軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

陰謀は雪に埋もれて

127話

今年もミラルディアに冬が来た。

俺の執務室にやってきたマオが、頭を抱えている。

「元老院が、北部同盟での海塩の交易を禁じるそうです。敵を儲けさせる訳にはいかないと」

「おいおい、クラウヘンからの岩塩が市場に出回らなくなってるんだろう? 北部同盟の市民はどうなるんだ」

するとマオは肩をすくめてみせた。

「噂は色々聞いてますが、正解はそこにいる元老院の手先に聞いて下さい」

不機嫌そうなカイトが、湯気の立つ緑茶をふうふう吹いている。猫舌らしい。

元老院をひそかに裏切っている彼だが、どうもあっちでは「黒狼卿と対等に交渉ができる男」として一目置かれているらしい。

元老院ものんきなものだ。

カイトは茶を一口飲んで、こう答えた。

「クラウヘンが態度を軟化させ、『人狼斬り』の件は水に流すと言ってきたんですよ。その代わり、塩の権益をもっとよこせって」

「それで南からの塩の流入を遮断して、全部岩塩でまかなうことにしたのか」

北部では海塩の流通規模は大きくないから、普通に考えればクラウヘンのメンツを立てる程度の取引だ。

しかしクラウヘンがロルムンドに内通していることを知っていれば、見方はがらりと変わる。

マオが焼き菓子をぽりぽりつまみながら、真剣な表情になる。

「海塩が入ってこなくなった今、北部同盟の塩はクラウヘンがほぼ完全に独占しています。この状態でクラウヘンが寝返ったら……」

そう、北部同盟は塩の供給を断たれる。

ただでさえ最近は市場に出回る塩が減っているのだ。おそらく備蓄はあまりないだろう。

俺は北部市民の今後が心配になったが、どうすることもできない。

「バッヘンとアリョーグは、どちらも北部同盟の穀倉地帯だ。ここも寝返ってしまったら、北部同盟はだいぶ厳しくなるな」

「それにシュベルムには、北部同盟の常備軍が駐留してますからね。あいつらがどう動くかはわかりませんけど、ロルムンドに寝返ったら……」

カイトがうめく。

「都市ごとに役割分担を明確にしているのが、仇になっていますね」

マオは対照的に、皮肉っぽい笑顔を浮かべた。元老院に早く滅びてほしそうな顔だ。

俺はうめいているカイトに笑いかける。

「で、北部同盟の未来を憂う魔術官殿は、今日はどんな用向きかな?」

「元老院からの書状です。ヴァイトさんに友好の証を贈りたいと」

どうも元老院は俺を不自然にちやほやして、周囲から孤立させる作戦のようだ。

カイトが贈り物の内容を読み上げる。

「宗教都市イオロ・ランゲに、外交のための豪邸を差し上げるそうです。使用人として、美女二十人も」

「いらない」

俺が今一番欲しいのは、ネット完備でエアコンつきのワンルームアパートだ。

マオが肩をすくめてみせる。

「贈り物でヴァイト様を増長させつつ、周囲には『黒狼卿が北部同盟と内通している』と噂を流す。そんなとこですかね」

「正解だ」

カイトがふてくされている。あまりにもくだらない陰謀なので、さすがに情けないらしい。

「元老院としては、南部連邦に亀裂を入れる策略は順調みたいですよ。俺がそういう風に報告してるんですけどね」

「お疲れさまだ。悪いな」

真面目なカイトを裏切り者に仕立ててしまったのは、いささか申し訳ないと思っている。

クラウヘンは現在、深い雪に覆われている。ロルムンドとの坑道が完成すれば、少しやっかいなことになりそうだが、情報が乏しい。

「元老院は何も気づいてないのか?」

「ちらほらと怪しい動きはあるんですが、報告しても嫌がられるだけですから」

元老院では職員が元老たちに不都合な報告をすると「その件の非は誰にあるのか」「お前が責任者となって調査と対処を行え」などといった非常に面倒くさい流れになるため、元老院では小さな兆候は見過ごされる傾向にある。

そのせいか元老院はイエスマンばかりが出世する組織になっていて、元老たちの側近は誰も意見をしないらしい。

俺も前世でそういうところにいたので、カイトの苦労はなんとなくわかった。

もし仮に俺が親切心でロルムンドのことを教えてやっても、たぶん元老たちのところまでは伝わらないだろうな。

一方、俺たちは冬の間に着々と準備を整えていた。

軍備も大事だが、人材の育成もその一環だ。

今日は迷宮都市ザリアの新米太守ことシャティナに、ミラルディア情勢について授業をする。

「北部同盟の西側にあるバッヘン、シュベルム、アリョーグの三都市は、おそらく今頃はロルムンドと内通しているだろう」

すると彼女は挙手した。

「先生、どうしてロルムンドはその三都市だけに交渉を絞ったのですか? 北部同盟の全ての都市に同じ交渉をしても良かったのでは?」

「おそらくは人員の問題だろう。エレオラ皇女はどうやら、あまり多くの部下を率いていないようだ。外交官はそう多くない」

ふむふむとうなずくシャティナ。

俺はさらに続ける。

「それに一度にあちこちに手を出した場合、陰謀が露見する可能性も高くなる。手堅く狙えそうなところから、ということだろう」

そんな話もしつつ、俺は地図上の三つの都市を示した。

「この三都市は魔王軍に一度占領されているから、元老院が頼りにならないことも知っているし、樹海から来る魔王軍が脅威であるとも認識している。あと城壁の修復中で、まともに戦えないことも大きい」

「交渉決裂して、ロルムンドに攻め込まれるのも困るんですね」

「ああ。誰だって短期間に二度も攻撃されたくないからな」

後は交渉の進め方次第だが、ここはエレオラ皇女の能力を最大に見積もっておこう。三都市とも寝返ったと仮定する。

シャティナが地図を見つめつつ、うんうんとうなずいている。

「この場合、ロルムンド勢が五都市、北部同盟が四都市、南部連邦が八都市ですね。私たちが最大勢力になります」

「いや、そうとも言い切れないんだ」

俺は首を横に振った。

「北部の都市は、元老院の政策で人口が多い。一方、南部は小さな街ばかりだ。人口や長期的な軍事力で見た場合、そんなに差はないな」

むしろ国土が広い分、軍事的な負担は南部連邦が一番大きいだろう。少ない軍隊で広い国土を守らないといけないのだ。

頼みの綱のベルーザとロッツォは海軍が主力だし、魔王軍ががんばらないと守りきれそうにない。

戦争になるとちょっと大変そうだな。

リューンハイトに戻った俺は魔王陛下に謁見し、恭しく一礼する。

「そんな訳で、軍事力の強化を引き続きお願いしたいんですよ」

げっそりとやつれた師匠は作業室の一角で、俺の差し入れたお菓子を紅茶で流し込む。

それから俺を恨みがましい目で見上げた。

「おぬし、魔王遣いが荒すぎるぞ」

たかが一万二千体の骸骨兵ごとき、魔王ゴモヴィロア様の手にかかれば簡単なものですよね。

すると師匠は休憩用クッションの山に埋もれながら、今にも死にそうな声でつぶやいた。

「これが上に立つ者の重圧なのかのう……」

「そうですね」

たぶん違うと思うが、細かい執務を全部俺たちが肩代わりしているのだから、これぐらいはいいだろう。

「ところで師匠、『魔撃書』ってご存じですか?」

師匠はクッションの山に潜り込んで、自称「無敵モード」に移行しながら答える。

「知らぬのう」

「たぶん、魔法を使った射撃武器だと思うんですが」

説明をする俺の耳に、ジェリクの声が遠くから聞こえてくる。

『待ってくれモンザ、俺は大将の護衛をしただけだぜ!?』

『あは、ちゃんと止めなきゃダメだよ? ファーンが呼んでるから、一緒に行こうね』

『文句なら大将に言ってくれよ』

『うーん、言うだけ無駄だからねえ……』

ひどい言われようだが、今ここで外に出ていく勇気は俺にはない。

というか、俺はあの直後にさんざん怒られたからもういいんだ。

師匠はというと、クッションの山から這いだしてきたところだ。

「わしは死霊術師じゃから、そういった品は死霊術のものしか作れぬ。それに現物がなくては、分析もできぬからのう」

「リュッコでも無理ですかね」

魔王軍所属ではないが、ゴモヴィロア門下には魔法道具の製作を専門とする者もいる。

しかし師匠は首を横に振った。

「さすがにあやつでも無理じゃろうのう……。じゃが近々リューンハイトに呼び寄せるゆえ、そのときに相談してみよう」

「わかりました」

南部連邦が各地に放った密偵からも「魔撃書」「魔撃大隊」の情報は全くないし、かなり気になるところだ。

たぶん銃器の一種だと思うのだが、具体的な性能がわからないのは怖い……。