軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

払暁の勅令

252話

俺はエレオラ邸の一番いい客室で、アシュレイ帝と共に夜明けを待つことにした。

今は人狼隊と骸骨兵が総出で情報を集めている。

同時に不審な動きをする集団を警戒し、制圧もしているはずだ。

俺は皇帝の安全を確保しながら、ここで情報が集まるのを待てばいい。

おとなしく待てばいいのはわかっているが、現場に出ていないとどうも心配だな。

みんな怪我してないだろうか。

俺は不安に思いつつも、運ばれてきた紅茶と軽食をアシュレイ帝と共に摂る。

「今回の件、陛下としてはどのように対処すべきとお考えですか?」

俺がそう話を振ると、やや疲れた様子のアシュレイ帝はこう答えた。

「まず家臣と市民の安全が第一です。帝室の揉め事で、これ以上皆に迷惑はかけられません。これではあべこべです」

「確かに……」

皇帝は貴族たちの庇護者であり、貴族たちは領民の庇護者だ。

その皇帝が騒動の種になっているようでは、貴族や庶民から愛想をつかされてしまう。

「しかし陛下、今回の件では陛下も被害者でしょう」

「そう言ってくださる心遣いは嬉しいのですが、元はといえば私が姉をきちんと諫められなかったのが原因です。この責任は取らねばなりません」

そして彼は予想外のことを言った。

「姉は……ディリエは極星教に改宗しているようです。これは国家を揺るがす大不祥事です」

ボリシェヴィキ公の意図がどこにあるにせよ、これはアシュレイ帝にとって大ダメージだ。

皇帝は輝陽教の保護者でもあるのに、その身内が異教徒に改宗してるというのは致命的にまずい。

「それは……やっかいですね」

俺もこれぐらいしか言えなかった。

アシュレイ帝は立ち上がると、少しずつ明るくなってくる空を見上げる。

「ドニエスク家の反乱、それにボリシェヴィキ公の陰謀、さらには姉の改宗。帝都は亡者であふれかえり、もはや皇帝の威信は地に墜ちています」

最後のは本当にすみません。

でもこうすれば、手っ取り早く帝都を制圧できるので……。

平時の君主としては申し分ない彼にも、弱点があった。

そのひとつが軍事に疎いこと。

そしてもうひとつ、もっと致命的な弱点がある。

彼はそれを俺に尋ねてきた。

「ヴァイト殿、相次ぐ身内の反乱を抑えきれなかった私のことを、どう思っておいでですか?」

彼は憔悴していて、皇帝としての威厳は感じられない。一人の人間として、俺に尋ねている様子だった。

だから俺も率直に答える。

「殿下は温情主義であらせられますが、それが裏目に出てしまいました。支配者である以上、支配の手から逃れようとする者は押さえつけなくてはなりません」

「……そうですね」

ますます落ち込むアシュレイ帝。

俺も申し訳なくなり、少し違う方面から話をしてみることにする。

「実は私も、魔王軍の王から『お前は非情な決断ができないから王にはなれない』と言われたことがあります」

もうずっと前の話だが、先王様の俺宛の遺書にはそう書かれていた。今でもときどき読み返している。

「王はときとして非情な決断をしなければならないが、私にはそれができない。だから無理だと」

その前に俺は先王様から次期魔王の打診を受けていたから、先王様は俺が魔王候補として不適格だとは考えていなかったようだ。もちろん俺は断ったが……。

しかしこうしてアシュレイ帝の苦悩ぶりを見ていると、俺は師匠が二代目魔王になってくれて正解だったと思う。

師匠は優しい先生であると同時に、冷徹な研究者でもある。合理的だと判断したら躊躇わない。

「私にも肉親同然に親しくしている者たちがおります。彼らが何らかの事情で敵になったとき、私に彼らが殺せるかといえば自信はありません」

師匠やパーカーが不死者としての重圧に耐えきれず、完全に狂ってしまったとしたら?

あるいはアイリアが太守としての責任から、魔王軍を裏切ることになったとしたら?

そのとき俺は魔王の副官として、彼らを殺せるだろうか。

あんまり考えたくない。

「だから私はそういう決断を迫られないよう、あらかじめ手を打ってきました。ときには慎重に、ときにはずるく」

つらいことは前世で十分だからな。今世は楽しいことだけやって生きていきたい。

そのためにありとあらゆる知恵を巡らせて、ヤバそうなフラグは予め全て叩き折ってきたつもりだ。

もちろんこれからもそうする。

アシュレイ帝はそんな俺の言葉を、うつむき加減に聞いていた。

それから彼は大きく溜息をつき、こう答える。

「あなたのおっしゃる通りです。私もまた、そうするべきだったのです」

そして彼は俺を見て、何かを決意した表情で宣言する。

「この件が片づいたら、私は責任を取って退位します」

「陛下、そのような大事を一時の感情で決断されてはいけません」

「いえ、これは一時の感情ではありません。ドニエスク家の反乱が起きた頃から、ずっと頭の片隅にあったことです」

彼の口調には迷いがなかった。

「後のことはエレオラ殿に託しましょう。彼女がそれを受けてくれるかどうかはわかりませんが、皆も反対はしないはずです」

俺の宿願が叶った瞬間だったが、別に嬉しくはなかった。

どちらかというと、このアシュレイという男に同情したくなっただけだ。

平和な時代なら、間違いなく名君になっていただろうにな……。

アシュレイ帝は俺を見つめ、皇帝としての威厳を取り戻してこう告げる。

「しかし今はまだ私が皇帝であり、事態の収拾は私に責任があります」

「おっしゃるとおりです、陛下」

「この混乱状態が長く続けば、野心家の貴族の中には不穏な動きを始める者がでるかもしれません。数日中に事態を収拾する必要があります」

確かにその通りだ。

皇帝は帝国の秩序を守るのが仕事で、ここ最近はそれができていない。特に今夜はひどい。半分は俺たちのせいだが。

アシュレイ帝は険しい表情をして、さらに続ける。

「まずは秩序の回復のため、騒乱の種を取り除く必要があります」

「はっ」

「今回、ボリシェヴィキ公の容疑はまだ確定した訳ではありませんが、ディリエ皇女が皇帝を監禁したことは事実です。帝室に対する反逆罪により、彼女の身柄を拘束します」

俺は皇帝の前に膝をつき、恭しく頭を垂れる。

「その任、このヴァイトめにお任せください」

「はい、他にお願いできる方もおりませんから。ヴァイト卿、ただちにディリエ皇女の身柄を拘束してください。もし抵抗するようであれば……」

アシュレイ帝はぐっと唇を噛み、そして険しい表情のまま一気に言い放った。

「神聖ロルムンド帝国皇帝アシュレイ・ウォルトフ・シュヴェーリン・ロルムンドの名において、彼女の殺害を許可します」

「……承知いたしました」

もちろん俺は彼女を謀殺するつもりはないが、皇帝が身内に対して本気になったことはわかった。

アシュレイ帝は俺に厚手の紙を求め、それに命令書の文面と署名を記す。

そして最後に、署名の両端に自らの指輪をグッと押した。厚手の紙に指輪の家紋が刻み込まれる。

彼はそれを俺に手渡し、夜明けの光の中で寂しそうに微笑んだ。

「シュヴェーリン家に伝わる、偽造防止の秘密の印です。姉にしか伝わりませんが、彼女にはこれが本物の勅令であることがわかるでしょう」

「ははっ」

俺はそれを懐に入れて立ち上がる。

うっすらと明るくなってきた外を見ると、中庭には数名の人狼隊員が戻ってきていた。

あの様子だと、何かつかんできたらしい。

「陛下、私はこれよりディリエ皇女追跡の任にあたります。ここの警備には私の手の者を置いておきますので、どうか御心配なく」

では後始末を始めるとしようか。