軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

会場の片づけ等はお任せしてシレンツィオ城からお暇することになり、公爵閣下とタスカー侯爵閣下(見かけなかったけどパーティーにはこっそり参加していたらしい)も見送りに来てくれた。

公爵閣下…ティーレ様が真顔で俺に言う。

「素晴らしい演奏会だった。もし、歌手たちに強引な縁談の話などが来た場合は私の名を出して断っても構わない」

「……えっ?」

見目麗しい歌手ばかりだし、既婚者ならいいが未婚だと今日の話を聞いて目を付けた貴族が第二夫人や愛人に欲しがる可能性がある…と説明された。

マジか。

平民を侍らせたがるとしたら俺より下の身分だろうから断れるんじゃないか…? と思ったけど、わざわざそう言うってことは伯爵家より上の身分からの打診もあるかもしれないと想定しているんだろう。

芸に秀でた有名人には箔が付くから、平民といえど欲しがる貴族も出てくるってことか。顔が売れるとそういう弊害もあるのかぁ~~~。

「見目麗しい…ってもしかしてあたしも入ってるのかい…?」

スザンナがラナドにこそっと聞いていた。ラナドが「おそらく」と返すと「へ~! 初めて言われたよ見目麗しいだなんて!」と驚きで声を大きくした。「こらっ!静かに」とラナドに怒られている。

「…初めて言われたのですか? お綺麗なのに」

平民が許可なく貴族の前で発言するのは無礼になるが、お堅い場でもないので閣下たちは許してくれている。ジュリ様が不思議そうに聞いた。スザンナはちょっと太目の体型だが肌が綺麗になると体型も金持ちっぽいイメージになり上品に見えるんだそうだ(ラナドから聞いた)。スザンナが答えていいのかと目で訊いてきたので頷く。

「あたしは素顔だとお世辞にも美人とは言われないんで、はい」

「…素顔?」

「化粧で多少マシになっとるんで!」

「…お化粧…ですか? ああ、少しだけ聞いたことがございます。舞台役者がするという…」

ティーレ様は表情が変わらなかったがタスカー侯爵がぎょっとした顔をした。あ、役者か…もしくは娼婦・男娼しか化粧をしないってこと、ジュリ様は知らないんだな…。

「…アマデウス、そなた、普段から己の身の回りの者に化粧をさせているのか…?」

タスカー侯爵が口元を引き攣らせて聞いてくる。

―――あ、ヤベ… 怒られが発生する予感!

かつて『アマデウス様は女性に化粧を勧めているのですか、最低ですね』とキレたポーターの冷たい視線が思い起こされる。

この世界では化粧を女性に勧めるのは相当デリカシーのない行為とされているのである!

そして言外に“お前はそういう行為を経て美形を作り、それを侍らせて楽しんでいるんか…?”という疑惑もタスカー侯爵からかけられているようである。

「い、いえいえ、舞台に立つということで今回は特別です! …あ、ロージーにはよかったら目の下のクマを隠さないかと勧めましたが、女性陣には勧めてません、彼女らは自主的に…神に扮するということで、飽くまで自主的に…です…」

……すごく言い訳くさいな!!! まぁ言い訳みたいなもんなんだが…。

別に誰がどこで化粧してたっていいじゃん と前世記憶持ちの俺は思うが、この世界の住人としては非常識なのでそんなことは口に出せん。

「はい、やらせてほしいって言ったのはあたしですよ! 濃いそばかすがあるんですけど、綺麗に隠れてくれて!」

「わ、私も…あまり容姿に自信がなかったので…させて頂きたいと申し出ました」

嬉しそうなスザンナと恥ずかし気なソフィアが肯定してくれてホッとした。

「そばかすが、あるのですか……」

ジュリ様がじっとスザンナを見た。驚いているようだ。

そうか、この世界で化粧品は限られた専門職しか使わない商品なのだ。――娼婦を見たり買ったことがある貴族の男は知っていても――貴族のお嬢様は化粧品を知る機会がほぼない。もう少し育てば耳にするのかもしれないけど…。

「そなたも化粧を?」

タスカー侯爵がマリアに目を向けた。マリアは涼しい顔で「いえ、私はしておりません」と返す。天然美人です宣言。

侯爵は「そうか…そなたは貴族の男にも…夫人にも狙われるかもしれんな…」とマリアをしげしげと見た。どっちにも需要が生まれてしまったか…。有閑マダムに人気が出ることは願ったり叶ったりだが、囲い込もうとされるのは困る。

歌手四人皆、現在は独身だ。もしそういう困ったことがあれば公爵閣下のお名前、有り難く使わせて頂こう。お気遣いに感謝である。

※※※

正面扉を出て門前の馬車まで歩く途中、シャムスが立ってこちらを見ていた。

多分全員が(おっ、出た)という気持ちで見た。予想範囲内である。平然を装って通り過ぎようとしたが、「…アマデウス様」と静かに声を掛けられた。顔を向けると、彼は口を開けたが言葉が出てこなかったのか口を閉じた。そしてバドルを見つめた。よく見ると目元が少し赤い。

「……デウス様、少し、彼と話をしてもよろしいでしょうか?」

バドルがそう言った。

何か言いたげに俺を見るシャムス。

「そんな目で見られても私はここにいますんで…」

他の皆には先に馬車に乗ってもらいにこの場を離れてもらったが、俺は残った。

「気を遣って二人にする場面では?」

まぁそれは仰る通りなんだけども別に意地悪してる訳じゃない。

「バドル一人残していくのはやっぱり心配だから…」

俺はバドルの雇い主だ。バドルは元貴族とはいえ今は貴族籍を失っているも同じ。そんな部下を大貴族の敷地に一人で放るのは流石に無責任だと思うし。

「デウス様は私たちの関係をご存知ですよ」

「なっ…なん、…話したのか…」

シャムスが怯む。まぁ恥ずかしいだろうね、若い頃の恋愛沙汰を知られるのは…。嫌そうな顔するシャムスといつも通り穏やかな笑顔のバドル。バドルがすっと真顔になって口を開く。

「……どうして、弟君に爵位をお譲りになったのですか?」

俺が図書館でメモしていった名前はシャムスの弟だったらしい。シャムスは少し目を見開いてから、瞑った。

「…あのまま結婚したら、お前が…永遠に戻って来なくなる気がした」

二人は暫し黙って見つめ合った。シャムスが俺をちらっと見て溜息を吐く。恥ずかしいけど俺に聞かれるのをもう致し方ないと諦めたっぽい。

「…私の都合で振り回して、弟と婚約者には申し訳ないことをしたが…結果的には良かったと思っている。婚約者は弟と結婚し、今も仲睦まじい夫婦だ。立派にスローン家を支えてくれた。私は家を出て治癒師の修行をした…昔…バドルの母君は、治癒師がいれば助かっただろう。いつかまた流行病が起こった時…役に立てる人間になっておけば…お前に見直してもらえるんじゃないかと思っていた…」

「…シャムス様…」

治癒師になったのもバドルがきっかけだったのか。爵位を譲ったのも…。シャムスの一途さに頭が下がる。

また暫しの沈黙が流れる。

「………シャムス様。勝手なことを申し上げていいでしょうか」

「…何でも聞く」

「私が貴方のところに戻ったら…貴方は喜んで下さいますか?」

大きく瞠ったシャムスの目に水分が溜まった。

「……当り前だろう」

バドルがゆっくり歩み寄り、手を伸ばす。シャムスがそれを取って強く握りしめた。

「老いぼれになってしまいましたが、よろしいんですか」

どこか申し訳なさそうに微笑んだバドルに、シャムスは目を瞬かせて涙を次々溢した。

「それは私も同じだ。…いいんだ。お前なら何でも、いいんだ」

―――その喜びようはきっと、戦の神がその胸に戻ってきた闇の神の如し。

…頑なに話をしようとしなかったバドルが、目を吊り上げてバドルに近寄ってくるばかりだったシャムスが、こんなふうに歩み寄れたのは“ラモネ”の効果もあったんだろうと俺は思う。

見たか! これが(多分)音楽の力よ…! と心の中でだけドヤ顔をした。

………というか、バドルがシャムスとよりを戻す? ということは??

この歳で遠距離恋愛なんてしてられないよな? となると一緒に住む? でも住む所とかどうするんだろ…馬車と皆を待たせているからそろそろ切り上げないとアレだよなぁ…でも言い辛いなこの雰囲気……

と、感動的な場面を前に俺は現実的なことを考えていた。

シャムスの衰えない行動力が発揮された結果、数日後俺たちは皆びっくりすることになる。