軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

兄の反乱と弟の反乱

246話

北ロルムンド・ペーティ領で発生した農奴の反乱に対して、ペーティ卿の庇護者とされるエレオラ皇女は援軍を派遣。

エレオラ皇女と伯父のカストニエフ卿の連合軍三千が帝都から北上し、クリーチ湖上城へ進軍。

この間にペーティ領周辺のエレオラ派貴族たちが兵力を結集。およそ一千の兵が反乱鎮圧のために出動していた。

……とまあ、表向きはこんなところだ。

「今回は四千ぽっちかよ」

「大丈夫かな?」

人狼たちがちょっと不満そうにしているので、俺は彼らに説明する。

「こういった緊急時に即応できるのは帝国軍だけだが、今回はアシュレイ皇帝が出動を命じなかったからな」

「しけてやがるなあ、あの皇帝さんも」

俺は思わず苦笑する。

「農奴の小規模な反乱で、いちいち帝国軍は動かせないんだよ。で、そうなると動かせるのはエレオラ派の私兵しかいないんだが、主力が農村暮らしの郷士たちだから、普段は帝都にいないんだ」

これでもだいぶがんばってかき集めたので、帝都周辺にはエレオラの兵はほぼ全くいなくなっている。

ボリシェヴィキ公の兵力は、訓練された農奴を中心に二万。

農奴を訓練して動員していることは、だいたい予想がついていた。彼の領地から二万人もの健康な男を集めようと思ったら、農奴を使う以外の方法がない。

傭兵などを雇うにしても、そもそもフリーの傭兵が二万人もいない。だいたいみんな、どこかの貴族に長期雇用されている。

「農奴を訓練したのは、異教徒らしい着眼点だな」

馬上のエレオラが笑う。

「だが農奴にはひとつ、致命的な問題点がある。わかるか、ヴァイト殿?」

俺はロルムンドの農奴たちを見てきたので、エレオラの問いにはすぐに答えられた。

「農作業をさせるときと同じで、彼らに当事者意識がないことだな」

彼らは家畜や道具と同じ扱いを受ける身分なので、衣食住など最低限のメンテナンスはしてもらえるが出世も昇給もない。

命を懸けて戦ったところで見返りもないのだから、士気は低い。

もちろんそれを何とかするため、ボリシェヴィキ公もあれこれと手は尽くしているだろう。

しかし「戦いは我らの義務にして名誉だ!」と鼻息が荒い貴族や郷士たちと比べると、どうしても見劣りがする。

エレオラは俺の答えにうなずいた。

「そうだ。結局彼らは、命令のままに動く使用人にすぎない。貴族は命より大事なものがいくらでもあるが、農奴にとって我が身と家族より大事なものなどないだろう」

「負ければ失うものが多いだけに、いざというときの必死さが違うからな」

貴族には領地と名誉という、特に重要なものが二つもある。

領地は金を生み出す装置、つまり経済的な基盤だ。そして名誉は貴族社会での評判、つまり業界での信用ということになる。

どちらが欠けても一族の未来は暗い。

俺はついでなので、そのへんも少し触れておくことにした。

「しかし、もし農奴たちにも『失いたくないもの』がもっとあれば、彼らも本気を出すのではないかな?」

エレオラは興味を惹かれた様子だ。

「ふむ、興味深いな」

「人間は欲深い。別に欲しくなかったものでも、一度手に入れれば失うことを恐れる。銀貨を拾った後、その銀貨をうっかり落としてしまったとして、元に戻ったとは思わないだろう?」

俺は前世でラーメンの無料券をもらったものの、いつの間にか有効期限を切らしてしまったことがある。

タダでもらったものなのに、すごく損をした気分になった。

思い出したら猛烈にラーメンが食いたくなってきたぞ。

いや、話を戻そう。

「彼らに少しばかりの自由と権利を与えるのだ。そして彼らに『もっと励まねば元の待遇に戻すぞ』と言えばいい」

「なるほどな。ずいぶんと優しいことを言うと思ったが、やはり貴殿は悪党だな」

「エレオラ殿にそう言われると、特に気分がいいな」

「どういう意味だ……」

いえいえ、別に。

エレオラは馬上でしばらく考えていたが、小さくうなずく。

「貴殿のその意見、少し検討させてもらおう。身分制度に混乱をきたすようなことはできないが、慎重に扱えば農業生産を向上させられそうだ」

「うまくいくといいな」

身分制度は極めて繊細な問題なので、異国人の俺にできるのはここまでだ。

後はエレオラが皇帝になったときに、時間をかけて少しずつ改善していってくれるだろう。

ミラルディアには奴隷制度がない。ミラルディアの元老院が決して認めなかったからだ。違法な奴隷売買は厳しく取り締まってきた。

なんせ彼らは逃亡奴隷の子孫だからな。

俺は元老院が嫌いだったが、彼らの奴隷制度に関する心意気だけは讃えたいと思う。

ロルムンドの奴隷制度、ちょっとだけ風穴を開けておいたぞ。

だから成仏してくれ。

その後、俺たちは何事もなく行軍を続ける。

といっても、周囲にちらちらと怪しい連中が見え隠れしている。たまに遠吠えも聞こえてくるから、ボリシェヴィキ公に雇われているボルカたちだろう。

監視なのか暗殺狙いなのかはわからないが、少なくとも手出しをしてくる様子はない。

正直、ボルカたちとしてもやりづらいんだろうな。

そのままクリーチ湖上城に入ったエレオラ軍は休む暇もなく、装備と編成を整えて翌日に出発する。

「俺の影武者、よろしく頼む」

「任せてください」

俺は行軍中に着ていた鎧とコートを人狼の一人に預け、彼を影武者にする。

俺は人狼隊と共に、ここで帝都に引き返すタイミングを狙う。

「ヴァイト殿、帝都のことは任せた」

「ああ、そっちも敵の総数が不明だ。死ぬなよ、エレオラ殿」

俺とエレオラは視線を交わし、別れを告げる。北ロルムンドの情勢もかなり不穏なので、正直心配ではある。

そんな俺の心配を知ってか知らずか、エレオラは兵たちに号令を下す。

「これより我が軍は北ロルムンドの領土防衛に向かう! ただの反乱鎮圧と侮るな! 行くぞ!」

エレオラは人狼隊四個分隊を護衛につけ、ペーティ領の救援に向かった。

残った人狼たち十個分隊四十人が、俺の持つ戦力だ。

あとは同門の魔術師が二名。

リュッコとパーカーが顔を見合わせて、ぶつくさ言っている。

「なあおい、あれほんとにやるのかよ!?」

「その作戦、僕の了解を取った形跡がどこにもないんだけど……」

俺は弟弟子と兄弟子の苦情を笑顔で一蹴した。

「他にも方法はあるけど、この方法だと犠牲が一番少ないはずなんだ。頼むよ」

すると二人は一様に黙り込んだ。

「どうするパーカー、頼まれちまったぞ」

「ヴァイトに頼まれると弱いんだよね……」

「アンタもか」

「うん」

どうやら引き受けてくれそうなので何よりだ。

持つべきものは同門だな。

エレオラが北ロルムンドに出かけた数日後、思わぬ形で事態が急展開することになる。

ここにはいないはずの俺がひっそりと考え事をしていると、モンザが駆け込んできた。

「隊長、あの何とかいう貴族の、何とかいう弟がきてるよ?」

「ボリシェヴィキ公弟のジョヴツィヤか?」

「そうそれ。ボリシェ……シェー……の弟のジョ……ジョなんとかが、護衛を数人だけ連れてきてるよ。うん」

どういうことだ。

俺はここにはいないことになっているので、代わりに顔面偽装したパーカーが用件を聞いてくれた。

戻ってきたパーカーが苦笑している。

「彼、どうやらお兄さんと喧嘩したみたいだよ。兄上にはもうついていけないから、エレオラ軍に協力して反乱を鎮圧するってさ」

パーカーがさらに聞いたところによると、やはり今回の反乱の黒幕はボリシェヴィキ公だったらしい。

最初は小規模な反乱と思わせておいて、エレオラ軍が出てきたところを一気に叩く。今回はエレオラも出陣しているので、二万の兵力で彼女を討ち取るつもりらしい。

ドニエスク家の反乱を鎮圧したエレオラが戦死すれば、他の貴族たちは震え上がる。

そのまま戦火を拡大し、帝都に攻め込むつもりだという。

皇帝アシュレイの動向は、姉であるディリエ皇女を通じて把握している。

彼女を利用して、皇帝を捕らえるつもりなんだそうだ。

だが俺は首を横に振った。

「たぶんその計画は陰謀の一部で、本命の計画じゃない」

ボリシェヴィキ公は慎重な性格だ。エレオラをそう簡単に討ち取れるなどとは思っていないだろう。

エレオラが戦死せずにクリーチ湖上城あたりまで退却すれば、兵力を整えて大反撃が始まる。おそらく数万の正規兵が集まるだろう。

そうなれば二万そこらの農奴兵など何の役にも立たない。

たぶんこの農奴の反乱自体は「うまくいけばそのまま帝都まで攻め込んでしまおう」という程度で、本命の計画ではない。

帝都にはすでにボリシェヴィキ公の兵が潜伏しているはずだ。農奴兵の侵攻を待つまでもなく、潜伏している兵を使って内側から攻め落とすほうが早い。

「たぶんジョヴツィヤには陰謀の一部だけを教え、そのまま仲違いという形で去らせたんだ。そうすれば彼はアシュレイではなくエレオラのもとに走る。皇帝に戦う力がないのは知っているからな」

俺がそう言うと、パーカーがふむふむとうなずいた。

「なるほど。そして彼はここに来て、本命ではない計画を密告してくれた訳だ。彼は危険な帝都からいなくなるし、同時に我々を欺くことにもなる。ははは、ボリシェヴィキ公はお兄ちゃんの鑑だね」

「どこがだ」

パーカーがあんなふうになったら俺は嫌だぞ。

ただこの陰謀、おそらく本命の計画も「アシュレイ帝を捕らえるか殺す」という目的は同じだろう。

ところどころ気になる点はまだあるが、少なくとも彼が本格的なクーデターを企んでいることは間違いなさそうだ。

このタイミングで帝都が空っぽになっているのはまずい。

「パーカー、俺はすぐに帝都に戻る。一緒に来てくれ」

「ああ、いいよ。でもエレオラの救援は必要ないのかい?」

「ここには最低限の守備隊しかいないし、俺も人狼隊しか連れていない。救援に出す兵がないよ。それに四千の兵があれば、エレオラなら十分に戦えるさ」

ジョヴツィヤにはしばらくここに留まるよう、パーカーを通じて説得した。彼を死なせたらウォーロイ皇子が悲しむ。

彼の身柄を確保したので、俺はいよいよ計画を実行に移すことにした。