軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

歌姫たち②

【Side:スザンナ】

「マリア!! 大丈夫かい?!」

駆け寄って声をかけるとマリアは少しだけ目を開けた。

「良かった、死んじまってるかと思ったよ!」

「…ゴホ、ん…ねぇ、あたし…」

「水を飲む? 具合は?」

部屋に置いてある水差しとコップを持ってきた。マリアはわずかに身動ぎしてケホケホと咳をする。水を注いで飲ませてやろうと背中に手を入れて体をゆっくり起こした。

「ほら、飲める?」

「あたしの声、…おかしくない?」

「? あ? 声? …大丈夫、変わっちゃいないよ」

喉に赤く残った指の痕。なんてひどいことを……

あたしはマリアに少し水を飲ませて、また寝かせたが彼女はのろりと起き上がる。顔色が悪いが目はしっかりしてきた。

「さっき来てた客にやられたのかい? 店主に知らせて出禁にしてもらわなきゃ!!」

「…無理よ」

溜息を吐いてマリアは俯いた。

「あんまり頻繁には来ないけど、もう二年くらい通ってきてる。あたしを気に入ってからはあたししか指名してないけど…女に手加減がないガキでね、痛がって泣いたり文句言おうもんなら殴るわ罵倒してくるわ、最悪なんだけど……お貴族様なの。ここレナール領を治めてる子爵の息子なのよ」

「お貴族だって…? そんな…」

普通の客なら娼婦に無体を働いたら出禁になるが、貴族の客となると店主も逆らえないだろう。

機嫌を損ねれば店を潰されるかもしれない。貴族に逆らったら最悪殺されても文句は言えない、ということはどんな田舎者でも知っている。村や町の長が恐れているし、度々教会でも司祭が民に言い聞かせるからだ。

「金払いがいいから店主も見て見ぬ振り。…ふ、最近は女の首を絞めながら犯すのが好きみたい」

マリアは首をさすりながら嘲笑うように口を歪めた。

「笑い事じゃない、下手すりゃ死んじまうよ!」

「…そうね。一、二年後には殺されてるかもしれないわ」

「…一、二年後?」

「一年後に…学校を卒業なんですって。あたしを買い取りに来るってよ」

「何だって?!」

娼婦は娼館に売られた時の金、衣装代やら石鹸代やら化粧品代やらが借金になっている。娼婦を買い取るとはその借金を払って連れて行くことだ。大金が必要だ。この娼館の一番人気のマリアだから、店主だってそれなりに値を上げると思うが…でも貴族ならば大した金ではないのかもしれない。

「その馬鹿息子はあんたを虐めたいのか好きなのかどっちなんだい???」

蔑んで暴力を振るう相手を大金出して買い取るって、どういうことなんだ? とあたしが混乱していると、マリアが思わずといったふうに屈託なく笑った。

「あは、あんた、顔の割りに純粋な人ね」

「あん?! 顔は関係な…、いや、あたしの顔なんてどうでもいいよ今は! そんな馬鹿息子に買い取られちまったら大変じゃないか!」

「そうね…馬鹿息子に限らずあたしは男に囲われたくなんかないんだけど…でもどうしようもないじゃない」

マリアは緩く巻いたような焦げ茶色の綺麗な髪に、赤みがかった金色の瞳をした別嬪だ。

化粧をしなくとも肌にシミ一つなく、富裕層向けの高級娼館育ちだから読み書きや楽器も出来るという。態度は少し淡泊だが他の娘達にも丁寧にものを教えるし、泣いてる娘がいたら気付いて肩をさすってやるような、目端が利いて根が優しい娘なのだ。

あたしは、あたしよりまだまだ若くて綺麗で、色んなことが出来そうに見える女が希望をなくして項垂れる姿を見るのはどうにも我慢がならないと思った。

「まだ一年あるんだろう?! その間にもっと上客を掴めばいい! それか稼ぎまくって借金返して、馬鹿息子に見つからないように娼館から出てくんだ!」

「……何言ってんの、馬鹿ね…。領主の息子より上客なんてこの近くにゃいないわよ…一年で返せる借金だったらもっと奮起するけどね…」

「なら、隣の領とか…何か良い手はないかね…」

「……ありがと、スザンナ。話を聞いてもらえて少しすっきりしたわ、もういいから…」

「諦めるんじゃないよ!!!!!」

「わっ!?」

「やる前から諦めるんじゃないよ!! あたしだってねぇ、一生一緒にいるって春の神様に誓った旦那に先立たれてクソ兄貴に大事な畑と息子まで取られて家追ん出されたけど、諦めずに金を稼ごうとしてんだ!!!!!」

「………そうなの」

「やるだけやってから諦めなよ!!! あたしは諦めてないよ!! こつこつ金を貯めて故郷の村に恩返ししたいし、息子にも何か買ってやりたいし、たまには美味いもん食べて、歌を歌って楽しく暮らしたい…そんな生活を諦めない!!」

「ちょ、あんた声がでかいわね………歌、好きなの?」

「ん? ああ、好きだよ! 自慢じゃないがあたしは歌で旦那を落としたのさ」

「そっか……」

マリアは息を荒くしたあたしの顔を見て気が抜けたように笑うと、おねだりをした。

「聴かせてよ」

※※※

歌い始めてそんなに経たないうちに隣の部屋で仮眠を取っていた娘からうるさいと苦情が来たのでやめた。

なのでほんの短い間しか歌えていないのだが、マリアは「…上手いわね、予想以上だったわ。それにしても声がでかい…」と褒めてくれた。

マリアも少しだけ歌ってくれた。

彼女の歌声は、あたしと違って艶がある。あたしよりも息継ぎなど細かい部分に粗がない。あたしより歌が上手い子には会ったことがなかったので、あたしは衝撃を受けた。

「ま、負けた…」

「そう? スザンナの歌は迫力が違うわ」

あたし達はこうして仲良くなった。

マリアは諦めずにあの馬鹿息子から逃げられるように頑張ると言ってくれた。

無理矢理言わせた訳じゃない。多分。

※※※

「のど自慢大会…?」

「そうさ。隣のスカルラットで。何でも、職業性別年齢問わず参加出来て、歌の上手かった3位までにはすげえ賞金が出るんだと。歌に自信がある仕事仲間が出るらしいから、観に行こうと思ってる。席料は安いみたいだからな」

何でも、スカルラットの領主様の息子が“音楽狂い”と呼ばれるほどの音楽好きで、道楽で定期的に演奏会をやっている。

道端でやる時もあるし広場に椅子を並べてやることもある。店の中でやる時は店で何か注文しなければならない。教会でやる時は椅子に座りたいなら金を払う必要があったが、立ち見ならタダ。

終わり際に次にいつどこでやるかを告げて行き、客はそこに見に行く。吟遊詩人だかの楽師が異国から仕入れた美しい演奏や面白い歌が聴けると評判なんだそうだ。

人気の娘の待ち時間に暇を持て余した男の話し相手になっていたら、そんな話をしてくれた。

「マリア!!!!!」

つい気が急いてマリアの部屋の扉をノックもせずに勢いよく開いてしまった。

「だから声がでかいって。どうしたの」

仕事が終わって眠そうな目をしたマリアが下着で髪を梳いていた。首の痕はすっかり消えたが、あたしはいつも彼女の首に目が行ってしまう。

「スカルラットののど自慢大会ってやつに出るんだよ!!! あたしも出る!!」

「のど…?」

聞いた話をそのまま説明すると、マリアは残念な子を見るような目であたしを見た。

「……職業問わずって言っても、貴族が催したものでしょ? 娼婦や掃除婦を参加させるとは思えないわ。門前払いを食らうだけよ」

「そんなの行ってみないとわからないだろ!! ほら、賞金の詳しい額はまだ知らないけどあんたの借金が返せるかもしれないよ!? それにあんたがスカルラットのお貴族様に見初められれば、あの馬鹿息子に買い取られなくて済むかもしれないじゃないか」

「…囲われたくはないって……はぁ、あのね、確かにその主催の令息は馬鹿息子より爵位が高いと思うわ。スカルラットの方が広くて豊かだしね…でも上級貴族は平民の娼婦なんて相手にしないわよ。家柄も良い美人が選びたい放題でしょうし」

「諦めるのは!!!!! やってから!!!!!」

「あぁぁぁうるさい…」

耳を押さえて唸るマリアにあたしはびしっと指を向ける。

「あたしに負けるのが怖い?」

「……はっ? …強気じゃない」

「どっちが高い評価を受けるか、試したくないかい?」

マリアは淡泊で冷静な娘だったが、歌に関してだけは自信があるのか負けず嫌いだった。ふふん。

呆れた顔から迷うような顔になったのでこれは行けるな。

「…店主が遠出を許すかわからないけど」

「説得するしかないね」

あたしが腕を曲げて力こぶを作る真似をしたらマリアが観念した顔になった。

門前払いされるかもしれなくても……千載一遇の好機と思って、あたしののどを自慢しに行こう。