軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

決闘日和(後編)

165話

さていよいよなんとかスキー伯爵をやっつける時間だが、あいつの持っている激痛のサーベルがちょっとだけ不安だ。

一応、鎮痛の魔法をかけておくか。

俺は輝陽教の祈りのふりをして、そっと鎮痛の魔法を自分にかける。

鮮血伯がそれを見て、俺をあざ笑う。

「今さら神頼みですかな? 心配なさらずとも、すぐに冥府に送って差し上げますよ。お祈りでしたら、あちらでゆっくりどうぞ」

また口調変わってるし。

俺は苦笑するしかなかった。

立会人の貴族たちが準備完了を確認し、俺たちに告げる。

「伝統と格式にのっとり、ここにヴァイト・グルン・フリーデンリヒター客爵とシュメニフスキー宮伯爵の名誉ある決闘の儀式を執り行います」

「両名とも、貴族の名に恥じぬ正々堂々とした戦いを期待します」

俺と鮮血伯は作法通り軽く会釈し、剣を構えた。

流血を好むだけあって、鮮血伯の構えは堂に入っている。サーベルの切っ先がぴたりと定められ、それでいていつでも動けるように構えられていた。

俺もアイリアに教えてもらった通りに小剣を構える。最も初歩的な防御の型だ。

俺の剣の腕をそれで見切ったのか、鮮血伯は軽快なステップで一気に間合いを詰めてきた。

「やっ!」

鋭い刺突。

あくまでも人間にとっては、だが。

俺の動体視力が瞬時に加速し、サーベルの切っ先をロックオンする。

心臓を狙った突きとみせかけて、すくい上げるように喉か顔を突く変則的な攻撃だな。

前世の俺だったらどうなっていたかわからないが、今の俺には盆踊りみたいなスローモーションにしか見えない。

よし、じゃあぶっ飛ばそう。

俺は意識を集中し、左足で斜め前に一歩踏み込む。これで激痛サーベルの軌道から外れた。もう当たらない。

後ろに残った右足を一瞬だけ魔法で重くして、アンカー代わりに地面に固定する。

それから筋力強化の魔法を解放し、右足から腰、背中、肩へと力を伝えていく。

目の前には鮮血伯の勝ち誇った顔があった。物凄いドヤ顔だ。

俺の動きが速すぎて捕捉しきれなかったのか、まだこちらに視線が向いていない。

では遠慮なく。

俺は小剣を握ったままの右手で、フルスイングのストレートを放った。

小剣の刃が激痛サーベルの刀身をひっかけ、頑丈なハンドガードが鮮血伯の顔面に命中する。

激痛サーベルは刀身の峰が鮮血伯の顔にぶちあたり、伯爵の顔面と一緒にへし折れる。

そういや触れると痛いんだっけか。

ここまで一秒足らず。

「ほぁぶしっ!?」

なにその悲鳴。

俺は宙に浮いてスローモーションで飛んでいくなんとかスキーの体を、人狼の動体視力で見送った。

一回転したな。

三メートルほど吹っ飛んだ鮮血伯は、運動場のような固い地面に顔面から着地した。

ほぼ同時に、激痛サーベルの折れた刀身がくるくる回って地面にさくりと刺さる。

「うぎょああああぁ~っ!」

凄い悲鳴があがったが、それは俺のせいじゃない。激痛のサーベルのせいだろう。変な魔法の剣なんか使うからだ。

なんとかスキー伯爵は泡を吹き、シャチホコみたいにのけぞってからガクリと気絶する。

ダウン後に格好いい決め台詞を投げてやろうといろいろ考えていたのに、あっさり気絶されてしまった。

俺は若干困り果てて、見届け人たちの方を振り返る。

彼らは呆然としたまま、俺となんとかスキー伯爵を見比べている。

俺の主観では数十秒に感じたけど、実際には一瞬だったからな。

だがもしかすると、ロルムンドの決闘ルールではまだ決着がついてないのかな?

「……とどめを刺したほうがよろしいか?」

その言葉に見届け人たちはハッと我に返ったらしく、慌てて決闘の終了を宣言をした。

「勝者、ヴァイト・グルン・フリーデンリヒター卿!」

「シュメニフスキー卿、しっかりしなさい!」

「か、顔の形が……」

「前歯が全部なくなってるぞ!?」

「医者を、いや治療術師を呼べ! 早く!」

いっそ殺してあげたほうが親切だったかもしれない。

担架で運ばれていくなんとかスキー伯爵を見送って、俺は手にしていた小剣をふと見る。

ごついハンドガードが衝撃で歪んでいた。

「手加減は難しいな」

俺は小剣を鮮血伯の介添え人に返すと、帰って夕飯を食べることにする。

砂ににじんだ伯爵の血より、俺は夕陽のほうが赤くて綺麗だと思った。

「私の名誉のために戦ってくれたことに礼を言わせてくれ。ありがとう、ヴァイト卿」

「俺は貴殿の盟友だ。当然のことをしたまでに過ぎない。それに別の目的もあるしな」

ああいうのはスクールカーストでギークお嬢様を虐めるジョックどもみたいで気分が悪い。

帝都にあるエレオラの私邸で、俺はエレオラに礼を言われながらロルムンド名物の牛肉の煮込みを食っていた。ビーフストロガノフに似ている。

「だが伯爵を殺さなかったようだな?」

こっちの世界は畜産が未発達なので、牛肉はなかなか食べられない。皇女様のおごりでたらふく食わせてもらおう。

煮込まれた牛肉のとろけるような旨味を堪能しつつ、俺は意識を少し巻き戻す。

エレオラが今、なんか言ってたな。

ああ、なんとかスキー伯爵を殺さなかった件か。

エレオラは給仕に葡萄酒を注がせながら、こう続ける。

「ロルムンドの人間、特に貴族は執念深い。『前の冬を忘れない者が、次の冬を越せる』という言葉もある。必ず復讐を企むぞ」

俺もなんとなくそんな気はしていた。

だが俺は邪悪な笑みを浮かべる。

「心配は無用だ。あの外道をわざわざ手加減して生かしておいたのには理由がある」

「理由?」

エレオラが不思議そうな顔をして、隣にいた副官のボルシュと顔を見合わせる。

俺はこう答えた。

「死人の有効活用は死霊術師にしかできないが……」

「やろうか?」

パーカーが横から割り込んできたので、俺はカイトに視線で合図する。

即座にカイトがパーカーをずるずる引きずり、隔離用の別室に連行していく。

「パーカーさん、すみません。これも仕事ですから」

「待って! 先生と共同開発した新しい術を試したいんだ! この術なら帝都を大混乱に陥れられ……」

妙に気になる台詞だけ残して、兄弟子は消えた。

俺はエレオラに向き直り、改めて言い直した。

「生きている人間には使い道がある。それが無能な人間であったり、明確な敵であったりしてもな」

「……また何か企んでいるのか」

「そんな大したものではないよ。さて、出かけてくる」

俺は肉を全部平らげると、ナプキンで口を拭って立ち上がった。

「決闘したばかりだというのに、今からまた外出か? もう遅い時間だぞ?」

エレオラが妙な顔をしているので、俺は思わず笑う。

「人間相手の決闘など、人狼にとっては余興にもならんよ。本当の仕事はここからだ。貴殿はゆっくり休んでいてくれ。それと……そうだな、そこの鉢植えをひとつくれないか?」

「鉢植え? 構わんが……」

俺はミラルディア南部のゆったりとした民族衣装に着替えながら、エレオラに笑う。

「伯爵の見舞いに行ってくる。ラシィ、同行してくれ」