけど、ツッコミたくて仕方ない。

師匠は咳払いをして、やけに言い訳がましい口調でこう言った。

「わしは転移魔法が使えるでの、大樹海の奥に迷い込んでも安全に戻ってこれるのじゃよ。それに大半の魔物は脅威にもならぬ。それに大樹海の調査は昔からコツコツやっておるでの」

「まあそうですけど……」

すると師匠は俺をチラリと見上げ、悪戯っ子のような笑顔を見せた。

「ということでおぬし、わしの護衛と補佐をせぬか?」

「師匠のお手伝いですか? 確かに一人ぐらいは必要ですね」

師匠の転移魔法で一緒に飛べるのは、せいぜい一人だ。とびきり強いヤツがいい。

俺は魔王軍でもかなり強い部類に入るだろう。

というか一番強い面々がみんな戦死してしまったので、もう俺ぐらいしか残っていない。

「おぬしは魔術師でもあるからの。知識も豊富じゃし、わしの補佐としては申し分ない」

「恐縮です」

実は俺も、大樹海に興味があった。

この世界の一般的な燃料は木だ。

そして一般的な資材も木だ。あと石。

とにかく木がたくさん必要になる。

今のところミラルディアの木材消費は緩やかだが、今のペースで街が発展していけば必ず木材不足になる。

これは竜人の技官たちの試算でも裏付けられている。

リューンハイトにも近くに森はあるが、魔都の発展に伴って今もどんどん面積が減っている。いずれは消滅してしまうだろう。

だが我々には、無限にも等しい巨大な森林地帯がある。

魔物だらけだが。

「燃料や資材の供給のためにも、大樹海を何とかしたいんですよね」

「そうじゃな。どれほどの広さがあり、どのようにして木を伐り、運ぶか。調べねばなるまい」

「ただ師匠、俺は評議員の仕事が……」

すると師匠は小さく溜息をつき、杖でトントンと自身の肩を叩く。

「おぬしが今、窮屈な思いをしておることは知っておる。英雄ともてはやされ、その期待を背負って緊張しておるのであろう?」

「なぜそれを」

フッと笑う師匠。

「わしはおぬしの教師じゃ。生徒のことは常に観察しておる。何に興味を持ち、何を好み、何を苦手としておるか、おおよそは把握しておるつもりじゃよ」

「……恐れ入りました」

やっぱり師匠は師匠だ。かなわないな。

師匠はふわりと浮かび上がり、俺の眼前に顔を近づけてくる。

「ここでの務めは、他の者に任せればよい。魔族と人との協調路線は、しっかりと軌道に乗っておる。アイリア卿やユヒト大司祭をはじめ、人間側にも大勢の協力者がおるからの」

「師匠がそんな政治の話をするなんて珍しいですね」

「わしとて学究の徒、森羅万象を日々勉強しておる。まあ、受け売りじゃがの」

受け売りって、誰のだ。

「これアイリア、今のような理解でおおむね良いのであろう?」

「はい、陛下」

入ってきたのは男装の美女、リューンハイトの魔人公閣下だった。

なるほど、アイリアに教えてもらったのか。

彼女は師匠に頭を下げ、それから俺を見た。

「魔都の統治は私が務めておりますし、評議会にはメレーネ殿とフィルニール殿もおられます。魔族と人の調和は、我々にお任せください」

「いや、しかし……」

「それとも、私が信用できませんか?」

ちょっと拗ねたような表情をされたので、俺は慌ててそれを否定する。

「馬鹿を言うな、貴殿ほど信頼できる人間がいるものか」

その瞬間、アイリアの表情が目に見えて明るくなった。

俺は急いで言葉を続ける。

「魔王軍がここまでうまく人と付き合えているのも、全ては貴殿の力だろう? 貴殿は魔族の大恩人だ」

真摯に語ったつもりなのに、なんだかアイリアの表情が暗くなった気がする。

すると上空で師匠がつぶやいた。

「おぬし、本当に全然まったくもって、いかんともしがたく、つくづくダメじゃのう……」

「そこまで念入りに何がダメなんですか?」

しかし師匠は俺を完全に無視して、なぜかアイリアに頭を下げる。

「すまぬ、アイリアよ。わしの落ち度でもある。わし自身、人付き合いが大の苦手での」

なんで謝ってるの?

俺、ちゃんとアイリアへの信頼をアピールしたよ?

一方、アイリアは困ったような笑みを浮かべて、首を横に振る。

「いえ、陛下。今のヴァイト殿の言葉だけでも十分嬉しいです」

「本当にすまんのう……これを機に少しばかりこやつを鍛え直すゆえ、勘弁してくれぬか」

「ありがとうございます、陛下。よろしくお願いいたします」

なんで俺が悪いみたいな流れになってるんだよ。

俺はアイリアに向かって一歩踏み出すと、彼女の目を見て真剣な顔で訴えた。

「俺は今までに出会った人間たちの中で、貴殿のような人物は他に見たことがない。その……うまく言えないのだが」

いかん、早速グダグダになってきた。

どうして俺はこんなに口下手なんだ。そのせいでしょっちゅう怖がられてるし。

確かにこれは改めたほうがいい。

俺はもう一歩踏み出すと、自分の胸に手を当てて告げた。

「俺は貴殿に出会えた幸運に感謝している。あのとき最初に攻略を命じられたのが、貴殿の治めるリューンハイトで良かった」

うまく伝わっただろうか?

アイリアの顔がみるみるうちに赤くなる。

恥じらうアイリアの顔は、いつみてもかわいい。

ただ俺は前世で、とてもつらい思い出がある。

六年のときに同じクラスだった、なっちゃん。

てっきり俺のこと好きだと思ってたんですが、その節は大変失礼いたしました。

あれから俺はだいぶ用心深くなったので、つらい経験はしていません。

人間の感情は複雑だ。論理の積み重ねではない部分が大きい。

ビジネスの交渉みたいなのはわかりやすいんだが、プライベートのつきあいとなると、もうさっぱりわからない。

アイリアは魔王軍にとって最大のパートナーでもあるし、何かあれば魔族と人間の協調路線にも影響する。

だから慎重にいこう。

アイリアは俺をじっと見ていたが、やがて何かを言いかける。

だがそれを言葉にすることはなく、口を閉ざした。

そして俺を見上げ、少し無理して明るく笑ってみせた。

「ヴァイト殿は、いつも私を困らせてばかりですね。私の部屋の窓を破って飛び込んできた日から、ずっとですよ?」

「いや、その……申し訳ない」

俺はみんなの期待が怖くて逃げ出す卑怯者だ。がっかりされるのが死ぬほど怖い。

そう考えると俺は、この名声にしがみついているのかもしれない。自分の実力でもないのに、浅ましい話だ。

それなのにアイリアは俺に優しく笑ってくれる。

「今に始まったことではありませんから、心配なさることはありません。後のことはお任せください。あなたの無事な帰りだけをお待ちしております」

「アイリア殿……」

俺は感謝の言葉を伝えようとしたが、アイリアはにっこり笑って一礼した。

「見送りは私と一部の者だけでいたします。大事にならないよう手配してきますので、ひとまず失礼しますね」

声をかける間もなく、立ち去ってしまったアイリア。

閉ざされたドアをぼんやり見て、俺は言いようのない罪悪感に苛まれていた。

すると頭上で師匠がつぶやく。

「いつまでもこの安寧が続くと思うでないぞ、愛弟子よ」

「わかっています。アイリアのためにも、しっかり調査します」

師匠は空中で寝そべり、しみじみと溜息をついた。

「そういう話ではないのじゃが……おぬし、本当に仕事のことしか頭にないのか?」

「そんなこともないと思いますけど……」

これでも前世よりは、ずっと気楽にやってるんですよ。

こうして俺は「魔王陛下と腹心の副官による極秘調査」ということで、ひっそりと魔都リューンハイトを出立したのだった。

街道を外れ、西の大樹海へと続く荒野を歩く俺たち。

「アイリア殿が、里帰りもしてこいって言ってましたね」

「うむ、よく気がつく娘じゃ。公私にわたって大事にするのじゃぞ」

「はい、もちろん」

横を歩く師匠は俺を見上げて、ふと苦笑する。

「さすがのおぬしも、異種族との関わりは苦労しておるようじゃの」

いえ、彼女は同族です。種族に関わらず、他者との関わりは難しい。

すると師匠は、こんなことを言い出した。

「わしが最初に先王様、つまりはフリーデンリヒターめに初めて会ったときの話はしたかの?」

「戴冠式のときに聞きました。いきなり押しかけてきたんでしょう?」

「うむ、もうしつこくてのう。サンコノレイとか言って」

「いや、だから聞きましたって」

年寄りは同じ話を何回もするから困る。

師匠は目を細め、帽子のつばを持って空を見上げる。

「しかしあやつは異種族ではあったが、紛れもなく人の心を持っておった。それゆえ次第に、わしも魔族と関わってみようかと思ったのじゃよ」

先王様も師匠と同族ですよ。元は人間だから。

でもその誤解のおかげで今に至っている訳で、さすがは先王様と言わざるを得ない。

ナイスです先王様。

上機嫌でてくてく歩いている師匠に、俺は声をかける。

「師匠。先王様との思い出話、もっと聞かせてくれませんか? ほら、他の竜人氏族との争いを収めた話とか」

「ああうむ、それならまだおぬしに聞かせていなかった話がある。ええと、あれは赤鱗氏族と蒼鱗氏族の……」

ああ、いいなあ。

久々にのんびりしてる。懐かしい時間だ。

ぼんやりしていると、いつの間にか師匠が俺を見ていた。

「これ、ちゃんと聞いておるのか? ここからが盛り上がるところなんじゃよ。どうした?」

「あ、はい。……あの、師匠」

すると師匠は何かに気づいたのか表情を和らげ、にこりと微笑む。

「なんじゃな、ヴァイトよ?」

俺はちょっと照れながら、師匠に言った。

「魔王の副官で良かったと、しみじみと幸せを噛みしめていました」

「うむ、そうであろう」

しばし無言で笑い合い、俺たちはまた歩きだす。

「それでええと、どこまで話したかの?」

「調停の席で、バルツェ殿が盛大にやらかしたところです」

「ああ、うむ。今でこそ笑い話じゃが、あのときはもうダメかと思ったのう。なんせ……」

師匠の楽しげな声が、晴れ渡った青空に吸い込まれていく。

俺は本当に運がいい。何もかもが恵まれている。

この幸運は大事にしないとな。

人狼への転生に改めて感謝しながら、俺は青空を見上げた。