軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

糖蜜酒の宴

268話

ワの国には、「観星衆」と呼ばれる多聞院直属の集団がいる。占星術師と忍者が合体したような集団で、ワの国で情報収集を担当しているらしい。

フミノはこの観星衆の一員ということだった。

「私の身分は秘密ではありませんので、明かしても問題はないのですが……事情を知る者からは警戒されてしまいますので」

涼しげな表情と口調でそう話すフミノだが、さっきの爆笑っぷりが目に焼き付いているので俺のほうが吹き出しそうになる。

「ヴァイト殿?」

「なんでもない。それを知ったところで貴殿への態度を変えたりはしない。安心してくれ」

態度について悩んでいるのは、俺が笑いそうになることぐらいだ。

「むしろ貴殿が正直に話してくれたおかげで、俺は貴殿のことを少し信用してみたくなった」

「まことですか?」

冷静なふうを装ってはいるが、フミノの目がキラキラしている。

俺は彼女にこう言った。

「ワの国とは砂漠を隔てているとはいえ、航路もある隣国同士だ。できれば交流を深め、相互の利益を図りたい。フミノ殿は外交官としての権限をお持ちかな?」

「はい。多聞院の文官として、ある程度の権限は有しております」

具体的にどれぐらいの権限を持っているかは、彼女は明らかにしなかった。

だがワの国とのパイプ役にはなりそうだ。

俺は急いで企みを巡らし、彼女に告げる。

「これは評議会の承認を得てからの話になるが、俺がワの国に赴いて今後の相談をしたい」

「ヴァイト殿直々に、ですか?」

フミノは少し驚いている様子だったが、俺はもともと評議会では外回りの雑用係だ。太守じゃないからな。

俺はそのことを教えてやろうと、フミノに笑いかける。

「なに、先日まではロ……」

「ロ?」

「なんでもない」

「ミラルディアの評議員がロルムンドで政治工作を行い、親ミラルディア派の皇女を帝位に就けた」というのは、よく考えたら重大な国家機密だ。

他国の者に教える訳にはいかないな。

「いや、先日もロッツォの太守ペトーレ殿と少し相談していたのだよ」

「はい?」

「ロッツォとワの国との交易が活発になれば、ミラルディア全体が豊かになるだろうとな」

うまくごまかせただろうか。

フミノは俺をじっと見つめていたが、小さくうなずいた。

「ロッツォですか」

「ロッツォです」

しばらく無言で見つめ合う俺たち。

「ロルムンドではなく、ロッツォですね?」

「ロルムンドではなく、ロッツォです」

バレてるじゃないか。

どうするんだよこれ。

フミノは俺を見つめて、にこっと笑った。

「では本国にはそのように報告しますので、なにとぞよしなに」

「あ、はい」

ロルムンドの件は詮索しないでおいてやるから、そのぶん便宜を計れということらしい。

ただの笑い上戸忍者巫女かと思っていたが、やっぱりなかなか手強いぞ。さすがに諜報員だけのことはある。

俺は小さく咳払いをしてから、フミノに申し渡す。

「近日中に評議会を開くので、フミノ殿はそれまでリューンハイトに滞在なされよ。宿舎は手配させていただく」

「これは御丁寧に……」

とても日本人的な仕草でお辞儀をするフミノ。

やはりワの国そのものに、転生者の秘密がありそうだ。

「あと、個人的に貴殿には色々と教えて頂きたいことがある。新市街にベルーザ料理の店があるので、旨い飯でも食わせて口を割らせようと思う」

フッと自信ありげに笑うフミノ。

「このフミノ、腐っても観星の一門です。そう簡単には口を割りませんよ?」

「ふふ、そう言っていられるのも今のうちだ」

山や森の幸を使ったベルーザ料理の恐ろしさ、味わわせてくれよう。

その日の夜。

「あのクソ上司がーっ!」

テーブルをバンバン叩きながら、ミホシ・フミノは絶叫していた。

「聞いてくださいませ、ヴァイト殿! アイリア殿!」

酔いが回って完全に据わった目に、俺とアイリアは身動きがとれない。

同席しているファーンお姉ちゃんやマオも、若干引き気味に酔いどれ巫女を見上げていた。

「私だって、か弱い女の子ですよ!? 単身で他国の調査など無茶でしょう! そうでしょう! そうと言ってくださいませ!」

「あ、はい。無茶です」

「無茶ですね」

俺とアイリアは即答する。

ふと見ると、マオたちがそそくさと隣のテーブルに移動を開始していた。

評議員の危機だぞ。

こういうときに助けに来ないでどうする。

ぐでぐでに酔っぱらったフミノは、大陸直輸入の糖蜜酒を水みたいに飲み干して、ジョッキをテーブルに叩きつける。オイル煮や串焼きの皿が軽く躍った。

「でもね、上司もいい人なのですよ!『多聞院は多くを聞くことが務め。聞かねば何も語れぬ。フミノよ、多くを聞いて参れ』と! どうです、立派でしょう!」

「あ、はい。立派です」

「為政者としては大事なことですね」

俺が知りたいのは、ワの国がどれぐらい前世とつながりがあるかなんだが……。

そのうちフミノはアイリアに標的を定めて、ねちっこく絡み始めた。

「ときにアイリア殿は、ヴァイト殿とどういう御関係なのですか?」

「えっ?」

「アイリア殿がヴァイト殿に向ける視線が、ときどき非常に気になるのですが……」

「い、いえ、そんな話は別にしなくても良いでしょう!?」

茹でたカニみたいに真っ赤になっているアイリア。

アイリアには悪いが、俺は今のうちにマオから話を聞く。

「おいマオ、多聞院というのは信用できるのか?」

「ムカつくぐらい信用できますよ。禁薬の取引を厳しく取り締まるなど、ワの国をきちんと治めていますから」

そういえばお前、知らないうちに密輸の手先にされて国外逃亡したんだったな。

多聞院が元老院みたいな汚職集団だったら訪問する価値もないが、きちんとした機関ならやはり挨拶しておくべきだろう。

ただこの機関、雇っている諜報員がポンコツすぎる気がするが……。

いや、待てよ。

俺はフミノを「少し酔いを覚ましたほうがいい」と言って、バルコニーに連れ出した。

「ヴァイト殿、ふらふら歩かないでくださいませ」

「ふらふら歩いているのは貴殿だ」

ふらつきながらついてくるフミノ。

無人のバルコニーに出たところで、俺はフミノに問いかけた。

「ここなら誰も見てはいないだろう。酔いは覚めたかな?」

その瞬間、フミノはスッと背筋を伸ばすと、俺を見上げて真顔で答えた。

「元よりそれほど酔ってはおりません」

「そのようだな」

今のフミノは完全に素面で、さっきまでのへべれけ具合は微塵も感じられない。

場に合わせて、酔っているふりをしていただけのようだ。

「さすがに他国の要人との酒席で、酔って正体を失うほど愚か者ではございません。そのような策はおやめくださいませ」

「いや、酔い潰そうと思った訳ではないのだがな」

たぶん彼女、俺のことを少し誤解している。

「俺はワの国の風物や習慣について、教えて欲しかっただけだ。あくまでも私人としての立場でな。それゆえ食事で歓待しただけで、他意はない」

「そうでしたか……これは失礼いたしました」

フミノは謝罪して、夜風に流れる髪を押さえた。

「ワの国は良いところですよ。水は清らかで木々は豊か、秋には稲穂が黄金色にたなびく……そういう土地です」

「素晴らしい」

前世のことはだいたい忘れたつもりだったが、想像したらなんか泣けてきた。

「ぜひ一度、ワの国を訪問してみたい。政治や外交の話はもちろんだが、個人的にも興味が尽きない」

フミノは俺の顔をまじまじと見つめていたが、やがて微笑みながら俺にお辞儀をした。

「ヴァイト殿、ぜひ一度ワの国にお越しくださいませ。きっとお気に召すと思います」

「ああ、そうしよう。評議会は俺が説得する」

「ありがとうございます」

フミノはクスッと笑った。

「それと先ほど酒席で申し上げたことは、全て事実にございます。多少酔ったふりはいたしましたが、人狼であるヴァイト殿の前で嘘は申せませんから」

「なるほど、道理でわからなかった訳だ」

「それに……」

「それに?」

フミノは照れたように笑う。

「国元では猫を被っておりますので、酔ってはしゃぐのはなかなかに楽しゅうございました。戻って続けてもよろしいでしょうか?」

「どうぞどうぞ」

でもアイリアには優しくしてあげてください。

その数日後、評議会でワの国に交易を求める使者を送ることが正式に決定した。

俺が名乗り出たのはいうまでもない。