軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

嫉妬

【Side:ソフィア】

いつも歌っている聖歌だったけれど、いつもより多くの人の前で一人で歌うのは緊張した。

でもいつも通り歌うことが出来たし大きな拍手ももらえた。拡声器を使って歌うのは遠くまで声が届いているのがよくわかって気持ちが良い。

賞金がもらえなかったとしても、出て良かった。

「さ、ソフィア。あの女に水をかけなさい」

私の出番は終わって、今は8番目の人が歌っている。

フローラ様がバケツに水を汲んできなさいというのでさっき汲んできた。何に使うのかと思ったけれど、多分手か足を洗いたいのだろうと思って深くは考えなかった。

まさか人にかけろと言われるとは。

「な、なにを仰ってるのですか…」

「良いから、あの女よ。茶髪の。早く、次なのよあの女」

「何故……」

「ああもう、お前は本当に察しが悪いわね!!」

舞台の後ろを見張っている騎士様は我関せずという風に立っている。私は耳元で怒鳴られて震えているけれど、拡声器で大きい音楽が流れているので聞こえていないのかもしれない。

「で、できません…」

「わたくしのいうことが聞けないっていうの?! わたくしが伯爵令息に気に入られた後に後悔しても遅いのよ、孤児院への寄付金をなくしてもらおうかしら?」

「そ、そんなこと…」

アマデウス様が承知するとは思えない…と思ったけれど、口答えしても何も良い事がないのでした事がない。口から反論は出てきてくれない。バケツを持ったまま震えていると、あの茶髪の美女と隣にいた人がこちらを見て近寄ってきた。

「ねぇ、どうしたの? あんたたち…」

美女は私を心配してくれたらしい。でもこっちに来たら…! そう思った瞬間にフローラ様が私からバケツをひったくった。

「もう! 貸しなさい!」

そして美女に水を―――――――――かけた。

バシャッ…と水が飛び散る音がして私は目を瞑って体を強張らせた。ああ、私が水を汲んできたせいで、…

「…ほーぉ、やってくれたね」

ぱっと目を開けると、そこには水浸しになった―――小太りの奥さんがいた。

「えっ…」

「スザンナ!」

「ほら、マリア。もうあんたの出番だよ」

「で、でもあんた、着替えもないのに」

「あたしのことはいいから歌ってきな!!!!! 優勝してこなきゃ許さないよ!!!!!」

この声が大きい奥さんがあの美女を庇ったのだ。二人は友人だったのだろうか。でもこの奥さんはまだ出番が来ていないはず…。これでは、この人が……

マリアと呼ばれた美女はこちらを気にしながらも舞台に上っていった。

「ふん。…何でこんなこと? マリアが自分より綺麗だからって嫉妬でもしたのかい?舞台に上がれないようにしてやろうと?」

「う…うるさいわね、不細工が余計なことを!」

二人は睨み合って動かない。

そして…舞台から聞こえてきた歌は素晴らしかった。

何て…感情の籠った美しい歌声だろう。

歌を聴いている場合ではないというのに、私はうっとりとその声に聞きほれた。

睨み合っていた二人もいつの間にか舞台の方に顔を向けて歌を聴いていた。

歌が終わって大きな拍手が鳴り響くまで。

見張りの騎士はいなくなっている。判断に困って誰か呼びに行ったのかもしれない。アマデウス様が来てくれれば…ああ、でも奥さんが着替える時間はない。

歌い終わった美女…マリアさんが急いでこちらに駆け寄ってきた。

「スザンナ、係の人に頼んで後の順番に…」

「いいよ、あたしは平気さ。歌の邪魔をしないようにこの女見張っといておくれ。おい、胸デカ女」

「なっ…」

「これはねぇ、美人を決める大会じゃないんだ。歌の大会さ。あたしがあんたより上の順位になるところを見届けて思い知りな」

びしょびしょに濡れた姿のままで、奥さんは舞台に上がっていった。

それを見た客席から戸惑った声が聞こえてくる。少し間があったが、伴奏が始まった。

私は飛び上がって驚いた。

彼女の歌の上手さにもだが、その声の大きさに。

彼女はこの大会で拡声器が必要なかった唯一の歌手だろう。

その歌声は大きく、力強く、包まれるような滑らかさで空に響く。こんなに呆気にとられる子守歌は初めて聴いた。

「―――――ふっ、ふふ。本当、敵わないわスザンナには… ねえあんた、こんなことしてタダで済むと思ってんの」

マリアさんが怒りを湛えてフローラ様を睨む。美人の怒り顔、思いの外恐い!泣いてしまう。泣いてる場合ではないのだけれど…

「…は? どうしようっていうの、平民がわたくしに?」

そう、今は修道女の名目だけれどフローラ様はまだ貴族籍を持っているのだ。平民が貴族に手を上げたりしたらかなり重い罰を受けることになる。私はフローラ様の前に出てマリアさんを落ち着かせようとした。

「そ、そうです、この方は男爵令嬢でして…! 手を上げたらあなたが…」

「そう。いいわ、どいて」

「え、あの」

「丁度いいわ。その女をどれだけぶん殴れば死刑になるのかしら、あたし」

「は、はぁ?! お前、わたくしを誰だと…! わたくしが伯爵令息に頼めばお前なんて簡単に死刑に出来るのよ!!」

「だから望むところだって言ってんのよ」

綺麗な金色の目の瞳孔が開いている。大変だ、冷静ではない…! 何を言っているのかもわからない!!

騎士様は戻って来ないしスザンナさんはまだ歌っている、ああどうすれば。マリアさんを止めたいけれど非力な私はマリアさんに片手でぺいっと横に押されてどいてしまった。踏ん張れなかった。

ああ、神様―――――――――――

―――――横からにゅっと手が伸びてきて、マリアさんを止めた。

「貴女が手を汚す必要はありません」

…綺麗な白い手袋に、可愛らしい声。

その声の主は分厚い赤褐色のベールを被っていて、顔が見えなかった。

私より少し背の低い少女だ。少し後ろに二人、付き人らしき男性が控えていて戸惑った顔をしている。服も仕立てが良さそうだし、良い所のお嬢様だろうか。

「ムラヴェイ男爵令嬢フローラ様ですね」

謎の少女がフローラ様の家名を言い当てた。知り合いだろうか。

「えっ…だ、誰……」

「情報として憶えていただけで、面識はありませんわ。貴女も、わたくしの噂くらいはご存知だと思いますけれど」

少女はベールから一房、髪を出して顔の前に掲げて見せた。

出てきたのは……黒髪!!

こんな真っ黒い髪は初めて見た。こんなに黒い色が人に出るものなのねと不思議な気持ちになる。

「――――――――――――――――あ……なっ…何故…ここに…」

フローラ様が真っ青になってがたがた震え出した。何事。こんな顔をしたフローラ様は初めて。初めてばっかりで今日はなんて忙しい日だろう。

「…アマデウス様とは親しくして頂いてますの。忍んで来ていたのですが、貴族としてあまりに見逃しがたい所を見てしまいまして…」

少女は付き人が下げていた剣をいつの間にか手にしていた。付き人も「…え!?」と驚いて自分の腰と剣を見比べている。

「簡単に死刑に出来る、と仰っていましたね。死刑なんて」

ひゅっ と風を切って、剣がフローラ様の目の前に突きつけられた。

「簡単に口になさるべきではないわ。貴族の言葉には責任が伴います。たまに勘違いなさっている方がいるとは思われませんか?」

「!? な、……ひっ…何を…?」

「貴族の仕事は民の暮らしを守ることで成り立っているというのに、民を思い通りに出来ると勘違いしている方ですわ。困ったこと」

フローラ様に少女の言葉がちゃんと聞こえているかは定かではない。目の前の剣先に怯えて震えている。

「…お、お許しを……」

「何もわたくしは責めている訳ではないの、フローラ様はそんな勘違いをなさっている訳ではありませんわよね?」

「はい、はい…!」

「そうですわよね。…あらごめんなさい、剣が人に向いてしまっていました。気付きませんでした、お許しになって」

少女は剣を下げてするりと自分の腰に納めようとして…鞘がないことに気付いたようで、お付きの男性に手渡した。

「ところでさきほど『伯爵令息に頼めば』…と仰いましたね。アマデウス様とは親しくしていらっしゃるのですか? アマデウス様から貴女のお名前を聞いたことはありませんが……」

先ほどより明らかに怒っている冷ややかな声で少女が言い募るとフローラ様は青い顔のまま膝をついた。

「い、いえ、申し訳ありません、アマデウス様とは面識はございません…!」

「そうですか。…それでは、お騒がせ致しました。ご機嫌よう、フローラ様」

どうやらフローラ様よりも位の高い貴族の御方。そしてアマデウス様と親しい…年も同じくらいだしもしや婚約者でいらっしゃるご令嬢だろうか。問い詰める声に悋気が感じられた。アマデウス様、婚約したとは聞いていないけれど…

颯爽と去っていく少女の後ろ姿を見ていたらスザンナさんが戻ってきた。

「あっ…フローラ様、出番が…」

11番なので次がフローラ様の番だ。だがフローラ様は立ち上がって首を振った。

「わ、わたくしは帰るわ…」

「えっ!?」

「なんだい、怖気づいたのかい?」

スザンナさんに挑発されても見向きもせずに早歩きで去ってしまった。修道院に帰るらしい。

「んんん? 何があったんだよマリア?」

「……黒騎士様……」

マリアさんは謎の少女が去った先を見つめながらぼんやりした顔で何か呟いていた。

ど、どうしよう……

「――――――次の方…フローラさん。フローラさん?」

係の人が舞台裏を見に来て困っている。

と、とりあえずフローラ様は棄権…ということにしてもらおう…!と私は係の人の所まで駆けた。

「えっ もう俺?!」と12番の人が驚いていた。ごめんなさいという気持ちが湧く。