軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夜明け前の闇に

260話

俺は廊下に出て歩き始めたが、そのときドアのひとつに「シュメニフスキー伯」というプレートを発見する。

俺が決闘でぶっ飛ばした、あの鮮血伯爵だな。

ドアをノックして開けてみたが、もちろん誰もいなかった。使われた形跡もない。

「隊長、どしたの?」

「なんだ大将?」

モンザとジェリクが俺の隙間からヒョイと室内を覗き込んできたので、俺はジェリクの顎を肩に乗せて、モンザの頭を小脇に挟んだまま説明する。

「俺が決闘で倒したヤツが、書類上ではここにいるんだ。本人はとっくに死んでるんだけどな」

「あは、おもしろいね」

面白いかな?

シュメニフスキー鮮血伯を始末したドニエスク公は、すでに亡くなっている。シュメニフスキー伯爵も故人だが、書類上ではまだ存命だ。

歴史的には、シュメニフスキー伯のほうが後に亡くなったことになるな。

空っぽの部屋を眺めていると、なんだか不思議な気分だった。

そのとき俺は背後に気配を感じて、ジェリクの顎を肩に乗せたままつぶやく。

「そういう近づき方をするな。部下が警戒する」

すると物陰から、スッと二人の若者が現れた。

さっき見た、執事風の若い男たちだ。確か吸血鬼らしいな。

吸血鬼も人狼同様に人間を襲う魔族だから、人間に忍び寄る技術には長けている。

もちろん人狼には通用しない。

吸血鬼の片方が俺を見て、軽く一礼した。

「シャリエ殿への温情、かたじけなく思います」

「我々はミラルディアの魔王軍だ。魔族の生存圏確立を目的としている。シャリエ殿はそういう意味ではむしろ味方だった。それだけだ」

あとついでに言えば、ロルムンドの魔族をエレオラの部下にしたいという思惑もあるが、こっちは黙っておく。

もう片方の吸血鬼が俺を見て、少し挑むような口調で言う。

「俺たちはボリシェヴィキ公の命令があれば、貴族たちを襲って吸血鬼化し、再び戦乱を起こすつもりだった。もし貴殿が約束を違えるようなら……」

「よせ、やめろトゥーカ」

「しかしトゥーラ……」

トゥーラと呼ばれた吸血鬼は首を横に振り、トゥーカと呼んだ吸血鬼を制止する。

それから俺を見て、頭を下げた。

「申し訳ありません。弟はボリシェヴィキ公に心酔していまして」

俺は笑って手を振った。

「気にしないでくれ。ボリシェヴィキ家は魔族の恩人だ。俺も魔王軍に同じように助けられたから、気持ちはわかる」

ミラルディアと違って、ロルムンドは人間の支配が圧倒的だ。

この状況で吸血鬼たちを守ってくれていたのだから、ボリシェヴィキ家に対する忠誠は簡単には消えないだろう。

さて、彼らをどうやってうまく味方に引き込むか。

俺がそんなことを考えながら表に出ると、二百人ほどの老若男女が集まっていた。

先頭にボルカがいるから、どうやらこれ全部が人狼と吸血鬼のようだ。

俺は背後に人狼隊を従えながら、彼らに声をかける。

「今後はこの別荘と周囲の猟場は、エレオラ皇女のものになる。貴殿たちもエレオラ皇女にお仕えすることになる。エレオラ皇女は魔族を保護してくださるから、何も心配はいらない」

ロルムンドの人狼と吸血鬼たちは無言だが、無言の中に微かな抵抗を感じた。

だから俺は表情を緩め、こう言う。

「貴殿たちがボリシェヴィキ家に恩義を感じているのは知っている。だが現在、ボリシェヴィキ公シャリエ殿は追われる身だ。私は表向き彼を死んだことにして、彼がこれ以上追われないようにする」

俺の言葉に、魔族たちが互いに顔を見合わせている。

よし、今だ。

「シャリエ殿は今まで、極星教徒や魔族を守るために奮闘してこられた。私も魔族ゆえ、敵である彼にも恩義を感じている。だからこそ、ここらで彼を役目から解き放って差し上げてはどうか?」

すると魔族たちがざわめき始めた。

「そうか、シャリエ様はお疲れか……無理もねえな」

「でもシャリエさんを見捨てるってのもねえ……」

俺は一同に静まるよう手で制してから、話を続ける。

「貴殿たちがいる限り、シャリエ殿は自分の役割から自由になれないぞ。俺も役目上、シャリエ殿を捕らえなければならなくなる」

吸血鬼や人狼は少数でも危険な存在だからな。

「幸い、エレオラ皇女は話のわかる御仁だ。貴殿たちがロルムンドの平和に力を貸してくれるのなら、ボリシェヴィキ家の人間に危害は加えまい」

するとさっきの吸血鬼の片方、トゥーラがつぶやく。

「交換条件、という訳ですか……」

「そういうつもりではないが、ボリシェヴィキ公の周囲に魔族がいれば、エレオラ皇女とて放置はしておけないのだ」

無力化し、政治の表舞台から消えること。

シャリエを見逃すためには、それが絶対条件だ。

するとボルカが進み出て、真顔で俺に尋ねた。

「アンタの言う通りにすれば、本当にあの坊やの命は助けてくれるのかい? それに、アタシらの生活も保証してくれるのかい?」

「ああ。魔王の副官の名にかけて約束する」

エレオラがもし反対したら面倒なことになるが、どう考えても今の彼女が反対するとは思えないんだよな。

人狼と吸血鬼たちは互いに顔を見合わせ、そしてうなずく。

ボルカが一同を代表して答えた。

「決まりだね。アンタに託すよ」

「ありがとう」

俺はほっとして、その場にいる一同に告げる。

「我々は一度撤収する。次に来るときはエレオラ皇女の軍と一緒だ! それまでに、あの御方をここから遠ざけよ!」

そして俺はマントを翻すと、帝都への帰途に就いた。

その後、カランコフ別荘は猟場の森と共にエレオラ軍に接収された。

人狼と吸血鬼たちはひっそりとエレオラの配下となり、今はおとなしく裏方仕事をしてくれている。

「ボリシェヴィキ公シャリエは潜伏していたカランコフ別荘で、エレオラ配下のヴァイト卿に討ち取られ死亡した」ということで、今回の騒動は幕が下りた。

そして実際に生きているシャリエはというと、行方はさっぱりわからないままだ。彼は完全に消息を絶ち、行方不明になってしまった。

今の彼には家臣も領地もないから、どこでどうしているのか本当にわからない。

もっともあの様子なら、もうロルムンドに余計な争乱を起こすことはないだろう。

ただしひとつだけ、彼が去り際にやらかしたことがあった。

クリーチ湖上城、北西の塔の最上階。

ディリエ皇女が幽閉されている部屋は、広くはないが見晴らしが良くて調度品や内装も凝っている。

「ディリエ殿下、お変わりなさそうで安心しました」

俺はそう声をかけたが、返事はない。

「何かお困りの点はございませんか?」

やはり返事はない。

仕方ないので、俺は肩をすくめて部屋を出た。

隣の控室で待っていたのは、ディリエ皇女の警護と監視を務める近衛士官だ。

俺は彼に苦笑してみせる。

「相変わらずだな、ディリエ殿下は」

「そうですね……」

ちらりとテーブルの上を見ると、トレーの上に冷めた食事が載っていた。それほど豪華ではないが、なかなか美味しそうだ。

「これは今日の昼食かな?」

「ええ」

「何もお召し上がりにならないのでは、体に悪かろう」

俺はわざとらしく溜息をつき、近衛士官に笑いかける。

「今のままだと衰弱される一方では?」

「そ、そうですね……おそらくあと二年といったところかと」

「なるほどな」

二年後ならほとぼりも冷めているだろうし、いい頃合いだろう。

俺はうなずいて、ドアの監視窓から室内に声をかけた。

「それではディリエ殿下、失礼いたします」

部屋の中は無人だった。

「昨夜までは、確かにあの部屋におられたのですが……」

近衛士官は額の汗を拭いながら、俺に弁明する。

「夜明けに当直の兵士が確認したところ、もぬけのからになっておりました。窓から脱出したものと思われます」

「さすがにディリエ殿おひとりの力ではないだろうな」

「はい、監視と施錠は普段通りでしたので、ディリエ殿下の力ではどう頑張っても不可能でしょう」

となれば、逃亡を手伝った者がいるということだ。

さんざん好き勝手やらかして、臣民から愛想をつかされているディリエ皇女だ。彼女の侍女や近衛は帝都から出ることなく日常生活を送っているので、この件とは無関係だ。

だとすれば、わざわざこんなハリウッドばりのアクションをやらかして、彼女を脱獄させる物好きがいるだろうか。

一人いるな。

「今頃はどこかで誓いのキスでもしてるんだろうか……」

「なんでしょうか?」

「なんでもない、なんでもないよ」

俺は笑って、それから近衛士官に告げた。

「エレオラ殿下から、この件は不問に処すとの通知を頂いている。近衛隊はこれまで通り、ディリエ皇女のお世話を頼む」

「は、ははっ!」

色々と大問題ではあるが、こうしておけば誰も困らないだろう。

帝室直属の近衛兵たちは機密保持の訓練も受けているから、秘密を漏らす心配もなさそうだ。

アシュレイ帝を退位させ、婚約者のディリエ皇女を即位させようとしたボリシェヴィキ公は帝位簒奪に失敗。

旧ドニエスク領のカランコフ別荘に潜伏するも、エレオラ皇女の討伐隊によって討ち取られる。

アシュレイ帝は責任をとって退位することを表明し、後継者として従妹のエレオラ皇女を指名。帝位継承権第一位となっていたエレオラ皇女は、これを了承する。

ディリエ皇女はクリーチ湖上城に幽閉され、二年後にひっそりと病没した。

これがこの反乱の全てだ。

もしかすると、そのうちディリエ皇女そっくりの女が現れたり、ボリシェヴィキ公そっくりの男が現れたりするかもしれない。

しかし本物がそんなところにいるはずはないので、偽者に決まっている。よくある話だ。

その場合は悪質な詐欺犯として捕らえて公表し、厳重に処罰することになる。

でもたぶん、そんなことは起こらないだろう。

そんな気がする。

そしてこの皇女失踪事件の後、シャリエとディリエ皇女の消息は完全に途絶えた。人狼隊総出で追跡しても行方がつかめなかったから、もう帝国領にはいないだろう。

どこで何をしているのか俺にはわからないが、勝手に幸せになってろと思っている。

そんなことより、早くしないと夏至になるんだよ。

ロルムンドにも春が訪れ、少しずつ夏の気配が近づきつつあった。

約束の日まで、もうあまり時間がない。

俺に最大の危機が迫っていた。