軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

女子会

「や…やらかしてしまったかもしれません……」

貸し切りのお茶会室。そこにいるのはジュリエッタ、カリーナ、プリムラの三人。

学院のお茶会室に付いている給仕係はお茶の支度をした後静かに部屋を出て行った。給仕が必要な時は下に引けば鈴が鳴る紐が室内にある。

お茶会室は20人程度座れるようにいくつか机が用意されているが、窓際の中庭が見える席に三人だけ座っている。

給仕係が出て行ってすぐ、ジュリエッタが項垂れて机に突っ伏した。やらかしてしまったかもと言って。

「ジュリ様がそんなになるということはアマデウス様のことですわね?」

カリーナはジュリエッタが学院で何事もそつなくこなすことを知った。成績は優れているし社交もやればそれなりに出来る。公爵家の娘として恥ずかしくないようにと気を張っているのも知った。

ジュリエッタが自信の無さを晒すのは、色恋に関してだけであるとわかるようになった。

「昨日の事ですの? 騎士団に連れられた後の事は私達は存じ上げませんが、何か彼に言われたのですか?」

プリムラは目尻を吊り上げた。助けてもらっておきながらジュリエッタを傷付けるようなことを言ったのならゆゆしきことだ、と。プリムラの冷えた視線には気付かずにジュリエッタが突っ伏したまま言う。

「……御礼を言われました…本当にありがとう、と…」

「……そうでしょうね」

「…それが何か問題が?」

「いえ、それには問題はないのですけれど…。…アマデウス様、わたくしの暴力的な所を見て引いてしまわれたのではないかしら…とても驚いていらっしゃったし何だかわたくしを見る目が戸惑っていたような気がして…殿方は、一般的に…殿方より強い女などお好きではないでしょう?」

二人の令嬢はここでジュリエッタの懸念が理解出来た。

「そ、そういう殿方もいるでしょうけれど…心配いりませんわ、アマデウス様は普通の殿方とは少々違いますし」

「と、いいますか、戸惑われていたのは暴漢に襲われるという状況にではなくて? 滅多にあることではないですから」

「あ…そ、そうですね…」

ジュリエッタが頭を起こした。普通に考えれば出てくる考えだろうに、恋故に冷静でないのがわかる。

三人は気を取り直してお茶を飲んで一息つく。

「…アマデウス様がどんな女性がお好きか、知りたいのですけれどそもそもお聞き出来ていないのです……」

もじもじしながら小さな声で言うジュリエッタに二人はいじらしさを感じた。

「勇気が要りますわよね、そんなこと直接聞くのは好意がありますと言っているようなものですもの」

「彼はどんな女性にもお優しいと評判ですし、そこまで条件は厳しくないのでは?」

「そうだといいのですが……わたくしがその中で秀でることが出来るのかわからなくて。顔は残念ですし、特技は剣術となんだか厳ついですし…身分は高いですけれども、それだけでは…」

「…ジュリ様、昨日はどたばたしていてお伝えしておりませんでしたけれども。わたくし感動したのです」

カリーナがぐっと身を乗り出してジュリエッタに迫った。

「感動?」

「はい! たとえ恋した相手が危険かもしれないからといって、すぐに戦う覚悟を決められる令嬢がこの国に何人いるでしょうか! 騎士ならば動ける方もいるかもしれません。でも戦場でも街中でもない、安全であるはずの学院の中で…数秒の判断で動くだなんて、普通は出来ませんわ!」

「…ええと、そうかも…?」

「ジュリ様が一番ですわ。この国の令嬢の中で、一番、アマデウス様を好きな方です!」

「! ……」

ジュリエッタは友人が熱弁を奮って褒めてくれたことにも、その内容にも感動して小さく震えた。

「…ありがとう、カリーナ…そうね、わたくし、気持ちでは誰にも負けていないわ」

「そうですとも! わたくしだったら、己の為に戦ってくれた方の好感度は爆上がりでしてよ。婚約を申し込む好機かもしれませんわ」

「…そ、そういう考え方もありますわね…でも」

嬉しそうにしながらもジュリエッタが少し俯いた。

「…恩人という感謝の気持ちに付け込むのは気が引けますわ…心情的にお断り出来ないでしょう」

「…もーっ!! ジュリ様ったら相手の気持ちを慮ってばかり!!!」

「いいことでは…?」

カリーナが口惜しそうにするがプリムラが冷静に言葉を挟む。

「でも確かに、ジュリ様はもう少し強引にことを進められてもよろしいかと存じます。アマデウス様は目立ちますし、そろそろ学院で目を付けた令嬢が婚約を打診し始めてもおかしくありませんわ」

「っ……そうでした…」

「アマデウス様、女性の好みの受け入れ範囲が広そうですから、あっさり受けてしまう可能性はありますわね」

受け入れ範囲が広い、という言葉はジュリエッタの顔が平気だったことからの想像である。

「しかしわたくし、アマデウス様は実は女誑しという訳ではないのではないか、と思っているのですが…」

プリムラの言葉にジュリエッタとカリーナは一時停止した。

「…えっ?」

「…な、何故そう思うのです?」

「わたくし、アマデウス様の事、初めてお会いした時から噂との印象が違う方だと思っておりました。女誑しと呼ばれる男性が、お恥ずかしながら身内にいるのですけれど…叔父なのですけれどね、姪のわたくしに対する目は流石に嫌らしくはありませんが、メイドやその辺の貴婦人を見る目が何というか…怪しいのですわ。おそらくお付き合い出来るかどうかを計っているのです」

「……」

「…ユリウス殿下のような感じでしょうか」

カリーナが小声で言う。二人とも思い浮かべたのは同じ人だったようである。

「近いかと思いますわ。……アマデウス様はそういう感じではありません。女性を見る目と男性を見る目が変わらない、と言いますか…それとも下心を隠すのがお上手なのかしら? と…なので、わたくし少し気になって調べてみましたの」

「調べた…?」

「聞き込みくらいですけれどね。リーベルト様の妹君とは懇意にしておりまして。リリーナ嬢というのですがなかなか情報通でいらっしゃるの。彼女に聞いた所…そもそも、アマデウス様が女誑しだという噂は二人の令息が言い出して広まったということで、事実とは少々異なるようなのです」

「えっ…」

「その二人の令息はそれぞれ婚約予定の令嬢、婚約を狙っている令嬢がいたのですがその令嬢がどちらもアマデウス様の演奏の信奉者になったそうなのです。確か…アジェント男爵令嬢とムツアン子爵令嬢だったかと。焦った令息二人は何とかアマデウス様を彼女達の中で下げたくて、良くない噂を流し始めたのだそうです。良くない噂といってもあまり変なことをでっち上げるとあらぬ揉め事に発展するかもしれませんから、女にだらしがない…くらいのものにしたのだろうと」

「ええっ……それでは」

「…アマデウス様は、別に女性好きという訳ではないということですか…? …そんな…」

ジュリエッタがショックを受けたようにがっくりと首を俯けた。

「女性好きだというお話だから、わたくしにも可能性があるのではないかと思えていたのに…そんなことはなかった…?」

「じゅ、ジュリ様気を落とさないで下さいませ…」

「女誑しだという噂が定説になってしまったのは、ご本人があまり強く否定なさらないからだろうとリリーナ嬢は仰ってましたわ。わたくしは何故否定なさらないのか考えました…

―――――――――女性好きだと思われていた方が都合の良いことがあるのではないかしら…?と」

「女性好き…都合が良いこと…?」

「…なんでしょう…」

プリムラはぴっと二本指を立てた。

「わたくしには二つ、考えられましたわ。一つは、あまり公に出来ない女性に本命がいるけれど、本命だと悟られたくない場合」

カリーナが顎に手を当てて難しい顔で考える。

「沢山付き合いがあるうちの一人だと思わせたいということですか? なるほど…?」

「…もう一つとは…?」

ジュリエッタが仮面の下で涙目になりながら恐る恐る聞いた。

「—――――――…もう一つは………男性がお好きな場合、ですわ…」

「「!!???!!」」

「飽くまで、飽くまでもわたくしの想像でしてよ。決定事項とはお思いにならないで」

「え、ええ」

「—―――――――――…ぁ…ぁゎ…」

「ジュリ様! 息をしていらっしゃいます?!」

カリーナが慌ててジュリエッタの背中をばしばしと叩いた。ぁゎ…しか言えなくなって精神がどこかへ飛んでいたジュリエッタが「はっ…」と息を吸って戻ってくる。

カリーナに背中を撫でてもらって深呼吸する。予想したよりも驚愕していてプリムラも焦っていた。

「すみませんジュリ様、恋した相手がそうであったら衝撃ですわよね…もう少し溜めるべきでしたわ」

「いえ溜めても仕方ないでしょう、衝撃を大きくしないで下さいませ」

「心の準備期間がいるかと…」

「…アマデウス様が…男性をお好きだったら…ぜ、絶望ですわ…」

仮面をしていても顔色が白くなったのがわかる。

「飽くまでもプリムラの予想の一つ!想像ですから!」

「ええ、妄想ですわ…でも、そう考えると辻褄が合う所があるのです。

先ほど申し上げた、噂を流したアジェント男爵令嬢の婚約者候補だった令息…マーキオ子爵令息なのですが、彼は今ではアマデウス様の信奉者の一人なのだそうで。アマデウス様に何度突っかかっていっても、いつでも穏やかでいっそ慈愛に満ちた視線を向けられ、その成熟した精神性と外見が優れない自分にもどこまでも親切な態度に感服したと…。

そう、アマデウス様は女性だけでなく男性にも等しくお優しいのです。そして唯一、アマデウス様が向ける視線で特別なものがあるとしたら…――――――アルフレド様へのものだとお思いになりませんか…?」

「…た、確かにそう言われると…いつも眩しそうに、蕩けた視線を向けていらっしゃる…」

ジュリエッタが悲壮な声で言うのを聞きカリーナが慌てて発言する。

「で、でもそれはアルフレド様が特別お美しいからというだけでは?わたくし達だって特別な好意がなくとも見惚れてしまうでしょう?」

「それはそうですわ。しかし……わたくし、たまたま見ていたのです。アマデウス様がランマーリ伯爵令嬢と会話しているところを…」

「あの学院一の美女と?」

「アマデウス様は冷静そのものでいらっしゃいました。あの美女を目の前にして呆けないだけでも年齢的には凄いことだと存じますわ。…ジュリ様のお顔に動じないのも、絶世の美女に動じないのも、突き止めれば女性にそもそもあまり興味がないのではないかと……つまり………」

「…やはり…アマデウス様にとってアルフレド様が、唯一特別でいらっしゃると…? でもその思慕を人に悟られる訳にはいかないから、女好きを装っていらっしゃる…?」

ごくり、と息を呑みながらカリーナが結論を口にする。口にしてからはっとしてジュリエッタを窺うと、ジュリエッタは再び机に突っ伏していた。

「ジュリ様お気を確かに…!」

「むりです…」

絶望を抱えて女子会は終わった。

女子会をしている間に、アマデウスが音楽室で新しい楽器を披露していたと知りジュリエッタが膝から崩れ落ちるのは翌日の事だった。