作品タイトル不明
第33話 婚約破棄劇場
とうとう、竜の襲撃がないまま卒業の日を迎えてしまった。ゲームの通りならルナや攻略対象者が学院にいる時に発生する。『物語の強制力』があるならば、学院に執行部全員が揃う最後の日、今日こそ竜の襲撃があり、そして同時にここで私が殿下から婚約破棄を告げられる。どちらが先でもいい、今のこの状況を変えられるのなら。私にとってはどちらのイベントも、ここから逃げ出してシグルドの待つ隣国へ向かうための足掛かりに過ぎない。
学院長が壇上に立ち、式辞を述べている。私は清聴する態で、チラリとその背後を盗み見る。執行部の面々、殿下とルナが幸せそうに微笑みあっている。卒業生の最前列に位置するとはいえ、婚約者のエスコートもなく一人壇上を見上げる私。周囲の学生たちが私と目が合わないようにする必死な様子は、いっそ労いたくなる程だ。みんなわかっているんだ、今日婚約破棄されること。そして巻き込まれないように己を守っている。私は王家の傍流たる公爵令嬢、婚約破棄をされたとて、その実家の権勢がすぐに衰えるわけではない。
一方、ルナは学院や王都では「慈悲深き希代の才媛」と祀り上げられているものの、聖女と呼ばれるには至っていない。竜の撃退という、王都中が目撃する華やかな活躍シーンがないために、決定打に欠けているのかもしれない。それでも、民衆の高い支持を集める彼女を王家に取り込むのは大きなメリットになるはず。
だが貴族としては、もろ手を挙げて殿下とルナを祝福して我が家から睨まれるのも、私に同情を見せて将来の王たる殿下の不興を買うのも、どちらも避けたいというのが本音だろう。
学院長の声が響く中じりじりとした時間が過ぎ、いよいよ、壇上に殿下とルナを中央にした執行部がずらりと並んだ。
「本日、皆と共に卒業を迎えられたことを嬉しく思う」
華やかなプリンススマイルで、卒業生としての答辞と、王族としての祝辞が程よくブレンドされた殿下のお言葉が続く。それから一拍置いて、意を決したように殿下が言った。
「そして今日、この場を借りて皆に大切な知らせがある」
いよいよだ! 私は伏し目がちに、感情を読ませない貴族的な表情を作った。
「卒業後、私が結婚をすることは皆も知っての通りだが……」
そこで言い淀む殿下を、ルナが不安そうな目で見つめた。
「失礼、ここからは私がお話しいたしましょう」
二人を庇うように、ずいっとネルソンが前に進み出た。
「こちらのルナ嬢が大変優秀でありながら心優しく、そして信仰に厚い女性であることは周知のとおりです。そして、学院の創始者に選ばれ手に入れた莫大な遺産も、惜しみなく庶民に分け与える慈悲深さ。神に選ばれた花の如き存在を、このまま野に置くのはいかがなものかと、長く関係者で話し合いがもたれました。そして」
ここで、ちらりとネルソンが私に目線を流した。嫌な奴だ。気づかぬ態で目を伏せたままの私に、ネルソンが一瞬だけ不満げな顔を見せるが、すぐに表情を取り繕った。
「そして、新時代の王には、旧態依然とした貴族ではなく、民衆に開かれた新しい王家の象徴に相応しい伴侶が必要であると結論づけました」
場内が、低く呻くようにどよめく。
「すなわち、ヒルメス王太子殿下の婚約者に、新たにルナ嬢が選ばれました。こちらはこれまで婚約者をつとめてきたアーヴィング嬢からの申し出でもあり、円満な変更です」
おおー! と、場内に高く驚愕の声が満ちた。それまでは少し哀れみを感じさせた周囲の目が、今は好奇の、そして少しの蔑みが含まれた視線に変わった。まあ、当然だろう。平民に円満に婚約者の座を譲る貴族、それも公爵令嬢なんて。貴族からみれば負け犬だ。しかし、お父様はあんなに王妃王妃とうるさかったのに、いつのまに『関係者のお話合い』をしていたのだろう? まあ、ゲームでもヴィクトリアの知らないうちに婚約破棄の話がまとまっていたから、これも強制力の一つなのかもしれない。
「そういうことなんだ、皆には報告が遅れたのだけれど」
ここでようやく、ネルソンの隣から殿下が一歩前に進み出た。
王族らしいよく通る声で、優し気にルナのこれまでの功績を讃える。努力、人柄、そして美しさ。
「卒業後、彼女はまずこの学院の顧問となりその奨学金で広く平民にも門戸を開く事業に携わることになる。国のため、王家のための重要な仕事だ。ここにいる皆にはこれからも、いや、これまで以上に彼女を支えて欲しい」
殿下の隣ではにかむルナに、会場中から大きな拍手と歓声が巻き起こる。
「それから誤解をしてほしくないのだけど、今回のことを一番最初に提案してくれたのはヴィクトリアなんだ。幼馴染として祝福してくれると、そしてこれからもアーヴィング公爵家として僕を支えてくれるといってくれているんだよ」
そうだね、と壇上から殿下が私に微笑みかける。
「御意にございます」
私は悲し気な表情で殿下を見上げ、口元だけ弧を描いた。
「朗らかであたたかな春の風は、王国に新しき時代をもたらしましょう」
私は女性の膝折礼ではなく、胸に手を当て、恭しく臣下の礼で恭順を示した。殿下が鷹揚に頷いて見せると、ネルソンがまた前に出てくる。
「さあ、王太子殿下の新しき門出に祝福を!」
『王国万歳! 王太子殿下万歳!』
ネルソンの音頭に、場内の男子学生が野太い声で唱和を繰り返す中。
「失礼いたします」
誰にともなく小さくいって、会場の熱気を背に私は足早に会場を後にした。壇上に王族がいて式はまだ続いているのだから、本来は無作法を通り越して不敬といわれかねないのだけど誰からも引き留められなかった。振られた女を揶揄することも、慰めることも公の場での貴族の振舞いではない。後に続くパーティーの時間になったらその限りではないだろうけど。でも、関係ない。その頃には私はもういないから。