軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リハーサル

黒服パーティー本番は二年生に上がる直前になった。

名目としては俺とジュリ様の婚約祝いだ。

ドレスコードは黒服。招待するのは基本的には学院生と付き添いのみ。

まずは俺とジュリ様の親しい友人から招待し、噂を聞きつけて来たがった人でドレスコードに同意してもらえたら次々招待した。アルフレド様やエイリーン様が参加するとわかった時の食いつきは予想以上に凄かった。美の力は凄い。

「おお~~~~…」

会場内に設置された舞台には、大きな絵画が飾られている。

闇の神と思われる、黒い髪に銀の刺繍が施された黒い衣装の男性と、戦の神と思われる紅い長い髪に銀色の鎧、立派な剣と盾を持った女性…の絵。鎧が胸の辺りを隠しているから女性とも男性とも取れるビジュアルをしていた。

闇の神は地下と思われる暗い場所で戦の神を見上げている。戦の神は明るい地上から闇の神を見ている。二人の間には黄泉の川が流れ、川岸にはレモン…ラモネの木が生え、川の奥の方には銀の馬に乗った黒騎士が描かれている。

公爵家が懇意にしているというアトリエに依頼して描いてもらった絵画だ。遠くからも見えるようにすごく大きい。前世の歴史的名画を生で見ているみたいな迫力と感動がある。もうこれだけでも見応え充分。

アトリエ代表の画家先生には一度だけお会いしてイメージを伝えたが、礼儀正しいイケオジだった。あまり時間が無いけど間に合うのかなと少し心配だったが大勢の弟子がいて協力して描くスタイルらしく、いらない心配だったようだ。見事に美男美女が描かれている。

「でっかいね~~! すごい絵だ! 本物の人みたいだ!」

スザンナが無邪気に褒めた。ラナドとバドルは嬉しそうにおお…、と感嘆の声を上げたが、他の面々はポカンとして固まった。

「絵…あれは絵…?」

「…神様…」

「……」

マリアは混乱して、ソフィアは拝み始め、ロージーは固まっている。そうか、平民組はあまり写実的な絵画を見たことがないのだ。町の教会や集会場に絵は所々飾ってあるが、そういえばそこまでリアルな絵は見たことが無いな。画力の高い画家は貴族が囲い込むことが多いみたいだし。貴族も驚くくらいの大作を見たらポカンとするのも無理はない。天晴れ、公爵家の財力。

「さ、予行練習しよう。大丈夫大丈夫、皆絵に負けてない!」

リハーサルの為に一足先に集まったのだ。会場には今俺たちと公爵家の執事さんくらいしかいない。手を叩いてそう言うと皆意識をこちらに向けてキリッとした。スザンナは胸を張って言った。

「あぁ、やっぱり化粧してきてよかったよ! そのままのあたしで立つには豪華過ぎる舞台だ」

そう。今、歌姫たちのみならずロージーも、化粧していた。

※※※

町の劇場で同じ演奏会をやる直前に、ふと提案したのだ。

「ロージー、少し化粧してクマ消さない?」

ロージーは目の下のクマさえなければかなりの美形。まぁ色んな人が顔のちょっとしたものを消せばそうなんだけど。

「え…何でですか?」

「いやね、歌手にとって大事なのは歌だよ勿論。でもね…やっぱ、美の力ってすごいんだわ。訴求力というか」

「訴求力…」

「今回、貴族の令嬢たちのウケは重要なんだよね…これからジュリ様…俺の婚約者の味方についてほしい人たちだからさ。流行を生み出すのも社交界では女性が多いし」

音楽にそこまで興味が無い人も美形という所を入り口に音楽に引き込めたら良いし、ロージーやマリアの固定ファンになってくれればこれからの商売も安定する。

「まぁ、俺は構いませんけど…」

「ありがと。よし。ポーター、ファンデ…『白粉』わかる? 調達してもらえるかな、一つ…あ、化粧落とし用の石鹸があれば一緒に」

化粧のことで俺とロージーと揉めたことを思い出したのかポーターは嫌そうな顔をしながらも頷いた。

「ご存知かもしれませんが、化粧品なら高級娼館に卸している所が良いと思います。あまり価格が低い娼館に卸している所の物は粗悪品も多いそうですから」

マリアがそう言うと、スザンナが「化粧品だって?」と近寄ってきた。

「え、ロージーは化粧して出るのかい? それならあたしも化粧して出てもいいのかい?」

「え」

女性に化粧を勧めるのはかなり失敬という風潮がある世界である。化粧に肯定的とわかっている男のロージーには気軽に勧めてしまったが…

「…化粧したいの?」

「娼館で女たちがしてるのを見たことはあるけど、やったことはねぇですから、やってみてぇです。あたしみたいなのでもマシになるっていうじゃないですか」

スザンナはわくわくした顔をしている。娼館で掃除婦してたから抵抗がないのか。というか…確か舞台に立つ役者なら化粧するのは肯定される的な感じだったっけ。

俺はスザンナを見た目が悪いとは思わないけど、こっちの価値観では結構な不細工扱いなんだった。濃いそばかすと小太りな所が。俺からしたら、ふくよかで目がぱっちりしてて睫毛も長く、笑顔がチャーミングな奥さんって感じなんだけど。小奇麗にしてれば金持ちの有閑マダムって言われても信じるくらいには整っていると思う。

「したいなら勿論良いよ、衣装と同じでお金はこっちで出すし」

「えっ…で、では私もしてもよろしいでしょうか?!」

ソフィアがずいっと前に出て言った。

「え、ソフィアも?」

「だって…マリアさんみたいな…カッコいい人の相手役ですし…マシになるなら、したいです!」

ソフィアも俺の目から見たら充分美少女なんだけど…うっすらそばかすがあるのでこちらでは平凡顔なのだ。

「勿論、したいなら良いよ。…マリアはどうする?」

「アマデウス様がした方がいいとお考えならしましょう」

「いや全然思わんけど…」

マリアは そうでしょうとも と言いたそうな顔をした。

髪を切ったマリア。

8:2で前髪を横に垂らし、襟足は刈り上げる手前くらいに潔く短くした。

めちゃくそイケメンである。

意識して一人称を『わたくし』から『私』にしてあまり女言葉を使わなくしているようだ。何か体型も変わらなかった? と聞くと服の肩に布を少し足して肩幅を作り胸は布を巻いて押さえて目立たなくしているという。本格的に男装~!

現在、少し気の強そうな女顔の美少年に見える。一番化粧品には慣れてるだろうが必要がない。

化粧品を入手した後日。

スザンナはそばかすが消えた自分を鏡で見て、「これがあたし!? なんとまぁ見違えるねぇ!」とはしゃいだ。ラナドが「本当、別人のように綺麗になりましたよ」とよく考えると失礼な褒め方をしていた。

マリアが呆けた顔をしていると思ったら、ソフィアが化粧をした顔を上げて皆の方を向いた。

「ど…どうでしょうか」

「おお、ソフィアも見違えましたよ」

ラナドは既婚者だからかさらりと褒めてくれる。ロージーは褒め言葉が出てこないのか無言。バドルは微笑ましそうに眺めていた。マリアは何故かソフィアを見て固まっている。

「…マリア? どうかした?」

「あ、あぁ…いえ。その…ソフィアがとても可愛らしくて…ビックリしていました」

「えっ! あ、ありがとうございます…」

頬を赤くして照れているソフィアは大変可愛らしい。スザンナも綺麗になった。それはそう。―――俺には化粧する前からそこまで変わったようには見えないが。

結果―――――――――――町の劇場では、興奮のあまり失神する女性が数人出た。

”君を美しくするもの”を披露してから、町でロージーの女性人気は頗る高い。演奏会にも女性ファンは大勢来た。マリアが登場した時の黄色い声も凄く、ロージーが“ラモネ”を披露した後の歓声は凄まじかった。叫び過ぎて失神した若い女性を介抱する為に小休止を挟んだ。

その後のソフィアとスザンナの歌の評判も上々。ソフィアの歌で笑顔になり、スザンナの歌に感動して泣く人が沢山見受けられた。

大きな拍手が鳴り止まない中で終演。終わった直後から楽師たちにはまたやってくれと言う声が沢山届いたそうだ。皆その成功体験で自信がついたようだった。俺も評判の良さにホッとした。

※※※

貴族の令嬢たちは美形を見る機会が平民より多いはずだから、失神はせんだろ。多分。

失神した場合はシャムスに任そう。

舞台で色々なタイミング合わせ、拡声器の調整など無事リハーサルを終える。

開場まではまだ時間がある。演奏者や楽師たちは休憩できる部屋に通してもらい、俺はジュリ様に挨拶しに向かう。

来たことを執事さんに伝えてもらい応接室で待つ間に、待ち構えていたのかシャムスが現れた。

「お久しぶりです、アマデウス様。お元気そうで何よりです」

シャムスは全然そう思ってなさそうなムス…とした顔である。目線が俺の後ろをうろうろしたから、バドルがいないか確認したのだろう。一途なことだ。

「お久しぶりです、シャムス。おかげさまで元気ですよ。丁度良かった…今日の演奏会、見てくれるんでしょう。ロージーの歌をよく聞いて下さいね」

「ロージー…?」

「灰茶色の髪の男の楽師です」

「ああ…」

ロージーのことはわかったが何故そんなことを言われたのかはわからないのだろう、シャムスは首を傾げる。

迎えが来て俺はジュリ様がいる部屋に案内され、シャムスとはそこで別れた。

「いらっしゃいませ、デウス様…あぁ、…素敵です」

今日俺が着ているのは白いシャツに、首元には黒曜石の飾りを付けた灰色のタイ…クラバットというんだったか? を巻いている。黒く光沢のある生地に銀の刺繍が入った丈の長めな細身のコート。コートとお揃いの刺繍が入った黒いスラックスに黒い編み上げブーツ。

俺の衣装を見て嬉しそうに微笑んだジュリ様。

当のジュリ様も、光沢のある黒いドレスだ。俺とお揃いの銀色の刺繍が入っていて、ふわりと広がったスカートは白いフリルと灰色のリボンで飾られている。少し開いた胸元には赤い宝石が使われたネックレス。

いつも付けているシンプルな仮面ではなく、白いけれど細かい銀の模様が描かれた仮面だった。

「あの…」

「? はい」

「ジュリ様…素顔のそのお姿を、拝見させて頂きたいのですが…」

「えっ…」

俺はあと一歩の距離まで詰めて、ジュリ様を見下ろした。

「ああ、でも仮面の紐を髪に編み込んでいらっしゃるんですよね…仮面を取るには髪を解かないといけないのか…」

「で、デウス様…?」

近い距離にジュリ様は戸惑っていたようだが俺はこの時それに気を遣う余裕がないくらい結構切実だった。

少し身を屈めてジュリ様の耳に囁く。

「……どうっっしても今、その衣装のジュリ様を素顔の状態で見たいんですが、…駄目ですか」

「ヒェ」

ジュリ様が赤くなって固まった。

髪を結び直させるのは申し訳ないが、着飾ったジュリ様の綺麗で可愛い姿を仮面無しでどうしても今、拝んでおきたかった。

いつも可愛いけどいつになくゴージャスな装いの恋人を拝み倒しておきたいのは当然であると言えよう。

「えっと、今日終わった後にゆっくり…というのは?」

「それもしたいけどすみませんパーティーが終わるまでおあずけってのはちょっと辛いです。少しでいいですから! 一分…いや30秒でもいいです!!」

マジで今拝んでおかないと演奏に集中出来ないかもしれないと思って懇願した。今すぐ見たい。

ジュリ様は少しの間真っ赤になってもじもじしていたが「で、デウス様がそう仰るなら…」とモリーさんを近くに呼んで髪を解いてもらい、部屋にいたメイドたちに「少しの間目を瞑っておきなさい」と命令した。

するりと仮面を外してジュリ様の目が見える。少し潤んだ紅い瞳が恥ずかしそうに逸らされた。

俺は数歩下がってジュリ様全体をじっと見つめた。あ~~~~~~~~~たまらん… とちょっと変態臭いことを思いながら目に焼き付けた。

「はあ…綺麗です、最高…」

「ぁ、ありがとうございます…嬉しいです」

テンションが高ぶって俺はジュリ様の頬に手を伸ばした。頬を染めた上目遣いの彼女の顔。俺も顔が赤くなってるのはわかる。ちらっとモリーさんの方を窺うとモリーさんは目を閉じてかつ顔をあからさまに俺たちから逸らして『見てませんよ』アピールをしていた。

……ゆ、許されてる。

こんな機会はそうそうない。迷う時間も意味も、無い。

「ジュリ様…いいですか?」

「っ …はい…」

小声で許可を求めた俺に、ジュリ様が答えて目を閉じてくれる。

そっと唇を重ねて少しだけ舐めると、ジュリ様が甘えるように俺のコートの裾を引っ張った。