軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冥府の拷問官

人狼215話

俺は身支度を整えた後、投降してきたリューニエ皇子たちを何食わぬ顔で出迎えていた。

「リューニエ殿下、それにバルナーク殿。我がミラルディアを頼って来られましたことを、心より歓迎いたします。今はとにかく、疲れを癒してください」

村の集会所を借りたミラルディア軍の本陣で、俺は二人に湯気の立つ紅茶を勧めた。

まだ緊張はしているが、少しだけほっとした様子のリューニエ皇子の笑顔を見ていると、がんばって良かったと思う。

しかし大変だった。

リューニエ皇子たちを追跡している集団がいることに気づいた俺は、それがどこに所属しているのかを確認する作業に追われた。

時代が時代だから、味方の軍勢でさえ今どこで何をしているのかがわかりにくい。

あちこちに確認を取っているうちに、どうもエレオラ軍ではないらしいということがわかってきた矢先、彼らがリューニエ皇子たちに追いついた。

しょうがないので俺がやっつけた。

俺はバルナーク卿に、そっと訊ねる。

「エレオラ軍は現在、キンジャール城周辺にしか展開しておりません。しかしバルナーク殿のその御様子、いったい何と戦われたのですか? 山賊などではありますまい」

「暗殺者の集団です。いずれの手の者かは、私にはわかりません」

バルナーク卿の言葉は簡潔だが、嘘をついている感じではなかった。

彼はこう続ける。

「ドニエスク家には政敵が多いのです。貴族の誰かが刺客を差し向けてきたとしても、何の不思議もありません。心当たりがありすぎます」

「なるほど」

バルナーク卿は政治家でも将軍でもなく、剣客だ。職務に必要な最低限のこと以外は何も知らないだろう。

込み入った話をする前に、リューニエ皇子たちには少し休んでもらう。人狼隊がガッチリ護衛しているので大丈夫だとは思うが、とにかくここを引き上げたい。

そしてその前に、俺にはやっておくべきことがあった。

「兄弟子殿」

俺は溜息をついてから、パーカーに頭を下げる。

「申し訳ないが、力を貸してもらえないだろうか」

ああ、またこいつ調子に乗るぞ。

そう思ったのだが、パーカーは落ち着いた声でこう答えた。

「カイトがいないから、調査は僕の役目だと思っていたよ。早速始めよう」

察しのいい兄弟子で助かるな。

戦場と死霊術師の相性は最高だ。そこらじゅうでバンバン人が死ぬから、使役する死者には事欠かない。

俺は人狼隊に命じて、さっきの刺客たちの死体をこっそり運ばせていた。

人気のない雑木林の中で、俺とパーカーは回収された死体を見下ろす。

「身分や所属のわかるものは何もない。財布すら持ち歩いていないんだ、こいつら」

俺の言葉にパーカーがうなずいた。

「それなら確かに僕の出番だ。死んだばかりの者は、死者の世界では赤子同然だ。使役は容易だからね。ただし、二つだけ約束を守ってもらうよ」

ずずい、と骸骨魔術師が俺に迫る。

顔が怖いんだけど。

「ひとつ。専門家のやり方に口出しはしないこと」

「わかった」

「以上だね」

おい、二つ目はどうした?

俺が思わず脱力したところで、パーカーはさらりと言う。

「あとこれはひとつ目と同じことだけど、死者に生者と同じような同情はしちゃダメだよ。……君はね、優しすぎるんだ」

「あ、ああ」

こいつ、やっぱり言いたいことが二つあったじゃないか。

俺に気を遣わせないために、わざとごまかしたな。

「わかっている、パーカー。俺が死霊術師になれなかった最大の理由がそれだ。自覚はしている」

パーカーは俺をじっと見つめてから、小さくうなずく。

「君のそういうところは好きなんだけどね。ほんと、死霊術師には全く向いてないよねえ」

余計なお世話だ。

「それはさておき、始めてしまおうか」

パーカーは骨だけになった指を突き出し、ゆらゆらと空中に何かを描く。死者の好むリズムと形を生み出し、彼らの注意を惹きつけているのだ。

「我が声は密かにして、冥府を揺るがす雷鳴なり。我が目は虚ろにして、闇を射抜く閃光なり。集え、亡き者どもよ」

今日のパーカーは随分慎重に術を使っている。こいつが正式な詠唱をしているところ、久しぶりに見たぞ。

死にたての死者は生者と同じ価値観を有しているから、生前に敵対的だった者は死後も敵対的だ。

彼らを確実に手懐けるために、きちんと詠唱しているのだろう。

やがて俺の目にも、半透明にゆらめく霊体がはっきりと見えてきた。まだ死んだばかりなので、人の形を取っている。

死体は二十以上あるが、召喚できた霊は数体だ。

霊がどこに行ってしまうのかよくわからないが、とにかく狙った霊を呼び出すのは難しい。

パーカーは集まってきた霊の前で、骨の拳をぐっと握る。

「ひれ伏せ」

その瞬間、見えない何かに押し潰されたように霊たちが地面に押しつけられる。声にならない声が、魔力の波という形で俺にも伝わってきた。

いきなり威圧から入るのか。

骸骨の魔術師はぞっとするような冷たい声で、さらに告げる。

「汝らの魂は我が掌中にある。死の嬰児よ、我が声に従え」

圧倒的な魔力に押し潰され、霊たちが苦しんでいる。死霊魔法の術式が拘束具となって、彼らを逃がさない。

パーカーは霊たちの声にならないうめきに全く動じることなく、凄みのある声で言い放った。

「汝らの死せる頭蓋より、最期の言葉を紡げ。我が耳を悦ばせよ」

微かに笑みすら感じさせる声が怖い。

パーカーがそっと手招きしたので、俺は彼のそばに歩み寄った。

死者の声はかぼそい。生身の喉を持たない彼らは、大気中の魔力を微かに震わせることしかできないのだ。

だから俺は魔力の振動に耳を澄ませる。

『リューニエ……リューニエ……皇子……皇子……』

『バルナーク……剣聖……バルナーク』

『捕らえる……捕らえ……殺す……』

パーカーは首を横に振り、冷徹に宣言した。

「死者の王はさらなる言葉を欲する。吐き出せ」

彼の拳の動きに合わせて、霊たちが踊るように揺さぶられる。

練達の死霊術師は死者にとっては絶対的な王であり、無慈悲な拷問官でもある。逆らうことなどできない。

『ドニエスク……キンジャール城……』

『ペトカ……』

パーカーは暴君のように拳を振るい、叩きつける仕草をした。

「まるで足りぬ。搾り出せ」

霊たちがぐしゃりと潰れる。

見ていて怖くなる光景だが、死者と生者のルールは異なる。死霊術師は死者のルールを熟知している。

生者の感覚で口を挟むと危険だ。

『ボ……ボリ……リシェ……』

『ボリシェ……ヴィ……』

『ヴィキ……』

ボリシェヴィキ?

ドニエスク家の姻戚にして、北ロルムンドの有力貴族。

そしてエレオラに降伏することで、この反乱終結の引き金となった家だ。

俺は思わず口を開く。

「ボリシェヴィキ家が関係しているのか? お前たちはボリシェヴィキ家の暗殺者か?」

だが霊たちは答えず、パーカーが首を横に振った。

「これ以上は無理だ。霊たちを拘束するのも、記憶をたどらせるのも限界に近い」

パーカーはそう言うと、骸骨の手をサッと横に払った。

霧が突風に吹き消されるように、霊たちの姿が消え去る。

召喚された霊は全員、ボリシェヴィキの名を口にした。どうやらボリシェヴィキ家には何か秘密があるらしい。

ドニエスク家と何代にも渡って姻戚関係を結んできたのにあっさり降伏した点もそうだが、少し調べる必要があるな。

だがそれよりも、今はパーカーのケアが最優先だ。

彼は今、髑髏の眼窩に暗い陰影を宿して佇んでいる。事情を知らずに目撃したら、ぎょっとして立ちすくみそうなぐらい怖い。

俺は兄弟子の肩を叩く。

「パーカー、お疲れさま。もう大丈夫だ、ありがとう」

彼は少し遅れてから、小さくうなずいた。

「そう……そうだね。こんなところだ」

口調がぎこちない。

パーカーは生身の肉体を失っているから、生きていた頃の感覚は徐々に記憶から失われていく。

死者の世界をあまり深く覗き込むと、それが加速するのだという。

パーカー自身がそのことを一番危惧しているので、俺はなるべく彼に死霊術を使わせないようにしてきた。

彼が今、ちょっと暗い雰囲気になっているのは俺のせいだ。

さて、どうしたものか。

しょうがないな。

俺は息を整え、ちょっとためらいがちにこう言ってやる。

「おかげで助かったよ、さすがは兄貴だ」

その瞬間、パーカーの頭蓋骨がぐるんと回転した。

「今なんて?」

「……兄貴、と」

二度も言わせるなよ。

恥ずかしいだろ。

パーカーはたちまち上機嫌になり、カタカタと全身の関節を震わせ始めた。

「どういう風の吹き回しだい? 兄弟呼ばわりをあんなに嫌がっていた君が、僕を兄と呼ぶなんて! いやいや、理由なんてどうでもいいよね、事実だけが事実だよね!」

このウザいしゃべり方、久しぶりに聞いた。

「とうとう僕を兄と認めてくれたんだねえ! 遠慮なく甘えてくれていいよ!『兄貴』よりは『兄上』とか『兄様』とかがいいな! ああ、シンプルに『兄さん』でもいいよ!」

馴れ馴れしく絡んでくる兄弟子に、俺は少し餌を与えすぎたかもしれないと後悔する。

「元気になったようだから、サービス期間は終了だ。帰るぞ、兄弟子殿」

「待って! もう一回だけ! もう一回だけ『おにーちゃん』と呼んで!」

「『おにーちゃん』なんて言ってないだろ!?」

「そうだね、兄貴だね!」

ああ、失敗だった。

だが元気になってくれるのなら、これぐらいは我慢しよう。

こんな兄弟子でも、いなくなると寂しいからな。

まあ、ほんの少しだけだが。

ほんの少しだ。