軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黒狼卿の贖罪

265話

俺がリューンハイトの土を踏んだのは、夏至祭の翌日だった。

「間に合わなかった……」

城門前では市民たちが、屋台や篝火など、昨日の祭りの後片付けをしている。

そしてその市民たちの前に、リューンハイト太守にして魔人公アイリア様が衛兵隊と共に整列していた。

出迎えに来ているとは思わなかった。

せめて心の準備をさせてくれ。

「ヴァイト殿、おかえりなさい」

アイリアは満面の笑顔で、俺に歩み寄ってくる。

怒りの感情が全く感じられないのが、俺を落ち着かない気分にさせる。

アイリアは穏やかな口調で、俺の手を握る。

「大変なお役目でしたが、御無事で何よりでした。お疲れさまです」

周囲に市民の目もあるので、私的な約束の話はできない。

俺は努めて冷静さを保ち、真顔でうなずく。

「出迎え恐縮です、アイリア殿。リューンハイトに異状はありませんか?」

「はい、こちらは平穏そのもので、昨夜は夏至祭で大変に賑わい……」

そこまで言い掛けて、アイリアはハッとしたように慌てて話題を変えた。

「ええと、立ち話もなんですから、ひとまず館へお戻りください。お疲れでしょう。人狼隊の皆さんも荷を降ろして休憩を。軽食とベッドを用意しています」

リューンハイトでは「黒狼卿帰還」の報せがあっという間に広まり、旧市街に入る頃には俺は大勢の市民に見守られていた。

「ヴァイトさん、おかえりなさい!」

「また武勇伝増やしてきたんですって?」

「リューンハイトばんざーい!」

交易都市特有のごちゃまぜ感あふれる歓呼を受けて、俺は馬上から手を振ってみせる。

たぶんこれ、昨日のお祭りの余韻だな。

館に戻った俺は、アイリアの執務室でくつろぎながら報告を済ませる。

「ということで、ロルムンドの政情は落ち着いたといえるだろう。新帝エレオラもしばらくは国内の安定化に忙しいから、ミラルディア再侵攻は難しいだろうな」

そもそもエレオラが健在な限り、ミラルディアは安泰だろう。

彼女がもし再びミラルディアに手出ししてくるとすれば、たぶん軍事ではなく経済や文化面のはずだ。

仕事の話を急いで済ませてから、俺は即座に謝罪モードに突入する。

「ところでアイリア殿」

「はい、なんでしょうか?」

ティーポットから紅茶を注ぎながら、ふと首を傾げるアイリア。

俺は彼女に頭を下げた。

「夏至祭までには帰ると約束しておいて、約束を破ってしまって申し訳ない」

とたんにアイリアが慌てる。

「い、いえ、そんなふうに頭を下げないでください!? むしろ私が謝らなければならないのですから」

「約束を破られた貴殿が、なんで謝らなければならないんだ」

「それは、そのですね……」

困ったような顔をして、顔を赤らめてうつむいているアイリア。

彼女はしばらく迷っていたが、ぽつりとこう答えた。

「公務で異国におられる方に、あのような約束をさせてしまった私が悪いのです。あなたの優しさに甘えてしまって……」

「いや、それでも約束は約束だ。約束を守らなかったお詫びに、何でも言うことを聞こう」

そういう約束だったからな。

しかしアイリアは首を横に振って、それも拒否した。

「いえ、私が悪いのですから。ヴァイト殿にこれ以上、何かを望む訳にはいきません」

「構わない。むしろ何か言ってくれたほうが気持ちが楽だ」

なんか埋め合わせをさせてください。

それなのにアイリアは決して受け入れようとはしない。

「いいのですよ。こうして無事にお戻りになられたことが、何よりも嬉しいのですから。ゆっくりくつろいでくださいね」

「いや、しかしだな……」

何でもいいよ?

魔王軍や評議会に迷惑はかけられないが、俺個人でできることなら何でもするよ?

だから何か頼んでくれよ。

しかしアイリアは話題を変えてしまう。

「パーカー殿やマオ殿の姿が見あたりませんが、まだお戻りになられていないのですか?」

「ああ、トゥバーンからこちらに向かっている最中だ。人狼隊は変身して途中まで走ってきた」

そのまま城壁を飛び越えて帰還したかったが、もう夜は明けていたし、なにより立場的に具合が悪い。

アイリアもそれは察してくれたようで、小さくうなずいた。

「責任ある立場の者は、常に落ち着いていなければなりませんからね。慌てていては、皆が何事かと思いますから」

「ああ、そうなんだ……」

本当は採掘都市クラウヘンから人狼化して走ってきたかった。

そうすればたぶん間に合ったと思うんだが、変な噂が立ちそうなのであきらめた。

みんなを不用意にびっくりさせる訳にはいかない。

だがそれはつまり、約束を守れたのに守らなかったということでもある。

公私の優先順位からいえば仕方ないとはいえ、やはり責任を感じてしまう。

「とにかく約束を破ったのは間違いないのだから、俺に償いの機会を与えてはくれないか?」

「いえいえ、ふふふ」

妙に嬉しそうなアイリアだ。

そうこうするうちに、後続のマオたちもリューンハイトに戻ってきた。

「随行員を置いていかないでくださいよ、ヴァイト様」

「約束に間に合うかどうかの瀬戸際だったからな」

「間に合うはずがないから諦めろって、何度も言いましたよね?」

距離と速度を計算すれば、間に合わないのはわかっていたけどさ。

とにかく早く謝りたかったんだよ。

マオ、パーカー、それにリュッコは、工業都市トゥバーンから人馬兵たちに護衛されながら帰ってきた。

それに当然のような顔をして、トゥバーン太守のフィルニールもくっついてきていた。

「センパイ、おつかれさま! 間に合わなかったね!」

「嬉しそうに言うな」

「でもボクに乗れば、間に合ってたかもしれないよ?」

「いや無理だろ、トゥバーンに着いたのが昨日の真夜中だぞ」

ロルムンドでの仕事、かなり無理をして予定を前倒しにしたんだけどなあ。

「ロルムンドでどいつもこいつも反乱ばっかり起こすから、無駄に時間を使った……」

「人間ってそんなに反乱好きなの?」

「いや、好きでやってる訳じゃないと思うが」

あんな寒くて不便な土地で大勢暮らしてたら、色々あるだろうな。

ミラルディアでよかった。

しばらくすると師匠も戻ってきて、杖で小さな肩をトントンと叩いてみせる。

「やれやれ、行き違いになってしまってすまぬ。わしが本職の転移術師ならもう少しうまくやれたのじゃが、なんせ転移に時間がかかるでのう……」

「今のミラルディアに師匠以上の転移術の使い手はいませんよ。お手数をかけて申し訳ありません」

聞けば俺を出迎えるために北端のクラウヘンまで来てくれたそうで、せっかくの好意を無駄にしてしまった。

「そうそう、おぬしを探す途中でウォーロイ殿に会ったぞ。城塞都市ウォーンガングにおった」

「まだ旅してるんですか」

水戸黄門みたいだな。

師匠は微笑みながらうなずき、こう続ける。

「ウォーンガング名物の武闘大会に飛び入り参加して、騎兵部門で優勝したそうじゃよ」

「何やってるんですか、あの御仁は」

「わしが見たときには、優勝賞金を全部使って観客に大盤振る舞いしておる最中での。皆楽しそうじゃったよ」

行く先々でなんかやらかしてるな、あいつ。

アイリアはそんな会話をにこにこして聞いていたが、やはり内心では俺に対して思うところがあるような気がする。

目を合わせると、なぜかアイリアは困ったような微笑みを浮かべていた。

何を考えているんだろう?

しかし本当に、彼女に何か埋め合わせをしたいな。

「アイリア殿」

「あ、はい、何ですか?」

慌てたような声のアイリアに、俺は尋ねる。

「しつこいようだが、やはり何か埋め合わせをさせてくれ」

「いえ、悪いのは私ですから……」

「そう言わずに、俺の気持ちを楽にするためだと思って、何か頼んでくれないか? 何でもいいぞ」

俺が執拗に言うと、アイリアはかなり迷った末に微笑んでみせた。

「では、少し考える時間をいただけませんか? 普段からヴァイト殿には大変良くしていただいているので、すぐには思いつかないのです」

「そうか……わかった」

どうやら埋め合わせはさせてもらえそうなので、ちょっと安心した。

アイリアは俺を上目遣いに、ちらっと見る。

「本当に『何でも』ですか?」

「ああ。俺の立場で許される範囲なら、どんなことでもしよう」

職権濫用はできないが、俺個人の財布でできることなら何でもいい。

工芸都市ヴィエラでドレスを特注してもいいし、ロルムンドからマオが持ち帰った貴重な宝石でもいい。

いや、漁業都市ロッツォで夜の海を眺めながらの豪華ディナーとかどうだろうか。

俺の言葉が効いたのか、アイリアは嬉しそうに笑う。

「ではじっくり考えて、うんとワガママを言わせて頂きますね」

「それは楽しみだな」

彼女がどんなお願いを言ってくるのか、実はかなり興味がある。なんせ清廉を絵に描いたような人だからな。

ところでさっきから、アイリアから「嘘をついているときの匂い」がするんだが……。

俺は少し気になったが、その直後に留守中の書類仕事が大挙して攻めてきたので防戦に追われることになった。

俺の認可待ちの案件や最重要機密の報告書など、誰かに任せられない書類ばかりだったので、俺はペンを片手にサインしまくる。

アイリアのお願いが何になるのかも気になったが、それも忙しさの中に埋もれていった。