軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

陥落

ある日の授業後、俺はリーベルトに中庭でピアノについて力説していた。

明日ついに寄付したピアノが学院に運び込まれる。

音楽の先生は30~40代くらいのウェーブがかった青緑の髪の貴婦人でスプラン先生という。穏やかそうだがピシッとした雰囲気がある。目元に黒子があるのがセクシー美女~と俺は思うが、あの黒子のせいで美人とは判断されないんだろうな。

スプラン先生には搬入前にピアノについて簡潔に説明した紙を提出しに行ったのだが、それを読んで「…失礼ですが、こちらを開発なさったのは工房の職人で、貴方は出資しただけなのでしょう? 出資者に名前を書くのは正しいとしても開発者に名前を並べるのは不自然ではなくて?」と指摘された。

『お前が考えたんじゃないだろ?』とさりげなく見下げられた訳だが、まぁ予想範囲内である。

10~13歳の子供が新しい楽器を開発するなんて、ちょっと怪しいだろう。バックに誰かついていて名前を売ろうとしているとか他人の手柄を横取りしたとか思われても無理はない。

「出資も致しましたが、弦を槌で叩いて強弱をつけたいというのが私の持ち込んだ発想なので、開発者で相違ないと職人にもスカルラット伯にも認可を頂いております。作ったのは全部職人で間違いないですが」

「……そうですか。わかりました」

ふーん、そういう輩なのね、と言いたげな目で見られた。職人の手柄をパクったと思われてそう。

まぁいい、実際前世の知識であって俺がゼロから考えついたことじゃないし…。

「弦の素材がクラブロに使ってたやつだと強度が足りないってことでどうするか困ったんだけど、親方が素材屋で色んな物を試してくれて…」

「グロリア子爵令息」

俺の話をよくわからないけど楽しそうだね、と流し聞きしてくれてたリーベルトを警備の騎士が呼び止めた。

この人確か、鉢植え落ちてきた時対応してくれたおかしい騎士じゃん。

「はい…?」

「お主に、スカルラット伯爵令息を害そうとした容疑がかかっている。詰め所に取調官が来ているので同行してもらおう」

―――――――――俺への攻撃容疑?!!??

「…はっ?! いやいや、リーベルトはむしろ守ってくれてて…!」

「何故私に嫌疑が?!」

抗議虚しくリーベルトが腕を引っ張られていく。付いていこうとしたが「ここで待っていてもらおう!後で他の騎士が迎えに来る故」と大きな声で言われて立ち止まる。

「すぐ戻るよ!」

引きずられながらもリーベルトが俺に声をかけてくれる。自分に容疑がかかっているというのに俺を心配しているなんてお人好しだ。

騎士に連行されるなんて変な噂が立ってしまうのではないかと周りを見ると、人はいなかった。先ほどまで何人かいたと思ったのに…しかしどうしてリーベルトに容疑なんて……

次の一瞬、俺は緑の中に引き込まれた。

後ろからがっちりと抑え込まれ、口も塞がれている。掴まれた右手に刃物が突き刺されようとしていた。左手も抑え込まれてると思うんだけど、この後ろの人、手が沢山あるんか!?!? どうやってんの?!?!

右手だけでも守りたいとそこに力を入れて一度振り下ろされた刃物を回避したが、二度目はうまく避けられるか――――――何で手を? 命を狙ってる訳じゃないのか?

精一杯もがいた数秒後、横から何か横槍(物理)が入った感じがして、男が俺から離れた。

木刀を構えたジュリエッタ様がいる。

男と数秒睨み合ったと思うと、ジュリエッタ様は仮面を剥ぎ取って捨てた。

「っ?!」

男が彼女の顔を見て息を呑んだ瞬間に、彼女の刀が男の腹に突き刺さる。

怯んだ男の首にぐるりと身を翻し勢いを付けた一撃を食らわせ、ぐらついた男が背を見せて逃げ出そうとしたところの足を突いて転ばせ―――上から体重を乗せて容赦なく背中に木刀を突き刺した。

男はびくびくと手足を震わせて―――――――動かなくなる。

「—――…女の顔を見たくらいで……軟弱者が」

吐き捨てるように呟いたジュリエッタ様は、厳しい顔で男を見下ろした。

「…っハッ。ジュリエッタ様!」

「! アマデウス様、お怪我は?」

「俺は大丈夫です、ジュリエッタ様は…だい…大丈夫に見えましたが、大丈夫ですか!?」

混乱したまま喋ったので『俺』と言ったり大丈夫を三回言ったり締まらないセリフになってしまった。彼女の方が圧倒していたので怪我はしていないと思うが、剣術に関しては門外漢なので判断に自信がない。

駆け寄って向かい合うとお互いに全身に目を走らせて無事を確認する。

「…良かった」

彼女が目元を緩ませて俺を見つめた。髪が乱れて、額に汗が浮かんでいる。

俺は彼女の顔から目が離せなくて、何も言えずに立ち尽くした。

「…アマデウス様…?」

黙ってしまった俺を心配そうに窺った彼女に、お礼を言わなければとハッとすると、

「ジュリ様!!?? ジュリ様――?!」

「こちらよ!早く来て!!!」

カリーナ嬢のよく通る大きな声とプリムラ嬢が人を呼ぶ声が聞こえた。二人が数人の騎士を連れて繁みの裏に駆け込んでくる。

ジュリエッタ様が慌てて仮面を拾い上げて手慣れた様子で装着した。

ジュリエッタ様が刀を握って駆け出したことから危険を察知して二人が人を呼んできてくれたらしい。

倒れている男は騎士に連行された。

事情聴取に俺とジュリエッタ様も騎士に連れられる。

詰め所に案内しながら被害に遭ってまだ落ち着かないと思うが協力してほしい、申し訳ないと気を遣ってくれた。学院の警備を担当する騎士団の団長だという人が校長にも保護者にも連絡がいると使者を走らせたり、てきぱきとことを進めてくれる。

リーベルトが連れていかれた旨を説明すると「そんな報告は届いていないぞ、何班の奴だ?」と騎士団員がざわつく。

「じゃあ今リーベルトは…?!」

嫌な想像しか出来なくて慌てると、「デウス!」と詰め所の前にいたリーベルトが駆け寄ってきた。

「リーベルト!良かった、何処に連れていかれたかと思った!」

「連れてきておいてあの騎士はここで待ってろって言い残してどこかへ行って…何かあったの?」

事情聴取にリーベルトも加わり、騒然とする騎士団の詰め所で俺達は小一時間事の経緯を説明した。

※※※

通常侍従や護衛騎士は学院内には入れないが、例外として詰め所までそれぞれの家から迎えが来た。

別れ際にそういえばと気付いてジュリエッタ様に駆け寄る。

「ジュリエッタ様!今日はなんて御礼を申し上げればいいか…」

「いえ、お気になさらないで下さい。悪いのは不埒な輩であってアマデウス様には非は無いのですから」

「でも私が狙われていたのに巻き込んでしまったのですから…本当に、ありがとうございます」

「…御礼の言葉は、お受けしましょう。どういたしまして」

少し照れたように微笑んだ彼女に別れを告げて、馬車に乗る。

黙りこくった俺にアンヘンが「アマデウス様、御気分は…」と気遣ってくれたが、「大丈夫、疲れただけ」と笑って返す。

馬車に揺られながら、俺は脳内で ―――これは仕方ないだろ、不測の事態だもん、俺にはどうしようもなかったよ、完全不可避ってやつだ……――― と言い訳を繰り返していた。

ジュリエッタ様を巻き込んでしまったという罪悪感もあるが、主に考えていたのはそこではない。

顔を見られるのを、あんなに恐れていたのに。

早過ぎる判断。投げ捨てられた仮面。

戦って俺を助ける為に。

流れるような、これまでの鍛錬を思わせる体の動き。

心底安心して俺を真っ直ぐ見つめた、紅い瞳。

襲われた恐怖がどっか行って、綺麗だ と、浮かぶ言葉がただそれだけになった。

…あ――――――――………… こんなん、 好きにならない方が 無理。

恋に落ちた自覚がぐるぐると胸で暴れる。

俺は自慢じゃないが前世でもまともに恋をしたことがない。

女子をいいな、と思ったことはあるしアイドルやタレントで好きだなと思ったことはあるが、恋をしていると思う所までいったことがなかった。友達も少なくてあんまり女の子に関われなかったというのもある。朧げな記憶で、幼稚園時代にお世話になっていた看護師さんに憧れていたのが初恋のような気がしないでもないが。

脳内に流れる音楽は、オペラ『フィガロの結婚』より、『恋とはどんなものかしら』だった。

歌詞は外国語だが内容は頭に入っている。

♪“…自然と溜息が出て嘆いてしまう 知らず知らずのうちに胸がときめき、身体が震える…”

♪“……昼も夜も落ち着かないのに 僕はこんなふうに悶えるのが、楽しいのです。”