軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

フォルネ卿のさらなる反撃とますます困惑する黒狼卿

139話

とりあえず解放軍がこっちに攻め込んでくる気配はないが、エレオラ皇女との駆け引きは現在も継続中だ。

彼女は南部連邦の評議員への働きかけを行ってくるので、ちゃんと見張っていないといけない。

といっても、こんな有様だ。

「おい見ろヴァイト、また俺んとこに密書が来たぞ!」

評議会の席で、海賊都市ベルーザの太守ガーシュが楽しげに笑っている。

彼が手にしているのは、エレオラ皇女からの密書のようだ。

「評議会内部で『困ったこと』があるのなら、いつでも相談に乗るってよ」

無難かつ遠回しな表現だが、要は『評議会に不満を抱いているのなら必要な協力をする(ただし相応の見返りは求める)』というお誘いだ。

すると交易都市シャルディールの太守アラムも、苦笑を浮かべてみせる。

「私のところにも密書が届いてましたよ。挨拶程度でしたが」

「あ、うちも」

工芸都市ヴィエラの太守フォルネも挙手する。

手当たり次第だな。とりあえずは様子見といったところか。

「私のとこ来てないわよ?」

「ボクも」

メレーネ先輩とフィルニールはつまらなさそうな顔をしている。

さすがに魔族相手には、どう交渉すればいいのか見当がつかないのだろう。

このようにロルムンド側からは懐柔工作を受けているのだが、今日もみんなでゲラゲラ笑っておしまいだ。

元老院を相手にしていた頃からこんな感じなので、今さら騒ぐほどのことでもない。

「北のお姫さんは、柔らかく交渉を進めるのは苦手なようじゃな」

漁業都市ロッツォの太守ペトーレが、密書に目を通しながらつぶやく。

「鞭をちらつかせて脅すのは巧いかもしれんが、もうちょっと飴を上手に使わんと南部民は言うことを聞かんぞ」

海を渡ってきた南部民、特に太守の家系は、冒険家たちの末裔だ。

開拓精神にあふれる彼らは、何でも自分で決めたがる。

そして強要されると反発したがる傾向があるので、元老院も長年手を焼いていたようだ。

みんなでひとしきり笑った後で、メレーネ先輩が新しい議題を提示する。

「ところで最近、北部の静月教徒がベルネハイネンに移住を求めてきてるんだけど、これ受け入れちゃっていいの?」

「あ、ボクんとこも。なんか改宗がどうとかって」

メレーネ先輩の治める古都ベルネハイネンも、フィルニールの治める工業都市トゥバーンも、北部に隣接している。

エレオラ皇女の政策は基本的に現実主義路線なのだが、宗教関連だけが異様に強硬だ。輝陽教以外の宗教勢力に対しては妙に冷たい。

迷宮都市ザリアの新米太守シャティナが、いっちょまえに腕組みなどしてつぶやく。

「ザリアにも移民が来ているが、エレオラ皇女は何を考えているのだろう。こうなることは目に見えているはずなのに……案外能なしなのでは?」

前半については同感だが、俺はそれを「彼女が無能だから」ではなく「彼女にはそうせざるをえない事情があるから」と解釈している。

そのほうが幅広く戦略を考えられるからだ。

「おそらく、わかっていてもそうしなくてはいけないのだろう。例えば、ロルムンド本国では輝陽教以外認めていない、とかな」

「あっ、それならつじつまが合います。なるほど」

うんうんとうなずくシャティナ。

工芸都市ヴィエラのクソオカマことフォルネは、ニヤニヤ笑っている。

「うちにも有名人がわんさか来てるわよぅ。作曲家のドナウト、神話画家のミューゼルに、彫刻家のシュタイデン。みんな北部太守のお抱えだったのに、わざわざヴィエラに来てくれてね。ああ、幸せすぎておかしくなりそうだわ。しかもシュタイデンの直弟子のバフルとゼオンが……」

彼の話が止まらないので適当に省略するが、要するに大量の文化人が流入してきているということらしい。

俺がリューンハイトを占領した際、少数派の静月教徒を尊重した理由がこれだ。

芸術家には静月教徒が多い。

そして彼らの作る作品は、貴族の富を動かしたり、庶民の心をつかんだりする。

もちろんそれは騎兵や城壁の代用品にはならないが、決して侮れないことも確かだ。

フォルネは手を叩き、一同に呼びかけた。

「そんな訳で、ますます完成度が上がった人狼劇シリーズを観てって欲しいのよ。ミラルディア全土の芸術家を手足のように使って、最高の舞台を用意したわ」

無邪気にはしゃいで、まるで子供みたいだ。

聞けば今回はフィルニールとメレーネ先輩の劇だというし、それなら少し興味もある。

そう思っていたのだが。

『僕は決めなければならない。このまま滅びるか、それとも戦うかを。だがこの決断は、僕には重すぎる』

『フィルニール。その重荷、私にも背負わせてはくれないか?』

『その御声はヴァイト様! 前線からお戻りになられたのですか!』

『任務が早く終わったのでな。戦いの疲れを貴殿の可憐な笑顔で癒してもらおうと思っていたのだが、それもかなわぬようだ』

なんだこれは。

人馬族の英雄フィルニールは、人間との戦いを決意できずにいた。戦えば敵味方に多くの血が流れてしまう。

そこに現れたのが、黒狼卿ヴァイト。フィルニールとは共に修行を積んだ兄弟子だ。

彼はフィルニールを励まし、そして流血を最小限に抑えるための知恵を授ける。

ヴァイトとフィルニールは共に先陣を切り、激戦に身を投じた。

『皆の者、ついにトゥバーンを攻略したぞ! ここから人馬族の新たな歴史が始まるのだ!』

『おおーっ!』

『我らがフィルニール! 烈走の戦姫、フィルニール!』

屈強な戦士たちの歓呼に応えるフィルニールだったが、ふと周囲を見回す。

『あの方は……ヴァイト様はいずこに?』

見回すが、黒い人狼の姿はない。この激戦を勝利に導いた彼は、すでに次の戦場へと旅立ったのだ。

『また、この胸の内を伝えられなかった……』

万雷の歓呼の中、フィルニールは寂しそうにうつむくのだった。

フィルニールを題材にした「烈走の乙女」が終わり、俳優たちが舞台上で笑顔をみせている。

人馬兵を演じた俳優たちは、みんな筋肉ムキムキの鍛え抜かれたハンサムだ。生命力がほとばしるような、力強い演技だった。

一方、フィルニール役だけが可憐な美少女で、それが彼女を一層華やかに引き立てていた。

ただ人馬族の姿を再現するのは難しいので、俳優たちは腰に大きめの房飾りを身につけている。馬のしっぽを表しているらしい。

同様に小脇に抱えている兜の飾りは馬のたてがみを模しているし、盾の意匠にも馬が用いられていた。これらによって、彼らが人馬族であることを表している。

人狼の俺の場合は、狼を模した兜を被り、黒い毛皮のマントを羽織ると「人狼に変身した」という扱いになる。脱げば人間の姿という扱いだ。

変な被り物や獅子舞みたいにしなかったのは英断だと思う。

このへんは前世の能などと同じスタイルだな。

フィルニールは劇にすっかり感激してしまったようで、立ち上がって拍手している。

「うはー、ボクかっこいい! でもセンパイが、もっとかっこいい! ね、ボクにもあんな台詞言ってよ!」

「勘弁してくれ」

俺がやっても微妙な空気になるだけだ。

フィルニールの視線から逃れようとした俺は、満面の笑みを浮かべているフォルネに向き直る。

「俺は脇役だと思っていたんだが」

「ええ、そうよ?」

「異様に目立ってないか?」

「そうねえ……フィルニールを励まし、成長を見守り、そして去っていくっていう、大事な役割だものねえ。しょうがないんじゃない?」

絶対わざとだろ。

どうやら抗議するだけ無駄なようなので、俺はあきらめて拍手する。

今回の俺は、要所要所に現れておいしいとこだけもっていく脇役ポジションだった。

そういえば前世の友人にも熱狂的な脇役好きがいたが、確かに脇役というのも魅力的だな。気楽だし、かっこいい。

俺が副官ポジションが好きなのも、案外そんな心理なのかもしれないな。

そんなことを考えていたら、今度はメレーネ先輩の劇「弧月の女王」が始まった。

『ミラルディア北部では、魔王陛下の命を無視した蛮行が行われているという。しかし我が吸血鬼の一族には、どうすることもできない……』

『メレーネ殿、どうなされたのですか?』

『ああ、ヴァイト。元は人の身であった私には、人の命が徒に奪われていくのが我慢ならないのです』

今度の俺は、心優しき吸血鬼の女王メレーネに寄り添う役どころだ。黒狼卿ヴァイトはメレーネを姉のように慕い、献身的に支え、ときには身の危険も省みずに守る。

『吸血鬼であるメレーネ殿は、人狼と同じ夜の一族。彼女への侮辱、断じて看過できぬ。ただちに取り消せ』

『ハッ! 魔族の掟はただひとつ、力のみ! 我が頭を垂れさせたくば、この首ごと落とすのだな!』

『ならばそうするとしよう。冥府でメレーネ殿に詫びるがいい』

北部攻略師団長、鬼族のドルブ残虐卿と決闘するヴァイト。

ドルブ卿の手下たちが卑劣にも襲いかかってくるが、ヴァイトは華麗な戦いぶりで返り討ちにしてしまう。ドルブ卿は激闘の末、ヴァイトによって倒される。

これで北部での魔族の暴虐も、ようやく収まるかに思えたのだが。

だが時すでに遅く、人間たちの猛反撃が開始された。

北部に展開していた魔王軍は油断しきっていて、たちまち劣勢になる。

使者として来ていただけのメレーネも、戦火に巻き込まれてしまった。

だがそこに、ヴァイトがただ一人で敵陣を突破して駆けつける。

『どこにおわす、メレーネ殿! ヴァイトが参りましたぞ!』

『ああ、ヴァイト……助けに来てくれたのですね……』

『何も仰いますな。今はただ、この戦場から逃れましょう』

『しかし眷属の吸血騎士たちは、皆討ち死にしてしまいました。とても逃げ延びられるものではありません』

気弱になっているメレーネを、ヴァイトが優しく励ます。

『この黒狼の騎士がおります。私がおそばにいる限り、千騎の精鋭に護られているものとお思いください』

ヴァイトは獅子奮迅の働きで血路を切り開き、メレーネを守りながら退場する。

いつの日か、再起することを誓って。

劇を観たメレーネ先輩は御機嫌だ。

「素敵じゃない? まさか自分の半生が劇になるなんて、人間だった頃は想像もしてなかったわ。ああ、吸血鬼になって良かった……」

「あれだけ美化されてると、もう別人ですよ先輩」

「あーうるさい、今は劇の中のヴァイトを想像して楽しんでるの。本物ヴァイトはおとなしくしてなさい」

ひどいことを言われてしまった。

だから俺はまた、フォルネに尋ねざるをえなかった。

「おい、フォルネ卿」

「なによ?」

「さっきから俺が目立ちすぎだろう?」

「まあいいじゃない。面白けりゃ何やってもいいんだから。あんたが武勲立てまくって有名になったのは事実だしね」

投げやりすぎないか。

「ここで大事なのは『魔族も追い詰められて蜂起した』ってのと、『魔王軍にふたつの派閥が存在してた』ってとこよ。あんたたち穏健派が主導権を握って今に至る過程を、わかりやすく劇にしてるの」

確かに先王様は魔族の生存のために魔王軍を旗揚げしたのだし、北部侵攻に俺やメレーネ先輩は一切関与していないが、そんな言い訳が通用するだろうか。

俺は懐疑的だったが、フォルネは自信たっぷりだ。

「ま、ここから先が工芸都市ヴィエラの本領よ。うまいことやるから、任せときなさいって。まだまだ準備してるのよ」

本当に任せて大丈夫なんだろうか……。