軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

数百年後の本の上

【Side:エーデル】

「エーデル様!」

放課後、教室で帰る支度をしていたら敬愛するアマデウス様から呼びかけられた。クラスも違うしあまり顔を合わせる機会が無いのでお会い出来ると素直に嬉しい。

「アマデウス様! ご機嫌麗しゅう」

「アルピナ様はご一緒ではなかったですか?」

「アルピナは少々所用に…すぐ戻ると思いますわ」

彼女はお手洗いに行ったので待っているところだ。私達は二人とも寮住まいなので大体一緒に帰っている。

「少しだけ、二人にお話ししたいことがありまして。お時間を頂いてもいいでしょうか」

勿論了承した。アルピナも文句は言わないはず。

アルピナが戻ってきてから少しすると、教室に人がいなくなったので教室の椅子に腰かけてお話を聞く。

廊下にいた見張りの騎士が私達を見ることが出来る位置に移動した。そこかしこにいる見張りの騎士だが、基本的に交代の時以外動かないので置物のように感じてしまっているのか、動くと 動いた! と思う。

「そうだ、噂の件、尽力頂いたようで。改めて、お世話になりました」

「いえいえ」

「なんてことありませんわ! 頭を上げてくださいませ!」

アマデウス様に頭を下げられて焦ってしまった。恐縮ですわ…!

私達アマデウス様を信奉する会の者が熱心に画策したところ、ルドヴィカ様とアマデウス様の恋仲を否定する噂を流すのは案外容易だった。

元々ルドヴィカ様の普段の態度の評判が良くなかったのも要因だろう。

会にいるのは大体が男爵家や子爵家の者だが、伯爵令嬢も何人かいるし最近先輩のご令嬢も何人か加わった。数の力と女性同士の繋がり、頼もしいけど恐ろしいな…と自分達でやったことに少しだけ怖気付いたりした。

やり過ぎるとカーリカ侯爵家に睨まれたりしないかしら、と少しだけ不安だったが…

アマデウス様に鬱陶しく思われていた…という噂が流れたところで、ルドヴィカ様と縁談を取り付けようと近付く子息はまだ割といる。美人ですからねぇ。ルドヴィカ様自身はおそらくかなり自尊心が傷付いたとは思うが、侯爵家としてはそこまで痛手ではないのだろう。

「その噂の話をしていた時、そういえば大事な話をしていなかったなと思いまして」

「大事な話?」

「私が何故ジュリエッタ様に婚約を申し込んだかという話です」

私とアルピナはハッとした。

それは確かに、気になっていたけれどお聞きしなかったことだった。

アマデウス様が、“化物令嬢”とまで噂される方に婚約を申し込んだ真意。

私は、――――――私達は、アマデウス様の楽器の腕にも惹かれているけれど、同時に誰にでもお優しいその態度に感銘を受けた者達の集まりだ。

女誑しという噂もあったが、私達はそうは思っていない。

だって誰もアマデウス様から恋の駆け引きのようなことを言われた令嬢はいないのだ。会に属する令嬢以外にも知る限りいない。リリーナ様が調べたところ、アマデウス様に嫉妬した令息がそういう噂を流したんだとか。少し前に問い詰めたら婚約者になる予定のエンリーク様もそれに加担したと白状なさった(エンリーク様は反省している様子だったし今では会の一員だし、アマデウス様も女誑しの噂に対してはそこまで困っていらっしゃらないようだったので許した)。

彼は器量が悪い令嬢にも分け隔てなく優しい、ただそれだけなのだ。

私の外見は悪い方ではない。むしろ男爵令嬢の中では良い方なので、お茶会に出るようになってから縁談は沢山来ていた。

身内の贔屓目だと今ならわかるが周りにも可愛らしい、きっと美しくなると言われながら育った。玉の輿にも乗れるのではと夢を見たこともあった。

ある日、器量の悪い女友達がとある令息に冷たく対応されているところを目撃した。

その令息は……私にはとても親切で優しい少年だったのに。感じの良い人だと思っていたのに。

それに衝撃を受けて以来、私は本当の優しさとはなんなのだろう…と詮無いことを考える時間が増えた。

考えれば私にだって、器量の悪い令息にあまり親切に対応して婚約者候補にと思われてしまったら困る…という気持ちはある。友人に素っ気なくした令息を責められるほどの立派な精神はしていないのだ。

―――……結婚した後なら、すでに相手のいる人になら、同性にだったら、体裁を気にせずに優しく出来る?

優しさとはそんな打算的なもの?

私に優しいこの人は、他の人にも優しいのかしら……――――

暫くの期間外見を褒められるのが妙に嫌になった。言葉の裏を疑ったり、男性の下心を気持ち悪いと感じ、しかし表面上は失礼にならないように大袈裟なくらいに明るく振る舞ったりした。

沈んでいた私に気持ちを書き出すと良いと家庭教師の先生が言ってくれたので、日記をつけ始めた。文章で吐き出すことは予想外に楽しく、落ち着くようにはなったけれど、気持ちは晴れない。

男性に対して不信感を勝手に募らせていた時に出会った光がアマデウス様だったのだ。

誰に聞いても優しくしてもらったという返事があるなんて、奇跡みたいに思えた。

嗚呼、この方の優しさだけは疑いようもなく本物なのだわ、と私は拝みたい気持ちになった。どうか変わらないでほしいと祈りを捧げるように彼の音楽に浸る。あまり興味がなかった楽器も頑張って練習するようになったし楽しくなった。

彼が“化物令嬢”なんて酷い呼び名のあるジュリエッタ様をエスコートしているところを見た時、仲良くしていたと噂が立った時、彼だけがジュリエッタ様の容貌が平気だったのだと聞いた時。

見―――――――――――――――――――――――――て――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!

あの方がアマデウス様よ――――――――――――――――――――――――――!!!!!

あんなにお優しい貴公子はいないわ――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!

讃えて―――――――――――――――――――――――――!!!!!!

と叫びたくなったものだ。

実際声を抑えてアルピナに訴えては「落ち着いて」「わたくしもそう思うけれどごめんね、うるさいわ」「わかったわかった、わかってるから」「深呼吸して」などとあしらわれてきた。

そう、この数年間私はアマデウス様を全力で敬愛してきた。

そんな方に、もし……「ジュリエッタ様と婚約したのはこういう利点があったからだ」とか説明されたらと思うと―――…恐かった。

だってジュリエッタ様はアマデウス様を本気で慕っていらっしゃるでしょうに。

外野から見てもそれはわかる。打算があったとしたら…彼女がお可哀想だ。アマデウス様はお優しいので、他に婿が望めないであろうジュリエッタ様のお気持ちを受け取ることにしたのだと自分を納得させていたけれど…わざわざ説明するというからには何か事情が……?

額に冷汗が浮かぶのを感じながら彼の言葉を待っていた。

「……少し前に、学院内に暴漢が出たという話はご存知ですよね」

彼は少し声を潜めて言った。見張りの騎士には聞こえない距離だが、そちらを気にするように視線だけ流した。

「ええ…あまり詳しくは知らないのですが」

アルピナが急に何の話が始まったのかという顔をしつつ返事をする。

「目撃者は皆、王都の騎士団の評判に関わるからおおっぴらには話さないように釘を刺されているんです。なので知ってる人は少ないようですが…暴漢に襲われたのは私なんです」

「えっ!?」

「エーデル様っ」

アマデウス様がお静かに、と指を一本口の前に立てた。

「すみません…」

「いえ。でも出来れば小声で…ここの騎士にとっては耳が痛い話ですから。なのでここだけのお話にしてほしいのですが…斬りつけられそうになった時にジュリエッタ様に助けて頂いたんです」

「…ええっ?! …ジュリエッタ様が、どうやって…!?」

暴漢相手に我々のような女子に何が出来るだろう。助けを呼ぶくらいか?でもその状況でそれでは間に合わないだろう。アルピナが少し考えてから言う。

「…そういえば、ジュリエッタ様は剣術を嗜んでいらっしゃるとは聞いたことがございますわ。模造刀を持ち歩いていらっしゃいますものね…まさか」

「模造刀で立ち向かったのですか?! そんな危険な…」

たとえ騎士志望であったとしても、まだ成人していない者は騎士ではないし犯罪者に立ち向かったりするべきではない。逃げるか助けを呼ぶべきだ。貴族の令嬢であればなおさら、そういう場面では自分の身を守ることを第一に考えるべき。そう教わっているはず。ましてや公爵令嬢が、そんな。

「…そのまさかです。勿論、危険ですから正しい行動だとは言えませんけど。…私を助けるために、彼女は戦ってくれました。彼女は剣術が達者でしたが、力では敵わないと判断したのか…仮面を投げ捨てました。暴漢が怯んだところを攻めて見事にノックア…相手を気絶させました」

アマデウス様は思い出すように虚空を見つめて、頬を染めた。

「……強い人です。心も体も。普段隠したがっている御顔を知らない男に晒しても私を助けようとしてくれた心に、戦っている姿に、怪我の無い私を見て安心した顔に、…見惚れました。素直に綺麗だと…この人が好きだと、思いました」

そう言った後照れたように目を泳がせて、彼は両手で顔を覆った。

「――――――――っっんぁぁ~~~!! やっ…ぱめちゃくちゃ恥ずかしいですね恋をした経緯を説明するの…! アルフレド様方に説明した時も色々と無理だった……恥ずか死ぬ……でも友達にはなるべく説明しておいた方がいいと思いまして… …業腹ですけど、説明しないとジュリ様のことを好きじゃないのに婚約を申し込んだと思われがちなので… ―――ジュリ様はね、可愛い人なんですよ! 優しいし、頭良いし…顔だってきっと少しずつ見慣れていけば…うーんでもそれはジュリ様の精神に負担があるか……」

「きゃっ!? エーデル?! 何で泣いているの?!」

「えっ!? エーデル様?!」

私は静かに泣いていた。

「か、感動しまして……よ、よかったです、アマデウス様はやっぱり、わたくしが見込んだ通りの方でしたわ…!」

「どう見込まれていたのか気になりますが…ありがとうございます…?」

「ううう、こちらですわ、お礼を申し上げるのは…!」

気持ちがないのに婚約を申し込むことが、本当に優しさなのかどうか。私の心の中のどこかに引っ掛かってもどかしかった疑惑の塊が、ほどけて涙と一緒に流れていく。

アマデウス様は、私が心から優しいと信じた方は、地位や権力、上っ面の優しさで婚約を決めるような人ではなかった。それが嬉しくて、私は貴族としては失格な泣きっ面を暫く晒した。

※※※

「何だかエーデルが情緒不安定で、申し訳ございません…」

「いえいえ、感情が高ぶると泣く人はいますから…私も音楽でたまになりますし」

「そうなのですね…」

アルピナが姉か母のように私のことを謝る。いつも有難う。涙をハンカチで拭いて、落ち着いたら私はあ、としゃがれた声で言い訳をした。

「あ、あの…盛大に泣いてしまいましたが、わたくし別にアマデウス様に恋をしていたとかそういうことではありませんので、誤解なさらないで頂きたいのですが…! …この物言いも失礼ですわね、ああ、何と言えばいいのでしょう…飽くまで敬愛? といいますか…」

「ご安心を、わかりますよ。多分…推しってやつですよね」

アマデウス様が笑って知らない単語を使った。

「…“推し”……? とは…?」

「ああ、えーと…内輪で使ってる言葉なんですけど。一押しのモノ、みたいな意味です。人間を指す場合…おススメする商品と、崇拝する神を足して二で割ったような存在というか…」

「商品と、神の間……」

推し……

敬愛だけでは何か説明し足りないと思っていた。崇拝の対象だが親しみは感じていて、商品のように人に広めたくなるけど物と思っている訳ではなく…

推し………

なるほど…?

「あ、そうそう。確定の話ではないんですが、お話ししておきたいことがまだありまして…―――」

黒い服を着ることを条件としたパーティーの計画をお聞きして、驚いたり話し合ったりしている間も、早く日記が書きたくて仕方がなかった。

アマデウス様、私はきっと、一生貴方を応援致します。

そう…今日知った言葉を使うなら…

“推し”ます!!

と、日記に決意を刻むのだ。

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・マーキオ子爵夫人エーデル【世界暦482年~561年】

…後期ウラドリーニ王国の貴族。マーキオ子爵エンリークの妻。随筆家、作家。アマデウス・シレンツィオの熱心な支援者であり、『老詩人バドルの軌跡』『エーデルの日記』『アマデウス様とジュリエッタ様~真実の愛~』の著者。アマデウス記念館に寄贈された楽譜は全てマーキオ家所蔵のエーデルの所有物。代表作『老詩人バドルの軌跡』は伝記とされており楽聖バドルの存在が架空か実在かの議論で実在派の出す論拠だが、エーデルの創作であるという可能性も否定されていない。

(ウラドアーニャ国歴史人物事典17巻より抜粋)