軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

妖狐の夜会(中編)

257話

たちまち夜の森の中は、人狼たちの景気のいい怒声で溢れかえる。

「オラッ、くらいやがれ!」

「うっせえバーカ!」

「痛えなこの野郎!」

相手の人狼たちは二十人以上いるので、単純にそのまま戦えば勝ち目は全くない。

しかしモンザ隊もジェリク隊も分隊単位での動きが身についているから、常に四対四以下で戦えるようにうまく立ち回っている。

敵の余剰戦力はモンザたちを追い回すだけで、戦闘に参加できていない。

「くそっ、待てこいつ!」

「俺たちの森だぞ!」

「んふふ、こっちこっち」

いい具合に引っ張り回してるな。

モンザ隊は身軽に動き回りながら、森の闇に消えていった。挑発に乗った十人ほどの人狼が、モンザ隊を追って消えていく。

ジェリク隊も数人の人狼を相手にしながら、別方向に消えていった。

モンザ隊についていった敵が多い。

モンザ隊の加勢に行こうと思ったとき、俺の周りを四人の人狼が取り囲んだ。ボルカもいる。

「アンタは行かせないよ」

ボルカは俺を牽制しながら、他の三人の人狼に命じた。

「お前たち、よく用心おし」

「わかってるって、ボルカ婆ちゃん!」

「こんなのやっつけてやる!」

わかってないだろ。

そう言いたくなったが、俺も身体的には普通の人狼だ。四人もの人狼を相手にして勝てるはずがない。

魔法で肉体を限界まで強化したうえで、いつも通り慎重に戦おう。

そして態度だけは余裕たっぷりに笑ってみせる。

「来い。相手してやる」

日頃から練習している悪役ボイスと悪役スマイルが奏功したのか、ボルカ以外の人狼が一斉に突っ込んできた。

「いくぞ!」

「くらえ!」

三方向からパンチやキックが飛んできて、俺は避けきれずにガードするだけで手一杯だ。さすがに人狼のスピードは桁が違う。

「なんだ、口ほどにもないね!」

「ボルカ婆ちゃん、これなら勝てるよ!」

ロルムンドの人狼たちが口々に叫ぶが、俺はガードした腕の下でニヤリと笑っていた。

予想通り、こいつらの攻撃は後が続かない。

包囲してのヒットアンドアウェイだ。

ボルカは最初に会ったとき、ロルムンドの人狼たちは大型の魔物相手に戦ってきたと言った。

だったら狼がヘラジカのような大型の獲物を狩るときのように、反撃を警戒して慎重に戦うはずだ。

その予測が的中して、俺はホッとする。

ボルカたち四人は、俺の死角から次々に攻撃を仕掛けてくる。巧みな連携で、俺は防戦一方だ。

しかし一撃離脱が鉄則だから、一発耐えれば追い打ちは来ない。

そして今の俺は、鎮痛の魔法と高速回復の魔法で強化されている。次の攻撃が来るまでに、受けたダメージの回復が間に合う。

「くらえ!」

「うりゃあ!」

ボルカ以外の三人の人狼は、おそらく彼女の孫世代なのだろう。ずいぶんと若い。

俺が反撃もせずに殴られているせいか、敵の攻撃に油断が感じられ、狙いやタイミングが雑になってくる。

「う、うう……」

俺は苦悶の声をあげて、二歩ほどよろめいてみた。

その瞬間、勝ちを意識した若い人狼が突っ込んでくる。連携を無視した動きだ。功を焦ったな。

「もらったぁ!」

ボルカが慌てて叫ぶ。

「おやめ!」

もう遅い。

俺は突っ込んできた人狼の踏み込みを見て、よろめきながら半歩後退した。

顔面にパンチが飛んでくるが、最大威力を発揮できるポイントから数センチ後ろにズレている。

威力が大きく減衰していたため、全く痛くない。

ではこの腕、使わせていただくとしようか。

俺は若い人狼の腕をつかみ、引き込みながら足を払う。

帝都で決闘に明け暮れていた頃、さんざんやった動作だ。人狼の力に頼らずに戦ってきたので、人狼の力が使える今は恐ろしく簡単に感じる。

足を払われてよろめいた相手の背後に、素早く回り込む。

がら空きの背中に触れると、鎮痛の魔法を反転させて使った。激痛の魔法、一時的に痛覚過敏にする弱体化の魔法だ。

そして尻を蹴飛ばす。

「あにゃあああっ!?」

相手が変な悲鳴をあげてつんのめったところに、俺の背後から別の人狼が襲いかかってきた。

「このっ!」

さっきの人狼よりは、こっちのほうが動きがいい。

軽快なステップで踏み込んでくると、俺の後頭部に回し蹴りを放ってくる。

まともにくらうと脳震盪でやられてしまうので、しゃがんでかわす。ボルカの蹴りほど鋭くないので、なんとか避けられた。

こいつの軸足にタックルし、脚をすくうようにして押し倒そうとする。

だがそのとき、三人目の人狼が割り込んできた。

「やめろおぉ!」

叫びながら爪で襲いかかってきた三人目だが、仕掛けてきた方向が悪かった。

二人目の背中が邪魔になって、俺に攻撃が届かない。

俺は二人目を押し倒しながら、三人目を巻き込む。

味方が倒れ込んでくるのを見て、三人目は戦うことを忘れてしまったらしい。

「おっ、お姉ちゃ……!」

お姉ちゃん? 二人目は女の子か?

よくわからないが、思いっきり加速しながらそのままぶつけてやった。

もつれ合うようにして、俺と敵二人は倒れ込む。

俺は加重の魔法で体重を重くすることができる。特に自分の体重ならかなり増やせる。

倒れ込んだ人狼たちの上にのしかかり、俺は自身の体重を最大まで増やした。

「ぐえええぇ!?」

「うぐっ、お、重……!?」

二人とも俺の下でじたばたしているが、どうやらフォールから抜け出す方法がわからないようだ。

人間相手なら大抵の状況は力任せで解決するのだが、人狼同士だとそれは通用しない。

ちらりと一人目を見ると、尻を押さえながらまだ元気にごろごろ転げ回っているところだった。

魔法の効果はムラが大きいが、どうやら今回はよく効いているようだ。あの人狼が痛がりなのかもしれない。

あの様子だと、あと十秒は動けないな。

視線を戻すと、俺の下敷きになっている二人が降参したところだった。

「も、もうダメ……降参……」

「ごめんなさい……ゆる、ゆるし……て」

俺が魔法を解除すると、二人ともぐったりしている。

そして俺が一番警戒していたボルカはというと、意外にも慎重に様子を見ているところだった。

今俺を襲えば勝てたかもしれないし、少なくとも仲間を救出できたはずだが、じっと間合いを保っている。

そしてボルカは溜息をついた。

「マーシャ、ナーシャ、ミーシャ。お前たち、もう少ししっかりおし」

その言葉と共に、三人の人狼が変身を解く。

驚いたことに、三人とも女の子だった。十代半ばぐらいに見える。

「いったぁああぁい……」

「おしりが……おしりが……」

「お姉ちゃん、重い……」

俺はあっけにとられてその光景を見つめるが、この子たちに自分が何をやったかすぐに思い出す。

たちまち俺は猛烈な罪悪感に襲われた。

勝負とはいえ、ひどいことをしてしまった。

声と匂いで気づくべきだったな……俺も相当焦っていたようだ。

「ボルカ殿、この子たちは?」

「アタシの姪んとこの三人娘さ。まだ全然使いものにならないけどね」

確かに動きが甘かった。これじゃ戦場には出せないな。

俺は気を取り直して、ボルカに向き直る。

「さて、残るはボルカ殿だけだな」

すると彼女は身構えつつも、軽く距離を置いた。さっきから妙な具合だが、ボルカにしては慎重な構えだ。

ボルカはニヤリと笑う。

「そろそろ決着がついた頃だね。うちの若いもんたちが戻ってくる頃合いさ。この子たちとアタシだけでアンタを倒せるなんて、最初から思っちゃいないよ」

なるほど、時間稼ぎをしていたのか。

未熟な三人娘を俺にぶつけてきたのも、どうやら時間稼ぎの捨て駒にするためだったようだ。

俺を過大評価しすぎているという点を除けば、確かに一番いい方法だと思う。

俺は内心の不安を押し隠し、悠然と笑ってみせる。

「さて、戻ってくるのはどちらかな?」

そして森の暗闇から、最初の人狼が現れた。

ロルムンドの人狼だ。

あれ、人狼隊が負けた?

俺の視線に気づいたのか、そのロルムンド人狼は慌てて手を振る。

「ち、違う違う。俺は降参してる。肩が外れちまったよ」

よかった……死ぬほどびっくりしたぞ。

その後もロルムンド側の人狼が数人現れたが、全員が降参済みだった。

少し遅れてジェリク隊とモンザ隊が戻ってきた。

「おう大将、今戻った。ギリギリだけど勝ったぜ」

「あは、ジェリクも終わった? 楽しかったねえ」

モンザ隊は三人、ジェリク隊は二人だけになっている。しかも全員傷だらけだ。三人やられたか。

予想通り、モンザ隊が森の中で大健闘したようだな。

ジェリク隊は工兵部隊だから、さすがにちょっと厳しかったようだ。

だがおかげで、「ソウルシェイカー」でゴリ押しするという最後の方法は使わずに済みそうだ。

あれはボリシェヴィキ公とのために温存しておきたいからな。

傷だらけの五人の人狼は俺の周囲に集まると、ボルカを取り囲んだ。

「ロルムンドの人狼たちは全員片づけたぜ。残るはアンタだけだ、婆さん」

ジェリクが言うと、ボルカは肩をすくめた。

「ふーむ、勝てると思ったんだがねえ……。これ以上抵抗しても無駄なようだね、アタシらの負けだよ」

ボルカは変身を解き、老婆の姿で苦笑してみせる。

こうして人狼隊は、また連勝記録を積み重ねたのだった。

戦いも終わり、あちら側の事情も多少わかってきた。

ロルムンド側は二十人ほどいたが、子供が混ざっていたりして質がバラバラだ。

どうやら不審者の集団を発見して、慌てて有志たちで駆けつけたらしい。地域住民のパトロールみたいなものだ。

一方のこちらは全員が現役軍人なので、数では負けていても質では勝っていたようだ。

なんだか少し気の毒にもなったので、俺は双方の人狼たちを魔法で治療してやる。

「酷い打ち身だな。喉にも痣が残ってる。誰にやられたんだ?」

「あ、あっちの、ずっと笑ってる女に……」

モンザが笑顔で軽く手を振っている。

その人狼はうっすらと涙を浮かべて、俺に訴えかけた。

「喉をつかまれて、木の上から逆さに落とされたんだ……受け身も取れないし、死ぬかと思った……」

悪魔か、あいつは。

「モンザ。お前は加減を覚えろ」

「加減したよ?」

もちろんロルムンド側の人狼たちも十分に手強く、モンザたち全員が結構な打撲傷を負っていた。これも治療しておく。

魔法の支援がなければ、負けていたのは俺たちだっただろう。

危ないところだった。

そして俺は、自分がやっつけた三人娘も診察してやる。

「うん、何ともないな」

「お尻が凄く痛いんですけど……」

ちっこいお尻をいつまでもさすっているのが、三女のミーシャらしい。

「少し腫れてるだけだ。痛くして悪かったな」

魔法の効果ならとっくに切れてるはずなんだが……。

「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが重かった……」

「いや私じゃないから!?」

長女のマーシャと次女のナーシャは、どこも怪我をしていない。

ボルカはにこにこ笑っている。

「よかったねえ、一番優しい相手だっただろう?」

「ボルカ婆ちゃんひどい!」

ぶーぶー文句を言っている三人娘たちは、違うことで文句が言いたいのだろう。

年頃の女の子にあのような仕打ち、誠に申し訳ございません。

ボルカは手下たちを集めながら、俺にこう言う。

「ところでどうだい? あの中に気に入った娘はいたかね?」

「あんたは俺に何をさせたいんだ」

三人ともまだ子供じゃないか。

「もしアンタがうちの群れの婿になってくれたら、ロルムンドの人狼も安泰なんだけどねえ……。やっぱり無理かい?」

戦いの合間に何を企んでるんだ、このババア。

「悪いが諦めてくれ。それよりボリシェヴィキ公に会いたい」

アイリアとの約束を守れるか、それだけが気になってこんな独断専行をやらかしてるんだ。

ボルカは溜息をついて、ゆっくり立ち上がった。

「仕方ない、もう止めようもないね。こっちだよ、ついてきな」

ようやくあの野郎に会えるぞ……。