軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「エレオラ戦記・終章」

263話(エレオラ戦記・終章)

私はしばらくの間、彼が去った方向をじっと見つめていた。

この国には問題が山積みだ。

農業問題、地方間の格差や対立、身分制度、宗教問題、まだまだある。

いずれも解決の糸口が見えてきてはいるが、少しでも油断すればたちまち戦乱の火種となるだろう。

それでも今までは、あの男がいてくれた。

彼がいてくれれば何とかなるという安心感が、私に力を与えてくれていたように思える。

問題はこれからだ。

ここまでお膳立てしてもらった以上、何とかしなくてはな。

だがまあ、どうにかなるだろう。

私が背後を振り返ると、そこには魔撃大隊のボルシュ副官やナタリア、それに帝室人狼隊のマーシャたちがいる。

ここにはいないが、帝都にはクシュマー枢機卿やザナワー大司祭がいる。

北ロルムンドにはレコーミャ卿たち。東ロルムンドには伯父のカストニエフ卿や従兄弟たちがいる。

これだけの味方がいれば、私でも何とかできるはずだ。

「姫様……じゃなくて陛下?」

「エレオラ様、どうされました?」

ナタリアとマーシャが、ほぼ同時に顔をのぞき込んでくる。二人の額がごつんとぶつかり、彼女たちは顔を見合わせた。

「急に危ないでしょう?」

「そっちこそ」

どうやら私には、感傷に浸る暇もないらしい。

「二人とも、私を案じてくれたのだな。心配させてすまない」

とたんに二人は私のほうを見て、嬉しそうな顔をする。

「いえ、陛下の腹心として当然のことです」

「人狼の未来のためにも、エレオラ様には元気でいただかないとね」

そうだな。

ここからが正念場だ。

あれこれ悩んでいる暇などない。

そのとき人狼たちの長、ボルカが音もなく現れた。前に一度、挨拶に来たことがある。

「なんだいなんだい、もう行っちまったのかい?」

彼女が担いでいるのは、どうやら肉の塊のようだ。

「道中食べてもらおうと思って、鹿肉を薫製にしてきたんだけどね。ちょいと遅かったようだねえ」

「ああ、今しがた発った。追えば会えるだろう」

私はそう言うと、彼からもらった書を開いた。パラパラとめくっただけで、これが非常に高度な技術書であることがわかった。聞いたこともないような概念や理論が、図解や表で詳しく説明されている。

「ふむ……」

コメという穀物の栽培方法など、ロルムンドでどう役立てるか悩ましいものもかなりあったが、この書物はおそらくロルムンド繁栄の礎となるだろう。

ボルカは私を見て、不思議そうな顔をしている。

「もしかして、あいつを引き留めなかったのかい?」

「ああ。彼には彼の立場がある。引き留められんよ。……それに」

私は書物を閉じ、頭を掻いてみせた。

「余計なことをして、彼に嫌われたくない」

とたんにボルカが笑い出す。

「ふっははは! なるほどねえ」

ボルカはひとしきり笑った後、帝室人狼隊の少女たちに薫製肉の塊を放り投げた。

「わわっ!?」

「ボルカ婆ちゃん、どしたの!?」

「持っておいき。陛下に差し上げるんだよ」

ボルカはそう言って、私のほうに向き直る。

「で、オリガニア朝とやらは、どうやって続けていくんだい?」

「さあな。妹が結婚すれば続くだろうが、血縁でなくとも良い後継者は見つけられるだろう」

「それじゃ帝国の歴史が終わっちまうよ?」

ボルカが驚くが、私は笑う。

「臣民を飢えや戦から守る力さえあれば、貴殿たち人狼が皇帝となっても良いのだぞ?」

あの男も優しすぎることを除けば、なかなかに皇帝の器だと思うのだがな。

少々惜しいことをしたか。

この言葉にはボルカもあきれたらしく、口を半開きにしてぽかんとする。

しかしすぐに愉快そうに体を揺らして笑った。

「そいつもいいけど、今はアンタの作る国が見てみたいよ! うちの若いもんを遠慮なく使っておくれ!」

「ありがとう。遠慮なく使わせてもらうぞ」

やるべきことは多い。

まずは農業問題の解決だ。意欲の低い農奴に頼る今の仕組みでは、生産効率が悪い。

それに技術的な問題もある。土壌の調査から河川の工事まで、やるべきことは無数にあった。

だがこれで食糧問題が解決すれば、飢えを原因とする反乱は起きなくなるだろう。

幸か不幸か多すぎた貴族もずいぶん減り、私の目が届く領地もかなり増えた。

何かを始めるには良い頃合いだ。

そこに魔撃大隊のレンコフ小隊長が駆け込んできた。

「陛下、帝都より急報です!」

「どうした?」

「アシュレイ様からの連絡で、トスキン侯爵に謀反の動きありとのことです! 陛下の留守中を狙い、アシュレイ様を擁立せんと画策している模様!」

「ノーデグラート会戦で失態を晒しただけでは飽き足りなかったとみえるな」

私の留守、それにミラルディア勢の帰国を好機と判断し、挙兵するつもりのようだ。

せっかく爵位と領地を安堵されたのに、わざわざ捨てに来るとはな。確かに彼はここ最近冷遇されているが、敗戦の責任を考えれば当然だろう。

まったく愚かな話だ。

私はあの男ほど優しくはないぞ。

軽く溜息をつき、私は彼からもらった書物を魔撃書へと持ち替える。

私に従っている貴族たちの大半は日和見連中だ。敵とも味方ともいえない。手綱を取るには、常に危うさがつきまとう。

だからこそ、私に逆らうとどうなるかは教えておく必要がある。

「ちょうどいい、レコーミャ卿たちにくれてやる領地が不足していたところだ。西ロルムンドの領地を押さえておくのも悪くないな」

整列した部下たちを前に、私はサーベルを抜く。

「反乱を未然に防ぐため、トスキン侯爵の身柄を拘束する! そののち、彼の企みにアシュレイ殿が関わっておらず、トスキン侯爵に大義なきことを国中に布告せよ! アシュレイ殿に迷惑はかけられぬ」

「ははっ!」

するとボルカがちらりと私を見た。

「ちょいと頭数を集めようかね?」

「頼む。謀反の阻止には人狼の力が必要だ」

「任せときな。じゃあ帝都で」

そう言ったかと思うと、彼女の姿はもう消えていた。

人狼の力は頼もしい。

あの男もいてくれればさらに安心なのだが、そう甘えてばかりもいられない。

それに今の私には、頼れる仲間が大勢いる。これ以上欲張ると天罰が下るだろう。

私はマントを翻し、愛馬にまたがる。

「挙兵を未然に防げば、無用な流血は避けられる。行くぞ!」

見ていろ、ヴァイト。

私はお前なんかいなくても平気だからな。