軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0,001メレの可能性

【Side:ジュリエッタ】

新しい売り物の宣伝の為にアマデウス様がお茶会を開くという話は一年生の間にはあっという間に広がり、カリーナの所には参加したいという子達が押し寄せた。カリーナは交友関係が広いので大変そうだ。プリムラの所にも数人来ていたが、私の所には来ない。私がアマデウス様に好意があることはもう有名なので私に頼んでも無理だと皆わかっているのだろう。

無理ですとも。何故私より美しい令嬢をわざわざ彼に近付ける必要があるのか。

まぁ中にはアルフレド様やペルーシュ様目当ての令嬢も多かっただろうけれど。

「あっ…」

「あ…ジュ、ジュリ様、」

「どうしたの?」

カリーナとプリムラが慌てたようにしたけれど、彼女達が見ていた方に目を向ける。二階の窓から中庭を見下ろす。

そこには、アマデウス様の腕に手を添えて話しかけているルドヴィカ嬢が見えた。

「…………」

「…その…わたくし達も行きますか? ジュリ様」

「…そうね」

ここ数日で、アマデウス様とルドヴィカ嬢は噂になっていた。婚約秒読みではないかと。

放課後によく親し気にお話しているように見受けられるし…遠目から見ても、赤髪の彼と薄紅髪の彼女はお似合いに見える。

ルドヴィカ嬢はアマデウス様の隠れ信奉者だったようだが、吹っ切れたのか堂々と傍に寄っている。以前私に『アマデウス様がお優しいからって勘違いして恥ずかしい人』と嫌味を言ってきた令嬢である。

「アマデウス様、リーベルト様」

「! ジュリエッタ様方」

私達を見つけると彼は私達の方へ寄って来てくれる。ルドヴィカ嬢を少し置き去りにして。

少しほっとしているような顔に見えた。ルドヴィカ嬢に言い寄られているけれど応える気はない、ように見えるのだけれど、私の願望がそう見せているだけなのかも……

彼女は一瞬不満そうな顔をしたがすぐに笑顔に戻してしずしずと彼の隣に並ぶ。彼の隣に恋人面して納まっているように見えて私の心は逆撫でされる。

「何をお話しされていたんですか?」

さり気無く聞こうとしたけれど声が尖ってしまった。いけない、婚約者でもないのにこんな態度は鬱陶しいに決まっている…しかし嫉妬心が抑えられなかった。

「二人で将来について話していましたの」

「違います! いや将来、こういう風になれたらいいですねという話をしていただけで別に私とルドヴィカ嬢との将来とかそういう意味ではないので誤解なさらないで下さいねジュリエッタ様、」

「もうアマデウス様、無粋ですわ! 婚約前だからってそんな否定の仕方…」

「もうすぐ婚約するみたいな言い方をなさらないで下さい?」

明らかに困った顔を作っているので、アマデウス様はルドヴィカ嬢との仲を誤解されたくないように見えるが…

ルドヴィカ嬢は良い仲であると仄めかしたい、という感じだ。ルドヴィカ嬢の一方通行に見えるけれど……

※※※

「私がそう思いたいだけでしょうか…?」

「いえ、わたくしもアマデウス様は一歩引いていらっしゃるように見えましたわ」

「とはいえジュリ様、負けてはいけませんわよ! 今日は沢山彼とお話しして親睦を深めるべきです」

意見を聞いたらプリムラとカリーナがそう言ってくれたので無理矢理気分を押し上げて、深呼吸する。

アマデウス様のお茶会当日。

お茶会室の棟の前でカリーナが参加を了承した令嬢三人と合流する。私に対して親切な令嬢ばかりを厳選してくれたようだ。少し浮かれながら皆でお茶会室へ向かう途中に、――――――ルドヴィカ嬢がいた。

出たな…!!!

私は拳にぐっと力を入れて臨戦態勢になる。臨戦と言っても口喧嘩のだけれど。

「こんにちは、ジュリエッタ様方。お茶会室にお行きになるの?」

「ええ…ご存知でしょう? アマデウス様が新しいお茶菓子をお出しになるそうです」

「畏れながら、お願いがあるのですけれど…わたくしも参加させて頂けないかしら? カリーナ様のお友達として」

「…えぇ? …申し訳ないですけれど、もう誰が行くかはちゃんと決まっていますの」

カリーナが困惑しながら断ったが、彼女は可愛らしい笑顔で続けた。

「お茶会の人数が決まってからわたくしは彼と親しくなったので、誘うことが出来なかったようなのです。カリーナ様が希望者を沢山お断りしていますしね、誘うと角が立ちますしわたくしが誹りを受けてはいけないとお思いだったのでしょう。こっそり参加して顔を見せたら喜んで下さると思うの」

「でも…予定より人数が増えると主催者は困るものですわ、おわかりでしょう?」

「わたくしそこまで多くは食べませんし、アマデウス様はお優しいから許して下さいますわ、ねぇ? そうは思いませんこと?」

「え? ええと…そうかもしれませんが…」

「お優しいですからね…」

ルドヴィカ嬢は彼女の言うことを否定し辛い伯爵家と子爵家の令嬢の方に同意を求めた。

「残念ですが、ご招待を受けていない方をお連れする訳にはいきません。次の機会にお誘い頂けるようにお待ちになる方がよろしいわ、ルドヴィカ様。…皆様、参りましょう。時間に遅れてしまいますわ」

同じ侯爵家やその格下だとこの申し出を断るのは難しいだろう。柔らかく断っても押してくる格上とは厄介だ。だが今ここには私がいる。公爵家の私が。

目で圧をかけたが彼女が前をどかないので、少し横を通り過ぎようとするとルドヴィカ嬢は綺麗な瞳を険しくして私に訴えた。

「ジュリエッタ様!!アマデウス様を解放して差し上げて!!」

「…解放?」

「アマデウス様は貴方のお気持ちに縛られて、他の女性の求愛を退けていらっしゃる。貴方に同情して…ご自分を殺していらっしゃるのよ!! そんなふうに彼を手に入れて、満足なのですかっ!?」

「……!」

「そうやって彼に近付く令嬢を退けて、…どうか邪魔をするのはやめて、彼の幸せを考えて下さい…」

可憐で悲し気に震える彼女に、きっと誰もが同情したくなるのだろう。

私は自分でも意外なほど彼女の言葉に揺さぶられていた。彼女のような人の言葉をいちいち気にしても仕方がないと心得ていたはずなのに。

「……アマデウス様が、貴方にそう仰ったの? わたくしに縛られていると?」

「え?…いえ、…でもお傍にいれば感じ取れますわ」

「…そうですか……ルドヴィカ様、貴女もアマデウス様がお優しいからと出過ぎたことをしているとはお思いにならないの?」

「え……?」

「彼がそうしたいと口に出した訳でもないのに、勝手に私を遠ざけようとなさっているのでしょう。彼が地位を望んでいないと、わたくしを望んでいないとはっきり言ったのですか? 違うのでしょう?」

「そ、それは…」

しどろもどろになる彼女。格上に嘘を吐くほどの短慮ではないようで助かる。格下にならともかく、格上に嘘を吐くのは事実が判明した時罰を受ける危険があり、一気に信用を失うので悪手なのだ。

「…彼が権力を欲しているかもしれないのに、勝手に邪魔をして…自分の望みを優先して、彼の幸せを考えていないのは貴女のほうかもしれませんわね? よくお考えになった方がよろしくてよ。…では、ご機嫌よう」

※※※

アマデウス様の家の料理長が考案なさった芋の薄揚げは、薄く揚げただけでこんなに変わるものなのかと思えて面白かった。小さな火鋏もお菓子を食べる時に便利だ。迷わず購入することにした。

気の許せる人達とお茶を飲んで他愛のない話をする、楽しい時間のはずなのに…私はルドヴィカ嬢の言葉が頭の隅から離れず胸の内が重苦しかった。

「…ジュリエッタ様、御気分が優れなかったりしますか?」

アマデウス様が心配そうに覗き込んでいらっしゃった。顔が近付いたことに心臓が跳ねてびくりと肩を震わせてしまった。

「いえ、大丈夫ですわ。変な所がありましたでしょうか、お恥ずかしい」

「そうですか? 何だかあまり元気がないような気がして…」

気落ちしているのを隠せていなかったという気まずさと、彼が自分をよく見てくれているという喜びがない交ぜになって変な気分になる。

ルドヴィカ嬢とは、本当の所、どういう関係なのですか。……気になるのに怖くて聞けない。

「ジュリエッタ様、…少し、お話ししたいことがあるのですが。中庭に参りませんか」

少し声を抑えたアマデウス様が、私の耳の近くで言う。囁かれているようで肩を強張らせてしまった。いや、浮かれている場合ではない。お話ししたいこと?

―――――な、何でしょう………。

…まさかとは思うけど、ルドヴィカ嬢と婚約の話を進めるから私の気持ちには応えられない、と言われてしまったりするのかしら…!?

「そ、それでは、カリーナに付き添いに…」

「いえ、アルフレド様にお願いしようかと思っています」

アルフレド様に付き添いを…?!

今参加している令息達なら私もそれなりに知っている。誰が付き添いでも不自然ではないのに、わざわざ公爵家のアルフレド様にお願いして付き添ってもらうだなんて……私が泣いたり怒ったり無茶なことを言ったとしても庇えるように、先手を打っている……?

アマデウス様がちらりとアルフレド様に視線を向けると、アルフレド様が目を細めて頷いた。

カリーナが連れてきた令嬢達にここぞとばかり囲まれているが、わざわざ抜け出して付き添ってくれようというのか。

“…アマデウス様にとってアルフレド様が、唯一特別でいらっしゃると…?”

カリーナとプリムラとの反省会(反省していたのは私だけ)のことを思い出す。

――――――もしや、実はアルフレド様と思い合っていると告白される、ということも……!!!???

アルフレド様も、どこかアマデウス様を特別視してらっしゃると感じる時はあるのだ。

ハイライン様がそれに妬いていらっしゃることもわかりやすい…

…いえいえあれは飽くまでも一つの予想。プリムラの妄想と言ってもいい。冷静に考えれば確証など何もない。

そう結論付けたはずなのに、見つめ合う二人を見た今、それも有り得るのではないかと考えてしまう。

正直なところ、アマデウス様がルドヴィカ嬢と結ばれるよりは、アルフレド様と結ばれて下さった方が断然良い……いや良くはないけれど…全然良くはないけれど。

同性愛は公には認められていないが、昔から貴族の間では“趣味”として知られている。

教科書には載っていないが昔のとある王が美少年を囲っていたとか、この時代のとある女伯爵は美しい女を侍らせていたとか、図書館の歴史関係の書などには堂々と書かれていた。

貴族の婚姻は家の繋がりなので、跡継ぎを作る・仕事に協力するなどの義務をきちんと果たせば伴侶以外と恋愛をしようと同性愛に耽ろうと互いに文句は言わないという夫婦はいるという。

ハッ……。

もしや、…アルフレド様との密かな関係を許す代わりに、私と婚約しても良いと提案される可能性も、0.001メレくらい存在するのでは……?!

そう提案された時のことを考えると悲しいような嬉しいような複雑な気持ちだ。他の女性と愛し合っていらっしゃるよりは、男性と愛し合っていらっしゃる方が我慢出来るかもしれない。

何故だろう、謎の諦めがつくというか……

そして隠れ蓑としてでも自分を選んでくれたら案外嬉しいと思う。信頼されているということだから。

「ジュリエッタ様?」

ぼんやり考え込んでしまっていた。目の焦点を彼に戻す。

―――――……考え過ぎだわ、流石にそんな提案はなさらないだろう…だったらルドヴィカ嬢との……いや、全然他のことかもしれない、でも思い当たる節が全くない………―――

「あの…カリーナかプリムラからお聞きになりまして? ここに来る途中にルドヴィカ嬢とお会いしたこと」

「え? いえ、お聞きしてません。……あの方と、何か…?」

「このお茶会に参加したかったようで…カリーナの友人として潜り込めないかとお願いしにいらっしゃったのです」

「…あぁ~…」

…彼は呆れたような困っているような顔で、歓迎しているようには見えない。

「招待されていない方を連れて行く訳にはいかないとお断りしましたが…彼女がいた方がよかったですか?」

「いえ、助かります。まだ主催に慣れていないし、人数が急に増えるとボロが出てしまいそうです」

「…それなら良かったですわ。わたくし、あの方…少し苦手で」

告げ口のようなことは性格が悪いと思われたくないのでしたくないけれど。これくらいならいいだろうと意を伝えると、

「…実は…、私もなんです」

アマデウス様が困った顔で笑いながら、小さな声でそう言った。

実はルドヴィカ嬢の前では、私に対して同じことを仰っているのかもしれない。上手く転がされているのかもしれない。でも私の前で彼女の方を優遇しないだけでも嬉しかった。

「…お茶会室を出ると彼女が待ち構えているかもしれないので、少し怖いのです。なので、お急ぎでなければお話はまた改めてでもよろしいでしょうか」

「へっ!? あ、あぁ、はい、大丈夫です…」

お話が何かは気になるし恐ろしいけれど、今はこの嬉しい気持ちに浸っていたい。もう少しだけ。

もう少しだけ、浸らせておいてほしい……

…婚約を申し込む好機だったのに、断ってしまった。後でカリーナ達に叱られるかもしれない。

でも…アマデウス様に振られるのが恐い。

はっきり拒否されてしまったらと思うと恐くてたまらない。――――――こんなに恐怖に襲われるなんて思わなかった。

初めて剣の師匠に『少し本気を出しましょう』と言われて仕合をした時だって、こんなに恐ろしくはなかった……

※※※

お茶会の帰り道でカリーナとプリムラに懺悔して、誓った。

「……鍛え直します」

「え? ジュリ様?」

「軟弱な心身を鍛え直さなければ…! 今日からしばらくはすぐ帰って稽古に励みます…!」

「え…」

「そ…そうですか。応援致しますわ…」

「…ジュリ様って意外と、脳が筋肉寄りですわね…」

「…カリーナ様、脳が筋肉寄り、とは?」

「知りません? 何事も力で押し切ろうとする人をそう表現することがありますの」

「そんな、失…失礼でもないのかしら? 筋肉は悪いものではないですしね」

「まぁ…知恵を巡らせるのを怠っているという使い方をすることもありますが、力がある為力で解決しがち、という使い方も」

「なるほど…?」