作品タイトル不明
田植えと南静海同盟
292話
アソンの秘宝については、ミラルディアから輸送チームが派遣されることになった。俺はそれを迎えるため、しばらくワの国に留まることになる。
外交官としての仕事は、アイリアが凄い勢いで片づけてくれているので、俺はウォーロイと一緒になってワの国を満喫していた。
だがウォーロイは着流し姿で街をぶらぶらしていても、とにかくモテる。
「あのお兄さん、かっこいいね」
「ほんに、涼しげな男振りで……」
「凛としてらっしゃるのに、優しげなお顔ですねえ」
「そこがまたいいのよね」
なんだこのモテっぷり。別にうらやましくはないが、不公平だ。
俺は長身のウォーロイを軽く見上げて、溜息をついた。
「貴殿と一緒だと、どうも落ち着かないな」
「ん?……いや、あれは貴殿のことを言っているのだぞ?」
「まさか」
ウォーロイは体格もいいし、堂々としてる。顔はいかついが、笑顔が似合う男前だ。
それに気品と威厳がある。
おまけに本物の王子様ときた。
あんまり横に並ばれたくないな。
とはいえウォーロイから目を離すとすぐに「ヌエ退治だ」とか「道場巡りをしよう」とか言い出すので、俺は人狼隊と共に彼を見張っている。
カイトによれば、こいつは行く先々でトラブルに首を突っ込んでは全部解決してしまうという。
「ウォーロイ。そろそろミラルディアに帰国して、不和の荒野に新しい街を作ってくれないか?」
「まあそう言うなヴァイト。む? この酒はやけに香りがいいが、何でできている?」
「米だ」
帰ってくれないかな……。
そうこうするうちに、ミラルディアから秘宝輸送チームが派遣されてきた。
「お久しぶりです、ヴァイト殿」
俺の前に整列したのは、魔王軍の頭脳集団である竜火工兵隊だ。先頭に立っているのは、もちろんクルツェ技官だ。
「魔王陛下より技官長の役職を新設して頂き、初代技官長を拝命いたしました」
「出世されて何よりだ」
彼は先王様からも信頼されていた優秀な人物なので、もっと凄い役職名をつけてあげたい。例えば、そう「技術総監」とかどうだろうか?
帰ったら師匠に相談してみよう。
てきぱきと部下に指示を出すクルツェ技官長を見ながら、そんなことを思う俺だった。
でも彼の場合、地位なんか別にどうでもいいんだろうな……。
アソンの秘宝は厳重に梱包され、リュッコが用意した魔力遮断木箱に封印される。
「物理的には乱暴に扱ってもいいけど、箱の周りで探知以外の魔法を使うヤツがいたらブン殴ってでも止めてくれ。魔力が干渉するからな!」
それを聞いたクルツェがメモを取りながら、真顔でリュッコに尋ねた。
「了解しました。では『箱の周り』の距離的な定義をお願いします」
「あん?」
首を傾げ、不思議そうな顔をするリュッコ。
「あー……うん、そうだな。アンタの身長分ぐらいかな?」
「竜人の単位で、およそ四カガンですね。円形の範囲でよろしいですか? 高さはどうしましょうか? 球形、それとも円筒形の空間として処理しますか?」
「あぁ……そうだな。ええとあれだ、だいたいでいいぜ」
職人と技術者の会話っぽくて、聞いていて面白い。
兎人のリュッコと竜人のクルツェが真顔で相談しているのを見ると、なんだか鳥獣戯画みたいだ。
リュッコのおおざっぱな指示を丁寧な手順書に作り直したクルツェ技官長は、後の作業を部下たちに委ねた。
「ヴァイト殿、輸送用の梱包作業および人員の配置が完了しました。命令を頂き次第、本国に輸送します」
「ありがとう。そのときはよろしく頼む……いや、よろしくお願いします、クルツェ殿」
技官長ということは彼も魔王軍の将になっているはずだし、敬語を使っても問題ないだろう。
そして俺たちは、アソンの秘宝を近くの村まで慎重に輸送する。
もうすぐアイリアがワとの同盟交渉をまとめてくれるので、それが済んだらみんなで帰国する予定だ。
俺とウォーロイ、それにクルツェ技官長という珍しい顔ぶれで、農家の縁側を借りて茶を飲む。
「ヴァイト、貴殿は交渉に参加しなくていいのか?」
「アイリア殿がうまくやってくれているのでな。俺のような素人など必要ないだろう」
交易都市の太守として英才教育を受けてきたアイリアは、そこらへんの小娘とは違う。経済や貿易のプロだ。
だから俺はここでのんびりと、よもぎ団子を食べていればいい。
縁側から一望できる水田では、ちょうど田植えの真っ最中だ。
ワの農民たちが太鼓をトンテン叩きながら、水田に入って苗を植えている。
「米の栽培は、ずいぶんと手間がかかるのだな」
ウォーロイがほうじ茶を飲みがらつぶやき、ふと首を傾げた。
「あのかごのような筒は何だ?」
農民の一人が田植えチームに先行して、筒のようなものを転がしている。筒は格子状になっていた。俺にもなんだかわからない。
するとクルツェ技官長が長い首を伸ばして、それをじっと見つめる。
農業は素人のはずだが、聡明な彼はたちまち道具の用途を見抜いた。
「地面に印を刻む道具のようですね」
よもぎ団子をパクリと食べて、ウォーロイがさらに問う。
「印か。何のためにだろうな?」
ああ、それなら知ってるぞ。
俺はちょっと得意になって、こう答えた。
「苗を植える最適な間隔を、あれで決めているのだよ。稲が最も良く育つ間隔は決まっている」
それを聞いたウォーロイが、ぎょっとしたような顔をして俺を振り向いた。
「まさか彼らは、その間隔通りに一本ずつ苗を植えていくのか!?」
「そうとも」
凄いだろう。
俺も前世で田植え体験したことがあるけど、結構大変だったぞ。
ウォーロイは田植えの光景に視線を戻し、溜息をつく。
「なんという緻密な作業だ……宮殿の庭園を作っているのとは違うのだぞ?」
「大変な作業だが、米は手間をかけたぶんだけ収穫が増えるからな。皆必死なのだよ」
「なるほど」
ウォーロイは力強くうなずき、そして着流しの裾をはしょって立ち上がる。
「おーい、ワの民よ! どれだけ役に立てるかわからんが、俺にも手伝わせてくれ! 茶の礼だ!」
言葉が通じないので、ワの農民たちがなんだなんだと顔を見合わせている。
俺は慌てて立ち上がった。
「おいよせ、貴殿は仮にも皇子だろう?」
するとウォーロイは俺を振り返り、子供のように無邪気にニコッと笑った。
「俺はこれから、ミラルディアで街を作ろうとしているのだ。もっと泥にまみれ、汗をかかねばならん。さあ通訳してくれ」
「おいおい」
俺は手にしていたよもぎ団子を急いで食べると、全てを諦めて立ち上がった。
そしてワの農民たちに、こう説明する。
「私の友人が、あなた方の農作業に感心したそうだ。ぜひ手伝わせて欲しいと言っているが、どうだろうか?」
「ちゃんと通訳しているか、ヴァイト?」
「ああ……一応な」
すると農作業中の若い娘たちが数人、ウォーロイのところにやってきた。みんなウォーロイを見て頬を染め、照れくさそうにしている。
ほらみろ、やっぱりモテモテなのはお前じゃないか。
早乙女姿の少女たちは、俺に質問してきた。
「こちらの勇ましい殿方が、田植えをなさるのですか?」
「ああ、ミラルディアで開拓地の指導者になる大事な人物でな。名をウォーロイという。農作業は素人だが、学ばせて欲しいと言っている」
「まあ……」
見た目の威圧感に反して謙虚でひたむきな態度が、少女たちの心を直撃したらしい。彼女たちがますます赤くなる。
「ではこちらにどうぞ。お召し物も用意いたしますので」
「ああ、忙しいだろうに申し訳ない……」
ほらみろ、迷惑になってるじゃないか。
おまけに村の若い男たちが遠くから、「あの外国から来たイケメン野郎、村の娘のハートを奪いやがって」といわんばかりに怖い顔をしている。
俺はもう知らないからな。
すると俺の目の前に、農作業用の着物がスッと差し出された。
「どうぞ、ヴァイト様」
なぜ俺まで?
「あの、ウォーロイ様とは言葉が通じませんから……」
「ああ、そうだな……」
しょうがない、久々に田植え体験をまたやるか。
俺は溜息をつきながら、ウォーロイと共に水田に向かって歩き出した。
田植えの後、泥まみれになった俺たちは近くの川で水浴びをしていたが、そこにクルツェ技官長がやってくる。
「ヴァイト殿、ウォーロイ殿、すぐにお戻りください。アイリア殿の働きにより、ワ国との間に『南静海同盟』が成立しました」
「おお、そいつは何よりだ」
川からざぶりと揚がったウォーロイが半裸のまま、屈託のない笑みを浮かべた。
ミラルディア南岸から風紋砂漠、そしてワの国へと広がっている「南静海」。
今回締結された「南静海同盟」は、領海の設定や貿易、海難救助など幅広い内容を含んだ二国間の協定だ。
細かい条件を考えて交渉するのは俺には無理なので、全権大使でもあるアイリアにお願いした。難しいことは専門家に任せるのが一番だ。
これでミラルディアも潤うし、ワの国も発展するに違いない。
そして俺もようやく、リューンハイトに帰れるぞ。
みんなで多聞院に挨拶して帰ろう。